使徒の働き 19章11−22節
酷暑の日本でオリンピックをするのは、コロナ禍以前から反対の立場。ましてやこの時期に…との思いを強く持ち続けています。一方でアスリートたちの活躍を見ると、スポーツの持つ力のようなものをおぼえます。「金メダルを取ったボクシング選手が、引退してカエル関係の仕事に就きたいと言った」などというニュースに接すると、すがすがしさを感じてしまうのです。
パウロのエペソでの宣教の様子が続きます。11節の「神はパウロの手によって、驚くべき力あるわざを行われた」と言うことばに目が留まります。ここに描かれているのは、まさに驚くべきこと。パウロが身につけていた手拭いや前掛けを病人に当てたら、病気が治り、悪霊が出て行ったなどという出来事を目の当たりにしたら、パウロがどんなに素晴らしいかと焦点は人に向きやすいのですが、そのようなとき私たちは「神は…」という主語を忘れてはならないのだと思います。
霊をもてあそぼうとした祈祷師たちが悪霊に打ち負かされたのも、エペソだからこそ神が起こされたことでした。この出来事は、そこに住むユダヤ人とギリシア人のすべてに知れ渡り、…主イエスの名をあがめるようになることにつながります。注目すべきは、神への恐れが自分たちの行動を改める動機となったということ。これまで人々が大切にしていたもの、頼っていたものを焼き捨てたということは、彼らのイエスへの信仰が本気だということを知らせています。
今捨て去るべきものは何だろうか…。