あるきメデス

あちこちを歩いて、見たこと、聞いたこと、知ったこと、感じたことなどを…

今年のわが家の干し柿づくり

2016-11-29 17:44:03 | Weblog
 2016年11月29日(火)

 わが家の庭に実る渋柿を、毎年11月上旬頃採って干し柿にしていますが、この秋は熟
す前に実の落ちるのが少ないようで、かなり残っていたので11月10日(木)に採るこ
とにしました。

 採る前の柿の木の実り具合です。

 よそさまの木を見ると、これくらいの枝張りではもっと実っているところも多いようで
すが、春先にいい加減に剪定するぐらいで肥料も与えず、放りっぱなしのわが家としては、
例年以上に実の付きが良いように思われました。
    

          

               
 
    
 収穫したのをバケツに入れてみたら、こぼれそうなくらい採れ、大小71個です。 
          

 夕食後に2時間余りかけてむいて、1本のひもに7~10個しばって2階ベランダの物
干し竿に吊しました。熟していたのは止めたので吊したのは全部で66個、昨年はたった
の25個だったので、倍以上になりました。
         
 裸のまま吊しておくと、美味しくなった頃にヒヨちゃん(ヒヨドリ)などに食べられて
しまうので、連れ合いがいつものようにビニールカバーを被せて吊してくれました。
 
           ビニールカバーを上げてもう1枚。上下とも11月13日(日)
           に撮ったもの。
              

 干してから半月余り、今日、11月29日(火)にはかなり縮んで、色も変わりました。
       
 試しに1番小さいのを食べてみたら、まだ甘味は少な目で食べた後に渋みが残り、食べ
頃には早め、あと1週間から10日もしたら美味しくなるのではないかと思われます。




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最後のアートウオークセラピーでYRP野比駅周辺を巡る(神奈川)

2016-11-24 23:05:45 | カントリーウオーク

 54年ぶりの11月の降雪状況の速報で11月24日(木)が先になりましたが、前日
の23日の歩きのレポートです。

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 2016年11月23日(水・祝)

 山浦敬子さんが13年前から春秋2回ずつ続けていた(途中1年休み)、アートウオー
クセラピーの最後、48回目に参加した。

 集合は、京浜急行久里浜線のYRP野比(わいあーるぴーのび)駅。前日の暖かさとは
うって変わり最高気温は12℃前後の予報で、今にも降り出しそう。


 最終回に参加したいと駅まで来たが、足の痛みがあり歩くのは止めるというDYさんと
別れ、10時ちょうどに駅の西側を出た。


 ちなみに「YRP」とは、横須賀リサーチパークの略称。駅の北西側台地に、NTT、
NTTDoCoMo、パナソニック、富士通、NECなど、移動体通信技術に特化した研究開
発機関の集積地として、平成9年(1997)に誕生し、面積61.7㏊のパーク内に
約5,000人が就業しているという。

 横須賀市のマンホールのひとつ。


 線路沿いを進んで突き当たりのT字路を左折し、長沢三丁目と四丁目境の道を北へ。地
図上に記された水田のところに、小さな2枚の水田が残っていた。



 少しずつ高度が上がり、家並みの切れたところで西側に、先月の歩きで上った三浦富士
への色づいた山並みが望まれる。


 山ろくから延びる久里浜霊園の上部には、三浦大仏と五重塔の上だけ見える。


 曲がりくねる道を地図通りに進んだつもりが、東側の日生団地の直線に区画された家並
みの西に出た。北側を迂回して、通研通りと呼ぶYRPへの道路に出て西へ向かうと、道
路際の大きなツツジがたくさん狂い咲きしている。


 その先で、遅れて駅に着いた2人と出会い合流した。2人は駅でDYさんと会って地図
をもらい、行きそうなルートも教えてもらいそれを頼りに来たとのこと。迂回したのがち
ょうど良いタイミングだった。

 近くの長沢川の橋際に立つ大きな「天照大神」の標石の横を入り、その神社を目指す。
     

    
 サザンカの咲く畑の横を進み、キャベツ畑の横から長いが緩やかな階段を上がり、常緑
広葉樹に囲まれた伊勢山の斜面中腹にある、長沢総鎮守の天照大神社に着いた。




 約360年以前の江戸中期、里人の3家が伊勢神宮から分霊を勧請(かんじょう)して、
長沢の鎮守としたのが始まりと伝えられているという。


 平成11年(1999)には、社殿の改修や参道の整備、石灯ろうの奉納など行われた
ようで、それらの寄進者名を刻んだりっぱな石碑が境内にある。



 東側は展望が開け、長沢6丁目の集落や標高102mの小山などが見渡せるので、ここ
でスケッチタイムを取り、思い思いの場所をスケッチした。



 境内の手水舎の横には、珍しく女の子の絵で手水の使い方が記されている。


 少し早いが細かい雨が感じられたので、拝殿の屋根下を借りて昼食とする。でも、幸い
に雨はわずかな時間だけで、食事中に止んだ。拝殿の前で記念撮影をして、12時に出発
する。



 東側、駐車場を経由する道を下るとすぐ下にミカン畑があり、色づいたミカンがたわわ
に実っている。




 ミカン畑の道路際には、カラタチが丸い実を幾つか付けていた。
   

    
 長沢六丁目の集落の中心を巡るカーブの多い道を東に向かう。路傍のキクがきれいな彩
り。


 車道に出て長沢交差点でV字上に折り返す。近くの量販店ノジマ構内から東側のバス道
路を横断して、東側台地中腹にある称名寺へ。

 社殿はコンクリート造り、今日は13時から報恩講法要が行われるようで、檀家の方々
が本堂に参集している。


      日蓮上人立像の横から東側の山門を出た。
     

         

 野比小の横に下り、北に回って近くの最蔵寺へ。

 西側の段段を上がって山門をくぐると、やや小ぶりの本堂が西向きに立っている。庭は
狭いが植栽はよく整えられていた。




 さらに東進して次のT字路を北へ、ピークを少し越えたところから広い墓地の間を上り
下りして、次の最宝寺に行く。これら三つの寺は何れも浄土真宗である。

 無住のようで本堂は閉ざされていて、境内は樹木が少な目で開放的。


 本堂の左手に、ヤドリギを付けたようなのともう1本、ソテツが枝を広げていた。


 西方寺を出て東南に進む。北側の台地下に、クヌギだろうか大きな木が黄色く色づいて
いる。


 京浜急行の踏切を渡り、線路に平行する国道134号を駅に向かう。この辺りは「尻こ
すり坂通り」と呼ばれ、久里浜寄りの峠を越えるところは昔はかなりの急坂だったことか
ら名付けられたものと思われる。
     

 国道にあったマンホールは、午前中見たのとは違うデザイン。
 

 途中のマクドナルド野比シティオ店に入り、敬子さん持参の過去のアートウオークセラ
ピーの記録や写真を拝見しながらしばし歓談する。


 YRP野比駅には14時10分頃に着き、14時15分発上り快特電車に乗る。車内放
送では、明日は降雪が予想され電車の遅延や運休の恐れのあることなどが告げられていた。

(天気 曇、距離 5㎞、地図(1/2.5万) 浦賀、歩行地 横須賀市、歩数
 11,300、累積標高差 約380m)


 今回で、2004年から続いていたアートウオークセラピーは終わりました。年4回、
のべ48回のうち、私は2007年から参加し始めて2010年と11年は参加出来ま
せんでしたが、合計21回の参加でした。

 半分にも満たない参加数ではありますが、敬子さんとやまさんを除いては一番参加し
たのではないかと思います。

 三浦半島の南半分をあちこち歩き、常緑広葉樹林の茂る丘陵や岩の多い海辺、そして
キャベツやダイコン、スイカなどの畑の広がる台地上など、三浦半島の魅力をたくさん
引き出していただいた敬子さんとやまさんに感謝します。ありがとうございました。




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54年ぶり11月の初雪(埼玉・所沢)

2016-11-24 11:14:31 | Weblog
 2016年11月24日(木)

 昨日からの予報通り、朝起きてみたらわが家の周辺もすっかり雪に覆われていました。

 これら10枚の写真は、9時頃撮ったもの。

 東京都心でも6時15分から初雪となり、昭和37年(1962)年以来54年ぶりの
11月の初雪と報じられ、首都圏の鉄道も運休や遅延しているようです。


 私は半世紀以上、毎日の天候と朝と夜の気温を記録しているので、その記録のグラフ用
紙を見ましたが、昭和38年(1963)から続けているので、その間の降雪の記録はあ
りませんでした(住んでいたのは東京・練馬区、埼玉県坂戸市、所沢市)。



     


 この頃で2~3センチくらいの積雪とみられ、その後も降り続いています。



    

        

 わが家でただ一本の高木?、柿の木もいつの間にか葉が落ちて、枯れ木に雪の冬景色に。


 春先にはかわいい花を見せてくれたニホンサクラソウの鉢も、雪帽子に覆われました。


 いつも、少しの雨でもビニールを被せて配達される新聞も、今朝はビニールカバーなし
だったので、配達した暗い頃にはまだ降り始めていなかったようです。

 正午頃にもう一度、その後の降雪状況を。



 5㎝以上の積雪になったよう。
          



         カラスウリ
        

           

      毎年春、たくさん実をつけてくれるサンショウも寒そう。
       

 別のところに並べたニホンサクラソウ。



 柿の木への積雪も、幾分増えています。   




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続カタツムリ歩行で松戸駅周辺を歩く(千葉)(後半)

2016-11-22 19:12:51 | カタツムリ歩行
 2016年11月20日(日)〈続き〉

 続カタツムリ歩行のゴール、浅間神社からの帰路は、神社の北側台地にある「戸定(と
じよう)が丘歴史公園」を回って松戸駅に戻ることにした。

 神社境内の南端から国道6号沿いにV字状に折り返す。そばの広い民家の庭に実る、柿
やミカン、ピラカンサが塀越しに見える。


 その先の野球のグランド横からは、豊富な木々に覆われた浅間神社の森が望まれる。


 JRの車両センターへの引込線の下を東に抜けて、線路沿いを進む。千葉大園芸学部の
西門と思われる門が見えたので進んだが、立ち入り禁止の表示があり入れない。


 門の手前、北側斜面に「維新の志士 従五位 竹内 啓先生の墓」の説明板があり、上の
斜面が墓地のようだが、墓石は確認できない。


 近くに観音堂の小さな祠(ほこら)もある。


 JRの引込線が常磐線の線路に合した横を少し上がり、戸定が丘歴史公園へ西側入口か
ら入った。

 戸定が丘歴史公園は、明治維新で権力の座を離れた近代徳川家の住まいと庭園を一般公
開した唯一の場所とのこと。

 江戸幕府最後の将軍・徳川慶喜(よしのぶ)の弟・昭武(あきたけ)が1884に戸定
邸の座敷開きを行い、6年後に庭園の整備を終えたところ。かつては7万㎡を越えていた
敷地の約3分の1が、戸定が丘歴史公園になっているという。


 林間のスロープを緩やかに上がり、戸定歴史館前に出た。館前の紅葉が鮮やかな彩り、
ジュウガツザクラも咲いている。




     

 戸定歴史館では、徳川昭武の遺品を中心とする松戸徳川家伝来品や徳川慶喜家伝来品、
1867パリ万国博覧会関係資料の展示と、戸定邸と庭園の公開を行っているというので、
入館した(歴史館・戸定邸入館共通券240円)。


 歴史館内には、慶喜と昭武の数々の資料や記録、写真、調度品などがあり、大政奉還後
の慶喜の動向や、昭武家家族の明治から昭和に至る活動状況などを興味深く観覧した(館
内は撮影禁止)。

 次に歴史館の西南にある戸定邸と広い庭園を拝観する。

 戸定邸は、明治時代の徳川家の住まいがほぼ完全に残る唯一の建物とのこと。1884
年の座敷開き後の増築もあり、9棟が廊下で結ばれ、部屋数は23ある。

 旧大名家の生活空間を伝える歴史的価値が高いことから、国の重要文化財に指定されて
おり、それら各部屋を順次巡る。




    




 一番大きな表座敷棟↑からは、南と西に広がる庭園に出られるので庭園も一巡する。


 旧徳川昭武庭園は、国指定名勝である。



 建物周辺は広い芝生地が広がり、その先に築山や豊富な木々が大きく育っている。




 高台なので、西側の樹間から展望が開ける。





 南側にある数本の大きなモミジも、ちょうどよい彩り。
     





     

   







    




 戸定邸と庭園の観覧を終え、南東に接する千葉大園芸学部と結ばれた園路にも回る。


 園路沿いには東屋もあり、ホトトギスやツワブキが咲き残る。
   

       


 先端の芝生広場を囲むケヤキやもモミジなども、よい彩りを見せていた。


     
 1時間余り歴史公園内を観覧し、かやぶきの門を出ると、そばの大イチョウが黄葉に染
まっていた。
                   
        

 駅への途中、松戸市民会館前には「山崎直子宇宙飛行士スペースシャトル搭乗記念碑」
があった。

 松戸市出身の山崎さんは、小学生の頃からこの市民会館のプラネタリウムに通いながら、
宇宙への夢を育んでいたという。

 JR松戸駅には14時41分に戻り、8分後の常磐線上り快速電車で帰途についた。

 首都圏の気温は20℃前後まで上がり、季節外れの暖かさだった。

(天気 晴 距離 6㎞、地図(1/2.5万) 松戸、歩行地 松戸市、歩数 13,200)


 なお、戸定邸庭園は国の名勝に指定されたことから、市で完成当時の明治期の姿に復元
する工事を進めていて、来週の11月29日(火)から来年、平成29年夏頃まで公開禁
止になるとのこと。

 このことや、戸定歴史館全般についのウェブサイトはこちらから。
 




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続カタツムリ歩行で松戸駅周辺を歩く(千葉)(前半)

2016-11-21 17:20:29 | カタツムリ歩行
 2016年11月20日(日)

 JR武蔵野線の周辺を歩く「続カタツムリ歩行」の第39回例会に参加した。

 集合はJR常磐線の松戸駅だが、西武池袋線の遅延とJR山手線が途中で15分ほど停
止し、松戸駅に着いたのは受付締切の10時ちょうど。

 急ぎ改札を出たら、最後に出発するところだったIさんとOさんに出会う。地図は用意
してきたのでゴールの場所を聞き、10時08に西口をスタートした。


 駅前から西に延びる広い通りを進んで、坂川の一平橋を渡る。川は江戸時代に掘られた
のだという。


 江戸川の左岸堤防近くで右折すると、道路を挟み平潟神社と来迎寺とが接している。

 来迎寺は市内小金にある東漸寺(とうぜんじ)の末寺で、江戸初期の1660年の創建
とか。

 近年建て替えて近代的なスタイルの来迎寺、道路際には7地蔵と、元禄10年(1697)
造立の庚申供養塔が立つ。
       


 平潟神社は水神宮とも呼ばれ、「水神宮」の掲額のある石鳥居には万延元年(1870)
と刻まれていた。
     


 中部小の南を回り坂川沿いを少し、堂の口橋を渡って県道5号・水戸街道に出た。南へ
すぐに西蓮寺がある。

 慶長18年(1613)に市内下矢切から当地に移転してきたとのこと。歴代住職は教
育熱心で、江戸末期には本堂で寺子屋を、明治6年(1873)には仮校舎として現在の
中部小が設立され、市内の教育発祥の地といわれているという。


 どっしりした構えの本堂、庫裏の前の池の傍らに、金魚を象った飾り物が下がる。


 水戸街道に戻ると、東側に古い商家が目に付いた。原田米店の建物で、幕末以来の2階
建て商家の形式を残す貴重な建物とか。現在、1階左手は自転車店で、右手には「ひみつ
堂」のちようちんが下がる。

 ひみつ堂は松戸市観光協会の事務所のようで、事務所前にあった観光パンフレットを物
色していたら、中から出て来た方が「松戸あんないマップ」の見どころを説明して下さり、
市立博物館のチケットもいただく。


 さらに、この建物は大正時代の建築、奥の2階建て↑は昭和、突き当たりは↓明治の建物
で、明治から昭和まで3代の建物が残る貴重な場所だという。


 道路を隔てた西側は善照寺。文化6年(1809)の火災時、本尊の不動尊を篤信家深
山卯兵衛が背負って避難して災難を免れ、以来「火伏せの不動尊」として篤い信仰を得て
いるという。



 本堂右手には観音堂があり、本堂前のイチョウがよい彩りに。
     

 善照寺の南側には宝光院がある。千葉周作は、文化6年(1809)頃に松戸に住み、
近くの淺利道場で稽古に励んだようで、境内には実父幸右衛門の墓と師匠淺利又七朗の供
養塔があるとか。

 本堂はコンクリート造りで朱塗り、本堂前から西側にかけては、近年造られた「松戸四
国八十八ヶ所弘法大師霊場」になっていて、四国八十八ヶ所霊場の本尊の新しい石像が並
んでいる。


 背後は坂川だが、この辺りは豊富な斜面林に覆われていて、駅近くとは思えぬ静寂なた
たずまい。


 すぐ先の春雨橋際で水戸街道に分かれ、カーブする坂川沿いの遊歩道へ。その先も緑陰
が多く、色づいた広葉樹が続いている。



 小さな社の松先稲荷神社前を過ぎると、南側は木々の多い松戸神社である。背後のハゼ
が色づき、ピラカンサがいっぱい実る。



 松戸神社は寛永3年(1626)に社殿が建立され、正徳5年(1715)頃に松戸町
の鎮守を移し、松戸の総鎮守として地元の崇拝を受けているという。



 坂川沿いのソメイヨシノも色づき、拝殿左手のイチョウは黄葉に覆われ、境内のモミジ
やケヤキもよい彩りを見せる。拝殿前は、七五三詣での家族で賑わっていた。


        

     


 カルガモの泳ぐ坂川沿いをさらに南下し、松龍寺の山門を入る。


 松龍寺は慶長18年(1613)の開基で、元和7年(1621)に現在地に移り、8
代将軍吉宗など4回、将軍家鹿狩りの際の御休憩所になったという。

 山門は宝暦年間(1751~64)の建立のようで、市内に残る唯一の江戸時代の建造
物らしい。境内には観音堂もある。


 その先には、石柱に「慈眼寺」の新しい標石があるが本堂は無く、広い空き地の隅に小
さいお堂だけが残されていた。
     

 坂川は右にカーブして県道5号のめがね橋の下を抜ける。そのカーブ点に、「あなたも
慶喜公気分」の表示とともに写真が2枚焼き付けられ、その説明文がある。

 徳川最後の将軍慶喜(よしのぶ)が、明治38年(1905)4月に、この場所から撮
っためがね橋周辺のステレオ写真と、撮影する慶喜を撮った、弟秋武の写真である。

 ちなみに、この写真撮影時から38年前の慶応4年(1869)4月、江戸城開城に伴
い、上野・寛永寺で謹慎していた慶喜は水戸へ向かい、最初に宿泊したのが松戸宿だった
という。

 現在のめがね橋は、レンガ造りの橋の上を舗装された県道5号が走る。

 この小山レンガ橋は明治31年(1898)に造られ、レンガ造りの構造物としては千
葉県で一番古いといわれているとか。江戸川からの逆流を防ぐために設けられたもので、
上下流両側から6枚の堰板(せきいた)を上げ下げできる構造になっているようだ。

 橋の横から撮影した辺りをふり返ったら、いつの間にかアオサギが流れに立っていた。
     


 県道5号を南進する。JR常磐線が近づいた辺りには小さい馬頭観音堂があり、傍らの
ハゼが鮮やかな彩りを見せる。
    

 間もなく江戸川の葛飾橋からの県道54号に合し、JR常磐線の上を小山浅間橋で越え
る。


 現在の水戸街道・国道6号との交差点際をV字状に折り返し、ゴールの浅間(せんげん)
神社に12時03分に着いた。
     
 社殿は、ヤブニッケイやタブノキ、ツバキなどがうっそうと茂る急階段を比高約20m
上がった山上に祭られている。
     
 浅間神社の創建は天保4年(1833)、古くから富士山を対象にした山岳信仰の神社
で、深い樹木に覆われた丘陵円形の極相林は、県の天然記念物に指定されている。



 林の下の道路際に、朱塗りコンクリート造りの神楽殿や小さい池を囲む庭園があり、山
際には下浅間宮の小さいお堂が祭られていた。


 鳥居の横には江戸時代の庚申塔や青面金剛塔などが並び、1番古い庚申塔は元禄11年
(1698)の造立という。
    


 神楽殿の周辺で昼食を終え、記念撮影とミーティングをして、13時近くに散会した。
                                    (続く)




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横浜市歴史博物館の「寿福滋写真展 杉原千畝と命のビザ」へ(神奈川)

2016-11-17 21:57:21 | Weblog
 2016年11月16日(水)

 先月に行く予定だったのが体調不良で延期していた、標記写真展の観覧に連れ合いと出
かけました。

 西武池袋線から東京メトロ副都心線、東急東横線直通の快速電車で武蔵小杉まで行き、
普通電車に乗り継いで日吉駅で乗換え、横浜市営地下鉄グリーンラインのセンター北駅で
10時39分に下車しました。

 線路の東側、線路に平行する通りのケヤキ並木がよい彩りに。

 通りにあった博物館への案内板。


     途中の「Twins Cricket」という店の前に飾られた人形。
    

         駅から南へ徒歩5分ほどで、突き当たりが横浜市立博物館です。
        



 最初に、目的の企画展「寿福滋(じゅふくしげる)写真展 杉畑千畝(すぎはらちうね)
と命のビザ」を観覧することにしました。これはそのリーフレット。 
      

 リーフレットの裏面に記載されていた、この展覧会の目的や内容、写真家寿福滋氏の紹
介など。
    
    
 私たちはツアーで昨年7月14日にリトアニアのカウナスに行き、杉原千畝がユダヤ人
のために命のビザを発給した旧日本領事館の杉原記念館を訪ねたことから、杉原のことを
より知りたいと思い、今年4月19日(火)には出身地の岐阜県八百津町(やおつちょう)
の生家跡や杉原千畝記念館を訪ねたり、生涯を記した図書なども読んだりしました。

 この展覧会についてもどこかで入手した情報で知り、来館することにしたのです。

      企画展の会場入口
     

 展示会場は以下のようなコーナーにより構成されていたので、順次回って寿福滋氏が
各地で撮られた写真や、杉原千畝関連の資料や遺品などの展示を観覧しました。

 プロローグ「命のビザ」 1 アウシュビッツ(ポーランド) 2 ワルシャワ(ポーラ
ンド) 3 カウナス(リトアニア) 4 モスクワ(ロシア) 5 シベリア鉄道(ロシア)
6 ウラジボストークから敦賀 7 神戸から上海 8 エルサレム(イスラエル)9 ニュ
ーヨーク・岐阜県八百津町 10 横浜・鎌倉 エピローグ 人間杉原千畝

 ケースに入っていた、協力した博物館などからの展示品は撮影禁止でしたが、寿福さん
の写真パネルは撮影できたので、それらの一部を紹介します。

 1 アウシュビッツ














    







   イスラエル・ヤド・パシェム 杉原千畝を記念して植えられた木(中央)
    



 命のビザで救われたニューヨーク、アインシュタイン医大のシルビア・スモーラー博士
(当時6歳) 
    

 リトアニア・カウナスの旧日本領事館(現在は杉原記念館)


 杉原千畝がビザを発給した2,000人を越えるリスト




     岐阜県八百津町の杉原千畝記念館と館前にある杉原千畝の胸像
    

 ゆっくりと企画展の観覧を終え、常設展示室も見ることにしました(企画展は観覧料無
料、常設展示は観覧料400円)。

 常設展示室は円形で天井の高い会場を、原始Ⅰ、原始Ⅱ、古代、中世、近世、近現代の
コーナーに分けて展示しています。こちらもフラッシュや三脚を使わなければ撮影可能な
ので、撮ったものを幾つか。












 常設展示も見終え、ミュージアムショップで以下の関連図書を求め、13時過ぎに退館
しました。
        企画展の図録
       

            

 ちなみに、横浜市歴史博物館のウェブサイトはこちらから。

 昼食をすることにして、ケヤキやソメイヨシノの葉の色づく通りを駅の方に戻ることに
しました。




 センター北駅の東側にある大きな商業ビル、ノースポート・モールに入ります。
     

 5階の食堂街にあった「生麺工房 鎌倉パスタ」に入り、パスタの昼食を。


   私の注文は「鶏とアスパラのレモンクリーム生パスタランチ」(1,090円)
    
    レモンが利いてもちもち感のある生パスタを、美味しくいただきました。

 歴史博物館やノース・ポールの東側にある大塚・歳勝塚遺跡公園にも行って見たいと考
えていたのですが、14時半近いので帰ることにして、ノースポート・モールの2階から
ウッドデッキでセンター北駅の北東側広場に進みました。

 眼下のケヤキやソメイヨシノ、北側のイチョウなどもよい彩りに。


     


 センター北駅に14時35分過ぎに着き、往路と同じルートで帰路につきました。





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埼玉県民の日 無料公開のYS-11型機と所沢航空発祥記念館へ

2016-11-15 21:51:27 | Weblog
 2016年11月14日(月)

 今日は埼玉県民の日で、県の施設などが各地で無料公開されます。市内ウオーキングで
西武新宿線の航空公園駅東口に回ったら、駅前広場に展示されているYS-11型旅客機
の機内が公開されていたので入ることにしました。



 後部の搭乗口からタラップを上がって機内に入りました。


 前に進むと、コックピットも間近に見ることができます。





 前部搭乗口から下りて、後方に回りました。




 YS-11の説明パネル




 飛行機を離れてそばの所沢航空記念公園へ。1週間ぶりくらいに来たら公園内の広葉樹
は紅葉、黄葉が見ごろに。


    


 公園の西北、市立図書館付近のケヤキやソメイヨシノなど。


    

 県民の日で公立学校などは休みなので、公園内は子ども連れの家族など多くの人が訪れ
ていました。

 公園の中央部にある放送塔の近くに見える飛行機は、近くの航空自衛隊入間基地で使わ
れていたC-46型輸送機です。

 輸送機の北側には県立所沢航空発祥記念館があり、やはり今日は無料開放されていたの
で、久しぶりに入館しました(通常の入館料 大人510円)。


 入口を入ったロビー上部には、日本最初の飛行場となった所沢飛行場で初期に飛行した
アンリー・ファルマン機の実物大レプリカのよう。


 ドーム型の館内の展示場には、自衛隊などで使われた飛行機やヘリコプター、エンジン
などがたくさん展示されています。




 ニューポール81E2複葉機。


 陸上自衛隊で使用したバートルV-44大型輸送用ヘリコプター


 駅前に展示のYS-11型機に搭載されていた、ロールスロイス製RB.53ダートMK.
543-10エンジン


 2階部分の奥から見た館内


 2階には航空管制コーナーがあり、平成4年(1992)まで公園の東側にある東京航
空交通管制部で使用していた管制デスクが展示されています。


 その周辺には、所沢飛行場関連の歴史や人物、飛んだ飛行機など、写真や資料、実物が
何点も展示されていました。そのコーナーのひとつだけを。


 東側にある格納庫は通常は閉ざされていますが、今日はこちらも公開中なので初めて入
ってみました。


 格納庫の前には2つの実機が、左側はヒューズTH-55J型。実用型量産機では最も
小型で軽量のヘリコプターのよう。


 右側はフォッカーE-V11型機(ドイツ)の実物大レプリカ。


 格納庫内にも何機もの飛行機やヘリコプター、グライダーなどが展示されていました。




 ミルMi-8PA型機、乗員2名、搭乗員28名乗りの大型ヘリコプター。



 そのコックピットと座席。


 ベル47D-1型機、5,600機以上も量産されたベストセラー機とのこと。


 格納庫を出て、航空記念公園の中央部から南へと向かいながら、紅葉、黄葉を眺めます。


     



 ロウバイ園近くのケヤキ


 子ども広場の周辺


     

 梅園付近



 南駐車場付近もよい彩りの木がたくさん。




    


 南側中央部の入口から公園を後にしました。今日は曇り空で紅葉の彩りはいまひとつで
すが、昨日だったらもっと鮮やかだったかもしれません。




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小春日和の東松山市郊外をカントリーウオーク(埼玉)

2016-11-14 10:35:37 | カントリーウオーク
 2016年11月12日(土) 

 前日とはうって変わり暖かな快晴となり、カントリーウオークグループの第238回例
会に参加した。


 集合は東武東上線の東松山駅、10時20分発熊谷駅行きバスに乗り、10時32に原
宿バス停で下りた。

 == 大谷瓦窯跡から東松山ぼたん園へ ==


 南側の十字路を西へ、そばの民家にたくさんのミカンが実る。角川左岸に下り、南側の
橋を渡って田園地帯を北へ、種を採るのか実が大きくふくらんだオクラが残る。
       


 北側の台地下に、長い土塀を巡らす大きな民家が目に入る。西にすぐ、丘陵下部の広葉
樹林下に国指定史跡のに大谷瓦窯跡(おおやがようせきorおおやかわらがまあと)がある。

 瓦を焼いて製作した登り窯の跡で、全長は約7.6m、約30度の傾斜があり、白鳳時
代のものと思われるという。


 広葉樹林を抜けた南側は大豆畑で、実の熟した大豆と雑草とが入り交じっていた。



 西進して、屋敷林に囲まれた民家が点在する畑中集落の南側を進む。畑のあぜにキクが
咲き競い、林の隅ではゴンズイがたくさん実を付けていた。
    


 柿やユズがあちこちに実り、サザンカの咲く里道を進み、車道を横断してすぐの十字路
際で小休止。



 
 小さい屋根掛けの祠(ほこら)に、身寄観音と馬頭観音が祭られている。
       

 陽の差し込まぬ林間を抜け、次の車道を横断したところには、立木に絡まるようにハヤ
トウリがたくさん実を付けていた。


 東松山カントリークラブとの境界の細道を進み、東松山ぼたん園へ北側の高台から入る。

 たくさんのボタンはすでに葉が落ちて越冬に備え、園内あちこちにあるジュウガツザク
ラがまだ咲き残っていた。




 園内を東南に下り、大岡コミュニティセンター前の広場に11時52分に着き、JR高
崎線の遅延で遅れて別のバスで先行したMさんと落ち合い、昼食にする。

 当ぼたん園は、市の花「ぼたん」の普及活動の一端として平成2年(1990)に開園
し、その後拡張して関東有数のぼたん園となり、4月下旬頃から約350種、約9,100
株が花をつけるという。

 == のどかな野田、金光地集落を抜けて森林公園駅へ ==

 
 記念撮影をして、13時ちょうどに出発する。


 点在する野田集落の民家の前にはユズが実り、皇帝ダリアが咲き出す。当たり年なのか、
柿はどの木も実がいっぱいだ。
    

       



 民家の前の畑に、見慣れない芋らしいものが植えられていた。



 集落の西端付近から南へ、少し霞む笠山から堂平山の山並みを眺め、西明寺池の南を回
ってそばの西明寺に行く。




 周辺に自動車がたくさん駐車し、本堂では何か儀式が進行中。車の整理人に聞くと、今
日は新しい住職就任の催しだという。山門前には「普山式」の立て札があった。




 境内右手に新しいお堂があり、「烏枢沙摩堂」の掲額の下に、大きな一枚板に刻んで彩
色した木彫の像が祭られていた。
     
 烏枢沙摩(うすさま)明王を祭るお堂で、烏枢沙摩明王とは密教における明王のひとつ。
真言宗、天台宗、禅宗などで信仰され、「この世の一切の汚れを焼き尽くす」功徳を持っ
ているらしい。


 野田集落の東側にある赤城神社にも回って見た。杉木立に囲まれた境内、拝殿そばには
カシの古木もあり静かなたたずまい。


 集落を南西に抜けて、水管橋に平行する橋で滑川(なめがわ)を渡る。橋の下の流れに
アオサギが立っていた。



 その先のナシ畑には、採り残したらしいナシが幾つか見られる。
    


 車道を横断すると、正面に笠山が望まれる。すぐ先の緑陰でしばし休憩した。



 間もなく舗装が切れ、ススキの歓迎を受けながら田んぼの中の気持ちよい野道を進む。


    


 わずかな家並みの金光地集落へ。たくさん実をつけたピラカンサがあり、そばの民家に
も柿がたくさん実る。


 近くに、県内では珍しいリンゴ園があり、たくさんの実が収穫期になっていて色づく。
       


 市野川(いちのかわ)の左岸沿いに進んで、国営武蔵丘陵森林公園横から森林公園駅の
東側を通過する県道47号バイパス沿いに出た。
     



 羽尾(南)交差点際にあったファミリーマートに入り、気温が上がって欲しくなったア
イスクリームなどを求めて最後の小休止を。



    
 色づくイチョウやケヤキ、沿道の花や彫刻などを眺めながら少しで、ゴールの東武東上
線の隣駅、森林公園駅に14時58分に着いた。
       





 快晴の小春日和で距離も短め、11月とは思えぬ暖かでのどかな里道歩きを楽しんだ。

(参加 9人、天気 快晴、距離 8㎞、地図(1/2.5万) 東松山、武蔵小川、
 歩行地 東松山市)





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水彩画展を見て与野公園などを巡る(埼玉・さいたま市)

2016-11-09 21:37:40 | Weblog
 2016年11月9日(水)

 東京に「木枯らし1号」が吹いたと発表され、真冬並みの冷たい風が厳しかった今日は、
カントリーウオークの仲間Tさんが、さいたま市中央区で週末の12日(土)まで開催中
の水彩画展の観賞に出かけました。


 正午過ぎにJR埼京線の南与野駅↑で下車して、近くにある会場の「ギャラリー カフェ
ラルゴ」に入ります。




 店の前にはこんな彫刻が。



 ゆったりしていて明るい会場では、Tさんがこの3年間に描いたという風景を中心にし
た水彩画が30点以上展示されていました。
    

        

 案内のはがきに描かれたこの作品は、県内に残る昔ながらの民家のたたずまいを残す代
表的ともいえるような景観で、私たちのカントリーウオークでもこのようなところを探し
求めながら歩いています。
    





 観覧を終えて会場を出て、風は冷たいながら快晴なので少し周辺を歩くことにして北に
向かいました。


 住宅地の中にサツマイモ畑が残り、収穫中の人は昼食に戻っていたようですが、掘った
さつまいもも見られました。



 鈴谷四丁目の妙行寺に入りました。堂々たる本堂で、右手の庫裡(くり)も大きな建物。




 そばに、国の天然記念物に指定されている「与野の大カヤ」と呼ぶカヤの古木が立って
います。

 樹高21m、根回り周囲13.5mあり、樹齢は1,000年を越えると推定のもの。

 さらに北へ、鈴谷八丁目には与野七福神の鈴谷大堂が。


         本堂に祭られたご本尊。
        

 同じ鈴谷八丁目にある天神社へ。大きな常緑広葉樹やケヤキなどに囲まれています。





 背後のたつみ通りを西へ、与野西中の北側には、すぐ先にある「彩の国(さいのくに)
さいたま芸術劇場」で1998年から2015年にかけて上演された、「彩の国シェイ
クスピアシリーズ」の出演者の手形とサインのパネルがたくさん並んでいます。その一
部を。
  

     

        

 パネルの下に咲く花


 そばの交差点の西南一帯が彩の国さいたま芸術劇場です。


 何度かそばを通過していますが、今日は初めて中に入ってみました。半地下のようなと
ころの広場に、現在開催中の「さいたまトリエンナーレ2016」の作品のひとつ「息を
する花」と題する作品が展示されていました。

 上から下へと、花びらが開くように動くのです。

 韓国のチェ・ジョンファという作家の作品で、花はハスのようです。

   
 近くの廊下の壁面には↑このような作品が何点か展示され、廊下の上部にも作品が。
       

 北側の道路からみた芸術劇場。


 撮った場所のそばにあった安楽亭に入り、遅くなった昼食に味わい牛丼と卵スープを注
文しました。
    


 北側の北峰四丁目をさらに北へ、並ぶ民家にたくさん実るのは夏みかんとユズのよう。
     

 次の本町西一丁目を抜けた突き当たりの与野公園に入ります。西側の広葉樹の彩り。
     

 公園の西端部はバラ園ですが、もう秋バラの盛りは過ぎていて、わずかな花が陽が陰っ
た一帯で、冷たい北風に激しくゆれ動いていました。      
    

        

      公園の北側には黄葉した木が。
     

 道路を挟んで公園の北側には、与野七福神の弁財天を祭る御嶽社がありました。
       

      少しの斜面を上がった上に祭られた御嶽社の小さい社殿。
     


 与野公園戻り、弁天池の北から南に回ります。南側には噴水が。


 弁天池の東側は、やはり与野七福神のひとつ、寿老神を祭る天神社。


 公園の西南端の入口を出て、東に少しで喜多山という煎餅(せんべい)店があります。



 以前来た時と同じで、今日も9のつく日なので久助せんべいの割引販売日、せんべい好
きな私はまた入り、一袋購入しました。
    

 東側の通りの角にある居酒屋の壁面。


 その北側は、与野公園際まで広がる広い境内の円乗院ですが、境内での撮影は禁止の表
示なので、門前で撮るだけで入るのは遠慮しました。


 円乗院の前の通りを東進して15時57分にJR埼京線の次の駅、与野本町に入り、帰
路につきました。


 さいたま市の最高気温は13時で13.2℃だったようですが、北風が冷たくて10℃
以下に感じられた寒い半日でした。 





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第39回日本スリーデーマーチ(第3日 都幾川・千年谷コース)(埼玉)

2016-11-07 17:02:11 | ウオーキング
 2016年11月6日(日)

 3日目の今日も快晴になりましたが、北風がやや冷たく感じられます。でも、3日間と
も快晴に恵まれた日本スリーデーマーチは何年ぶりのことでしょうか…。3日目も10㎞
コースに参加することにしました。昨年までは20㎞コースを2日と10㎞コースを1日
歩いたのですが、9月で年齢がひと区切りアップした今年はこれが精一杯です。

 スタート前の中央会場は、昨日同様10㎞コースに参加の人の列が折り返し、少し待た
されました。少しずつ移動してステージ近くまで進んだら、北区のSさんが見つけて声を
掛けて下さいました。Sさんは今年確か89歳のはず、最近まで10㎞コースを歩かれて
いましたが、今年は5㎞コースとのこと。私はその歳になっても歩ける自信は無く、その
前に遠いところに行ってしまいそう?!。Sさんの意欲と体力には脱帽です。

     
 「Walk For the Love ~東松山歩記~」を歌って見送ってくれるTomo_Yoさんの歌声に励
まされ、9時23分に中央会場の松山第一小学校をスタートしました。


 まずは松葉町の商店街を東進しまず。


 南に少しで折り返して東武東上線の下を西に抜け、自動車部品メーカーボッシュの広い
工場沿いを北から西へと進みました。工場西南端の空き地では、松山高校応援部の皆さん
が応援の演奏で励ましてくれました。


 昨日の帰路を進んで県道47号を歩道橋で越え、おため池のほとりにある虎御石と呼ぶ
大きな板石塔婆(いたいしとうば)の横を通過します。
     
 応安2年(1369)に建立されたもので、高さは3.75m、幅70~77㎝あり、
県の南西から中央部の比企・入間(ひき・いるま)地方で最大の板石塔婆のようです。

 昨日の私の昼食地だった唐子(からこ)中央公園は6㎞地点、今日は「第39回唐子地
区商工祭」で賑わっていました。



 無料でピーナツのつかみ取りをしていたのでトライしてみましたが、手の小さい私はい
くらもつかむことはでいませんでした。


 公園の西側では、例年同様湯茶接待所が設けられていたので、冷たいお茶と梅干しをい
ただき小休止します。


 その先では地元中学生などが、この辺りを舞台にした打木村治作の児童小説「天の園
(てんのその)」をNHK総合テレビの朝のドラマに取り上げてもらおうと署名運動中。
そばにあるこの石碑には「天の園」の一部が刻まれています。


 色づく広葉樹の下を進んで公園を南に抜けました。


 台地から下る旧道の途中では、自宅で採れた甘柿を販売中。


 そばのキクがよい彩りに。


 こちらの柿の木は豊作のよう。


 その先で横断する車道のマンホールには、市内にあるこども動物自然公園の人気者コア
ラが。
    


 20㎞以上のコースとの分岐点を通過して私は初めての10㎞コースへ。間もなくコス
モスの咲き乱れる「天の園 花のひろば」横を通過しました。


 この辺り下唐子集落に残る、この地方で代表的な農家の主屋(おもや)の造り。

 かやぶき屋根にトタンを被せていて、中央部の煙出しは養蚕をしていた農家には皆つい
ていました。

 帰宅後、手持ちの画集「米寿記念 向井潤吉展」を見たら、向井潤吉が東松山市内で描
いたかやぶき屋根の絵が数点あり、それらはやはり煙出しの屋根のある家で、この地区の
南側、神戸(ごうど)で描いたのが3点ありました。
 
 しばらくは、右手に広々とした田園風景を眺めながら進みます。




 外秩父の名峰、笠山(かさやま・837m)や堂平山(どうだいらさん・876m)な
どのスカイラインが、今日もくっきりと眺められます。

               堂平山          笠山      


 関越自動車道のすぐそばまで進むと、そばのお宅で採れた柿をむいてサービスしてくれ
ていました。その柿を1袋100円で販売もしていたのですが、買おうとしたら先着のウ
オーカーが何人か買い求め、タッチの差で売り切れになり残念。


 「鶴ヶ島29」と記されたトンネルで、関越自動車道の東側に抜けます。


 南側には、以前30㎞か20㎞コースで歩いた都幾川(ときがわ)の左岸堤防が。


 トンネルを出て関越道沿いのすぐ北は、東松山市立南中学校。


 南中は、昨年12月にノーベル物理学賞を受賞した梶田隆章さんの出身校で、体育館に
はお祝いの表示が残されています。


 体育館の北側に回った校内が10㎞コースのチェックポイント、11時55分に到着し
ました。


 校舎の北側入口付近にも、梶田さんの受賞を祝う垂れ幕が下がり、それを見ながらこの
土盛りと小さな池のある付近で昼食にしました。、


    12時17分に南中を出て東に向かいます。学校横の民家に咲くツバキ。
    

 東側の上郷集落にある神社の前を通過します。


 この農家の屋根の中央部にも煙出し屋根があり、もとは養蚕をしていたことがうかがわ
れます。


 主屋の東側には納屋があり、農機具置き場や養蚕などに使われていたものと思われます。

 やはり、この辺りの昔からの農家の典型的な建物配置です。

 下青鳥(しもおおとり)の西部を北東に進みます。今日もあちこちに咲くホウキグサ。


 国道254号バイパスを緩傾斜の歩道橋で越えて、北側の上野本の氷川神社前をさらに
東に進みました。

 ここ氷川神社では今月23日の勤労感謝の日に、県の民俗文化財に指定されている「金
谷のもちつき踊り」が上演されるようです。

 近くの路傍の無人スタンドでは、ハヤトウリを販売していました。実は昨日私は、中央
会場近くの八百屋さんでハヤトウリを買って帰り、連れ合いに醤油漬けにしてもらったば
かりでした。


 堀割区間を走る東武東上線の上を新しい橋で渡り、もとボッシュの別の工場があった広
大な空き地の横を進んで、東松山駅の下を南から北に抜けました。


 ゴールが近づき、箭弓町(やきゅうちょう)の山車が、歓迎の祭りばやしを上演中。


 駅前から市役所に向かう通りは、次の信号の先から、この後行われる完歩パレードを前
に歩行者天国に。


 沿道では、高坂太鼓連が力強い太鼓の演奏中。


 市役所の南側にある総合会館の駐車場では、比企広域消防本部の音楽隊が歓迎演奏。


 総合会館前では、県立松山高校吹奏楽部のメンバーも歓迎演奏を。


 13時23分に中央会場にゴールして、22回目の3日間完歩のバッジをもらいました。


 ゴールしたウオーカーや訪れた市民などで、今日も会場は大賑わい。




 昨日までの参加者数、今日の参加者合計は33,678人で、快晴続きだったので3日間
の参加者は、昨年より約1万人多い延べ87,150人になったようです。
     

 会場を一巡しても知り人は見当たらなかったので、駅に向かうことに。総合会館の北側で
は松葉町の山車が歓迎の演奏をしています。


 そこへ最終日のイベント、パレードの先頭が到着しました。先頭は市内にキャンパスの
ある大東文化大学のメンバー。


 次は主催者のトップ、東松山市が市長や東松山観光大使などを先頭に。



 埼玉県警察本部のガラード隊と音楽隊が続きます。


 大会を支えてくれた埼玉県マーチングリークの皆さん。


 主会場である市立松山一小の皆さんも。


 昨年のノーベル物理学賞を受賞した梶田隆章さんの母校、県立松山高校の同窓会。梶田
さんと同年代の方も居られるかも…。


 このあと、市内の金融機関や企業、宗教団体、学校、協会などたくさんの団体が続くの
を東松山駅のそばのこ道橋から見下ろし、14時27分発の上り電車で帰路につきました。
     

 ちなみに、朝8時23分頃の川越市駅の気温は16.5℃、帰りの14時50分頃には
18.7℃でした。

 (天気 快晴、距離 12㎞、地図 大会地図、歩行地 東松山市、歩数 21,900)

 




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