みことばの光的毎日

聖書同盟「みことばの光」編集者が綴るあれこれ

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2019年04月08日 | サムエル記第一

サムエル記第一 6章

 新しい場所での礼拝がスタートしました。市の北部、通りの向こうには麦畑が広がるのどかな所です。それでも、これまでの場所と自動車での所要時間は変わりません。二年以上取り組んできたことに、答えをいただいて一つの荷を下ろすことができた感があります。このためにお祈りくださった皆様、ありがとうございました。

 ペリシテの町々に運ばれ、その都度そこに住む人々に恐れを引き起こした神の箱は、長い間ペリシテ人の地に放置されていました。「触らぬ神にたたりなし」とのことばを思い出します。しかし、このままにしておくのは賢明ではないとして彼らは、神の箱をイスラエルに返そうとする算段をします。

 サムエル記は、神の箱を巡っての話に比較的多くのスペースを割いています。ここから、神がイスラエルの民やペシリテの人々の思惑とは違って、いや、彼らの思惑とは逆のことを神の箱によってもたらしておられることに気づくのです。

 イスラエルの民は、ペリシテ人との戦いに勝つために神の箱をシロから戦場に運びます。神の箱があるのはは神がともにおられるということなので、われわれは勝利すると考えたのですが、彼らは敗れます。そして、なんと神の箱はペリシテに奪われてしまうのです。ペリシテ人はイスラエルの神を戦利品としたかのような考えで自分たちの神殿に置きます。そして、そのあとに何が起こったかは5章で確認できます。

神はイスラエルの民のところにもおられたし、またペリシテ人のところにもご自分の力を表されました。それは、双方の思惑をはるかに超えていました。「人が神を動かすのか、神が人を動かされるのか」というのが、神の箱についての記事から考え続けていることです。


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