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「どうでもいいこと」はどうでもいい

未唯へ。この最近、「どうでもいいこと」に気を使いすぎています。「どうでもいいこと」に情熱をかけている人に取り巻かれている性でしょう。

私は本質的なことをするために存在しています。その原点に戻ります。「どうでもいいこと」をしてる人からは「手抜き」を見られるのは栄光です。

彼らは細かいことだけをやって、本質的なことは行いません。それに合わせるつもりはありません。大きなところから見ていきます。グローバルのグローバルとしてやっていきます。

私が上司から仕事の命令を受けたのは、電算部配属直後の部品表の「参照方式」の開発だけです。その時も、ロジックはすべて自分で考えました。事務電算でありながら、ビットで集合を表現して、集合関係をロジックの中心にしました。1/3ぐらいの長さのプログラムですみました。先輩からは、なぜかうまくいくけど、ロジックが分からないと言われました。

その先輩も2年後には移動していきました。それ以降は、仕事のことで命令する人はいません。すべて、偶然を必然と感じて、自分で作りだしてきました。

ハッキリ言って、電算部が一番邪魔くさいです。彼らがもっともらしいことをすればするほど、邪魔です。彼らが居なくなれば、グローバルのグローバルとローカルのローカルがつながります。この会社が存続するための条件です。だから、「どうでもいいこと」はどうでもいいんです。

偶然が必然だと思っていない人は偶然を増やそうとしません。必然として、自分の使命を感じることもありません。生まれてきたことの理由も追及しない。必然だと思うことは非常にきついです。

クラウド・コンピューティングを標榜しているSalesForceに来てもらい、プレゼンを聞きました。なかなか、面白いところですね。グローバルのグローバルとローカルのローカルをつなげることができます。そうすれば、中間である電算部を外せます。Forceのともにあらんことを。

金賢姫がテレビで会見を行っていました。素敵な女性になりました。大韓航空爆破事件のテロリストとして、金賢姫が飛行機から降りくる映像を見た時に、東富士のNAKさんに似ていると感じました。15年見ていないNAKさんもあんな感じになっているのでしょうか? それとも、技術員にもまれて、「制御屋さん」になっているのか? ぜひ、見たいものです。
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