あるきメデス

あちこちを歩いて、見たこと、聞いたこと、知ったこと、感じたことなどを…

坂戸市東郊から川越市西北部へカントリーウオーク(埼玉)

2014-09-29 23:50:37 | カントリーウオーク
 2014年9月28日(日)

 夏休みを挟んで2か月ぶり、カントリーウオークグループの第216回例会に参加する。
集合地の東武東上線の若葉駅東口を10時10分にスタートした。

 == 緑豊富な駅東口の街並みを抜け坂戸市民総合運動公園へ ==

 
 駅前を北東に延びる幅広い市道には、幹の太くなったトチの街路樹が続き、歩道も自転
車レーンが区切られ歩きやすい。交差する道路も幅広い直線で、駅の新設に伴い開発され
て良好な住宅地になったことがうかがえる。



 その中心部にある富士見公園は、開発前の山林を残したのか大きく伸びた広葉樹に覆わ
れれ、良い緑陰になっているが、利用している市民の姿は少ない。
    

 次の交差点を左折した広い通りはさらに豊富な街路樹が続き、残暑を忘れさせてくれる。


 すぐ先の千代田公園もユリノキなどの高木に覆われているが、富士見公園ともども、デ
ング熱には感染してはいないだろうが、幾つも飛ぶ蚊の攻勢が気になった。
    

 公園の北側に回ると、咲き出した大きなキンモクセイが、かなり強い香を漂わせている。
    

 富士見工業団地の中心部を貫く通りを西北に少しで右折、次の広いT字路を左折して住
宅地を北西へ。住宅が少なくなり、畑にはちょうど見頃のコスモスやキバナコスモスが咲
き競う。
    

 そばの旧道を入ると、豊富な木々に囲まれた広い境内の大智寺(だいちじ)がある。

 大きな石灯ろうの横からどっしりした山門を入ると、正面の本堂はなんと、カトリック
教会かと思われる寺らしくない造り。
    

 正面は開かれていたので法事の行われていた堂内をのぞくと、祭壇は仏教スタイルだが、
その上部はステンドグラスになっていた。
    

    
 境内には古い石灯ろうや物見やぐらのような鐘楼↑、弘法大師立像などがあり、本堂で
は11月8日(土)に、ソプラノ歌手やマリンバ演奏の大智寺音楽会が開催されるという。

 東側の長屋門の前には、石造の布袋様がほほえんでいた。


        
 近くの神社マークのところの神社は見つからず、県道74号を横断し、民家の裏手に大
きな柑橘の実る横を通過して、昼食地の坂戸市民総合運動公園に11時55分に着いた。


 相撲場の横の芝生広場にある桜の緑陰で昼食とする。


 == 塚越から下広谷を経て鶴ヶ島駅へ ==

 
 昼食を終えてミーティングを済ませ、13時ちょうどに総合運動公園を後にする。東進
して、北側に広がるひこばえの伸びた田園地帯を眺めながら進み、勝呂(すぐろ)小の背
後から東に回る。


 古くからの農家の多い石井集落の北東端辺りをV字状に折り返す。周辺にはキバナコス
モスが咲き、例年より早めに色づいた柿の実があちこちで目に入る。
    

 家並みの中心部、そこだけ高くなっていた上部に、勝呂神社が祭られていた。


 神社の創建は第10代崇神(すじん)天皇の時代、建淳河別命(たけぬかわけのみこと)
が東夷平定にあたり、命の死後この地に御陵を築いて東北鎮護の神とし、その後、加賀一
の宮の白山比(はくさんひめ)神社の神霊を勧請したという。

 つまりこの地は建淳河別命を祭った円墳で、円径は約50m、高さ4.2mほどの上に
勝呂神社が祭られており、円墳は「勝呂神社古墳」と呼ばれているようだ。

 江戸時代には郷土の産土神(うぶすながみ)として人々に崇敬され、三代将軍家光から
慶安2年(1649)にご朱印状を賜わり、以後代々の将軍もそれに従ったと伝えられると
いう。

    
 昭和40年代(1965~)までは古墳上の社殿右手に大杉があったというが、今はそ
の傍らに霊石が祭られていた。


 東側の民家にも、たわわに実った柿の木が見え、そばの畑にはコスモスとキバナコスモ
スが見頃である。
    

 南に向かい、小さい流れの白山橋を渡って塚越集落に入り、りっぱな杉木立や数本のシ
ダレザクラに囲まれた大宮住吉神社へ。

 北武蔵十二郡の総社として古い歴史のある神社で、神社の神職は南北朝時代から代々、
勝呂家が大宮司を努めてきたとか。

 神社に伝わる大宮住吉神楽は、2月の大祭に大宮司と集まった神職が、古事記、日本書
紀、古語拾遺集(こごしゅういしゆう)などの神話を題材にして創作したという。

 境内から北東間近に、大きな社殿の西光寺が望まれるが、回るのは省略した。



 南側の道路を隔てて弁天池があり、Tさんが手をたたいたら大きなコイがたくさん近寄
ってきた。池畔のススキが秋の風情を見せる。
    

    
 馬頭尊の並ぶ前を通過し、塚越集落をさらに南進すると、民家のプラムだろうか、白い
花が狂い咲きしている。
    

 住吉中の西北側道路際にペチュニアが咲き競っていたので、今日の記念撮影をした。


 若葉駅前から延びる市道に入り、右手に見える中国風の建物のそばに行く。「聖天宮
(せいてんくう)」と呼ぶ中国、台湾の伝統宗教である道教の宮殿で、昭和56年
(1981)から15年かけて平成7年(1995)に開廟したもので、現存する道教の
お宮では国内最大級とか。装飾品は台湾から運び、台湾の宮大工により建造されたという。



 拝観料は300円だが時間の都合などあり入らず、暑くなった残暑を避けてそばの緑陰
で小休止した。


 高圧送電線の集まる新坂戸発電所の西側で圏央道の下を抜け、広い広葉樹林の先にあっ
た若葉霊園前で最後の休憩をする。


 県道256号を横断し、広谷小の東側から流れの左岸沿いの道をたどって上流へ。

 広谷新町の新興住宅地↑を抜けて駅に近い南精進の住宅地を進み、16時4分にゴール
の東武東上線の隣駅、鶴ヶ島駅に着いた。

(参加 15人、天気 快晴、距離 13㎞、地図(1/2.5万) 川越北部、歩行地
 坂戸市、鶴ヶ島市、川越市、歩数 24,500)

 快晴で日陰は爽やかだったが、午後は気温が上がり日差しが暑く感じられ、帰路の電車
で2つ先の川越市駅の温度計は28℃を超えていた。




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所沢航空記念公園 日本庭園に名残のヒガンバナ(埼玉) 

2014-09-26 18:46:06 | 所沢だより
 2014年9月26日(金)

 昼近く、いつものように市内ウオーキングに出かけたら、民家の庭先からほのかな香り
が…。見上げるとやはり、キンモクセイが咲き出していました。

 一方昨日は、所沢航空記念公園の日本庭園に入ると、彼岸は済んだけれども広葉樹や桜
の木の下に、まだヒガンバナがたくさん咲き残っていました。


        



    
   アップで撮った花の向こうには、ムラサキシキブの実が熟してきています。
    

 桜の木陰にもヒガンバナが。




    

 草の多い斜面の花もまだ見頃。




        



 そばの遊歩道際にはハギが。


 東側の竹林のそばのゴンズイも、すっかり実が熟しています。




 次に訪ねたときには、どんな秋色が見られるのだろう…。




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JR吾妻線 川原湯温泉駅が新駅へ(群馬)

2014-09-25 21:52:01 | 鉄道
 2014年9月25日(木)

 首都圏の水需要の変化などにより、一時、着工か中止かと話題になった群馬県長野原町の
八ッ場(やんば)ダムも、2019年度完成の予定で工事が再開され、それに伴う周辺の道
路や鉄道の付け替え工事と、長い歴史をもつ川原湯温泉の移転などが進められています。

 ダムで水没するJR吾妻線(あがつません)の川原湯温泉駅も、高台に新設された新駅に
移転するため、きのう9月24日(水)で今までの駅での営業を終えました。

 私は、カントリーウオークグループの「特別例会」と称する1泊のウオーキングで9年前
の2005年(平成17年)5月14日と、「関東百駅巡礼歩行」で2年前の2012年
(平成24年)11月17日に川原湯温泉駅に下車し、温泉周辺をウオーキングしましたの
で、昨日で営業を終えた川原湯温泉駅や当時工事中の新駅、川原湯温泉周辺の様子などを紹
介します。

 いままでの川原湯温泉駅は、1943年(昭和18年)年に建設され、第2次世界大戦直
後の1946年(昭和21年)に開業したとのことです。 

 2011年11月撮影の駅舎



 下り方向に見える2つの鉄塔は、ダムの上をまたぐ新しい道路橋の橋脚。


 2005年5月の駅ホーム


 上り方向を望む春と秋の様子。
 
 


 この駅に代わり、高台に移転する新駅の工事は、2年前の11月にはかなり進み、駅周
辺の線路や駅のホームが姿を現していました。向こうがダムとなる吾妻川(あがつまがわ)
の上流(吾妻線下り)方向で、吾妻川は右手の林の下を流れています。


 駅の北側から見る下り方向


 同じ北側からの上り方向、駅を出るとすぐにトンネルに入ります。


 この新駅予定地から上流に向かって下りて行き、橋から見る吾妻川上流の流れと2つの
橋。手前の高いのは付け替えられる道路橋で、奥の低いのはJR吾妻線の鉄橋。


 同じ場所の2005年5月の様子、まだ付け替え用道路の橋脚はありません。
      
 
 同じ橋からの下流方向。正面の家並みが川原湯温泉街で、ダムが完成するとあの辺りま
で水没するので高台に移転します。


 その橋を渡って左岸中腹にある集落に回り、川を隔て望む川原湯温泉街方面の2005
年5月の眺め。


 駅近くの橋からの同じ2005円5月の吾妻川の景勝地、吾妻渓谷。この景観も水没し
て見えなくなるのです。秋は紅葉の名所でもあります。
     

 2012年11月、駅近くの鉄橋を通過する下り特急列車。手前の道路橋を含め、この
周辺も水没してしまいます。


 営業最終日の様子を伝える今朝の朝日新聞東京本社版紙面



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見沼グリーンセンターから大宮公園駅へ戻る(埼玉)

2014-09-22 21:20:38 | ウオーキング
 2014年9月21日(日)午後

 続カタツムリ歩行が13時前に散会になり、ゴールの土呂の神明宮から最寄り駅はJ
R宇都宮線の土呂駅ですが、もう少し歩いて大宮公園駅に戻ることにしました。

 まずは見沼代用水西縁(みぬまだいようすいにしべり)に接していて、すぐ近くの
「市民の森」の中にある「見沼グリーンセンター展示温室」に入ります。


 今日は気温が25℃を超えたので、温室の窓は開け放たれていました。


 入口から左の方に回ると、サボテンのコーナーです。


 ひとつがひと抱えもあるような大きなサボテン。こんなのをぶっつけられたらさぞかし
痛そう。
    

 中央部に咲くハイビスカス。


 近くの花。花の名が書いてないのが多いので、名前は分かりません。
    

 花ではないですが、熱帯らしい色の草。


 水のある一角には水草が。


 中央部の花のひとつ。


 コーヒーノキの実、アラビアコーヒーという品種らしい。
   

 右手の方に回ると、奥の部屋では色々なランが咲いていました。


    

        

 似たような色ですが、下の二ッは別の種類のよう。
 

        

 下ののモジャモジャは何だろう。


    

 展示温室を出て、緑陰の多い市民の森を南に進みます。広葉樹の下にヒガンバナがあち
こちで咲き競っていました。






 市民の森の南西端から見沼代用水西縁の、右岸に沿った遊歩道を南下します。


 東武アーバンパークライン(野田線)の線路が近づいてきた辺りで、遊歩道と分かれて
西へ、大規模な東大宮総合病院(仮称)の工事現場の北側を通過しました。マンホールの
デザインは盆栽です。
    

 その盆栽町を往路に近い道を戻り、盆栽町郵便局近くまで来たら、線路際の建物に「紗
瑠布(サルフ)の倉」の表示があったので回ってみました。


 入口は閉ざされていたので、中をのぞいてみたらアンティークな雰囲気の家具や装飾品、
ランプなどが見えました。往路の駅に近いところにあった、アンティークとリサイクル・
アウトレットの店「紗瑠布」と関係がありそう。

 その店まで戻っったら、店の前に置いてあった名刺大の一片に、やはりこの店と紗瑠布
の倉のことが記されていました。

 スタートした大宮公園駅には13時48分に戻り、大宮駅経由で帰途につきました。 




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続カタツムリ歩行 東武野田線 大宮公園駅(埼玉)

2014-09-21 22:48:05 | カタツムリ歩行
 2014年9月21日(日)

 さわやかな秋晴れに恵まれた今日は、夏休みで2か月ぶりの「続カタツムリ歩行」の第
17回例会に出かけました。

 集合地は、東武アーバンパークライン(野田線)の大宮公園駅です。


 南に広大な大宮公園、北には盆栽の町を控えた駅前には、大きなヒマラヤスギが2本立
っていました。
     

 10時5分にスタートして駅西側の踏切を渡り、北側の盆栽町に向かいます。線路に沿
って東西に走るヤナギ通りの商店街の歩道には、もう花の終わったヒマワリが…。


 その通りに南側に、「紗瑠布(サルフ)」と呼ぶ代わった名の店が目に付きました。
    
     アンティークとリサイクル・アウトレットの店のようです。

 すぐ先のT字路を北へ、閑静な「かえで通り」に入ります。


 左手の角に、新しい大きな和風家屋があります。F木材株式会社と書いてありますが和
風建築の建築業らしく、板塀には和風民家の造作などの紹介パネルが貼ってあります。


 右手は、さいたま市立漫画会館。入館無料なので入ってみました。

 漫画会館は、この地、大宮が生んだ日本の近代漫画の創始者で、明治から昭和にかけて
活動した北沢楽天の偉大な業績を記念するとともに、広く漫画文化の発展を図ることを目
的にして、楽天の居宅後に建設されたとのこと。

 入館した正面には、その北沢楽天の胸像が置かれ、傍らに楽天が実際に使った道具など
を展示したコーナーがありました。
        

 これは、壁面に掲げられた北沢楽天の作品。


 展示場では、今年度の企画展として「-少女漫画からレディースコミックへ- 牧美也
子の世界展」を開催中でした。
        

 会場に展示されていた作品群のうちの2つ。


    
 ちなみに、牧美也子氏は昭和10年(1935)生まれ、21歳の1957年に漫画家
としてデビューし、少女漫画から次第に大人の女性が読んで楽しめるレディースコミック
を描くようになったようですが、そのような作品に縁のない私にとっては、初めて知る名
前でした。

 カエデ通りをされに北へ、次の交差点際に植竹稲荷神社の鳥居が見えたので入ります。
    

        
 木々に覆われた境内の一角に、「盆栽村」の開拓の中心になったという清水利太郎(号
は瀞庵)の大きな紀功碑があり、傍らにその業績などが記されていました。


 その先が、公開している盆栽園の一つ、藤樹園があったので入り、展示されていたたく
さんの盆栽を拝見しました。
    

      
    松柏の盆栽が多かったのですが、ほかの盆栽も見られます。
   

 次の三差路を東に折れ、東側のけやき通りを北に進んで右カーブして行くと、さいたま
市立大宮盆栽美術館の前に出ます。


 盆栽文化の調査・研究を行うとともに、盆栽文化を広く世界に発信し、多くの人に親し
んでもらうことを目的に、2010年3月に開館した世界で初めての公立の盆栽美術館と
のことです。

 初めてなので入館しましたが館内の主要なエリアは撮影禁止なので、もらったリーフレ
ットの写真で紹介します。




 外の盆栽庭園の一部は撮影可能になっていたので、そこに展示されていた盆栽を幾つか。

 こちらは五葉松

 

     梅もどき
    

         山もみじ、銘 紅稜(こうりょう)
        

     花梨(かりん)
    

  

 なお、入園料は大人300円、高大生・65歳以上150円です。

 盆栽美術館の南側の通りを東に進み、盆栽村エリアの東端付近を戻るように南下して、
盆栽緑地公園を南に抜けました。


 公園に沿って民家の塀に並んでいた盆栽の一つは、秋の彩りに。


 緑地公園の南の通りを西進し、次のもみじ通りを右折して北にすぐで「盆栽四季の家」
があります。


 緑陰にある和風の建物が公開されていて、中に入って休憩できます。


    盆栽村巡りで疲れた人などが、ちょっとひと休みするによさそうなところ。
    

 この辺で盆栽村巡りを終えることにして、盆栽緑地公園の北側を回って東進し、交通量
の多い県道35号・産業道路を横断して、見沼代用水西縁(みぬまだいようすいにしべり)
に出ました。田植えの時期でもないのに、代用水の水量は豊富です。


     流れの堤防に咲くヒガンバナ。
    

 代用水が半円形にカーブする辺りはすこし高みになっていて、東から南へと「見沼田ん
ぼ」と呼ばれる広大な低地に広がる畑などが一望です。

 

     張り出した台地の代用水際に、飾り物の風車が立っていました。
    

 すぐ北側、市民の森の南側を走る道路際の畑に白いヒガンバナが植えられ、花が見頃に。


 市民の森↓をのぞき込みながら、見沼代用水西縁との間の遊歩道を進みます。


 遊歩道が、斜めに代用水を横切る橋を渡ると、正面がゴールの神明社でした。
     

 創建年代は不明のようですが、中世に展開した伊勢信仰により勧請したと思われ、近年
まで境内に「土呂(とろ)の大杉」と呼ぶ800年に及ぶ年輪の杉の大木があったことか
らかなりの古社だったと推定されているようで、明治6(1873)年には当時の土呂村
の村社に列せられたとのことです。

 ゴールした皆さんは、拝殿の周辺で昼食にしました。

 社殿の背後には、大石に刻まれた「土呂土地区画整理完成記念碑」があります。
    

 鳥居の横には、区画整理の時にでも移設されたのか3体の庚申塔が並び、右のは宝永2
年(1705)、中央のは文政5年(1822)と刻まれています。
    

 そばには、市の保存樹木になっているクスノキの古木も立っていました。

 食事を終えて記念撮影後にミーティングをして、12時55分に散会しました。


 お気づきの方が居られるかも知れませんが、前回7月例会に続いて今回も、やまさんは
不参加です。やまさんの近況については、事務局のDさんからお話がありました。

 (天気 晴、距離 3㎞、地図(1/2.5万) 岩槻、歩行地 さいたま市北区、
  (歩数) 6,100)

 この後の帰路ついては、明日にでも報告します。




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東村山、野火止用水とその周辺を歩く(東京)

2014-09-15 23:00:24 | ウオーキング
 2014年9月15日(月・祝)

 今日は「敬老の日」、私も市内小手指(こてさし)地区で行われる敬老会に参加出来る
のだが、どうもこういう催しには行く気にならず、それよりも久しぶりに市外のウオーキ
ングに出かけることにした。

 遠出のウオーキングは夏の間ご無沙汰していたので、まずは近くからと、所沢市とは都
県境の狭山丘陵や柳瀬川で南に接する東村山市を回ってみようと思い、入手してあった
「東村山こころの味 里に八国」という東村山ブランドを紹介する食べ歩きマップにあっ
たコースのひとつ「野火止(のびどめ)用水こもれびさんぽみち」を散策することにする。

 西武新宿線で所沢駅からひと駅、東村山駅を10時ちょうどにスタートした。東口のロ
ータリーには、市政施行50年のパネルが立つ。
    
 東京オリンピック開催の昭和39年(1964)4月、東京都では13番目の市となっ
たという。


 駅東口からまっすぐ東に延びる広い市道を進む。歩道には桜並木が続き、春には花見が
楽しめそう。


 500m余り進んだサツマイモ畑の隅に、秋の七草のひとつオミナエシが咲く。
    

 さらに進んで、直線の道路が左にカーブする近くには、地図に載っていた東村山ブラン
ドのひとつの和菓子処があり、酒まんじゅうなどが人気のようだが寄らずに過ぎる。
    

 すぐ先の市のスポーツセンター前を南に入る。広い樹木畑が広がり、キクの鉢植えなど
が並んでいた。


 市立五中の南側を東に回り、少し下がると空堀川(からぼりがわ)のなかよし橋。橋か
ら見下ろす川は、その名の通り流れが涸れていた。


 右岸沿いの遊歩道に入って下流を北東に向かう。枯れた流れのあちこちに、キクイモだ
ろうか黄色い花がたくさん咲いている。
    

 遊歩道に沿って公園のような緑地も続いていた。



 2つ目の達麻坂橋付近で水が現れたが流れてはいない↑。それもわずか、次の下堀橋近
くで再び流れは消えてしまった↓。



 地図では下堀橋で川を離れて、南東に延びるこの商店街を進むことになっているが、地
形図を見るとその先に緑地が続いていそうなので、次の野行前橋まで行く。

 野行前橋から南東への車道に入ると、すぐ右手は民家の屋敷林のような、うっそうとし
た広葉樹林になっていた。
    


 その先にも左手に2、3か所、市民も散策できるクヌギなどの緑地が残っていて、良い
緑陰となっている。その最初の緑地の道路際に、白いヒガンバナが咲いていた。
    

 都道226号を横断してさらに500mほど進み、野火止用水の石橋を渡り、用水の右
岸沿いを南西に向かう。
        
 野火止用水は両側を豊富な木々に覆われ、この辺りでは流れは見にくい。

 少し先、南側に東村山運動公園の照明塔が見えたので回ってみた。野球グランド兼陸上
競技場やプール、テニスコートなどがある。


 プールの近くに「でごいち」で知られた蒸気機関車D51684号が保存されていたが、
すっかり塗装がはげ落ちていて見るも無惨で、旧国鉄マンはもとよりSLファンにとって
も痛々しい。


        
 東村山市も厳しい財政事情かもしれないが、何年かに1度くらいは塗装し直して欲しい
ものだ。

        
 ところどころで流れが姿を見せ、雁橋近くには地元農家の直売用無人スタンドがあった。
    

    

 橋の周辺で五差路になっている万年橋際に、「万年橋のケヤキ」と呼ぶケヤキの古木が
流れをまたいで立っていた。市の天然記念物で「東村山30景」のひとつでもある。
      

    

 ケヤキの根元には2基の馬頭観音を祭った小さいほこらがあり、右の馬頭観音は寛政六
年(1794)と刻まれていた。
    

 万年橋を渡って左岸沿いに回る。すぐ先の北側に梨園があったが、今年の梨もぎは終わ
り、直売のみ行っているようだが今日は休み。無人スタンドには販売するらしいで白いヒ
ガンバナが並んでいた。
        
 
 細い都道128号が横断する中橋の先、うっそうとした広葉樹の下には「恩多野火止水
車苑」の水車小屋があった。ここも「東村山30景」のひとつである。


 野火止用水は、江戸時代の承応4年(1655)に玉川上水の分水のひとつとして開削
されたもの。天明2年(1782)には、この地大岱村に野火止用水を利用した水車が設
けられ、小麦などの穀物を製粉して江戸などへ送り出したとのこと。この水車はそれら歴
史を現在に伝えるために、平成3年(1991)につくられたのだという。
 

 左手上部の掛樋からの水で回転する仕組みだが、水量が少なくて時々しか回らなかった。

 付近の流れ際に、ヒガンバナが咲き出していた。


 同じ左岸上流、近くの鎮守の森には稲荷神社が祭られている。寛延4年(1751)に
当時の大岱村の鎮守として、京都の伏見稲荷大社から神霊を勧請したものとか。

 毎年4月10日前後の日曜日に、例大祭が開催されという。

 境内に幾つかの摂社があるが、そのひとつに「社吹堂(しゃぶきどう)」と呼ぶ初めて
知る小さなほこらがあった。
        

    
 扉を開けると中には2つの石が祭られていて、その由来が傍らに記されていた。


 西側に隣接して、緑に囲まれた稲荷公園がある。


 斜めに横断する新青梅街道の手前辺りは、野火止用水の流が少し広がり、たくさんのコ
イが近在の人の与えるえさを求めて集まってきていた。
    

 そばの左岸斜面にはヒガンバナが咲き競っている。


 新青梅街道を横断すると流れは暗渠(あんきょ)になり、その上が緑道になって延びて
いた。
      

 西武新宿線の踏切を渡り、さらに400mほど緑道を進み、用水を離れて右折して北西
への閑静な道へ。珍しい円筒形のポストが現用で立っていた。
        


 次の十字路を右折して、「ウィング通り」と呼ぶ結構繁盛してそうな商店街を直進し、
ゴールの西武新宿線久米川駅前に12時45分に着いた。 


 スタートした東村山駅は1.5㎞ほどなので、もう少し歩いて一巡することにした。前
半に歩いた空堀川の上流の流れも、水はあったが流れは橋の近くで止まっていた。


 新青梅街道のガードをくぐり、北側の側道を進んで南北に走る府中街道を横断する。す
ぐ先で北北東に延びる住宅地の間の細道に入り、西武国分寺線を跨道橋で越えると、商工
中金の大規模な研修施設の正門付近に、道路を挟んで農産物の直売用建物がある。

 東村山駅は、向こうに見えるイトーヨーカドーのすぐ左手だが、このような駅の近くに
広い農地が残っているとは知らなかった。

 スタートした東村山駅には13時15分に戻った。駅に接した西側の高層ビル・サンパ
ネルの2階にあった東村山市の観光コーナーをのぞき、遅くなった昼食をすることにする。

 コース地図として利用した、東村山ブランドを紹介する「里に八国」に掲載されていた
店舗のひとつ、スタート直後に通過した「ラーメン本舗まるみ」に入り、おすすめという
「黒ソースつけめん」(820円)を注文した。
    

 とんこつスープをベースにして東村山の名物、黒ソースや東村山ワインを加えたつけ汁
のよう。ラーメン汁なので仕方ないのかもしれないが、私の口には塩味が濃くて残り汁は
飲む気にはならず、かなりを残した。

(天気 曇、距離 9㎞、地図 所沢(1/2.5万)及び「里に八国2014」の地図、
 歩行地 東村山市、歩数16,200)




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所沢航空記念公園周辺でヒコーキを探す(埼玉)

2014-09-13 22:26:53 | 所沢だより
 2014年9月13日(土)

 あと1週間後の9月20日(土)は「空の日」です。明治43年(1910)に徳川、
日野両陸軍大尉が、いまはデング熱で話題の東京・代々木公園の前身、代々木練兵場で、
日本初めての動力飛行に成功した日などにちなむもののようです。

 そこで今日は、所沢航空記念公園周辺にウオーキングに回ったときに、公園内外にあ
るヒコーキ(飛行機)の姿をしたものを探してみました。

 所沢航空記念公園は、日本初飛行の翌年、明治44年(1911)に開設された、日
本初の飛行場だった所沢飛行場の跡地に整備された県立公園です。

 第二次大戦後はアメリカ軍に接収されて米軍通信基地になり、昭和46年(1971)
に約6割が返還され、そのエリアの一部を整備して昭和53年(1978)に開園され
ました。

 総面積は50.2㏊あり、県営公園としては最大規模の公園です。
  


 その名の通り、公園内には所沢航空発祥記念館があり、飛行機ゆかりの碑なども幾つ
か立っているほか、飛行機や飛行機に似た展示物などがあるので、それを探して園内を
一巡してみました。

 まずは、公園への玄関口である西武新宿線の航空公園駅東口です。

 この建物は、所沢飛行場で明治44年(1911)4月に最初に飛行した、フランス
製の複葉機アンリ・ファルマンをイメージしたものです。

 正面に高く伸びる構造物の上部には、ジェット機のような三角形のデザインが。
        

 駅前広場のマンホールのふたは、所沢市のイメージマスコット「とこロン」と、アン
リ・ファルマン機が描かれています。
    
 ちなみに「とこロン」は、昨年の「ゆるキャラグランプリ2013」で、全国28位
にノミネートされました。現在投票受付中の今年は、さらに上位を狙っています。

 駅前広場の一角には、やはりアンリ・ファルマン機を描いたこんなモニュメントも。
        

 その背後は、戦後初の国産機YS-11中型輸送機が展示されています。

 YS-11は182機製造されましたが、これはその101号機で、全日本空輸とエ
アーニッポンの好意により寄贈され、ここに展示されるようになりました。


 航空公園駅東口からすぐ、南東側一帯が所沢航空記念公園。公園の西側中ほどの「沈
床茶園」と呼ぶこの辺りは、所沢飛行場の最初の滑走路の西側半分のようです。


 園内中央部北側にある県立「所沢航空発祥記念館」。建物は飛行機のエンジンをイメ
ージしたもの。

 平成5年(1993)の開館で、航空機が飛ぶ仕組み、歴史などを飛行機の実機や映
像、資料などを交えて理解できるミュージアムです。

 館の入口屋根は、初期のプロペラ機の羽のイメージでしょうか。



 最初の滑走路跡、沈床茶園の東側には、今にも飛び立ちそうな2つのヒコーキ彫刻が。



    

        

 その北側、広い芝生広場の隅にあるのがC-46A型輸送機。

 開園当初の昭和55年(1980)、航空自衛隊入間基地所属だったものを分解して
運搬の上、この場所に設置されたとか。

 アメリカのカーチス・ライト社が1940年から製造を開始し、全部で3,180機が
製造されました。「空のデゴイチ」と呼ばれ、入間基地では災害時の緊急物資輸送など
に活躍したようです。


 航空発祥記念館はすぐそば。館の入口にある開館時間や入館料などを記したパネルの
上も、ジェット機のような屋根が。
        

 本館の展示室前には、こんなヒコーキも。


 記念館の駐車場そばの園路の交差点際、災害時避難場所を示す標柱の上には、小さい
ソーラパネルとともに、風見鶏のように風に向かって回るプロペラ機のようなものが。
        

 さらに園路を東へ、東北側の芝生広場にも同じような災害時避難場所標柱があります。
          

 その辺りには、全長1,950mのジョギング・ウオーキングコースが設けられてい
て、100mごとに距離表示があります。以前は距離だけ書かれていましたが、最近こ
のようなものに更新されたようです。
    

 公園の東入口近くには、こんな野外彫刻が。「風の階段を登れ」と呼ぶ作品で、柳沢
飛鳥氏が1996年3月制作したもの。これもヒコーキのイメージでしょうか。


 野外彫刻から西に進むと、小噴水のそばでジョギング・ウオーキングコースは十字に
交差していますが、その交差点そばにはこんな注意標識がありました。
    

 公園の東南端、国道463号側にも入口がありますが、そばの自動販売機のデザイン。
    

 国道には、車道に沿ってケヤキの豊富な緑陰下を自転車走行ゾーンと歩道があり、歩
道を西進して公園の中央部の放送塔から延びてきた広い園路に合します。そこにも災害
時避難場所を示す標柱が立っています。
        

 そばに公園の管理事務所があり、その背後に回ると売店兼レストランの看板にもヒコ
ーキが描かれていました。
    

      

 これでほぼ公園を一巡し、公認野球場のそばの交差点で公園を離れ、所沢駅方向の中
心市街地に向かいました。




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残暑の中にも秋の彩り(埼玉・所沢)

2014-09-09 17:56:34 | 所沢だより
 2014年9月9日(火)

 今日、9月9日は「重陽(ちょうよう)の節句」、奇数は陽の数といわれ、めでたいよ
うですが、今日はその極である9が重なることから「重陽の節句」と呼ばれているとか。

 また「救急の日」でもあります。私は、20年以上前の夏、東北の早池峰山に登った帰
途の新幹線内で尿路結石になったときと、数年前の4月に細い市道を歩いていたときに、
後からの自動車のミラーが接触して倒れ、一時的に意識不明になったときとの2度、救急
車のお世話になりましたが、救急車の世話にならないよう、日頃のもろもろに注意したい
ものです。

 さて、昨日の曇天から晴れて、わが家周辺の気温も28℃くらいまで上がりましたが、
空気は爽やかで、秋の近いことが感じられます。

 正午前後に市内を2時間ほど歩いてみましたが、そちこちの花や木に、夏の名残と初秋
の彩りが見られました。

 梅畑の一角に並ぶウメモドキの実は、熟してきていました。


    

 キバナコスモスは、かなり前からあちこちで花を競っています。


        

 栗の実も大きくなり、間もなく熟してきそう。


    

 ちなみに、県内中部に住む弟からは、例年より早い8月31日にはもう、ホクホクした
栗が届いています。

 ある畑の隅では、1輪だけヒガンバナが咲き出していました。今年初めてのヒガンバナ
です。この秋、ご覧になった方は少ないのではないでしょうか…。
        

 別の畑の木の下のヒガンバナは、芽が伸びてきているところ。


 夏の間中咲いていたオクラは、まだ花を残していました。


 この花、カクトラノオもかなり前からあちこちで見られます。


    

 サルスベリも、真夏から頑張って咲き続けている花のひとつ。
    



 同じ農家の庭先には、真っ白なセンニンソウの花が。


    

 近くの畑の隅の、1本だけのアメリカハナミズキは、実が大きくなっていました。
    

        

 川のそばで、秋の七草のひとつ、ハギが咲き出しました。


    

 民家の玄関先のミニ盆栽では、ハゼ系らしい幼木が秋の彩りに。


 近くの「くぬぎ山」と呼ぶ斜面林の木の下には、ヤマゴボウが色づいてきました。
        

    

 まだこれからも、30℃を超える残暑の日があるかもしれませんが、秋の彩りは少し
ずつ増えてくることでしょう。





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「散歩の達人」ムックで『ふる里日帰りさんぽ』発売

2014-09-06 13:11:22 | ウオーキング
 2014年9月6日(土)

 9月に入っても8月下旬からの曇りベースの日が続き、比較的過ごしやすかったのです
が、昨日今日は多少の日射しもあり30度前後まで気温が上がり、ちょっと蒸し暑くなり
ました。

 私のウオーキングも、相変わらず市内を巡る日々が続きますので、ウオーキングレポー
トの投稿が出来ません。そこで今日は最近発売された里歩きの本を紹介することにします。

 月刊誌「散歩の達人」の別冊、MOOK(ムック)として発行された『ふる里日帰りさ
んぽ』です。

     

 棚田などの田園風景、ひなびた漁村の風景、江戸から昭和レトロを感じる建物や街並み
など、懐かしいふる里を思わせ、郷愁を感じそうな風景のところを訪ねるウオーキングコ
ースが30紹介されています。

 エリアは、首都圏から日帰りで行ける関東を中心に、一部に甲信越もあります。


 コースは7つのカテゴリーに分けられていて、「海そばの町」として鴨川から太海(ふ
とみ)(千葉)、三崎(神奈川)、外川(とがわ)の港町と長崎(千葉)など、「郷愁の町」
では熱海の裏みち、秩父、佐原、小幡(群馬)など、「里山と集落」には秋川渓谷と城山
(東京)、鎌倉古道と小野路(東京)ほか、「むかし道と村落」では南牧村(群馬)や若
彦路と奈良原(山梨)、旧水戸街道と土浦ほか、「棚田と村落」には松代(まつだい)の棚
田群(新潟)や北山の棚田から戸田(へた)港(静岡)など、さらに「山岳集落」と「郷愁
の廃キング」には、行く人も少なそうなかなり山奥の集落が紹介されています。

 各々のコースガイドには、郷愁度のランク、歩行時間、歩行距離、アプローチ時間、交
通費、それにコース地図などの基本情報のほか、食事どころや宿泊施設、アクセス方法、
寄り道の場所なども記され、さらに「アドバイス」欄には、迷いやすい場所、現地情報の
入手場所、交通機関の情報、道路事情やトイレの有無など、コースに応じてきめ細かなア
ドバイスもあるので、とても参考になります。

 全頁カラーで写真も豊富なので、現地がイメージしやすいと思います。

 すでに歩いたエリアもありますが、私が20年以上続けているカントリーウオーク向き
の魅力的なところが幾つもあるので、何れ歩いてみてそのコースレポートも報告したいと
考えています。

(ほぼA4版、128頁、平成26年10月1日 交通新聞社発行、本体定価 889円)





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