あるきメデス

あちこちを歩いて、見たこと、聞いたこと、知ったこと、感じたことなどを…

四国遍路道の巨樹・大木(1)

2007-08-31 22:08:37 | 四国遍路あれこれ
 四国遍路あれこれシリーズ、次は八十八箇所の霊
場や遍路道沿いなどにあった、巨樹とか大木といわれ
るような見事な木々を紹介します。

 その大きさやスケールが理解していただけるかわか
りませんが、いずれも現地に行くと歴史を感じさせる
木々ばかりです。

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 2番極楽寺境内に立つ「長命杉」。樹齢は1200年と
いわれています。


 3番金泉寺と4番大日寺の間、板野町岡の宮の田上
神社にある「岡の宮の大クス」。

 根回り4.5m、高さは35mあり、徳島県天然記念物
です。


 5番地蔵寺境内の中心に立つ大クス、樹齢は800年
といわれています。

 この境内には水琴窟が2つあり、澄んだ音色を聞く
ことができます。

 11番藤井寺から12番焼山寺に向かって、最初の
遍路転がしと呼ばれる山道を進みます。途中の一本杉
庵と呼ぶ番外霊場に立つ「左右内(そうち)の一本杉」。

 周囲7.62m、枝張りは東西16.1m、南北14.8m、
高さ30mの巨木で、県天然記念物です。


 12番焼山寺は、標高700mにあり、境内には樹齢
300~400年という杉の大木が林立しています。


 焼山寺を下った番外霊場杖杉庵(じょうしんあん)は、
弘法大師と衛門三郎の像で知られていますが、境内の
大イチョウもなかなか見事なものです。


 14番常楽寺は、「流氷岩」と呼ぶ巨大な一枚岩の上
に建っていますが、本堂前にはこのイチイの大木が大
きく立ちはだかっています。


 16番観音寺を過ぎ、国府(こう)の町並みを抜けて
17番井戸寺に向かいます。

 国府の古い町並みの一角にある、大郷和神社境内の
大クスです。交差点際にあるので、境内を横切りました。


 徳島市の市街地を抜け、18番恩山寺そばまで進むと、
徳島県天然記念物のビランジュが立っています。

 幹の赤いのが特徴で、「バクチノキ」ともいわれ、葉か
らとれるバクチ水は、咳止めや鎮痛剤になるようです。

 19番立江寺を過ぎると、のどかな田園地帯。県道28
号沿いの東谷集落にある神社には、大きなクスノキが
枝を広げています。

 初回の遍路の時には、この木の下で昼食をしました。

 根元のりっぱなこと。県の天然記念物にしてもいいよう
に感じましたが、何の表示もありません。

 その先の櫛渕八幡宮境内にも、大クスがあります。


 同じ境内には、徳島県天然記念物「櫛縁のフウ」と呼
ばれるフウの大木もありました。



    (続く) 
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四国霊場にある塔(2)

2007-08-30 21:22:10 | 四国遍路あれこれ
 四国遍路後半に回った霊場の塔、前半に比べ残りは
少なかったのですが、りっぱな塔が多く残っていました。

 松山市内、道後温泉に近い51番石手寺の三重塔。

 鎌倉時代の建立で、国の重要文化財です。ほかに本堂、
や仁王門、護摩堂、鐘楼など、国宝や重要文化財の建物
が広い境内に多くあり、いつも参詣者の多い霊場です。

 70番本山寺の五重塔。四国霊場で五重塔は4か寺だ
けです。

 明治時代、当時の住職で盲目だった頼富実毅僧正が、
四国霊場を巡拝の途上で霊験を得て目が見えるように
なり、その報恩のために再建したものとのこと。
 
 弘法大師・空海の誕生地、75番善通寺の五重塔。

 高さ45.3mの総ケヤキ造り。現在の塔は4度目の
建立で、弘法大師入定1050年の明治17年(1884)
に完成したもの。

 77番道隆寺の多宝塔です。

 弘法大師1150年忌の記念に建立されたもの。

 85番八栗寺の多宝塔。そばの紅梅が見ごろでした。

 昭和59年(1984)に建立された総檜造りで、内部に
は、金剛界大日如来が安置され、四方の扉には八大
菩薩が描かれているそうです。

 境内の広い86番志度寺に立つ五重塔。

 昭和50年(1975)の再建で、高さは33mです。
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四国霊場にある塔(1)

2007-08-29 23:52:08 | 四国遍路あれこれ
 すっかり涼しくなり、日中もしのぎやすくなりました。
もうこれで猛暑は無くなるのだとすると、ちょっと早いか
なという気もしますが…。

 さて、今日からは、四国霊場にあった多宝塔や、三重
塔、五重塔など、塔について紹介します。

 霊場によっては、斜面に立っていたり、幾つかの建物
の間にあったりして、全体像が撮りにくい塔、逆光しか
撮れない位置の場合もありますが、ご了承下さい。

 初回の遍路、2回目の遍路の両方で撮った中から選び
ましたので、続いている霊場でも、季節や天候などで彩
りが違うかも知れません。

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 1番霊山寺の多宝塔。


 2番極楽寺の多宝塔。


 6番安楽寺の多宝塔。

 平成5年(1993)に建立の新しい塔です。

 8番熊谷寺の多宝塔。

 安永3年(1774)の建立で、多宝塔としては四国最大。
下層が四角堂で、上層は円柱形になっています。

 10番切幡寺の大塔。

 2代将軍徳川秀忠が大坂の住吉神社の神宮寺に寄進
した塔を、明治初年の神仏分離令で同寺が廃寺になっ
た際、切幡寺が購入したもので、国の重要文化財です。

 19番立江寺多宝塔


 標高516mにある20番鶴林寺の三重塔。手前の本堂
前では2羽の鶴が、神社なら狛犬のように相対して出迎
えくれます。

 三重塔は江戸時代後期の建立、和・唐折衷様式です。

 21番太龍寺多宝塔。標高520mの山中にあります。


 23番薬王寺の象徴ともいえる瑜木塔(ゆぎとう)。

 四国霊場ただひとつの珍しい塔で、瑜木とは、人の心を
映すという意味のようです。

 土佐の国・高知県最初の霊場、室戸岬に立つ24番最
御崎寺(ほつみさきじ)の多宝塔。


 高知市内にある五台山山上の、31番竹林寺五重塔。

 総檜造りの塔は、昭和55年(1980)に、鎌倉時代
初期の様式にならって建立された、高知県内ではただ
ひとつの五重塔です。高さは31.2m。

 36番青龍寺の、小さめながら朱色鮮やかな三重塔。

 平成4年(1992)の建立です。

 足摺岬にある38番金剛福寺の多宝塔

 金剛福寺は、平安時代には源氏の信仰が厚く、この多
宝塔は源義仲が清和天皇の菩提を弔らうために建立した
と伝えられているようです。 (続く)
 
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皆既月食は見えなかったが

2007-08-28 21:34:32 | 所沢だより
 きょう8月28日夕方、全国的に皆既月食が見られる
はずでしたが、関東地方は雲が増え、皆既月食の時刻
には、わが所沢周辺は雷雨になりました。

 でも雨は一時的で9時近くには上がりました。9時5分
に外を見たら、雲間から皆既からかなり回復したお月さ
んが見られました。



 雷雨の通過が2時間ほど早かったらと、ちょっと残念
です。

 皆さんところではいかがでしたか。
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四国遍路道のマンホールデザイン

2007-08-27 22:38:16 | 四国遍路あれこれ
 四国遍路においては、国道や県道、市町村道など舗装
路を多く通過します。

 舗装路の多くは主要道路なので、いろいろなマンホー
ルが設けられていて、市町村のものは、その地域の特
徴を出したマンホールのふたが見られました。

 遍路道前半ではほとんど撮っていませんが、後半に撮
った幾つかのマンホールデザインを紹介します。

 高知県も後半、足摺岬には38番金剛福寺があります
が、岬の周辺は土佐清水市です。

 土佐清水市のマンホールはツバキ、足摺岬周辺には、
豊富なツバキの純林が見られました。


 愛媛県に入り、愛南町の次に宇和島市を通過します。
市の中心街を抜け、旧三間町には、かやぶき屋根の鐘
楼で知られる42番佛木寺があります。

 ご存じ宇和島は、闘牛の町。デザインはもちろん闘牛
です。市内には、闘牛大会のポスターが、あちこちに貼
ってありました。


 宇和島市の隣が西予市(せいよし)、最初に通過する
のが43番明石寺のある旧宇和町です。

 合併前の宇和町のマンホールには、明治15年新築
で西日本最古の疑似洋風学校建築である開明学校が
デザインされています。

 開明学校は国の重要文化財です。

 県庁所在地である松山市に合併した旧北条市のマン
ホールは、珍しい俳句入りです。

 このマンホールに読まれた「粟井坂」は、遍路の途中
で通過するところです。


 これも旧北条市の句入りマンホール。


 松山市を抜けると今治市に入ります。市内には54番
延命寺から59番國分寺まで、6つの霊場があります。

 マンホールのデザインは、瀬戸内海に浮かぶ村上水
軍の帆掛け船のようです。


 遍路道も終盤になり、高松市を過ぎると香川県の東部、
さぬき市に入ります。

 86番志度寺のある旧志度町の祭をあしらったデザイン
ですが、何という祭か分かりません。


 同じさぬき市で、87番長尾寺や88番大窪寺のある
旧長尾町が、かぐや姫のふるさととは知りませんでした。


 香川県の東端は東かがわ市。「旧白鳥町(しろとりちょ
う)のデザインは、その名のとおり白鳥(はくちょう)
でした。


 同じ東かがわ市の旧引田町(ひけたちょう)のマンホ
ールは梅があしらわれています。梅の産地なんでしょ
うか。遍路道ではあまり見ませんでしたが…。


 マンホールふたは、最近どこでも、産業、観光、郷土
の花や木や動物などをあしらったものが多くなりました。

 遍路とマンホールとは、何の関係もないと思われるか
もしれませんが、霊場や途中の風景などを楽しむだけで
なく、下にも目を落としてみると、思いがけない発見が
あるかもしれません。

 あなたのお住まいの地域はどんなデザインかご存じ
ですか。散歩の時など、ちょっと足元を見直してみると
意外なものかもしれません…。


 
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「草の花」看板 // 小平グリーンロード緑陰ウオーク(東京)

2007-08-26 22:17:47 | 江戸・東京を歩く
5月1日の当ブログ(下記参照)で紹介した、東京・田町
の珈琲店「草の花」に新しい看板が取り付けられました。
  http://blog.goo.ne.jp/saikoroat/d/20070501 

 「草の花」のオーナーの横沢さんは、私たちのカントリー
ウオークグループのメンバーですが、同じ仲間の「達ちゃ
ん」ことSTさんが、材料選びから文字入れまで全部ひと
りで手がけて作り上げたものです。

 昨日、8月25日(土)に『「草の花」出かけて取り付けま
した』と、達ちゃんからメールをもらい、写真も添付されて
きました。


 「草の花」は2階にあるのですが、看板は1階と2階の
間に取り付けられたようです。

 看板が出来て、「草の花」のコーヒーも、いっそう味わい
深いものになるでしょう。近くへお出かけの際はぜひお立
ち寄り下さい。

 さて本日は、猛暑で遠ざかっていたウオーキングに、久
しぶりに出かけました。

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 =小平グリーンロード緑陰ウオーク=



 集合は、西武新宿線花小金井駅から12分ほどの、たけ
のこ公園へ9時でした。

 厳しい残暑の中、どの程度の参加かと思われましたが、
300人前後は集まったのではないでしょうか。

 私も、ウオーキング協会関連のウオーキングへの参加
は、5月19~20日の飯能ツーデーマーチ以来、3か月
ぶりのことです。

 今日の主催は、NPO東京都ウオーキング協会。9時過
ぎから、たけのこ公園で出発式が行われ、9時20分に
スタートしました。

 自分のペースで歩ける自由歩行です。

 コースは、狭山・境緑道と呼ぶ多摩湖までの自転車と
歩行者専用道を西北西に進み、途中の西武線八坂駅
手前で左折、野火止用水沿いの緑道を西南西に、西武
拝島線東大和駅高架下を通過します。

「玉川清流復活の碑」のある野火止用水と玉川用水と
の分流点で折り返すように玉川上水緑道に入って東へ、
5月の東京国際スリーデーマーチ中央会場の小金井公
園を抜けて、下車した西武線花小金井駅までの21km
です。

 コースのほとんどは、歩行者専用道と用水沿いで、広
葉樹の緑陰になっていて、日差しを避けて歩けます。

 5月の東京国際スリーデーマーチのコースにも組み込
まれているところばかりです。

 スタート間もなくの小平ふるさと村。小平市内にあった
古いかやぶき屋根の住宅や郵便局などが集められて
いますが、まだ開園前でした。


 八坂駅手前で左折し、野火止用水緑道に入りました。
この辺にはいませんが、流れには、大きなコイの泳ぐのも
見えました。


 広い明治学院の敷地内に、明治か大正時代の建造と
思われる古い木造の洋館が残っています。


 このあたりは豊富な広葉樹が野火止用水の両側を覆い、
気持ちよい緑陰を進めます


 野火止用水の流れでホタルを養殖しているところを過
ぎ、西武拝島線東大和駅横を抜け、同線の玉川上水車
庫付近が玉川上水の合流点。

 ヘヤピン状に折り返して玉川用水緑道に入りました。 
やはり、しばらくはこのような豊富な緑に覆われた緑道
を進みます。


 小川町の一角に、4月に出来たばかりの「こもれびの
足湯」がありました。

 ご近所の方に混じってウオーカーの中にも、足を浸して
疲れをいやす人もいました。

 西武国分寺線を横断した先、小平中央公園で正午近く
なったので、途中から一緒に歩いた群馬のKKさんと、
昼食にしました。KKさんは、毎年の中山道ウオークの
メンバーです。

 午後は日差しが強くなり、気温も上がりましたが、多く
の緑陰に支えられ、小金井公園を抜け、13時37分に
ゴールの西武線花小金井駅に着きました。

(天気 晴、距離 21km、歩行地 小金井市、歩数
 30,000歩)   

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「かえる展」と中山道蕨宿へ(埼玉県蕨市)

2007-08-25 12:35:27 | ウオーキング
 昨日(8月24日)中にアップする予定が、時間が無くな
り、日付が変わってしまいました。

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 8月24日(金)

 明日からまた残暑が戻るようなので、今日出かけなくて
はと思い、日本一小さい市、埼玉県蕨市を訪ねた。



 蕨市は、東西3.5km、南北1.7km、面積5.10k㎡
の中に人口7万3千人が住み、人口密度も日本一である。

 JR京浜東北線西川口駅で下車して西へ、街路樹のカリ
ンが実る「カリン通り」を進んで、河鍋暁斎(かわなべきょ
うさい)記念美術館に正午近くに着く。

 今日の目的は、この美術館で開催中の「第21回かえる
展」を見ること。都内のウオーキングで知り合った東京北
区のSKさんから、案内をいただいき、昨年も訪ねたおな
じみのところ。

 カエル好きな会員が、自分で集めたカエルのコレクショ
ンをたくさん展示して、人気投票をする、毎年同じ時期恒
例の催しである。

 SKさんも、かえる友の会の有力メンバーで、毎年たく
さんの作品を出展している。

 ちなみに、絵師・河鍋暁斎(1831~89)は、浮世絵、
狩野派双方の素地を持つ絵師で、幕末、明治維新、文明
開化と大きくゆれ動いた時代に、仏画から風刺画まで、幅
広いジャンルの作品を描いている。

 中でも風刺画などでカエルの絵を多数残しており、描か
れたカエルの表情はユーモアにあふれ、カエル好きであっ
たことで知られており、それが縁で、かえるの会の事務局
もここに置かれているようだ。

 暁斉のカエルなどの絵や、かえる展のたくさんのコレク
ションを鑑賞し、新しく出来たミュージアムショップものぞ
いて、美術館を出た。

 次の目的地は中山道蕨宿。毎年の中山道ウオークで何
度か通過したところだが、少し時間をかけて歩いてみよ
うと思ったから。

 カリン通りを西へ少し、南町4丁目の交差点際に、りっ
ぱな長屋門の民家があった。

 板倉家で、右側の塀の中には、蕨市文化財の青面金剛
や庚申塔、地蔵尊などが残されていた。

 カリン通りの延長、下蕨公民館通りを西北に進み、中央
6丁目で国道17号とのY字路付近に出て、東に並行する、
旧中山道に入る。

 Y字路に立つ蕨宿の標識。

 
 歩行者レーンに埋め込まれた中山道各宿場のタイル画。
南から北へ、100mくらいの間隔で順次、次の宿場のタ
イル画が続く。


 通りには、幾つか古い商家や民家が残っている。


 蕨郵便局の前には、こんな蕨宿の絵図があった。


 すぐ先、通りの反対側に、蕨市立歴史民俗資料館
分館がある。明治時代の織物の買継商をしていた家
をそのまま利用したもの。
(入館無料、休館は月曜、休日、年末年始など)

 左手の門を入ると、古い建物の内部が見られ、広
い庭には池を中心に、松やシュロ、ツツジなど、豊富
な植え込みに囲まれている。
 

 さらに200m余り進み、蕨市立歴史民俗資料館の
本館にも寄る。(入館無料、休館は月曜、祝日、毎月
末、年末年始など)

 1階の常設展示コーナーには、中世の文書や板碑、
江戸時代の旅の持ち物や通行手形、蕨宿の本陣や
全体の復元模型、戦中戦後の暮らしの資料や道具、
蕨の学校教育や織物の道具などを展示している。

 2階の特別展示室では、企画展「戦中・戦後のくら
し」という平和祈念展を開催中(8月末まで)。

 召集令状、出征兵士の遺書、壮行会の写真、隣組
や町内会の活動を紹介する写真、戦時中のポスター
や代用品、代用食などが紹介されていて、日本がい
かに貧困な資材で戦ったかが分かり、戦争の悲惨さ
と平和の尊さを改めて認識させられた。

 また、蕨市内は昭和20年(1945)に3回の空襲を
受け、埼玉県内では、終戦前夜に大空襲を受けた
熊谷市に次ぐ死者だったことを知った。
 
 資料館付近は、蕨宿本陣や脇本陣、高札場などが
あったいわば蕨宿の中心だったところ。

 そばの交差点際にある、讃岐うどんの店、四国屋
に入り、讃岐うどんと山かけ丼のセット(740円)を
注文し、遅い昼食をする。
 

 さらに進むと、古い薬局も残っていた。

 
 せんべい店の横に「地蔵の小径」の石標があり、そこ
を斜めに入ると、江戸時代からの古寺、三学院の入口
に突き当たる。

 この日は夜、地蔵尊大護摩供修行というのが行われ
るようで、ちょうちんが下がり、檀家の人びとが準備を
進めていた。

 正面の本堂は、鉄筋コンクリート造りで新しいが、そ
の大きさが、この寺の古くからの隆盛を示している。

 手前に並ぶのは、「南無遍照金剛」と施主の名の書
かれた卒塔婆。夜の祭礼で供養されるようだ。

 広い境内には、三重塔、弁天堂、仏舎利殿、など、
比較的新しい建物が並び、墓地には、蕨宿の本陣、脇
本陣を勤めた家の古い墓石群や、江戸時代中期の大
きな宝篋印塔(ほうきょういんとう)が並んでいる。

 門前の小屋には江戸時代初期の造立という目疾(め
やみ)地蔵(手前)と六地蔵、奥に高さ2.4mの子育
地蔵が立っている。
 

 中山道に戻り、左カーブして国道17号に合流すると
蕨宿の北端となる。合流点(下の写真のすぐ右)に、
「中山道ふれあい広場」とよぶ小さな広場があり、蕨宿
の説明板や、からくり火の見やぐらなどがある。


 帰路は、JR京浜東北線蕨駅か埼京線北戸田駅が
近いが、もう少し歩くことにして、埼京線戸田公園駅を
目指す。

 国道17号の西に出て折返し、南に向かう。錦町1丁
目から戸田市に入り、「きせつのみえるせせらぎのこみ
ち」と名付けられた、細いせせらぎの流れる市役所通り
を進む。

 戸田市役所と戸田市文化会館、後谷公園の間を抜け、
16時ちょうど、戸田公園駅に着いた。

(天気 晴、距離 6km、地図(1/2.5万) 赤羽、歩行地
 埼玉県川口市、蕨市、戸田市)
 
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四国霊場の山門(5)

2007-08-23 22:25:49 | 四国遍路あれこれ
 昨日の所沢市の最高気温は37.5℃、相変わらずの
厳しい暑さでした。

 でも、夜半から今日午前中にかけて前線が通過し、
今日は1日過ごしやすい日となりました。

 中断していた「四国霊場の山門」の最終回です。

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 香川県坂出市、標高380mの山上にある81番白峰寺
の入口は、ほかとは違い高麗(こうらい)門形式の塀を連
ねた七棟門(しちとうもん)と呼ばれ、享保3年(1718)の
再建です。


 気持ちよい稜線上の遍路道を進んで高松市内に戻り、
次の82番根香寺(ねごろじ)山門。やはり標高365m
の地にあり、豊富な緑に恵まれ、秋は紅葉のきれいな
寺院です。


 根香寺から東へ下って5km足らずで、別格19番香西
寺(こうざいじ)。境内には西側から入るので、東にある
この山門は参拝を終えた後の出口となります。


 高松市の市街地を東に抜けて、瀬戸内海に突き出た屋
島山上に上がり、84番屋島寺へは南側のこの山門をくぐ
って入ります。


 参拝を終えて次の八栗寺へ向かうには、東に抜けます。
屋島寺の東側の山門です。


 展望台から壇ノ浦を見下ろしてから急降下し、川を渡っ
て五剣山中腹に上がり、85番八栗寺(やぐりじ)山門を
くぐります。正面に、五剣山の切り立つ岩肌が見えます。


 八栗寺から南東に下り、志度湾に沿ってさぬき市(旧
志度町)に入ります。江戸時代の鬼才、平賀源内の生誕
地に近い86番志度寺の山門。

 この仁王門は、寛文10年(1670)に高松藩主松平
頼重が寄進したもので、中の金剛力士像は、運慶の作と
伝えられているとのことです。

 四国霊場88か所を歩き終え、結願(けちがん)を迎える、
88番大窪寺の西側、新しい大きな山門が迎えてくれます。


 参拝を終えて出るのが、本堂の南側に立つこの仁天文。

 門の南側、車道沿いには土産店が幾つか並び、乗用車
やバスなどで参拝に来たお遍路さんで賑わっています。

 大窪寺から1番霊山寺へ戻る道筋のひとつ、古くは高野
山へのお礼参りへの港だった、東かがわ市三本松の町並
みに近い、八十八か所総奥の院といわれる與田寺の山門。


 香川・徳島県境の大坂峠へ向かってさらに東へ向かう
道筋にある、番外霊場東海寺の山門です。

 東海寺は、源義経が、平家追討のために四国に上陸し
た際、最初に宿営したという寺です。

 大坂峠を越えて徳島県板東町に下り、3番金泉寺を経て、
鳴門市に入ります。金泉寺同様に朱塗り鮮やかな2番極楽
寺の山門が見えてきました。 

 境内には、樹齢1200年という長命杉が立っています。

 極楽寺を出れば、1番霊山寺までは1.4kmの道のり
です。
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やまさんから英国・湖水地方の話を聞く集い

2007-08-22 22:34:42 | ウオーキング
 8月19日(日) =東京・葛飾にて=



 英国の人気ウオーキングエリア、湖水地方へ7月末から
描き歩きの旅に出かけた「やまさん」から、帰って1週間の
ホットな報告会の案内をいただいたので出かけた。

 集合は京成電鉄柴又駅へ11時。駅前には、おなじみの
寅さん像が立っている。

 やまさん、敬子さんほか、流山、茅ヶ崎、宇都宮、小山、
所沢からの7人が集まった。

 改札を出てすぐのところに、こんな氷屋さんがあるのも、
柴又らしい。


 駅前広場の一角には、6月に開設されたという柴又観光
案内所の平屋の小さな建物もあり、葛飾区内の地図や催
しのリーフレットなどが置いてあり、寅さんグッズや土産物
なども販売していた。


 柴又帝釈天への参道より南側の通り、せせらぎの中
に三猿が並んでいた。

 せっかく柴又へ来て、「見ざる、聞かざる、言わざる」
というのも、もったいないような気がするが、なんでここ
に猿がいるのだろうか。


 柴又街道に出て、少し南にある石臼挽きのそば店「やぶ
忠」に行き、開店を待つ。店は11時半からの開店だが、
数分前に着いたら、2,3組の人たちが来ていた。

 店内は純日本家屋の古いつくり。いろりのコーナーも
あり、鴨せいろ(1100円)を注文したが、普通盛りでも
量は十分で、おいしかった。

 ちなみに、場所は葛飾区柴又6丁目1-5、水、木曜
休業(休日は営業)電話は03-3657-8568

 このあたりとしては比較的ゆったりした敷地の民家が
多い、柴又6丁目の住宅地を東に進み、江戸川右岸に
接した「葛飾柴又寅さん記念館」に行き、無料休憩室で
開催中の、「渥美清と関敬六 永遠の友情の記録 写真
展」を見る。 

 記念館の中庭には、寅さんシリーズの映画ロケ地を示す
47枚の敷石が埋め込まれていた。


 記念館の上は江戸川右岸堤防で、江戸川と対岸の千葉
県松戸市方面の展望が広がる。気温は高いが、吹く風が
さわやかで気持ちよい。


 まだ乗ったことがないという人もいたので、矢切の渡しで
対岸まで行くことにした(運賃は100円)。

 川幅は100mくらいだが水量はたっぷりある。川面を吹く
風が暑さを和らげてくれる。

 
 対岸の松戸市の左岸堤防に上がり、上流へ少し進むと、
「川の一里塚」という石碑が立っていた。東屋(あずまや)
もあり、河口まで13.8kmの標識も立っている。

 堤防中段の車道に、きらびやかな飾りをつけた20人
前後の集団が休んでいた。

 今週末の8月25日(土)午後、東京・浅草のサンバカ
ーニバルに参加するグループのようで、休憩後、練習を
再開した。


 緑に囲まれ、セミの賑やかな渡船場に戻り、再び矢切
の渡しで柴又に戻った。


 右岸堤防を下流に進み、北総鉄道の鉄橋手前で下りる。
トイレ借用で立ち寄った葛飾柴又社会教育館の、入口の
温度計は32℃だった。

 北総鉄道線の高架下の側道を進んで新柴又駅前を通過、
「さくら道」と呼ぶ旧佐倉街道の、若桜の並木下を進む。

 こんな町中にと思われるところに野草園があり、ヤマゴボ
ウが赤紫の花を開き、ススキも穂を揃えていた。

 その先の角には、「似顔絵コインランドリー」というのがあ
り、有名人の似顔絵が、壁面や天井にいっぱい貼ってある。

 似顔絵は、政治家、芸能人、スポーツ選手など、見覚え
のある顔が並んでいた。
 
 京成金町線の踏切を越えて北へ、スーパーセイフーで
飲物やつまみなどを調達し、近くのやまさん宅へ伺う。

 家の前の、アオギリが西日をさえぎってくれているテー
ブルを囲み、直接来た2人を加えた9人が、やまさん、
敬子さんから最新の英国・湖水地方のウオーキング事情
などをうかがい、写真やスケッチも拝見した。 

 
 お二人が毎日、宿で到着後と出発前に2時間くらいずつ
時間をかけたという、レポート(下)もいただく。

 帰国後1週間で、40頁に及ぶこのレポートをまとめたと
のこと。いつもながらの、やまさんの早ワザに皆感心する。

 7月前半、11日間で北海道はオホーツク海に面した網
走から太平洋岸の釧路までのウオーキングトレイル220
km余りを、ご夫婦で歩いた茅ヶ崎の I さんの報告なども
あり、なごやかに歓談する。

 最後に、敬子さんが旅の中で作曲したという、田園風景
を思わせるきれいなメロディの、オカリナ演奏があり、2時
間を経過した17時ころに散会となった。

(天気 晴、距離 7k、地図(1/2.5万) 松戸、船橋、東京
 首部、草加、歩行地 葛飾区、松戸市)
 
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大宮公園から暑気払いへ(さいたま市)

2007-08-21 19:12:39 | ウオーキング
 昨日のブログで紹介した、『古道紀行』を主宰している奈
良県の「たなかよしゆき」さんが最近、新しい詩集を発刊さ
れました。

 『涙を一滴 またはぼんくらいっぴ記』というタイトルです。
新書版の大きさで100頁です。ポケットにしのばせて散歩
に出かけ、静かなところで開いて読むといいかもしれません。


 たなかさんのことは、当ブログの「Bookmark」欄の2つ目、
『快道ウオーキング』の、カテゴリー「たなかよしゆきさんの
部屋」に入っていただくと、この詩集を含めて紹介しています。

 今日の本題は、18日(土)のレポートです。

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 8月19日(土) =大宮公園から暑気払いへ=



 前日までの猛暑がひと息ついて、この日は過ごしやすくなっ
た。17時からカントリーウオークグループ夏の恒例、暑気払
いの集いがあるが、その前に軽いウオーキングをして会場に
向かおうと、15時にJR大宮駅に下りた。

 宮町2丁目から初めての道を北へ、高鼻町1丁目の住宅
地を抜け、大宮公園の南西側に回った。

 武蔵一宮・氷川神社の西側参道に小さな鳥居があり、そば
に古い標石が立っていた。


 大宮公園に入り、赤松林に沿ってさらに北に進む。


 複雑に絡まったような幹を見せる木が立っていた。アカ
シデの古木とのことで、樹齢は100年を超えると見られ、
公園の初期からあったものらしい。


 その先、西側に、車道を挟んで埼玉県護国神社がある。

 埼玉県の靖国神社ともいえるところだろうが、ここにこの
ような神社があるとは知らなかった。


 東西に長い池の西南端に出て、池に沿って進む。


 きょうの寄り道の目的は、池の北側、赤松林の中にある
「埼玉県立歴史と民族の博物館」で開催中の企画展、『博物
館発→小さな旅 -埼玉遊覧案内-』である。


 博物館の玄関へ向かう途中の右手に、この地から発掘さ
れた遺跡を復元した竪穴住居があった。

 手前が弥生時代、左手奥が縄文時代の竪穴住居である。

 松などの木立でちょっと薄暗い左奥に、県立博物館入口
がある。


 企画展では、江戸時代の旅行者向けの冊子や浮世絵、
旅の七つ道具、大正から昭和にかけての鳥瞰図作家と
して知られる吉田初三郎や金子常光などによる埼玉県
鳥瞰図、熊谷市鳥瞰図、東武鉄道や西武鉄道の沿線名
所図などが並んでいる。

 さらに、田山花袋著「東京近郊一日の行楽」(大正12
年・1923発行)、太平洋戦争前の絵はがきや、駅弁の
包装紙、硬券と呼ぶ古い切符など、旅行ファンや鉄道
ファンには懐かしい品々も展示されていた。

 主な展示品を紹介した企画展パンフレットは、オール
カラー8頁で100円である。


 ちなみに、この企画展は9月2日(日)まで開催(27日
休館)されている。詳細は、下記の博物館のWebを参照。
    http://www.saitama-rekimin.spec.ed.jp/

 会場に、このあと集まる暑気払いの幹事、KTさんも来て
おられた。16時過ぎに一緒に博物館を出て、氷川神社の
東側から、南へまっすぐ約2km伸びる参道を進む。

 参道の両側には太いけやき並木が続き、日差しをさえぎ
り暑さを和らげてくれる。

 暑気払いの会場は、JRさいたま新都心駅東口に近い、
居酒屋和民(わたみ)。全部で16人が集まった。

 17時から2時間ほどの予定が、話がはずんで21時ころ
まで歓談する。近況報告では、北アルプスへの山行、青春
18きっぷでの東北旅行などした人もいたが、この猛暑に
じっとしていたという人が多かった。

 わがグループのアイディアマン、Kさんが、今回初めての
作品、カントリーウオークの例会や特別例会(1泊でのカン
トリーウオーク)の写真を引き伸ばしてつくった、うちわ6枚
を抽選で配ってくれた。

 この写真は皆、私が撮ったものだが、私が写っているのは
1本だけというので、無抽選で私がもらえることになった。
その裏表が上下の写真。

 昨年10月末、栃木県の足尾銅山跡と旧国鉄足尾線廃線
跡を歩いたときのものである。

 9月からの後半の例会を楽しみに、三々五々、帰途につく。

(天気 曇、距離 6km、地図(1/2.5万) 与野、歩行地
 さいたま市)

 
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