コリント人への手紙 4章14−21節
金曜日夕方に外に出てみますと、「暑い!」 室内が涼しかったことに気づきました。日本は梅雨明け間近のところも多いようですね。家族にお願いした梅干しも順調のようです。
コリント人への手紙を読み進めますと、パウロを初めとして関わりのある人々の顔が見えるように思いになります。パウロは歯に衣を帰すような言い方でなくて、まっすぐに悪いものは悪いと読者たちにはっきりと書いています。
「私を倣う者となってください」という16節に目が留まります。そのように言い切ることができるパウロは、決して高ぶっているわけではありません。神の前に落ち度なく立派に生きているという模範を示しているようにも響きます。それだけでなく、罪を犯したならば熱心になって悔い改める、進んで困難の中にある人々とともに歩むという生き方のように響きます。
17節でパウロはテモテを紹介しています。テモテのつとめは「キリスト・イエスにある私の生き方を、…思い起こさせてくれる」ことでした。
18節も興味深いと思いました。テモテをコリントに使わすとパウロが書いたあとのことばですね。パウロはそのように書きながら、この手紙を読んだコリント教会のある者たちが安堵する表情を思い浮かべたのかもしれません。「あのうるさいパウロがやって来ないのはありがたい」と…。
そんな彼らにパウロは、主のみこころならばすぐにでも行くと言うのです。生きたいのは山々、しかし、主がお赦しになるのならばすぐ行くし、そうでないのならとどまる、ここにもコリント教会が倣うべきことがありました。