あるきメデス

あちこちを歩いて、見たこと、聞いたこと、知ったこと、感じたことなどを…

所沢の桜 '07(東川の桜)

2007-03-31 21:53:53 | 所沢だより
 早いもので、今年も4分の1が経過してしまいました。明日は
もう4月。所沢のソメイヨシノも、1両日で満開になりそうです。



 今日は市街の中心に近く、所沢航空記念公園の南を流れる
東川(あずまがわ)沿いに咲くソメイヨシノを紹介します。

 毎年、花どきにはぼんぼりが下がり、夜はライトアップされ
ます。

 新年以降ずっと降雨量が少ないので、川の水量はわずかです。

 岸辺のショカッサイも、ちょうど見ごろになっていました。
 


 東川の流れる辺りは、西荒井町、東新井町になりますが、両町の
合同さくら祭りが、熊野神社境内で行われ、町内の人が集まって、
境内の桜を眺めがらにぎやかに懇談していました。

 たんなる桜だけでなく、水があると一層風情が感じられます。



 青空が見えて日が差し込むと、花も一層映えるのでしょうが、
今日は残念ながら曇り空で、見栄えはいま一つです。











 岸辺にはショカッサイのほか、レンギョウ、ボケ、ツバキなども
花を開いています。

 明日の日曜日は、天気も回復して青空も見えるようですから、
お花見の人で一層賑わうことでしょう。

 今日紹介したのは、西新井町のほんの数100mだけですが、
東川は更に下流まで2km前後、桜のトンネルになっています。
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四国遍路道ふた旅(後編)・愛媛その14

2007-03-30 21:06:01 | 四国遍路道ふた旅
 第9日 2007年2月26日(月) 晴
 =西条から伊予三島へ=



 6時起床。6時45分からサービスの朝食。和食、洋食が選べる
が、私は和食にした。塗り物の箱入りで質量とも満足だ。7時22
分に西条ステーションホテルを出る。

 今日は、ほとんどアップダウンのない国道11号と、並行する旧
道をもっぱら東に向かうのみ。

 昨日の最高気温は7~8℃くらいだったようだが、今日は暖かい
感じ。国道に出ると、やはり車が多い。

 1㎞余りで南側に並行する旧道に入り、水の少ない室川を渡る。
西条市は湧水の豊富なところらしいが、流れもきれいだ。

 山並みの展望のよい祖父崎池で休憩する。

 西条市と新居浜市の市境付近は、北側の旧道に回った。

 萩生の町並みは、国道の南側、「旧街道」の表示のある旧道を
しばらく進む。車のすれ違いがやっとなのに、結構車が通過する。

 前回も寄って休ませてもらった、「お遍路さんお休み処 萩生庵」
に寄り、トイレを借用する。


 中村郵便局の近くに、「第4代国鉄総裁 十河信二先生誕生の
地」の石碑が立っていた。

 民家のシダレ桃が見ごろになっていた。


 県道47号との交差点を過ぎ、アーケードのある喜光地商店街に
入る。

 ご多分にもれず扉を下ろした店が多く、活気に乏しい。


 足谷川を渡る辺りでは、南側の山並みの展望がよい。
 
 池田の国道11号際にあったスーパーM2で昼食を仕入れ、国道
に入る。

 歩道はあるが、車が多くてわずらわしい。愛媛の菓子、栗タルト
製造、畑田本舗の工場の先で、南側の旧道を数百㍍進む。風も
なく穏やかな日和である。

 再び国道に出て2㎞ほど進んだが、国道の右下に旧道もある。
5万分の1地形図にはないが、1.5㎞くらいは続いていた。次回
はこの道を歩いてみたい。

 新居浜市から四国中央市(旧土居町)に入り、再び南側の旧道
へ。車が少なく静かでよい。途中で立ち話をした奥様に教えて
もらい、関川小の先にある心光寺境内で昼食をする。

 なかなか整った庭で、お堂や鐘楼も見栄えがする。

 少し進むと、伊予三島の町並みが見えてきた。国道とJR予讃
線を越え、北側の旧道へ。再度踏切を越えた土居の町並みの
一角に、別格霊場12番、延命寺がある。

 大師堂内に納経所があり、道路の東に、枯れた大きな「イザリ
松」が屋根を掛けて保存されている。

 弘法大師お手植えと伝えられ、東西30m、南北20mに及ぶ
枝振りだったとか。昭和33年(1958)に枯れたという。周囲
には、若い松が数本植えられていた。

 旧道沿いは、松などの庭木がりっぱで、菊間瓦の飾り瓦を
上げた見栄えのよい民家が並んでいる。


 番外霊場三福寺の手前にある村山神社で小休止。県内屈指
の式内社で、拝殿前にあるお宝塚は、斉明天皇が百済救済の
折りの御陵所といわれているという。

 境内には、3年前の台風で途中から折れてしまったホルト
の古木がある。


 松山自動車道の土居IC入口付近で、久しぶりの逆打ち男性
遍路と行き交う。豊岡小を過ぎた下りから、三島の町並みと
大王製紙の煙突群が近づく。

 伊予寒川(さんがわ)駅でトイレを借りて先を急ぐが、車を避け
るのがうっとうしく、疲労もつのってペースが上がらない。

 寒川の町並みに、篠永酒造という造り酒屋の古い建物があった。


 伊予三島の市街が近づき、狭い県道126号に車が増え、側溝
上に避けるながら歩く。国道11号に入ったが、こちらも中心線が
無く狭い。車とすれすれに進む。

 伊予三島駅近くのアーケードを少し抜け、ビジネス旅館高雄に
17時26分に着いた。3階建ての古い建物。ご主人は72歳とか。
歳なので近々廃業したいと考えているとのことだった。

 大王製紙が増設工事中で、三島市内の宿泊施設はいま、宿泊
者が多いという。夕食の食堂には、工事関係者らしい3人の若い
男性もいた。

 夕食の主食はカレーライス、カツやカレイの煮物などが付き、
十分。食後に入浴する。洗濯機は2層式だったので省略した。

 今日は平地だったが歩行距離が長く、それ以上に車の多い狭
い車道の通行で気疲れした。

 部屋は暖房設備があり、小さいトイレと洗面所付き。部屋の
テレビは、NHK総合がよく見えなかった。

(コースタイム〉西条ステーションホテル7:22ー室川の橋8:08ー
祖父崎池8:33~40ー萩生庵9:34~48ー国領橋10:35ースーパー
M210:59~11:10ー新居浜・四国中央市境11:58ー心光寺(昼食)
12:32~13:03ー延命寺13:51~14:17ー国道11号横断14:49ー村山
神社15:04~18ー豊岡小先の橋15:53ー大町集会所16:04ービジ
ネス旅館高雄16:13

(距離 37㎞、地図(1/5万) 西条、新居浜、伊予三島、歩行
 地 西条市、新居浜市、四国中央市(旧土居町、伊予三島市)、
 歩数 58,700)
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所沢の桜 '07(金泉寺のしだれ桜)

2007-03-29 21:48:14 | 所沢だより
 今日は25℃近くまで気温が上がり、初夏の陽気となりました。
埼玉県所沢市内のソメイヨシノもかなり開きましたが、その前に見
ごろとなる、しだれ桜の名所を訪ねました。

 場所は、所沢市西部、早稲田大学所沢キャンパスのすぐ西側に
ある、金泉寺です。



 昨年は、3月31日のブログで紹介しました。

 このしだれ桜は樹齢130年ほどと推定されているようで、
市内では1番大きなものです。

 あと2日くらいで満開になりそうですから、週末は花見の
客で賑わうことでしょう。




 しだれ桜の下には、いろいろな花が植えてありますが、とり
わけ多いのがクリスマスローズです。

 いろいろな彩りのクリスマスローズが見頃でした。


 ヒトリシズカの大きな株も2つあります。


 スズランのような花は、スノーフレークでしょうか。数株並んで
います。


 しだれザクラを中心に、反対側の西側には鮮やかなミツマタが
満開です。



 小さい草花だけでなく、この寺には木の花もいろいろ咲いています。
ハクモクレンも見頃でした。


 色の違う桃も、何本も花を見せています。



 ミツバツツジも、花畑で鮮やかに咲いています。


 ほかに、スイセン、ショカッサイ、パンジー、ソメイヨシノなど、
寺は色とりどりの花に彩られています。

 お近くの方は、週末にでもお出かけ下さい。
 
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四国遍路道ふた旅(後編)・愛媛その13

2007-03-28 22:52:33 | 四国遍路道ふた旅
 第8日 2007年2月25日(日) 曇
 60番横峰寺
 =山上の霊場へ上がり西条へ=


 
 5時20分に起床、6時朝食、おにぎり弁当を作ってもらい、まだ
明け切らぬ6時48分にビジネス旅館小松を出発した。

 現在の遍路地図にない、小松からの直登ルートの地図を、同宿
の2人はおかみさんからもらい、そのルートを行くという。

地図の余部はなかったが、見せてもらい、以前の遍路地図と同じ
と分かり、私もその道を60番に上がることにした。

 風はないが冷え込んでいて、軍手をしても手が冷たい。地図の
通りに南に向かったつもりが、別の道だったらしい。少し東に迂回
して車道に出て、石鎚山SA方向に向かって緩やかに上がる。

 松山自動車道下を通過し、遍路道に入った。


 常磐採石という大規模な採石場の横から、その延長になる林道
へと進む。4m幅の砂利道だが、中間に舗装箇所もあった。

 大きく右カーブして谷間にかかるとこから、林道はジグザグに
上がる。春の到来を告げる花、キブシが咲き出していた。

 林道が尽きて、61番奥の院からの遍路道にとりつく。


 細い稜線上になり、よく踏まれた歩きやすい土道が続く。


 いったん下り、「あと2.3㎞」表示から上りがひとしきり続き、平野
林道に出る。

 先発した和歌山市の男性が後から上がってきた。下で道を間違え、
61番の方を回ってきたという。

 宿から3時間45分ほどで、60番横峰寺に着く。標高745mの
山上なので、冷えていて手が一層冷たい。


 参拝、読経、納経後、納経所そばにザックを置き、580mほど
先の奥の院・星ヶ峰に上がる。

 鉄の小さい鳥居を通して、四国の最高峰、石鎚山(1982m)が
望めるが、8合目辺りから上は、雲に隠されていた。

 和歌山市の男性も上がってきたので、写真を撮り合い、一緒に
納経所に向かう。

 ところが、道を間違えたらしく、寺に上がってきた方の道に出て
しまい、前夜同宿だった愛知の男性が下の道から来て合流し、少
し先で違う道だと気づいた。

 納経所に戻り、和歌山市の男性には先行してもらい、東側に
下る平野林道に入る。舗装されている林道、前回は、林道のあ
ちこちで台風被害の復旧工事をしていたが、すっかり修復され
ていた。

 横峰寺へのただ一つの車道なので、愛媛ナンバー以外の他
県の車もときどき上がってくる。どんどん下り、水場と木のベン
チのあるところで、昼食をする。

 宿で作ってもらったお握りは、大きくて固く握られていて、3つ
頼んだのだが、2つで十分だった。


 林道は修復されていたが、そばの流れには、3年前の台風の
爪跡がまだ残されていた。


 林道の料金所(無人)を過ぎ、県道に向かうルートへ。少しずつ
上がり、左へトラバースして行くと、残雪の山並みが見える。

 右下には黒瀬湖が見えてきた。

 県道12号に合するところにある、前回宿泊した温泉旅館京屋
別館に寄り、お世話になった社長に御礼申し上げる。顔は覚え
ていてもらえたようで、コーヒーとタルトをごちそうになった。

 県道12号を500m足らずの三差路で左折、黒瀬湖に分かれ
北への県道142号へ。すぐ先に、県道をまたぐ石鎚神社一の
鳥居がある。


 松山自動車道そばまで下り、県道に分かれて右手への遍路道
に下る。行く手に西条市街が見えてきた。

 昨日回った63番と64番の間に出て、東に向かう。石鎚神社
鳥居横のベンチで小休止した。

 64番前神寺は、合掌しただけで通過する。国道11号に出て、
すぐ先で反対側の旧道に回り、神戸小の先まで行く。

 幅広い加茂川橋を渡ったが、ここも水が少なく、流れは川幅の
10の1くらいしかない。

 少し先で左折して西条の市街地に入る。16時32分に伊予西条
駅前の、西条ステーションホテルに入った。

 建物は新しく、部屋の造りもよくできたビジネスホテル。コイン
洗濯機で洗濯後の18時過ぎ、夕食にと外出したが、日曜日という
こともあり、閉じた店が多く。結局、駅構内のうどん店で済ます。

 一日中寒く、久しぶりにロングパンツも着用したが、汗が出たの
は上り道の一部だけだった。

(コースタイム〉ビジネス旅館小松6:48ー林道右折点7:47~55ー
横峰寺4.6㎞地点8:25ー横峰寺2.3㎞地点9:15ー平野林道9:55
ー60番横峰寺10:15~38ー奥の院・星ヶ峰10:49~横峰寺戻り11:27
~33ー水場とベンチ(昼食)12:16~40ー平野林道料金所13:05ー
温泉旅館京屋別館13:40~14:05ー県道142号から遍路道へ14;35
ー石鎚山鳥居際15:19~30ー西条ステーションホテル16:32

(距離 28㎞、地図(1/5万) 西条、歩行地 西条市(旧小松町、
 西条市)、歩数 50,600)
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四国遍路道ふた旅(後編)・愛媛その12

2007-03-27 19:39:41 | 四国遍路道ふた旅
 第7日 2007年2月24日(土) 晴後快晴
 61番香園寺~64番前神寺
 =旧東予市から小松町へ=


 
 今朝の朝食は7時半からなので、いつもよりゆっくりの6時
40分に起床。部屋からは、瀬戸内海の展望がよい。


 朝食はバイキングだが、おかず、飲物など豊富でおいしい。
並んだ人数から、宿泊者は15人足らずだったようだ。8時19分
に今治湯ノ浦ハイツを出た。

 雲が低く風がやや冷たい。国道196号を少しで、今治小松
自動車道の南に入ると、車は少ない。世田薬師の辺り、スイセン
や梅が咲き、ミツバツツジの開花した民家もあった。

 JR予讃線の線路に向かう下り道から、西条市街が見えて
きた。次第に青空が増えてきたが、期待の石鎚山方面は、雲が
多くてどれだかよく分からない。線路際にナノハナが咲く。


 2度目の予讃線踏切を越えると、番外霊場臼井御来迎(うすい
ごらいこう)がある。小さいお堂の前と背後から、きれいな湧水
が出ている。

 お堂で休憩中に、自宅の息子にメールして、ブログ登録情報
の修正を依頼し、その後、歩きながら2度のやり取りをする。

 三芳の町並みにあったソゴウマートで、昼食の弁当と牛乳を
買う。間もなくの番外霊場、日切(ひぎり)大師。小さいお堂の
横に、大きなクスノキが枝をいっぱいに広げて立つていた。


 大明神川を渡り、右手(南)に進む60番横峰寺へのルートに
分かれ、61番への最短ルートに向かう。今日60番へ上がのは
時間的に厳しく、適当な宿も無いので、参拝順序を変更する
ことにしたためである。

 田園地帯となり、展望が一層開ける。新川の先で息子から、
「モブログからのテスト投稿がアップできた」とのメールが入る。
歩き始めて7日目に、ようやく携帯電話からのブログ投稿が
できるようになり、ひと安心する。

 青空が広がり日が差してきたが、気温が上がらず厚手のシャ
ツと軍手が外せない。予讃線玉の江駅近くで右折して県道144
号に入り、幅広いのに水の無い中山川を渡る。


 畑にいた人に聞き、石鎚山を確認したが、上は雲に覆われ、
全貌は分からない。田園地帯が終わって間もなく、小松町南川
にある61番香園寺(こうおんじ)に着いた。

 四国霊場の寺では異質の、コンクリート2階建ての大きな四角
い建物。2階の大講堂は、700人収容できるとか。内部は東京・
築地の築地本願寺を思わせ、中心に金色の大きな仏像が鎮座
している。

 昨日会った2人の女性遍路も来た。大師堂は、本堂の建物とは
対照的に小さなお堂だ。鐘楼の背後にあったベンチで昼食をした
が、寒いのでジャンパーも着る。

 小松の町内に入り、国道11号沿いの62番宝寿寺へ。山門は
無く、こぢんまりした境内。

 左手の旧本堂は閉鎖され、それより小さい本堂と、さらに小ぶり
な大師堂が並んでいる。

 そばの伊予小松駅に回り、列車時刻をメモし、駅前の道を南
に少しの、ビジネス旅館小松に寄る。おかみさんは、近くの肉屋
さんで働いていた。ザックを預けてナップサックと頭陀袋の軽装
になる。

 車の少ない旧道を東に進み、湧水の流れ出る、番外霊場・芝
乃井に寄る。


 国道11号に出て、63番吉祥寺に入った。山門はないのか
と思って入ったが、奥に山門があった。

 境内に、成就石というのがある。目隠しをして杖を石の穴に
差し込めれば、願いが叶うという。


 国道11号の南に並行する旧道を東に向かう。古くからの住宅
が続き車は少ない。橘公民館のそばに、「阿弥陀堂のフジ」と
呼ぶ古木のフジ棚があった。


 車道をまたぐ大鳥居が2つ見えた石鎚(いしづち)神社に寄る。
山門は昨年完成した新しいもの。

 境内を本殿前まで上がると、西条市街や瀬戸内海の展望が得ら
れる。

 200m先が、64番前神寺(まえがみじ)。下の納経所に近い
大師堂に先にお参り、本堂はさらに奥の石段の上だった。ほか
に薬師堂や不動明王堂などがある。


 宿は62番近くなので、同じ道を戻ることになる。駅でメモして
きた予讃線では待ち時間がある。橘公民館まで戻り、国道11号
に出たが、バスも通過した後。結局同じ道を戻ることになった。

 17時35分、ビジネス旅館小松に着く。汗をかかなかったので
洗濯はせずに、入浴する。

 夕食は18時から。靴を変えたが合わずに痛いという和歌山の
男性、足の裏に何か所もマメが出来たという愛知県知多半島の
男性と一緒に。何れも大型の体格の方である。

 噂に聞いてはいたが、しゃぶしゃぶ用の牛肉、白菜、モヤシ、
キノコなどが大皿にいっぱい盛られている。

 馬刺、茶碗蒸しなどもあり、牛肉と白菜は食べきれなかった。

 19時過ぎにもう1人の男性遍路が着いた。
 
〈コースタイム〉今治湯ノ浦ハイツ8:19ー今治・西条市境8:49ー
臼井御来迎9:29~10:03ーソゴウマート10:10~20ー日切大師
10:24~26ー円海寺集落の教会(WC)11:00~05ー西条市役所
東予総合支所前11:26ー中山川北側の交差点12:05ー61番香園
寺(昼食)12:35~13:24ー62番宝寿寺13:41~59ービジネス旅館
小松14:02~11ー63番吉祥寺14:25~55ー石鎚神社15:32~16:06
ー64番前神寺16:10~35ービジネス旅館小松17:35

(距離 27㎞、地図(1/5万) 西条、歩行地 今治市、西条市
 (旧東予市、小松町)、歩数 45,900)
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四国遍路道ふた旅(後編)・愛媛その11

2007-03-26 22:57:15 | 四国遍路道ふた旅
 昨日午前の能登半島地震では、家屋の倒壊が目立ちました。
わが家は、2階の1室に本棚があり、ほかに机の回りなどに本
や雑誌、パンフレットなどがうず高く積んであり、地震が来たら
まずこの部屋がつぶれると思われます。

 不要な本などを捨てようと思いながら、ずるずると時が過ぎ
ています。早急に整理しなければと、改めて感じました。

==========================

 第6日 2007年2月23日(金) 晴
 54番延命寺~59番国分寺
 =今治市内の社寺を巡る=



 5時50分起床、6時30分朝食、宿のおばあちゃんの手作り、
ちぎり絵の飾り物をお接待いただき、7時13分にますや旅館
を出る。

 天気予報では、朝のうち雨が残るとのことだったが、早く回復
して青空が見えていた。

 大西駅前の、庭の広い家の屋根に、物を入れるかめが2つ
上がっている。庭の隅にあるクスノキも大きい。


 国道196号に出ると、通勤の車が途切れなく続く。南の山並
みに、雨上がりのもやがかかる。気温は高めで暖かい。


 大池を過ぎると車道は片側2車線になり、歩道も広くなった。
遍路道に入り、500mほどで、54番延命寺に着く。

 山門の奥に二ノ門があり、本堂はその奥。大師堂は左手の
石段上にある。

 大師堂の屋根下にあるゾウのような動物の木彫が珍しい。
コジュケイが元気になく。

 境内に、越智孫兵衛の墓がある。元禄時代の庄屋で、その
頃、松山藩の農民は重税に苦しんでいたが、翁の尽力でこの
村は免下げしてもらえたため、享保17~8年(1732~3)の
大ききんの時も餓死者が出なかったという。

 気温が上がったので厚手のシャツを脱ぎ、車の少ない遍路
道を東に上がる。西瀬戸自動車道を過ぎ、たくさん墓地の並ぶ
大谷霊園を上り下りして、川沿いに出る。

 今治の中心街が近づき、左手の台地上に城のような建物が
目につく。吉井城城山ハイツという集合住宅らしい。

 JR予讃線の高架下を抜け、南光坊と地続きの、別宮大山祗
(べっくおおやまずみ)神社に入る。

 和銅年間(708~)の勧請で、檜皮葺(ひわだぶき)の拝殿は
天正年間(1573~92)頃のものと推定されているという。

 境内には、樹齢300年以上という幹の見事なクスノキが大き
く枝を広げていた。


 東側が55番南光坊、四国霊場で坊の名の寺はここだけ。
北側の新しい仁王門から入る。広い境内、大きな本堂のそば
に薬師堂、金毘羅堂があり、大師堂はその北側。芭蕉句碑や
筆塚などもある。

 納経所のHさんは、埼玉県内の市名をよくご存じ。忘れたとき
のために納経帳に住所氏名の記入を勧められる。
 
 霊場のペン画入り納経帳とその画家のことなど教えて下さり、
いろいろな方との不思議なご縁についても話された。

 私が、「ブログへの投稿が不調で、市内にネットカフェがあれ
ばチェックしたい」と話したら、近くの市立図書館で、1時間まで
無料で使えると教えて下さった。

 JR今治駅の南に出て、東側にあるその市立図書館へ。30分
使わせてもらい登録情報を2、3修正したが、修復できない。
歩き出しながら考え、新年にメールアドレスを変えたのに、登録
情報を変更しなかったからだと気づいた。

 国道196号のスーパーで弁当を買い、遅れた時間を取り戻
そうと先を急ぐ。正午過ぎ、56番泰山寺(たいさんじ)に着いた。

 周囲に新しい塀を巡らしているが、山門はなく開放的。宿坊は
新しく、境内の若い紅梅、白梅が見ごろ。納経を終え、納経所
そばの机と椅子で昼食をさせてもらう。

 女性の歩き遍路2人が同じ頃着き、寺を出たら男性の歩き
遍路が、そばの土産店にいた。その店で甘酒のお接待をいた
だく。

 民家の間の狭い道を東に抜け、田んぼの間を進む。蒼社川
近くに、江戸時代の遍路中亡くなった無縁仏の墓が15基以上
並んでいた。


 川沿いを進み、県道155号の橋を渡って東に回る。

 小さい流れの横の、田んぼのあぜ道を進み、57番栄福寺
に上がる。

 ここも山門がない。こぢんまりした境内で、本堂の手前に
大師堂がある。

 南に向かい、犬塚池に向かって上がる。水の少ない池の西
側を進んで車道を横切り、さらに急坂の上りが続き汗をかく。
振り返ると、今治の市街や瀬戸大橋が望まれる。

 58番仙遊寺の山門に着く。この先も急坂なのを知っている
ので、山門そばの石碑の陰にザックを置いて上がることにした。

 山門を入ると、数本のミツマタが間もなく咲き出しそう。
石段を上がって境内に入り参拝、読経。納経所は本堂内にある。

 ピンクの桜が開花を始めていた。その樹間からも今治市街が
見下ろせる。

 山門に戻ると15時近い。17時までに6㎞ほど先の国分寺の
参拝を終えねばと、急ぐことにした。北西への遍路道は、若木の
松やウラジロが多い。行く手に今治市街を見下ろしながら、どん
どん下る。

 静かな田園地帯を2㎞あまり進み、県道156号に出て右折、
JR予讃線の踏切を渡り、ほぼ線路沿いに東に向かう。

 この県道は幅が狭くて歩道がない。車のすれ違いがやっとで
歩きにくい。

 寺の近くの土産店で、袋入り紅茶のお接待をいただき、16時
20分、59番国分寺に入った。

 正面に本堂、右に大師堂があるが、線香台は共通。境内に
等身大の握手修行大師像が立ち、「修行大師と握手をしてお願
いして下さい。お大師様は忙しいのでお願いは一つに…」と書い
てある。
 
 納経所で蒸しパンのお接待をいただく。

 県道156号を先に向かい、予讃線に沿って東側を進む。
2.5㎞ほどで右からの国道196号に合する。片側2車線となり、
歩道にも植え込みがあり広い。

 今治小松自動車道の今治湯ノ浦ICの先、道の駅今治湯ノ浦
温泉前から、海側の丘陵に上がり、17時52分、今治湯ノ浦
ハイツに入る。

 前回も泊まった大きな宿泊施設。洗濯機に投入して温泉へ。
脱衣場には50人以上の脱衣棚があるが、私ひとりで広い温泉
を占有して、のびのびと汗を流す。

 夕食は19時頃から大食堂で。ここも同年輩の2組のペアと私
だけ。夕食のメニューは、カキ、エビ、豆腐、白菜、キノコなどの
鍋物、小さな貝焼き、刺身、天ぷら、茶碗蒸しなど盛りだくさん。
ただ、ご飯は盛りつけだけだった。

 部屋は10畳でトイレ付き、海の見える窓側に洗面所もある。
夕食後、ブログ登録情報の修正方法を、竜馬16さんにメール
して問い合わせたら、すぐにていねいな返信をいただいた。

〈コースタイム〉ますや旅館7:13ー延喜局前7:58ー54番延命寺
8:10~45ー大山祗神社9:35~40ー55番南光坊9:42~10:26ー
今治市立図書館10:38~11:12ーライフショップ11:23~30ー56番
泰山寺(昼食)12:02~44ー57番栄福寺13:27~50ー58番仙遊寺
14:27~55ー吉祥禅寺先の火の見15:23ー国道196号との交差点
15:45ー59番国分寺16:20~40ー国道196号合流点17:20ー今治
湯ノ浦ハイツ17:52

(距離 28㎞、地図(1/5万) 今治西部、今治東部、西条、
 歩行地 今治市(旧大西町、今治市、玉川町)、歩数49,000)
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四国遍路道ふた旅(後編)・愛媛その10

2007-03-25 18:51:36 | 四国遍路道ふた旅
 第5日 2月22日(木) 晴後曇
 53番円明寺
 =海沿いに松山から今治へ=


 
 6時20分起床、7時からの朝食サービスを済ませ、7時17分
に東横イン松山一番町を後にした。

 そばの勝山町電停から市電でJR松山駅前まで行く。松山駅
7時46分発に乗り、伊予和気駅に7時57分に着いた。

 まず、すぐ近くの53番円明寺(えんみょうじ)へ。山門を入ると、
本堂前に中門がある。大師堂のりっぱな屋根瓦が目に入る。

 トイレの壁面は、なまこ壁だった。大師堂の横に、江戸時代の
キリシタン灯ろうが立つていた。


 JR線路の東に抜け、短い距離で何か所かカーブを繰り返し、
和気の町並みを抜ける。再びJR線路を跨線橋で越え、旧国道
196号だった県道347号に入る。

 堀江町を過ぎると海沿いとなる。カモメの浮く海は、波が無く
滑らか。向こうの島は霞んでいる。右手の林ではウグイスがさえ
ずる。そう言えば昨夜のニュースで、松山市内でのウグイスの初
鳴きが告げられていた。


 県道が右へ大きくカーブするところに、海鮮北斗の大きな建物
があり、その向かいに大師堂があった。

 一角に「涼しさや馬も海向く淡井坂」の子規の句碑が立ち、標高
5.9mの1等水準点もある。

 JR柳原駅入口の先、河野川のそばの西の下大師堂にも寄る。
文政11年(1828)の遍路の墓が3基あり、全国の虚子の句碑
で一番古いという「この松の下にたたずめば 露のわれ 道の
辺に阿波へんろの墓あわれ」との句碑が立つ。

 大師堂内の大師像は石造り。虚子の石像や、昭和天皇御手蒔
の松もあった。

 この辺り、歩道はあるが側溝の上で狭い。松山市に合併した
旧北条市の中心街に入ると、角に「花へんろの町伊予北条」の
看板が立つ。

 北条は、小説「花へんろ」の作者で遍路に関する作品の多い、
作家・早坂暁さんの出身地である。

 市街の外れで立岩川を渡り、JR線路の東側に出る。家並み
が途切れて田んぼが増えた。

 北風がやや強まり、最初の大師堂で厚手のシャツを脱いで
きたが少し涼しい。

 正午近く、番外霊場の鎌大師に着いた。堂内では、ご住職が
読経していた。

 参拝、読経して納経印をもらい、前回、逆打ちの山下さんと
お会いしたベンチで昼食をするが、風が冷たい。

 その先は、ミカンや夏ミカン畑の間の短いが急坂を上がる。
下りにかかると正面に浅海(あさなみ)の町並みと海が見下ろ
せる。旧北条市のマンホールには、子規の句が記されている。


 浅海に下り、国道196号より海側の旧道を進む。松山市(旧
北条市)と今治市(旧菊間町)境付近の右カーブ点には歩道が
ない。海沿いなので海からの風が冷たい。

 菊間ミカンを販売している池内園芸のそばで小休止した。

 この地の特産、菊間瓦の製瓦工場が幾つも並ぶところを通過、
菊間の町並みに入ると、番外霊場、遍照院がある。

 厄除け大師として知られているようで、参拝客も出入りして
いる。境内にある売店の女性から、イヨカン2つと、あめやクッ
キーのたくさん入った袋をお接待いただいた。

 その方から、本堂の天井に鏡があることも教えてもらった。

 菊間の町並みは、車の少ない県道197号で抜け、町外れから
国道196号へ。太陽石油菊間精油所の煙突やプラントが林立
する横を上がる。


 亀岡の町並みも旧道を進む。沿道には、庭木に松のあるりっ
ぱな家が多い。

 町を抜けると、「メダカの生息地」の表示があった。清流が
残っているようだ。

 歩き疲れが感じられるが、ひたすら前を目指す。すっかり曇
り、風がやや冷たい。旧大西町の入り際に、「ようこそタオル
と造船の町」の看板が立つ。別府で旧道に回り、大西の町並み
に近い星の浦海浜公園で最後の休憩をした。

 JR予讃線の踏切を越えたところで、ジンチョウゲが香る。
17時20分、国道196号の交差点際にあるますや旅館に着いた。

 洗濯機に投入して入浴する。夕食は19時ころから。タイの煮
付け、たこの煮付け、刺身、サザエのつぼ焼きなど海の幸、それ
に混ぜご飯もおいしい。


 部屋は4.5畳だが、それだけに暖房がよく利き、照明も明るい。
今日の宿泊客は私だけ。夜半から雨になった。

〈コースタイム〉東横イン松山一番町7:17ー勝山町電停7:20=
(市電)=JR松山駅前7:33ー松山駅7:46=(予讃線)=伊予
和気駅7:57~8:00ー53番円明寺8:03~28ー粟井坂の大師堂
9:28~40ーJR粟井駅(WC)10:20~25ー西ノ下大師堂10:42~
55ー鎌大師11:56~12・40(昼食)ー浅海の国道へ13:20ー松山・
今治市境13:40ー遍照院14:37~15:00ー伊予亀岡駅入口15:57
ー旧大西町入り16:20ー星の浦海浜公園16:47~58ーますや
旅館17:20

(距離 31㎞、地図(1/5万) 三津浜、松山北部、今治西部、
 歩行地 松山市(旧松山市、北条市)、今治市(旧菊間町、
 大西町)、歩数50,700)
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四国遍路道ふた旅(後編)・愛媛その9

2007-03-24 22:48:16 | 四国遍路道ふた旅
 東京では、一昨日ソメイヨシノが開花しましたが、埼玉県所沢
市内も、航空記念公園や、わが家近くの神社などのソメイヨシノが
ちらほらと咲き始めました。

 来週末(月末)には見ごろになるのではないかと、期待しています。

============================

 第4日 2007年2月21日(水) 快晴
 47番八坂寺~52番太山寺
 =松山市内の霊場を巡る=


 
 5時20分に起床、6時朝食、6時48分に長珍屋を出る。
今朝も快晴、まだ日が上がらず地面の霜が白い。

 46番浄瑠璃寺の境内を抜け、1㎞足らずで47番八坂寺に着く。

 本堂は、りっぱなコンクリート造り。地下に万体阿弥陀堂があり、
高さ20cmくらいの小さい阿弥陀さんがびっしり並んでいる。

 正面の本堂と左手の大師堂の間に、焔魔堂がある。宿坊も3階
建てで大きい。大師堂の前の紅梅が見ごろだった。


 水の少ない溜池の先から畑の間を進むと、前回も見た、ひょろ長
のキャベツのような野菜が栽培されている。何というのだろう。


 県道194号に入り、別格霊場文殊院に参拝、読経。本堂の右に
遍照院と呼ぶ大師堂があり、境内に遍路の父、衛門三郎像が立つ。


 県道に分かれて北に進み、番外霊場札始大師堂でも参拝、読経
したが、納経所は不在だった。


 県道40号に入ったが、車は少ない。広い川原に水がわずかな
重信川(しげのぶがわ)を渡り、松山自動車道下を抜け、48番西林
寺(さいりんじ)へ。

 りっぱな山門を入ると、正面に本堂、右の大師堂は小さめ。しだれ
桃が咲き始め、納経所前のピンクの濃い桜も咲き出していた。暖か
くなったので、厚手のシャツを脱ぐ。

 西林寺の手前にあった番外霊場、杖ノ渕は、名水百選の一つ
との説明があった。少しの回り道だったから、寄ってくればよかっ
たと思うが、もう一度行く気にはならなかった。

 県道40号を少しで、左手の車道へ。こちらも車は少ない。
リハビリテーション病院横を通り、小野川を渡る。

 伊予鉄道の踏切を渡り、49番浄土寺に入る。本堂は、室町時代
のもので国重文。納経所前のしだれ梅が見ごろだった。


 少し歩いて、右手の日尾八幡宮に向かって急な石段を上がる。
拝殿内部に、スポーツ少年団の剣道優勝額が幾つか掲げてある。

 県道40号は車が多く、しかも歩道のないところもある。県道に
分かれ、墓地やレモン畑の間を上がり、50番繁多寺(はんたじ)
に着く。

 新しい鐘楼で鐘を突いてから参拝、読経する。高台にあるので、
松山市街の展望がよい。寺は、豊富な常緑樹林を背にしている。
本堂の左に、神仏混合の遺構か、鳥居を前にした歓喜天堂がある。

 境内で、中年の女性から、清涼飲料缶とチョコレート、ぽち袋
入り5円をお接待いただいく。中に、芳月と記されたメッセージも
添えられていた。

 高台にある閑静な住宅地をくねくねと進む。再び県道40号に入
ると、車が多くて歩道がない。

 石手川を渡ると、51番石手寺である。広い境内に、幾つもの
堂塔が立ち並び、参拝者も多い。

 三重塔の近くに、参拝者が折った千羽鶴がたくさん下がって
いた。

 参拝を終え、近くの手打ちうどん丸太店に入る。狭い店だが、
やわらかな肉うどんはおいしかった。

 ここで遍路道から外れ、南側の車道と国道317号を西に進む。

 松山東高前を通過、繁華街に入り、東横イン松山一番町に寄る。
ザックを預け、ナップサックと頭陀袋、地図ケースだけの軽装に
なる。

 北に向かい、愛媛大と松山大の間を抜け、山頭火一草庵の先
で遍路道へ。松山大のグランドや、そばの不退寺のピンクの濃い
桜が、かなり開花している。


 川沿いに出て、小魚がたくさん見える流れに沿った、自転車と
歩行者専用道を姫原まで進む。スーパーセブンスターの先から、
県道40号の遍路道より一つ南の、車の少ない車道を西に向かう。

 南北に走る県道184号の手前で県道40号に入り、JR予讃線
の西に回った。山すそを北に進むと、北風が少し強まり冷たい。

 校舎の新しい松山北中横や、大将軍神社の前を通過し、「四国
のみち」を少し進み、52番太山寺(たいさんじ)一の門をくぐる。

 山門から坂を570m上がり、国宝の本堂に着く。鐘楼や山門も
国重文で、境内の建物は皆、歴史を感じさせる。参道に、白と赤
いツバキの花が残っていた。

 県道183号を北に進んで、JR伊予和気駅に着く。

 17時34分発で松山へ。夕食場所を探しながら2km近く歩き、
18時30分に東横イン松山一番町に入る。

 夕食サービスのカレーライス券があるというのでもらい、すぐに
食事。さらに近くのコンビニで小さい弁当など買って食べ足す。

 ロビーのパソコンから、自分のブログにアクセスしたら、やはり
携帯電話からの投稿はアップされていなかった。そのパソコンか
ら、今日までの簡単な経過と、お詫びメッセージを投稿する。

 今日は、これらの処理で時間をとり、平地歩きで汗もあまり
かかなかったので、洗濯は休む。それでも歩行メモを書き終え
たのは、21時30分を過ぎていた。

〈コースタイム〉民宿長珍屋6:48ー47番八坂寺7:03~25ー別格
9番文殊院7:37~55ー札始大師堂8:17~28ー48番西林寺8:57
~9:21ー49番浄土寺10:05~30ー50番繁多寺11:00~30ー51番
石手寺12:05~35ー手打ちうどん丸太(昼食)12:38~57ー東横
イン松山一番町13:32~40ー山頭火一草庵西14:05ースーパー、
パルティ・フジ14:38~45ー安城寺交差点15:11ー市営三光団地
の東屋15:22~26ー52番太山寺15:56~16:39ー伊予和気駅17:06
~17:34=(JR予讃線)=松山駅17:42ー東横イン松山一番町
18:30

(距離 29㎞、地図(1/5万) 松山南部、松山北部、三津浜、
 歩行地 松山市、歩数 49,200)
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四国遍路道ふた旅(後編)・愛媛その8

2007-03-23 22:55:00 | 四国遍路道ふた旅
 第3日 2007年2月20日(火) 快晴
 44番大宝寺、46番浄瑠璃寺
 =三坂峠を下って松山市内へ=


 
 6時20分起床、7時から朝食。100人くらい入れる食堂だが、
私を入れてたったの3人だけ。他の2人は遍路では無さそう。
7時40分に古岩屋荘を出た。

 車道には出ず、すぐに左手の遍路道へ。周辺は、そそり立つ
垂直な岩が幾つかあり、これが古岩屋と呼ばれているらしい。


 八丁坂下の少し先からは、林道を離れた遍路道。草付きで歩き
やすく、さらに落ち葉が一杯の林に入る。


 珍しい黒竹が茂ったところがあり、豪雨にあった黒竹の里・
高知県の大坂越えを思い出す。

 丸石の石段を下って沢沿いに出て、間もなく県道12号際へ。
県道には入らず、真っ直ぐに進んで「四国のみち」の標識に従い
旧道を行く。

 民宿狩場苑前を通過、1㎞余り先の「青木農園入口」の看板で
県道12号に入る。

 間もなく河合の交差点。前回は寄らなかった住吉神社に参拝
する。前部が開放されて吹きさらしの、りっぱな社殿である。

 この辺りの神社は、このような造りが多い。

 少し南側から、家並みの間の細い遍路道へ。「河合のへんろ宿」
の説明板と東屋、トイレがあった。500mほどで県道12号に上が
り、新御堂トンネルの手前を左に上がる遍路道に入る。

 杉林の間を上がると、逆打ちの男性が、標高715mの峠の向こ
うでは、逆打ちの女性遍路と行き交う。

 標高差150mほど下って、44番大宝寺(だいほうじ)に入った。

 鐘を突き参拝、読経。樹齢数百年の太い杉木立など、豊富な
木立が境内に並ぶ。

 石段上の正面に本堂、右手に大師堂がある。山門に、納まり
きれずに折り曲がった、特大のワラジが奉納されていた。

 参拝者は境内には無く、門前に2人だけだった。

 門前のまんじゅう屋さんで、近くの生協のことを聞いたら、ショ
ウガ湯と飴のお接待をいただいたので、補食用に草餅を買う。

 旧道から国道33号に出て、久万高原町役場前まで戻り、松山
生協の店で弁当を仕入れる。生協としては大規模な店で、客も
多い。

 国道を北に向かう。町外れから歩道が無くなり、側溝上や細い
歩道になったりして、歩きにくく、トラックが通過すると菅笠が
あおられ、手で押さえる。

 西明神の先からは、再び歩道が付いていた。緩やかな上りが
続き、日差しは暖かだが風がやや冷たく、軍手が脱げない。

 横通集落に、遍路中では初めて見る、かやぶき屋根の家が1戸
あった。のどかな山並みを眺めながら坂を上がる。

 工事中の三坂第1トンネル入口の先、右カーブ点にあるレスト
パーク明神で昼食。東屋で食べ始めたが、風が冷たいので、
南西側の風当たりの弱い日だまりにシートを敷き、食べた。

 岡山のIさんから、「ブログへの投稿がないが?」とのメールが
携帯に着信した。毎日送っているのにどうしたことだろうか。

 さらに緩やかに坂を上がって、標高710mの三坂峠バス停に
着く。左カーブする国道を離れ、右手に入り、杉林の下から旧道
を下る遍路道へ。

 少し下ると、谷間から松山市街が見えてきた。しかし今日は
少し霞んでいる。

 ところどころに古い石畳が残り、排水を良くするために、最近
掘ったらしい溝が何か所もあった。

 かなり下ったところで、逆打ちの男性と会い、10ほど話す。
神奈川県平塚市の方で4度目。初回は別格霊場も全部回り、2度
目は奥の院全部を、3回目は八十八箇所だけを巡り、今回は逆打
ちにしたという。

 私は内子から3日目だと言ったら、「もしやあるきメデスさん?」
と聞かれた。私のブログを見ておられる方と分かり感謝する。
宿の情報も2、3聞き、お互いの無事を祈って分かれる。

 間もなく峠下の東屋に着き、小休止する。その先は簡易舗装
となり、左手に畑や棚田が現れた。

 いずれもイノシシ除けの電線が張り巡らしてある。

 民宿坂本屋まえを通過、宿は冬季休業期を利用して改装中。
民宿の柱に、懐かしい「とうかんや」のわら鉄砲が吊してあった。


付近の農作業小屋付近から、ときどきイノシシおどしの「ズドン」
という大きな音がする。

 桜集落の「お遍路さんの道の駅」は、入口に有刺鉄線が張られ、
閉鎖されていた。

 建物や石造りの飾り物も荒れた感じになっていた。

 さらに、棚田と点在する家並みの間を下り、榎集落の番外霊場、
網掛石にお参りする。


 前回、五右衛門風呂を沸かしていた、そばの民家の背後に、たく
さんのヤドリギがついたケヤキが立っていた。


 ナノハナの咲き出した里道から県道207号に出て、少し先で
左手の県道194号へ。いずれも車のすれ違いがやっとで狭い。

 坂本小から下校する児童たちが次々に、「さようなら」、「こん
にちは」と挨拶してくれ、気持ちよい。

 16時6分、今日の宿、長珍屋に着き、ザックを預けてそばの
46番浄瑠璃寺に行く。

 ここでも鐘を突いてから参拝、読経。平地の寺院だが、境内に
は樹木が多く。仏足石、説法石などの石や祈念碑、樹齢千年と
いう松山市天然記念物のイブキの大木などがある。


 長珍屋に戻り、202号室に入る。コインランドリーの洗濯機に
洗濯物を入れて入浴。広い泡風呂だが1人だけ、ゆっくりと浸
かる。

部屋も10畳で照明も明るく、神棚と違い棚付き。暖房が利き
過ぎて暖かすぎるが、調整は出来ない。

 夕食は18時から大広間で。差し向かいの席は、山形県東根市
の女性遍路。歩き始めて3日目で、2週間くらい歩きたいが、足
が痛いので、明日帰ろうかと思案中という。

 冬山に登り、八ヶ岳から帰ってすぐに出て来たとか。そのあと
も毎年冬登る、岩手の早池峰山に行く予定があるようだ。

 食事時間が違う別の歩き遍路が1人いるようだが、45畳くらい
ある大広間に団体客は無かった。

〈コースタイム〉古岩屋荘7:40ー八丁峠下8:03ー県道12号際へ
8:37~40ー住吉神社9:04~10ー新御堂トンネル東9:30ー44番
大宝寺10:07~35ー松山生協久万店10:57~11:04ー東明神バス
停12:04ーレストパーク明神(昼食)12:22~13:05ー三坂峠バス停
13:33ー三坂峠下東屋14:25~30ーおへんろさんの道の駅(廃止)
際14:58~15:05ー網掛石15:19~24ー民宿長珍屋16:06~08ー
46番浄瑠璃寺16:09~29ー民宿長珍屋16:30

(距離 24㎞、地図(1/5) 久万、松山南部、歩行地 久万
 高原町、松山市、歩数 42,800)

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アートウオークセラピー(葉山と横須賀の境を歩く)

2007-03-22 23:55:37 | ウオーキング
 ようやく暖かくなった今日、東京・銀座のシネスイッチ銀座で、
『サン ジャックへの道』という映画を鑑賞してきました。

 フランスのル・ピュイからスペインの西の果てにあるキリスト教の
聖地、サンティアゴ・デ・コンポステーラまで、1500kmもの巡礼路
を、仲の険悪な3兄弟と、リーダーを含めた個性的な6人の計9人
が歩いて行く物語です。

 私が興味を持ったのは、この映画の中で、携帯電話での通話が
ひんぱんに登場し、物語の筋回しにかなりの役割を持っているよう
に感じたことでした。

 私の今回の四国遍路でも、毎日の宿の申込み、このブログへの
投稿、家族への連絡、4日遅れで歩かれたSさんとの情報交換など
に、携帯電話は重宝しましたが、西欧でも日常生活だけでなく、
長距離徒歩旅行にも、携帯電話が欠かせないものになっているの
かなと思いました。

 それは別として、本日のレポートは、昨日歩いたアートウオーク
セラピーの模様です。

===========================

 2007年3月21日(水・祝) 晴

 「アートウオークセラピー」とは、神奈川県・三浦半島で、お気に
入りの自分のスポット、すてきな道を探して、その土地のいい雰囲
気をたっぷりと吸収しようという、普通のウオーキングとはちょっと
違ったおしゃれな歩き方だという。

 企画・呼びかけ人は、カントリーウオーカー「やまさん」こと、山浦
正昭さんのパートナー、山浦敬子さん。今年で4年目ということだが、
私は初めての参加である。



 集合地は、いつも同じで、京浜急行新逗子駅。10時に集まったの
は、やまさんご夫妻を含め7人、バスに乗り10分ほどの葉山公園
バス停で下車した。近くには、天皇家の別荘・葉山御用邸がある。

 そぐそばから、高台の住宅地に向かって急坂を上がる。少し上が
って振り返ると、海が見下ろせ、鎌倉や江ノ島、箱根連山、真鶴半島
などの展望も広がるが、期待の富士山は霞んで見えなかった。


 民家の車庫を通して眺める海は、額縁の中の絵画のように見える。

 眼下に、松の多い葉山公園も見えてきた。海に白帆のヨットがたく
さん浮かび、その向こう江ノ島である。


 一番上の方にある横文字姓の住宅に、欧米のものらしい古い車輪
を活用した塀と門扉があった。


 標高70m前後まで上がり、等高線沿いに常緑樹林の中に入る。
春の到来を告げるかのように、キブシの花が咲いていた。

 少し下がる道があったので下ってみると、第2次大戦の遺物か、
防空壕のようなものがあり、その前には、監視場所かと思われる
半円形のコンクリート製の壁もあった。


 もとの道に戻り、広葉樹林をさらに進んで、葉山町から横須賀市
に入った。西向き斜面から南向きの斜面に変わり、暖かい日差しに
オオイヌノフグリやジシバリ、タンポポなどが咲いていた。

 境界線に沿って少し上がると、林の中に休耕田ならぬ休耕畑が
あった。風も通らず日だまりで暖かいので、シートを敷いて昼食と
する。皆さんから、地方の土産の菓子などをいただいた。

 食後は、敬子さんのオカリナ演奏に合わせ、「早春賦」や、「春の
小川」など、春の歌をみんなで合唱する。周りを林に囲まれた格好
の野外劇場である。

 
 これが、私を除く今日のメンバー。

 昼休みを終え、わずかに残る踏み跡をほぼ稜線に沿って上がる。
何本もの木に、このような不思議な切り傷がついている。

 かなり上の方についているものもあり、動物の仕業ではないかと
いうことになったが、はたして誰が傷をつけたのだろうか。

 林の下にウラシマソウが咲いていた。


 途中で道が途切れたが、茂みの薄いところを選んで上がって、標高
130m付近にある畑に出た。


 車道が現れ、さらに東に進むと久留和グランドがあり、車で来た
ご夫婦がプランターに土を集めていた。

 帰りかけたそのご夫婦、新倉さんが声を掛けてきた。地元の人で
も来ないはずの林の中から我々が現れたかららしい。

 ご主人は、もと少年ソフトボールチームの指導者。このグランドで
指導したチームが、平成4年8月の全国大会で優勝したとのことだ
った。

 国土交通省東京航空局の施設入口の先から南へ下り、峰山の
住宅が現れたところからすぐ東側の坂を再び上がって行くと、梅林
の斜面にナノハナがたくさん咲いていた。

 桃の花は咲き始めだったが、ちょっとした桃源郷ともいえる雰囲気。

 ここでスケッチタイムとなり、ナノハナを中心にスケッチをした。


 さらに簡易舗装の急坂を上がり、標高130m付近にある秋谷配水
池のところに出た。東に大楠山のアンテナ、南に小田和湾や長井の
町並みなどの展望が広がる。


 そばに乗馬クラブの馬場と、かわいい陶芸品を飾った建物がある。


 馬場の横から南に向かって下り、カーブの多い秋谷の住宅地を
抜けて海岸沿いの国道134号近くまで下る。

 「Tipi」という小さい食堂に入り、コーヒーやジュースなどで乾いた
のどを潤し1時間近く休憩した。

 帰路は近くの子産石(こうみいし)バス停から。そばにバス停の
もとになった横須賀市文化財、子産石があった。

 16時22分発のバスに乗り、京浜急行新逗子駅とJR横須賀線
逗子駅から、それぞれの帰途についた。

 歩いた距離はわずかだったが、海と緑と早春の花をたっぷり眺め、
歌って描いてと、その名にふさわしいウオーキングで、充実した1日
だった。

(天気 晴、距離 4km、歩行地 神奈川県葉山町、横須賀市)
  

  

 


 
 

 

  

  
 

 

 

 
 

 
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