あるきメデス

あちこちを歩いて、見たこと、聞いたこと、知ったこと、感じたことなどを…

わが家のミニひな飾り

2015-02-27 20:53:29 | Weblog
 2015年2月27日(金)

 近年は、あちこちの町で2月中旬から3月上旬くらいまで、商店や町家などでのひな飾
りが盛んで、それらを公開する都市や町並みなどが増えています。

 ひな飾りはどこもきれいで、見るにはよいものですが、わが家ではお見せするようなお
ひな様はなく、飾る場所もありません。


 でも、手に持てるくらいのひな飾りが幾つかあり、今年は連れ合いが久しぶりにあちこ
ちに飾ったので、それらを撮ってみました。

 一番たくさん並んだのは、寝室のテレビの前の小スペース。

 並んだおひな様の下、テレビ台にあるうちわで大きさをご想像ください。

       これらのアップ、まずは中央部
      

 左側


           こちらが右側
          

 テレビの右手にある衣服箱の上。


           さらにその右の別の衣服箱の上
          

 こちらは連れ合いの部屋に並ぶウサギのひな。


 玄関の靴箱の上にも並びました。


    

        

 和室の箪笥(たんす)の上には、たくさんの人形が並び、その中央奥にだるまびなが。


    

      左手前に座るのは、所沢市のイメージマスコット「とこロン」。    
        
 市の鳥である「ひばり」と、航空発祥の地にちなんでプロペラ飛行機のイメージから
生まれたトコろんは、市制施行60周年記念事業の一環として、平成22年(2010)
に誕生した所沢市のイメージマスコットです。




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埼玉会館での透明水彩画展へ

2015-02-19 22:53:59 | ウオーキング
 2015年2月19日(木)

 昨日の冷たい雨が去って今日は好天になったので、カントリーウオークグループの仲間、
Tさんが所属されている、水彩画研究会が毎年この時期に開催しているの合同展に出かけ
ました。

 昨年も確かほぼ同じコースを進んでいて、当ブログで紹介していて重複することになり
ますが、改めて今日歩いたコースなども含めて紹介します。


 JR武蔵野線の武蔵浦和駅で下車し、「花と緑の散歩道」と呼ぶ桜並木の遊歩道を進ん
で、別所沼公園に入ります。

 公園の東側一帯は別所沼と呼ぶ沼になっていて、沼の周囲はりっぱなメタセコイヤの並
木に囲まれています。池の西側の遊歩道を進みました。
     

 中ほどより少し先にある弁天島の入り口付近には、旧浦和市のマスコットキャラクター
の「浦和うなこちゃん」の像があります。
    

 沼の中には2つの噴水があり、こちらは奥の方。


 沼の北端を回って東側の台地に上がり、埼玉県庁に向かいました。県庁の第二庁舎の屋
上には、県内各地に向けた行政無線用のパラボラアンテナが見えています。


 県庁の第一庁舎と第二庁舎の間の道を東進して、間もなくで埼玉会館です。会館の玄関
に掲示された、水彩画展の看板。
    

 会場は正面玄関を入って正面を地下1階に下りた第3展示室でした。


 さいたま市内にある大宮西口教室、東大宮教室、大宮土曜教室、そして鴻巣市にある鴻
巣教室の4つの教室で透明水彩画を研鑽されている40人を越える方々が、この1年に描
いた、ひとりあたり2点~8点の風景画あわせて約200点の作品が展示されていました。


 描いた対象は、埼玉県内の田園風景や公園、寺社、古民家などが主で、カントリーウオ
ーク訪ねたことのある場所も多く、心安らぐ風景に誘われて毎年観賞に来ています。

 Tさんの作品は6点でした。


 この合同展は、今日から2月23日(月)まで開催中です。

 1時間近く観覧して会場を出て1階に上がると、ロビーの壁面には埼玉会館所蔵絵画展
として、7点ほどの作品が並んでいました。




          一番大きい左端の作品
         

      一番右の作品
     

 埼玉会館を出て、もとの道を埼玉県庁の第一庁舎と第二庁舎の間の通りに向かいます。
     
 正面に見えるのは第一庁舎。

 その右手に回り込んで、北側の第二庁舎に入ります。


 玄関ホールの一角には、1月1日現在の埼玉県の推計人口が。723万人を超える人口
は、全国第5位か6位ではないかと思われます。


 後で調べたら、やはり東京、神奈川、大阪、愛知に次ぐ5番目でした。

 1階にある観光課と北側入口周辺にある県内市町村などのパンフレットを幾つかもらい、
県庁を出て、西側にあるそば屋さんで遅めの昼食に。私は何度かここで昼食をしています。


     今日は昼食は肉南そばでした。
    

 そばの交差点を渡り、近くにある埼玉県立文書館にも寄ることに。


 1階の展示室で開催中の、この展示を観覧しました(会場は撮影禁止)。
  

 玄関を出たところは、いままで気付かなかったのですが埼玉県の変遷を描いた地図が描か
れていました。明治維新までの武蔵国は、東京都全部と神奈川県横浜付近までの広いエリア。
      

    明治4年(1871)11月には、いまの埼玉県の西側が入間県、東側が埼玉県。
      

    明治9年(1876)8月に、現在の埼玉県のエリアが確定したようです。
      

 県立文書館前の通りは国道17号で、お江戸日本橋からちょうど24㎞の標柱が。
      

 別所沼への帰路は往路より一つ南側の車道を進み、急斜面を下って別所沼へ。
    

 沼の東側の遊歩道を南に回ります。向こうに見えるのは、弁天様の祭られた弁天島。


 沼の南側にある小さいたまり場にサギらしいのが見えますが、ジッと動かずのまま。


 沼の西側に少し回ると、ここ浦和に約40年住んでいたという女性俳人・長谷川かな女
の句碑が。

 「曼珠沙華(まんじゅしゃげ) あつまり 丘を うかせけり」と刻まれていて、「戦
後間もない昭和21年(1946)頃、別所沼の一帯は赤い曼珠沙華に花ですっかり埋ま
ったものでした」とかな女が昭和38年(1963)の浦和市広報に述懐されていたよう
です。

 ちなみに、長谷川かな女は浦和市名誉市民であり、埼玉県文化功労賞や紫綬褒章を受賞
しています。

 「花と緑の散歩道」を戻り、JR武蔵浦和駅には15時ちょうどに着きました。 




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浦和くらしの博物館民家園などを回る(埼玉)

2015-02-16 18:55:17 | ウオーキング
 2015年2月15日(日)

 続カタツムリ歩行の例会が、ゴールの大牧氷川女体神社で散会となった13時過ぎに、
一人でもう少し回ってから東浦和駅に向かうことにした。

 見沼代用水西縁(みぬまだいようすいにしべり)の橋を渡り、東側の見沼田んぼの中
を東に進む。相変わらず北西からの強風が吹きさらしの芦原を吹き抜けるので寒い。

 芝川右岸近くまで行くと、その先は調整池の工事範囲のようで通行止め。北に向かう
遊歩道で国道463号に出る。

 芝川を渡ったすぐ先の一帯が、さいたま市の博物館の一つ「浦和くらしの博物館民家
園」である。ここも何度か訪れているが、もう一度入ってみる。入るといっても囲いは
ないので出入りは自由である(入場無料)。

 浦和くらしの民家園は、さいたま市内に残された伝統的な建物を移築復元し、公開し
ている野外博物館で、平成7年(1995)に開館し現在は7棟の建物を公開している。

 国道側にある駐車場の先に、最初に目につくのが旧高野家住宅。

 建築年代は江戸時代末期で、さいたま市指定文化財である。

 かやぶき屋根の商家建築で、中山道浦和宿の中では最も古い建物のひとつ。明治に至り、
中山道沿いの浦和区岸町7丁目で煎餅(せんべい)店だったという。

    
     建物内には、煎餅店当時の展示が残っていた。
       


 その西隣は旧綿貫家住宅。

 建築年代は江戸時代末期から明治初期のようで、市指定文化財である。

 
 中山道沿いの浦和区常盤2丁目で、雑貨や砂糖などを扱っていた店蔵。防火に優れた塗
屋造りで、虫籠に似た「虫籠窓(むしごまど)」(格子窓)が特徴とか。

 内部には、当時のはかりなどが展示されている。


 通路を挟んで旧高野家住宅の東側には、旧浦和市農業協同組合三室(みむろ)支所の長
い倉庫がある。

 もとは大正8年(1819)、栃木県小山市でかんぴょうの倉庫として建設されたもの
を、昭和31年(1956)に緑区三室に移築され、米の倉庫として利用したという。

 栃木の特産大谷石(おおやいし)と漆喰(しっくい)の土蔵造りで、国の登録有形文化
財となっている。

 その倉庫の南に回ると、古代蓮の植えられた池があり、いまは枯れ枝だが、初夏にはき
れいなハスの花が楽しめそう。


 蓮池の先から、2つの住宅と長屋門などが並んでいる。

 旧中島家穀櫃              旧蓮見家住宅


      旧野口家住宅             旧武笠家表門


 南側の畑の方から回り、まずは旧武笠家表門を入る。

 寄棟造りかやぶき屋根の長屋門で、緑区三室にあったのを移築したとのこと。天明3年
(1783)の護摩札が確認されていて、約230年前の建立のよう。

 結婚式や葬式などの特別の日にしか門は開閉せず、普段は脇にあった出入口を使用して
いたという。やはり市指定文化財である。

 現在は開放されている表門を入ると、内部に農機具などが展示されていた。
  

 旧武笠家表門を入ると、庭の北側に旧蓮見家住宅がある。

 いまから約250年前の江戸中期に建てられた、さいたま市内で一番古い民家と考えら
れているようで、緑区井沼方から移築されたもの。市指定文化財である。

     右手入口を入った奥に、餅をつくうすやきねなどが並ぶ。
    

     いろりも残っている。
    

     丸竹を並べた天井、養蚕の場だったのだろうか。
    

 同じ庭の西側にあるのが、旧中島家穀櫃(こくびつ)で、江戸時代後期の建築らしい。

 農家の穀類を保管する板倉で、緑区三室から移築されたもの。内部は三等分に仕切られ
ていて、前面の落とし板をスライドさせて収納する仕組みになっているようだ。

 園内西南の隅にあるのが旧野口家住宅。

 当初は、南区大谷口の寺の庫裏(くり)として使っていたが、明治初年には廃寺となり、
その後は同家の母屋として使われていたとのこと。
 
 解体時に安政5年(1858)の墨書が確認されていて、約150年前の幕末の建築と
考えられるという。これも市指定文化財になっている。

 土間にあるかまど


      いろりの周辺、奥に見えるのは機織り機らしい。
      

     吹き抜けの天井裏
    

 建物めぐりを終え、農協倉庫の裏手にある管理棟の展示室に向かう。倉庫の北側には新
しい「蛍(ホタル)の碑」がある。かつては見沼田んぼにも、ホタルが飛んでいたという。
    

 管理棟の展示室には、正月の飾り羽子板や農具などが展示されていた。
  

    

      

 民家園を出て芝川を渡り、交通量の多い国道463号を西南に向かう。


 強風に吹きさらしの見沼田んぼが終わり、見沼代用水西縁を過ぎると大牧の家並みに入
る。



 代用水のすぐ先のT字路際に、十勝甘納豆本舗の店があったので入り、甘納豆どら焼き
を求めた。
    

 T字路を左折して、JR東浦和駅横に延びる車道を南下する。国道ほどの交通量はなく、
歩道も広いので安心して歩ける。


 明の星短大バス停付近にあった清泰寺に立ち寄ったが、本堂は再建のために解体作業を
終えたところで、近代建築の会館のほかには鐘楼しか残っていない。


 鐘楼の周辺には、土留めのようにおびただしい数の庚申塔が並んでいた。

 全部で351基あり、天明3年(1783)と万延元年(1860)に建てられたもの
で、市指定文化財になっているという。

 北側の墓地の奥には、武田信玄の娘で、徳川2代将軍秀忠の子、幸松丸(後の会津23
万石城主・保科肥後守正之)を養育したことで知られる見性院(けんしょういん)の墓が
あった。

 墓は、県の旧跡に指定されている。
 

 さらに少し南下すると、カシの古木に囲まれた大牧氷川神社がある。

 一間流造りの本殿は、寛文7年(1667)に武蔵国一宮の氷川神社が再建された際、
旧本殿をもらい受けたもので、市指定文化財になっているという。


 ここまで来れば駅は近い。JR武蔵野線東浦和駅には、14時40分に戻った。




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続カタツムリ歩行で東浦和の見沼代用水周辺を歩く(埼玉)

2015-02-15 21:31:29 | カタツムリ歩行
 2015年2月15日(日)

 JR武蔵野線周辺を歩き続けている「続カタツムリ歩行」、今日は3年目の初例会とな
る第21回例会に参加した。

 集合はJR武蔵野線の東浦和駅。私は、何度もこの駅から見沼田んぼ周辺を歩いている
のでおなじみの駅、10時7分にスタートした。

 すぐ南側の信号を渡り、東に下ると見沼代用水西縁(みぬまだいようすいにしべり)が
流れ、代用水と芝川とを結ぶ国史跡の見沼通船堀が東に延びている。


 そばのたけのこ公園から、通船堀に沿って竹林の中を抜ける遊歩道を次の橋際まで進み、
橋を渡る。


 すぐ先に、復元された西縁一ノ関がある。


 見沼通船堀は江戸中期の享保16年(1731)につくられた運河で、見沼代用水東縁
と芝川(約350m)、そして見沼代用水西縁と芝川(約650m)とを結んでいる。

 江戸時代、代用水沿いの地域から芝川を通って江戸まで、米などを船で運べるようにす
るためにつくられたのが見沼通船堀だが、芝川と2つの代用水との間に3mの高低差があ
り、この水位を調節するため「閘門(こうもん)」と呼ぶ2つの関(せき・堰)をそれぞ
れにつくった。

 2つの関の間に水をためて水位を調節する仕組みの運河を「閘門式運河」といい、この
運河は、同じ形式のパナマ運河よりも160年前に建設されたという。

 芝川の近くまで進んで南側の車道に出て少し進むと、やはり国史跡の鈴木家住宅がある。


 鈴木家は、見沼を開拓した井沢弥惣兵衛為永(いざわやそうべえためなが)に従い、見
沼開拓事業に参加し、通船堀完成と同時に幕府から差配役(さはいやく)に任じられ、各
船に対する積み荷や船賃の割り振りなどを行っていたという。

 土日は邸内が公開されているので入り、背後の建物やその内部なども参観する。


 一番奥の建物には、江戸まで往復した「ひらたぶね」と呼ぶ船の1/2模型があり、庭
で清掃をしていたボランティアの方が説明してくれた。


 それによると、船には米120俵を積んで江戸に下り、帰りには肥料になるほしか(干
ニシン)や着物、清酒などを持ち帰ったとか。船には帆があるがそれだけでは容易に進ま
ないので、東京湾の引き潮や満ち潮を利用して往復したが、それでも片道3日はかかり、
大正時代には自動車の普及ですたれたという。

 最盛期にひらた船は32隻くらいあり、乗る人は3人ずつの計90人ほどいて、力仕事
なので給料もよく現在でいえば高給サラリーマン並みで、もらった金は江戸・吉原などで
気前よく使ってしまったので、家に残る奥さんは貧乏だったとか。映画や現代の話題など
も交えて話は尽きず、30分くらいも話をうかがった。

 手前の建物には「見沼通船舟歌」の河岸の一部が展示されていて、この説明もあった。


 鈴木家住宅を出てすぐ先の、芝川左岸道路際には水神社がある。

 見沼通船堀完成の翌年、享保17年(1732)の創建と伝わり、この場所には荷物を
積み卸しする八丁河岸があり、水神社は江戸との河川輸送に携わる人達が水難防止を祈願
して祭ったものらしい。小さい社殿と狭い境内だが、国史跡「見沼通船堀」の一部という。

 芝川左岸を少し進んで見沼通船堀の東縁側に入る。代用水東縁近くまで進むと復元した
東縁一ノ関と二の関があり、毎年8月下旬の週末には関に水を入れてひらた船を通す実演
が公開されている。


 近くにはトイレ付きの休憩舎もあり、見沼代用水東縁の流れの向こうにある「木曽呂の
富士塚」と呼ぶ大きな富士塚が望まれる。


 東縁沿いにあったHデザイン事務所には、ユニークな飾り物や物干し竿が目についた。
    

      

 その先の民家には、たくさんのキンカンが実っている。


 細い路地を西進して集落の北に出ると、北西の風が強く冷たい。この辺りには、見沼た
んぼの名残の田が残っていた。



 芝川左岸に出て木の橋を渡り、JR武蔵野線の線路に向かう。


 線路の手前で通行止めになっていたが、線路下の堤防を回って線路の北に抜け、線路に
沿って西進する。この辺りは、伸びたアシが強風を幾分か和らげてくれる。


 明の星(あけのほし)女子短大のグランドの横から北に向かう。正面の見沼代用水西縁
の桜並木の向こうに、短大の体育館らしいのが見える。


 代用水沿いの緑道に上がり、桜並木の続く緑道を進む。


 右側の見沼田んぼの一帯は、大規模な調整池の工事が進められていた。


 大牧小の南側で見沼代用水の橋を渡って用水沿いに進み、北側台地上にあるゴールの大
牧氷川女体神社に12時13分に着いた。

 大牧氷川女体神社は、市内宮本にある氷川女体神社祭神の御子姫を祭ったという伝えも
あるとか。本殿は寛永13年(1636)の建立で、覆屋で中は見られず小さめの建物だ
が、この地に顕著に見られる見世棚造神社建築の典型的な建物のようで、県の有形文化財
に指定されている。

   
 隣接して落葉広葉樹の残る公園があり、多くの参加者はこちらで昼食をした。
     


 食事を終えて記念撮影とミーティングをして、13時頃散会となる。

(天気 快晴・風強し 距離 4㎞、地図(1/2.5万) 浦和、歩行地 さいたま市
 緑区 歩数 6,400)


 散会後は、一人で近くの浦和くらしの博物館民家園などを回って、東浦和駅に戻ったが、
そのレポートは次回とする。
 



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大宮盆栽村や大宮公園周辺をカントリーウオーク(埼玉)

2015-02-12 22:18:10 | カントリーウオーク
 2015年2月11日(祝・水)

 埼玉のカントリーウオークグループの22年目の記念日である、第220回例会に参加
した。

 最高気温は12℃の予報で、この時期としては暖かい日和に恵まれた。わがグループは
遅れて到着のTさんを待ち、10時30分にJR宇都宮線の東大宮駅東口を出た。

 == 芝川と見沼代用水を渡り盆栽村へ ==

 
 線路に平行する通りを南下し、県道5号・第二産業道路の下を抜ける。県道に平行する
道路を少しで八雲神社がある。


 路傍の盛土の上に御嶽社が祭られ、その下には初めて見る「堅窂地神」と刻まれた文化
8年(1811)造立の石碑が立つ。
        

 敷地は広いが社殿は小さく、傍らの桜の古木の下に、市の民俗文化財「砂の万灯」の説
明板がある。境内南西端には、市の天然記念物で「砂の大ケヤキ」と呼ばれる樹高30m、
樹齢600年と推定されるケヤキの大木が立っていた。
      


 東大宮一丁目の住宅地を抜けて、芝川の左岸堤防に出る。この辺りの河川敷は広く、周
辺にはたくさんの家庭菜園が広がる。



 芝川の見沼橋を渡り、りっぱな校舎の土呂(とろ)中の南へ。


 見沼代用水西縁(みぬまだいようすいにしべり)の橋を渡り、土呂町二丁目の住宅地を
南下すると、次の三差路際に大きな長屋門が残っていた。

 土呂村の名主を務めた小島(おじま)家で、長屋門の右側には、弘化2年(1845)
に高野長英が「蛮社の獄」から逃走して逃亡中にかくまったという6畳間があるとか。

 長屋門の左側には、明治時代に剣道の発展に尽くして剣聖と言われた、高野佐三郎の道
場、明信館の分館が置かれていたという。

 南側の見沼公園には、わらべ歌の歌詞と所作を記したベンチが幾つか並ぶ。
  


 それに続く森には神明社と八雲神社が祭られ、神明社の背後には、大石の「土呂土地区
画整理完成記念碑」が目につく。


 神明社の由緒によれば、境内東側は江戸中期まで見沼が広がっていて、この地「土呂」
は「瀞(とろ)」と同じ意味で、静かに水をたたえる場所を示す語だという。


 それまで気付かなかったが、鳥居の横に並ぶ庚申塔など三つの石塔を見て、この神社は、
昨年9月21日に東武野田線の大宮公園駅スタートの「続カタツムリ歩行」のゴールだっ
たと思い出す。

    
 見沼代用水西縁沿いを少しで、市民の森・グリーンセンターに入る。建物の近くの大き
なマンサクがいっぱいの花を見せ、その先のロウバイにもまだ花が残っていた。


 JR土呂駅に延びる広い道路を横断し、さらに代用水沿いを進む。右手には建設中の東
大宮総合病院の大きな建物が目につき、高齢化に伴う患者の急増に対処するためかとうか
がえる。


 見沼代用水が東武野田線の線路に接したところで用水を離れ、土呂町に入る。周辺は区
画整理中で新しい道路ができはじめており、工事中の東大宮総合病院の西側にも大きな長
屋門が残っていた。


 その西側にポツンとあるのが「土呂の地蔵堂」。一説では、江戸時代の土呂村領主旗本
の初鹿野(はじかの)氏の墓守堂(はかもりどう)として建てたものともいわれているが、
「新編武藏風土記稿」には「村民の持(もち)」と記されているという。


 ちなみに、初代初鹿野氏は甲斐国武田氏の家臣だったが主家滅亡後、徳川家康に仕えて
土呂村領主となったとか。初鹿野という名は、JR中央本線甲斐大和駅の旧駅名だったこ
とを思いだし、出身地があの辺りだったのかと知れる。

 車の途切れるのを待って県道35号・産業道路を横断して、大宮盆栽村とも呼ばれる盆
栽町に入る。昼食地の「盆栽四季の家」には12時6分に着いた。朝の用事を済ませてか
ら駆けつけたKTさんも、同じ頃到着する。




 
 == 大宮公園を抜けてさいたま新都心へ ==

 昼食後、近くで公開している盆栽園・蔓青園(まんせいえん)に入り、松やケヤキ、梅
など見事に仕立てたたくさんの盆栽を眺める(園内は撮影禁止・外から撮る)。


 ミーティングと記念撮影を済ませ、13時8分に盆栽四季の家を後にした。


 2本西の「かえで通り」に回り、さいたま市立漫画会館で30分の観覧時間をとる。


 漫画会館は、旧大宮市が生んだ日本の近代漫画の創始者、北澤楽天(1876~1955)
の業績を記念するとともに、漫画文化の発展を図るため、楽天の邸宅跡に建設されたもの。
        
 楽天は福沢諭吉に認められ、諭吉の発刊した新聞、時事新報紙上で、国際政治から子ど
も向けまで広範囲の漫画を掲載し、「漫画」という言葉も楽天が使い始めたものだという。

 展示室を回り、楽天の生涯や作品のほか、4日後の15日まで開催中の「さいたま市民
漫画展2014」の入賞・佳作作品展のほほえましい作品の数々や、楽天が住んでいた当
時から残るという日本庭園などを観賞する(入館料無料、館内は撮影禁止)。


 漫画会館前の住宅に、背の低くてずんぐりした変わった姿の馬がいた。
     

 近くの植竹稲荷神社は境内が広いが社殿は小さく、鳥居際のスダジイの高木だけが目に
ついた。


 東武野田線大宮公園駅の南側を回り、産業道路を横断して寿能町(じゅのうちよう)二
丁目へ。日本山妙法寺の狛犬はライオンのような顔立ち。
        

 その先の寿能公園は、敵対していた北条氏の備えのために、岩槻城の支城として永禄3
年(1560)頃築かれたといわれる寿能城跡。

 岩槻の太田資正(おおたすけまさ)の子、潮田出羽守資忠(うしおだでわのかみすけた
だ)の居城と言われ、天正18年(1590)の豊臣秀吉の小田原城攻めの際に、豊臣勢
の攻撃で落城したとか。物見櫓(ものみやぐら)の跡とも呼ばれる塚の上に、潮田出羽守
資忠の墓がある。



 再び見沼代用水沿いの遊歩道を進む。用水の水量は、先ほどより豊富になっているよう
に見えた。水車小屋のところで見沼代用水を離れ、歩道橋で産業道路の上を越えて大宮公
園に入る。


 大宮競輪場と県営球場の横を通過し、球場と大宮アルディージャのホームグランド、
NACK5(なつくふぁいぶ)スタジアムの間を進むと、「蛇松(鷹止の松)跡」の説明
板があり、寛永年中(1624~44)に徳川家光がこの地で鷹狩りを行った際のことが
記されていた。

 西に抜けたところにあった頑丈そうな保護建物の中に、第2代埼玉県令(知事)白根多
助頌徳碑があるが、碑が浸食されていて碑文は判読し難い。
     


 赤松林の中を進んで、先週に続き武藏一宮、氷川神社に参拝する。建国記念の日のため
か、拝殿には参拝者の列ができていた。


      
 参道を南へ、二の鳥居まで進み、交差点の南東側にある結婚式場、清水園の1階ロビー
に入る。

 ここには、昭和9年(1934)に描かれた大宮の絵地図があり、この清水園が公園だ
ったことが知れる。


 二の鳥居の一つ北側の通りに戻り、西進して中山道際にある東光寺へ。


 本堂背後の広い墓地の一角に北沢楽天の墓地があり、新しい北沢楽天像や、楽天が描い
た100の絵を並べた「北沢楽天百絵摩尼車(まにぐるま)」など、ユニークな石造物が
並んでいた。
         

 本堂はどっしりしたコンクリート造り。南側には、りっぱな仁王門を再建中だった。



 東光寺の東側から南に延びる通りを南下し、大宮区役所横などを通過して氷川神社参道
の南端付近に入り、ゴールのJRさいたま新都心駅下に16時12分に着く。

(参加 17人、天気 晴、距離 10㎞、地図(1/2.5万) 岩槻、浦和、歩行地
 さいたま市見沼区、北区、大宮区、歩数 15,900)




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東京・銀座周辺にある東北のアンテナショップへ

2015-02-09 21:48:20 | Weblog
 2015年2月9日(月)

 今日は、2006年2月9日に最初のブログを投稿してから、ちょうど9年になりま
した。皆さまにはいつもご覧いただき、本当にありがとうございます

 当初に比べると、アップのひん度はかなり少なくなりましたが、これからもウオーキ
ングを中心にして、興味ありそうな話題を投稿したいと考えておりますので、引き続き
ご覧下さいますよう、よろしくお願いいたします

 ちなみにカウンターを見ますと、昨日までののべご訪問者数は821,504人の方々、
閲覧数は3,491,362となっており、重ね重ね御礼申し上げます。

 今後も、当ブログに対してのアドバイスや指摘事項などありましたら、コメント下さい
ますよう、合わせてお願い申し上げます

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 さて今日は、幾つかの自治体などが出している観光パンフレットを収集するために、銀
座周辺にある東北各県のアンテナショップに出かけまし。

 どこに何県のアンテナショップがあるのかは、以前入手しておいた、このアンテナショ
ップマップが頼りです。
      

 このマップの表側は、都内にある37のアンテナショップの場所や電話番号、Web
サイトアドレス、営業時間、ショップの概要などが記されています。
      

 裏面は地図になっていて、アンテナショップが集中している新橋~銀座~東京駅周辺が
大部分で、ほかのエリアは小さい区画で記されています。
      

      

 このマップを持参して、東京メトロ丸ノ内線の銀座駅に正午過ぎに下り、まずはJR有
楽町駅の東側にある東京交通会館へ。ここには幾つものアンテナショップが入っています
が、東北6県の中では「秋田ふるさと館」が。



 直売品はたくさんありましたが、パンフレット類はほとんど置いてありませんでした。


 東京交通会館内にあるアンテナショップで、いつも一番にぎわってるのが「北海道どさ
んこプラザ」。特に女性の来客が目につきます。


 近くには、全国商工会連合会の「むらからまちから館」もあり、全国各地の土産品など
を求めることができます。


 東京交通会館を出て首都高速道路の東へ、銀座柳通りを交差点2つほど進むと、「おい
しい山形プラザ」です。 





 ここも、観光パンフレットはあまり置いてありません。

 さらに東進して昭和通りに入り、南に向かい三原橋から晴海通りを東へ、万年橋西交差
点際には「いわて銀河プラザ」があります。



 やはりこちらも海産物や土産品、地元銘酒などの販売が主で、パンフレットはわずかで
した。



 万年橋の北側広場に「名犬チロリ記念碑」と呼ぶ親子の犬の像があり、その説明板には
以下のように記されています。


 下を走る高速道路の側道沿いに万年橋から北へ進むと、中央区役所の横に出ました。


 中へ入り、1階ロビーにあった中央区の観光地図などを入手しました。


 次の新富橋際には、古い木造家屋が残っています。


 その先の新金橋で右折して、新富町一丁目交差点の近くには「消防地蔵尊」と呼ぶ変わ
ったお地蔵さんが祭られていました。
        

 このお地蔵さんの説明板。


 そばの新富町一丁目交差点際が、青森県特産品センター「青森の店」です。




 比較的コンパクトな店で、ここにも観光パンフレットはほとんどありません。

 立地的にも銀座の人通りの多い通りからは少し離れていて、訪れる人も少ないのではな
いかと感じられました。

 東京駅八重洲口方面に向かい、宝町交差点から昭和通りを北へ、少し先から左折して東
京駅八重洲口の外堀通りを少し戻り、八重洲地下街に入って昼食後、八重洲ブックセンタ
ーに近い「福島県八重洲観光交流館」へ。

 
 ここは何回か訪れていて、観光パンフレットも地域別に並べていて図書などもあり、今
日訪ねたアンテナショップの中では一番観光情報が充実していました。


 八重洲ブックセンターにも入り、8階の地図・旅行コーナーで2万5千分の1地形図を
6枚ほど購入します。

 
 最後は、いつも訪ねている八重洲北口に近いさくら通りの、日本橋プラザビル1階の、
「ふるさと情報コーナー」へ。


 ここには、全国48都道府県の県単位や市町村のパンレットがたくさん置いてあり、欲
しい地域の資料がかなり入手できました。

 東北6県のうち、青森県だけは池袋駅東口にあるので、帰路に寄ろうかと考えていまし
たが、ふるさと情報プラザで入手できたので、寄らずに帰途につきました。




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「埼玉の自然」フォトコン展と県立歴史と民俗の博物館へ(埼玉)

2015-02-05 14:51:32 | ウオーキング
 2015年2月4日(水)

 立春の今日は、さいたま市北区で開催されている2つの展覧会に出かけました。

 JR宇都宮線で大宮のひとつ先の土呂(とろ)駅に下車し、12時07分にスタートし
ました。


 最初の目的地は、駅の北北西方向にあるさいたま市北区役所のあるプラザノースです。
北に行き過ぎて少し回り道して、プラザノース↓に入ります。


 この建物の2階では、『第29回私が見つけた「埼玉の自然」フォトコンテスト』の入
賞・入選作品展を開催中です。
            
 この作品展は毎年この時期に開催されているので、いつも観覧に出かけています。


 会場では最優秀賞1点、優秀賞2点、特選3点、準特選20点、奨励賞20点、入選作
品100点、招待作品7点の数々が展示されていました。
    

        

 いずれも県内で撮った作品ですが、水面近くで鳥が魚を捕らえた鳥、夜の空に広がる雷
光、小さな動物の表情など、素晴らしいシャッターチャンスや狙い所に、さすがという作
品が多く、感心しました。

 なお、この作品展は2月8日(日)まで開催しています。

 観覧を終えたら13時を過ぎたので、隣接するイトーヨーカドーで昼食を済ませ、南に
向かうことにしました。すぐそばの交差点際に、りっぱな教会のような建物が目につきま
した。
      
 何だろうかとそばに行き確かめたら、「アートグレイス ウェディングシャトー 大宮瑠
宮」という結婚式場のよう。

 その横を南下して埼玉県警察学校の横を過ぎ、JR宇都宮線と東武野田線の踏切を越え
て、県立大宮公園の北端にある「埼玉県立歴史と民俗の博物館」に入りました。


 入ってすぐ右手には、県史跡大宮公園内遺跡の弥生時代末期の住居跡に造られた、かや
ぶきの復元住居があります。つまりこの博物館周辺も、大宮公園遺跡の一部なのです。


 博物館の北側入口。


 入館して最初に、2月15日まで開催中の企画展「埼玉の自由民権」の展示室へ。
                    

 この展示室は撮影禁止なので、まずは企画展のリーフレットを。
    

        

 裏面に記された、この企画展の紹介文の要旨を以下に。

 明治時代はじめ、薩長藩閥によって独占されていた政治を批判し、国会開設、地租軽減、
政治的自由の拡張などを求めた国民的政治・社会運動、自由民権運動があった。

 その広がりは埼玉県にも見られ、県内各地に作られた民権結社と呼ぶグループは、法律
や政治などを学習したり演説会が行われ、また、経済的困窮を訴えた近代日本最大の農民
蜂起である秩父事件が起こっている。

 本年度は、本県最初の民間結社である七名社の結成から130年になる節目の年なので、
これを機に、自由民権運動とその中で活躍した埼玉の人々の姿、民間憲法として有名な五
日市憲法草案、秩父事件の記録などの歴史資料を紹介する。


 というもので、展示構成は、プロローグ、Ⅰ立ち上がる自由民権、Ⅱ埼玉の民権結社、
Ⅲ秩父事件、Ⅳ帝国議会と政党、エピローグに分かれ、それぞれの資料などが展示されて
いました。 

 リーフレットの裏面に、展示品の一部の写真4点がありましたので、以下に紹介します。
    

      

          

      

 常設展示室への途中の廊下からは、館内の竹林の中に立つ2つの石灯ろうが見られます。
      
 宝暦11年(1761)に9代将軍家重の死去にあたり、徳川家の菩提寺である東京・
芝の増上寺に奉納されたもので、これは小田原北条市の後裔(こうえい)である遠見守北
条氏彦が奉納したものとのこと。

 企画展の後は、何度も見ているのですが常設展示室も一巡しました。第1室の旧石器~
弥生時代の展示の一部。




 第2室、古墳時代の展示のなかから


 昭和53年(1978)に武蔵埼玉(さきたま)稲荷山古墳(行田市)から出土の、国
宝・金錯銘鉄剣(きんさくめいてっけん)の複製品。115文字が記されていて、当時大
変話題になったものです。
            



 ここまでは撮影可能ですが、以下の部屋は撮影禁止です。
 第3室 奈良~南北朝時代    第4室 美術展示室   第5室 室町~戦国時代
 第8室 江戸時代   第9室 明治時代~現代

 このうち第8室江戸時代の中に、「埼玉の円空仏」の特別展示があり、円空(1632
~)が全国各地を布教しながら作った仏像や神像のうちの、埼玉県内で現在確認されてい
る約170体の円空仏の一部が展示され、素朴で力強い作品を見ることができました。

 地下の第6室 板碑と第10室 農業と暮らしも撮影可能だったので、その幾つかを。

 第6室 板碑のなかから


 日本最大という、長瀞町にある長安2年(1369)銘の釈迦一尊種子(しゃかいっそ
んしゅじ)板碑の複製品(右)で、地上高は5.37m。
      
 なお、その左下に見える小さな板碑は、在銘では日本最小という鴻巣市にある阿弥陀一
尊種子(あみだいっそんしゅじ)板碑ですが、撮影禁止でした。

 同室にある、ときがわ町の慈光寺の国重要文化財・慈光寺開山(かいさん)塔の複製。
      

 最後に回った第10室 農業と暮らしの部屋も撮影可能です。


 養蚕の道具




 観覧を終えて食堂とミュージアムショップの近くの出口から退館したら、外はかなり雲
に覆われていました。



 木々の多い大宮公園北部の「百年の森」を抜けて池の東側に向かいます。 
  



     池に遊ぶカモ
    

 小動物園の近くの梅林では、紅梅が開花し始めていました。




 日本庭園下を回って氷川神社に向かいます。




 東側の門から入って、武蔵一宮の氷川神社に参拝しました。



 南側の門を出て、2㎞続く長い参道を2の鳥居まで進み、大宮駅に向かうことに。
     

 一の宮通りに入ると、店の前に大きなぬいぐるみの熊ちゃんが立っていました。


 一の宮通りを西に抜けて、JR大宮駅には15時56分に着きました。

 (天気 快晴後晴、距離 7㎞、地図(1/2.5万) 岩槻、浦和、歩行地 さいた
  ま市北区、歩数 13,300)




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まだ見頃 所沢航空記念公園のロウバイ(埼玉)

2015-02-03 17:08:48 | 所沢だより
 2015年2月3日(火)

 一昨日、昨日と北西風の冷たい日が続きましたが、今日はかなり治まり、ウオーキング
日和になったので、今年何度目かの所沢航空記念公園のロウバイ園に回ってみました。


 1月上旬から咲き続けているロウバイも、そろそろピークは過ぎた感じですが、まだま
だたくさんの花が咲いていて、今週いっぱいくらいは見られそうです。


 今日は花見の人も多めで、カメラを構える人が何人もいました。






    

        

            

    

        

 南側斜面には、1月30日に降った雪が幾らか残っています。








        

    

        
 
            


 明日は立春、お近くの方はどうぞお出かけになり、早春の彩りをお楽しみ下さい。






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