あるきメデス

あちこちを歩いて、見たこと、聞いたこと、知ったこと、感じたことなどを…

笠間稲荷に参拝し友部まで歩く(茨城)

2010-10-31 22:27:01 | Weblog
 今日、10月31日(日)、台風14号は通過したが朝から曇りがち。朝食前に、桜川
市の宿のそばにある板東三十三観音霊場第二十四番札所の雨引観音・楽法寺にお
参りをする。 これは雨引観音の観音堂。


 朝食後の9時過ぎ、JR水戸線岩瀬駅まで、宿の車で送ってもらう。

 水戸線で笠間駅まで行く。駅前には、笠間菊まつの飾り付けが出来ていた。


 午前中は、笠間稲荷と板東三十三観音霊場第二十三番札所の、佐白観音観世音寺
に参拝する。笠間稲荷では、境内で菊祭りを開催中。鳥居の前後にも、菊の花がたく
さん飾並んでいた。


 佐白観音から近くの佐白つつじ公園に上がると、展望台から笠間の町並みや周辺
の山並みが一望できる。それらの展望を楽しみながら昼食をした。


 食事を終えた頃から、雨がぽつぽつと落ちてきたので、一部雨具をつけて、JR水戸
線と常磐線との接続駅、友部へ向かう。

 ほぼ南西に向かう車道と、少しの林間の道を選んで最短コースを目指したが、林間
の道は途中で途切れ、一部はやぶこぎ模様で林間を抜けて北山霊園に出る。

 近くの北山公園を経て、14時25分にJR友部駅に着き、14時45分発常磐線上り
電車で帰途についた。


 この2日間の詳細は、別途アップします。
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つくばりんりんロードを歩く

2010-10-30 20:14:04 | Weblog
朝10時過ぎ、筑波山の西麓の、つくばりんりんロードと呼ぶ、廃線跡を活用した自転車と歩行者の専用道路を、約10km、真壁の休憩所まで歩いた。
昼食後は、国の伝統的建物群保存地区になった、真壁の古い建物の残る町並みを散策して、坂東三十三観音霊場の一つ、雨引観音のそばの宿に入る。
心配した台風の影響は、雨風は少しあったが、さほど強くなかったので、予定通りの行程を歩くことができた。
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明日は筑波山西麓などへ(茨城)

2010-10-29 21:36:07 | Weblog
 明日10月30日(土)から31日(日)にかけて、カントリーウオークグルー
プの1泊例会で、筑波山西麓の、「つくばりんりんロード」や、古い商家が残
る桜川市真壁(まかべ)の町並み、そして、笠間稲荷で知られる笠間町方面
のウオーキングに出かけます。
 
 明日は台風14号の接近で、はたして予定通り歩けるかどうか分かりませ
んが、いまのところ実施の予定ですので、出かける準備をしています。

 したがって、30~31日は可能ならモブログで簡単に報告しますが、出来
ない場合は、帰宅後の11月1日(月)以降に報告します。

 以下の写真は、5年前の2005年10月21日に訪ねた、真壁の家並みの
一部です。







 桜川市真壁には、300余棟の古い見世蔵、土蔵、門などが残っていて、その
うち国の登録有形文化財は104棟あるとのことです。
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狭山丘陵北麓の社寺をめぐる(東京・埼玉)

2010-10-26 18:30:49 | ウオーキング
 2010年10月23日(土)午後

 地図愛好グループの例会で、東京・瑞穂町の六道山公園から1等三角点を経て、八雲
神社と浅間神社を回った後、13時40分に箱根ヶ崎の車道で、皆さんと別れる。

 この後、私は自宅まで、狭山丘陵の北麓の集落にある、瑞穂町から入間市や所沢市
の社寺を回って帰宅することにした。 

 車道を北東に少しで「駒形富士山」と呼ぶ集落に入る。最後に寄った浅間神社の北側
になる。このあたりから北西一帯には狭山茶の茶畑が広がり、加工して直売する茶園が
幾つかある。


 さらに東へ、1等三角点の北側にあたり、三角点の名にもなっていた高根集落の畑に、
サフランに似た花が咲いていた。何という名の花なんだろうか?


 間もなく、東京都瑞穂町から都県境を過ぎて埼玉県入間市(いるまし)に入る。すぐ近く
の山ろくに、狭山三十三観音霊場第二十六番の山際西観音があった。

 無住で静かなたたずまいの観音堂には、十一面観音が祭られている。

 このあたりは水の乏しいところだが、狭山集落と次の南中野集落の中ほどには、ひこ
ばえの伸びた田んぼが何枚か見られた。 
 

 南中野集落にも茶畑が多く、北斜面の高台からは入間市南方の集落の展望が広がる。


 集落の中心にある西久保観音堂。やはり狭山三十三観音霊場の第二十八番札所で、
神亀5年(728)に行基が全国行脚の途中、堂を開いたのが始まりという。


 境内には、高さ約23m、樹齢1,000年を超えるといわれるカヤの木があり、市内第一
の古木のようだ。


 境内にはほかに、江戸時代に奉納された重さ96㎏から186㎏の力石(ちからいし)が
4個、乳(ちち)といわれる気根(きこん)をたくさん垂らした「ちちイチョウ」、2本の木が途
中の枝でつながった「縁結びの木」と呼ぶモチノキ科のアオハダなどがある。

 本堂の右手、ちちイチョウの横から、北側の出雲祝(いずもいわい)神社に入ると、神社
の裏手の森の中に、「重闢茶場碑」(かさねてひらくちゃじょうのひ)がある。

 天保3年(1832)に建てたもので、狭山茶の由来を記したものという。

 東向きに建つ出雲祝神社は、約2000年前の創建という古社。境内は豊富な緑に囲
まれていて、埼玉県の「ふるさとの森」に選定されている。


 小ヶ谷戸集落から南矢荻集落に周って、狭山三十三観音霊場二十九番札所の西勝院
(さいしょういん)に入る。

 900年以上前の武蔵七党のひとつ、村山党の子孫である宮寺氏の館跡(やかたあと)
である。

 参道に、赤い実がたくさんついた木が数本並んでいた。


 所沢市に入って最初の集落、堀之内から三ヶ島(みかじま)集落へ。ここには、延喜式
神明帳(えんぎしきしんめいちょう)に記された中氷川神社がある。


 境内には、この地・三ヶ島出身の歌人、三ヶ島葭子(よしこ)の、「はるのあめ けぶる
けやきの こずえより おりおりつゆの かがやきておつ」の歌碑が建っていた。


 500mほど進んで、早稲田大学所沢キャンパス正門へ通じる通りへ。


 近くの、県道に出る付近には、ジュウガツザクラだろうか、2本の桜が花を開いていた。


 県道179号に出て近くの宝玉院を経て、三ヶ島稲荷神社に入る。


 このあとは、茶畑などの間の細い車道を東へ4㎞ほどで、16時48分に自宅に着いた。

 (距離 11㎞、地図(1/2.5万) 青梅、所沢、歩行地 青梅市、入間市、所沢市、
 歩数 18,500)
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六道山公園の周辺をめぐる(東京・瑞穂町)

2010-10-24 11:27:39 | 江戸・東京を歩く
 2010年10月23日(土)

 5日ぶりに晴れた今日は、地図を愛好するグループの第19回例会で、東京・瑞穂
町にある六道山からの展望を楽しみに出かけました。

 集合地のJR八高線箱根ヶ崎駅は、新装なって橋上駅に変わっていました。


 自動車で来たSameさんの車に乗せてもらい、駅から2㎞ほど、狭山丘陵の西端に位
置する六道山公園の駐車場まで、一気に上がることが出来ました。

 公園の中心部は桜が多く、紅葉が始まっています。


 大きなカクレミノに実がついていました。わが家の玄関先にもあるのですが、実が
つくとは知りませんでした。


 今日1番の目的地は、このレンガ造りの展望塔です。階段を屋上まで上がります。

 富士山の好展望台なので、国土交通省関東地方整備局選定の「関東の富士見
100景」「瑞穂町からの富士」に選定された場所です。

 展望台のそばには、「風景の指標」と題した彫刻がありました。作者は、関根伸夫
と記されています。


 展望台の上の標高は205mになるようですが、周辺の広葉樹がかなり伸びてい
ます。15年前に来た人が当時の写真を見せてくれましたが、それと比べると視界
がかなり、さえぎられてしまっていました。

 北側の上越方面の展望は全く得られません。西方は、奥多摩の御前山から富士
山をはじめ相模の大山あたりまでの展望が広がるはずですが、雲が多くて富士山
は望めず、大山も霞んでいました。

 私はあまり分かりませんが、メンバーの皆さんの見立てでは、2つのピークの左
は奥多摩の馬頭刈山、右は鶴脚山とのことです。


 これはその南側の山並み。何という山かおわかりですか?
 

 ちょっと霞んだ展望ながら、ゆっくりとあちこちを眺めました。都心の方向には、西武
ドームの上に、建設中の新しいテレビ塔・スカイツリーも確認できました。

 展望塔下の芝生広場で昼食をして、次の目的地に向かう前にメンバーの記念撮影。


 今日2つめのポイント、北西1㎞足らずにある1等三角点に向かいました。駅の方から
上がってきた車道の峠付近。向こうに下りかけたあたりから左に入ります。


 車道から、三角点に向かうお伊勢山遊歩道の道標。三角点はすぐ先に少し上がった
ところです。


 標高194.01mの一等三角点「高根」、明治29年(1896)に立てられました。

 当時は、このピークから、測量のための展望が得られたのでしょうが、現在は広葉樹
林に覆われてしまい、全く視界は利きません。


 地形図に示された林間の道を、山ろくにある神社に向かって下ることにしました。左下
の木の間越しに、都立瑞穂園芸高校が見え隠れするあたりまで下ったら、「陸軍」の標
石が残っていて、近くにもう1個みつけました。

 第2次大戦中は、このあたりに軍事施設があったようです。現在の横田基地と関係が
あるのかもしれません。

 その下、競技場が見下ろせる付近からは、奥多摩の大岳山や御岳山奥の院のピーク
などが見え、撮影は出来ませんが、かすかに富士山の上部も望まれました。


 下る途中の分岐に気づかず、神社のある稜線より南の稜線に下り、下の住宅地の近
くから少し戻って、八雲神社と浅間神社に回りました。こちらは、下にある八雲神社。

 石段右側の、何本かのビワの木に花が咲いていました。社殿の右手から、石段を100
mほど上がると、上にある浅間神社↓です。

 ここも広葉樹林に囲まれていて、視界は得られません。

 今日の予定はこれで終わり、皆さんは箱根ヶ崎駅に向かいます。

 私は、八雲神社から200mほど下った車道で皆さんと別れ、反対の北西方向に向かい、
狭山丘陵の北麓の集落を結ぶ旧道を東へ、約11㎞を自宅まで歩いて帰りました。

 (天気 晴、参加 7人、距離 3.5㎞、地図(1/2.5万) 青梅、累積標高差 約180m、
 歩行地 瑞穂町)


 
 
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新しい地図の本『地図の科学』発刊

2010-10-22 21:25:21 | 地図
 当ブログのブックマーク欄「おもしろ地図と測量」の主、山岡光治(やまおかみつ
はる)さんが、このほど新刊 『地図の科学』 を出版されました。


 
 山岡さんは、国土地理院で40年近くにわたり、2万5千分の1地形図など、地図
づくりに携われ、その後、住宅地図で知られる地図会社ゼンリンにも勤務された、
地図づくりのエキスパートです。

 その豊富な経験と知識を生かしてこれまでも、『地図を楽しもう』(岩波ジュニア新
書)や『地図に訊け』(ちくま新書)など、地図についての著書を刊行されています。

 山岡さんとは、当ブログにたびたび登場する「やまさん」こと、山浦正昭さんのウオ
ーキングや集まりで、何度がお会いしており、今回も発刊の案内をいただきました。


 現代は、書店に地図や地図関連の書籍が多数並べられ、Web上にも地図サイト
がたくさんあり、パソコンや携帯電話からアクセスして利用されておられる方も多い
と思います。

 でも、利用されている方でも、地図はいつ頃から登場して、どのような経過をたど
ってつくられるようになったか、現在の地図は、どのようにしてつくられているのか、
知らないことが多いのではないでしょうか。

 山岡さんは、そのような疑問に答え、多くの人に地図測量技術や地図技術者への
理解も深めて欲しいと、本書を記したとのことです。

 本書は、6章で構成されていて、第1章、昔はどうやって地図をつくった?、第2章、
地図の種類はこんなにある、第3章、こんなことまで地図から分かる、第4章、地球
はどうやって測る?、第5章、地図はどうやってつくる?、第6章、最新の地図作成
技術に迫る! というようになっています。



 全頁ともカラー印刷になっていて、見開き2頁の中には必ず、地図やイラスト、写真、
図形などがあり、分かりやすい文章とともに、理解を助けてくれます。

 地図に興味のお持ちの方はもちろん、地図をよく利用されている方も、本書を読んで、
地図についての理解を深めていただければと思い、紹介しました。

 山岡 光治著、新書版238頁、サイエンス・アイ新書、ソフトバンク クリエイティブ
(株)発行、価格(税込み)1,000円


 ちなみに、山岡さんのWebには、地図に関する興味深い情報が、たくさん盛り込ま
れています。当ブログのブックマークの 「おもしろ地図と測量」 からか、下記をクリック
してご覧下さい。 

  おもしろ地図と測量 

 

 
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中山道 本庄宿と郊外を歩く(埼玉)(続き)

2010-10-20 09:50:31 | カントリーウオーク
 2010年10月16日(土)続き

 さらに東へ、駅前通を横切ってすぐ先に、改築して真新しい大本堂が目につく。

 天正年間(1573~92)の建立という円心寺で、どっしりした朱塗りの山門は天明
年間(1781~9)の建立といわれ、市指定文化財である。


 笑顔の新しい福禄寿は、山門のそばにあった。

 北側に見えた市役所構内に入り、裏手に回って元小山川右岸に下る。東へすぐの
城下公園が今日の昼食地。12時18分に着いた。


 =元小山川北側の田園地帯へ=

 ミーティングと記念撮影をして、13時45分に出発する。


 元小山川を渡り、東台五丁目交差点から国道17号を西に少しの本町で、北側の
田園地帯に向かう。


 深谷ネギの畑や、刈り入れ後の田んぼの間を抜けて田中集落へ。集落の北西に、
一之神社と稲荷神社、それに医王寺が並んでいた。


 医王寺境内の背の高いイチョウからは、ギンナンが落ち始めている。一之神社の
入口には、大きな庚申塔や二十三夜塔など数基の石塔が並んでいた。


 集落の東に出ると田園地帯となり、刈り入れ前の田んぼも残っていた。西に、上州
や秩父方面の山並みが逆行にシルエットを見せ、さわやかな風が気持ちよい。

 久々宇集落に入ると、シュウメイギクやキバナコスモスがきれいな彩りを見せる。


 ここにも稲荷神社があり、シイの実がたくさん落ちていた。


 民家の塀際に、アケビに似たゴツゴツした実がついている。Mさんは「ムベ」ではな
いかという。

 トキワアケビとも呼ばれ、アケビ科の植物のようだ。

 集落の南に出て、再び広々とした田園地帯を東に向かう。刈り取った稲をはさ掛け
にせず、根元を下にして両側から立てかけた、独特の干し方をした田んぼもあった。



 今夏の高校野球の埼玉代表、本庄一高の独特の体育館を遠目に眺め、似手集落
の諏訪神社に寄る。秋祭りに奉納される獅子舞は、市の文化財になっているという。


 南に向かい、鳥居の前に背の高いクスノキが3本立つ稲荷神社の角を通過、傍示
堂(ほうしどう)集落を抜ける。


 アシ埋まった元小山川の土手を500mほど西へ、国道17号を横断して元小山川
の南に回り、東台の住宅地に入った。

 午前中に寄った円心寺の南にある、大正院(だいしよういん)が今日最後のポイン
ト。武蔵本庄七福神の三つ目の銭洗い弁天が、小さい社に祭られていた。


 屋根が独特で洋風建築の本堂のほか、旧本堂だったという薬師堂↑や、不動堂
もある。

 本庄一、二丁目の町並みを南に向かえば駅は近い。16時30分に、スタートした
本庄駅に戻った。

(天気 晴、参加 12人、距離 12㎞、地図(1/2.5万) 本庄、歩行地 本庄市、
 歩数 17,400)
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中山道 本庄宿と郊外を歩く(埼玉)

2010-10-19 15:39:43 | カントリーウオーク
 さわやかな秋空に恵まれた10月16日(土)、カントリーウオークグループの第177
回例会に参加した。

 集合地はJR高崎線の本庄駅、10時8分に駅北口をスタートする。

 =中山道本庄宿の町中をめぐる=

 駅前を北へ、次の通りを左折して、まずは武州本庄七福神の大黒天を祭る城立寺
(じようりゆうじ)へ。

 新しい大黒天は、薬師堂の前でほほえんでいた。境内には、コイなどの絵入りの
「淡水魚介類供養碑」もあった。

 昔は賑やかだったと思われる銀座通りの商店街を進み、寿老人の泉林寺に参拝し、
北側の中山道に入る。

 赤レンガ造りの大きな建物は、旧本庄商業銀行倉庫。現在はローヤル洋菓子店の
店舗兼製菓工場だという。

 国の登録有形文化財だが、店の中で求めた洋菓子を味あうこともできる。

  中山道沿いにはほかに、宿場の面影を残す古い商店や、洋館の医院などがいく
つか残っていた。


 さらに進んだ国道462号との交差点際には、うっそうとした境内に極彩色の社殿が
目につく金讃(かなさな)神社がある。

 創立は欽明天皇の2年(541)と伝えられ、武蔵七党の児玉党の氏神として崇敬され
たという。社殿には精巧な木彫が施され、早めの七五三参りの家族も見られる。


 境内には、県の天然記念物で樹齢350年を越えるというクスノキ↑の巨樹が枝を広
げ、そばのカヤの古木も市の文化財である。

 武州本庄七福神の恵比寿尊は、大石の上に竹ざおを持って鎮座していた。

 西側の国道462号の歩道には、中山道六十九宿の宿場名を刻んだタイルが、埋め
込まれている。

 次の通りを右折すると、七福神の銭洗い弁天の佛母寺(ぶつもじ)である。

 境内は広いが、大本堂のほかは空き地が多く、新しい弘法大師像と、ユーモラスな
銭洗い弁天以外には、目立つものはない。


 本庄西小の横を下って、きれいな流れの若泉公園に入る。コイの泳ぐ流れは、すぐ
北側を流れる元小山川(もとこやまがわ)の古い流路らしい。

 流れに沿って進み、西小の先で台地に上がって阿夫利天(あふりてん)神社へ。
もとの社殿は10年前に火災で消失し、現在の社殿は2003年の再建という。若泉
公園側の森で、小鳥が賑やかにさえずる。

 住宅の間を少しで、南側の普寛(ふかん)霊場に入る。木曽御嶽山(おんたけさん)
の御嶽教直轄の霊場で、4月10日と10月10日の大祭には、境内で火渡りが行わ
れるとか。境内に、黒焦げの土の残る一角があった。


 拝殿の天井には精巧な龍の木彫が、前側上部も亀や鳥、龍などの複雑な木彫が
施されていた。


 さらに南に、ひときわ目をひく大本堂が見える。回ってみると毘沙門天の安養院。


 中門は修理中で囲いに覆われている。新しい毘沙門天像は、山門際に立っていた。

 その横には、線刻の観音像を刻んだ石碑2基などが並んでいる。

 寺の前の通りを東へ。最初の交差点の先に、ポツンと山門が立つ。「田村本陣門」
と呼ばれ、本庄宿の北本陣の正門を移築したもので、皇女和宮が御降嫁下の折、く
ぐったといわれているという。


 背後には、古い洋館が残っている。現在は本庄市立民俗資料館だが、明治16年
(1883)に本庄警察署として建てられたもの。

 モダンな警察署として、市民に長く親しまれ、県文化財となっている。

 T字路を曲がって一つ北の通りに入り、七福神のもう一つの銭洗い弁財天を祭る
慈恩寺へ。

 琵琶を弾く鋳造の弁財天像は、本堂の左手前のツツジの植え込みの間に立ってい
て、ちょっとわかりにくい。

 東へ向かい、近くの海善寺は、徳川氏の家臣で、本庄領一万石を領した本庄城主・
小笠原信嶺(のぶみね)が開基した寺とか。七福神の寺でもあり、笑顔の布袋尊は、
境内隅の大石の上に乗っていた。



 道路を挟んだ南側の墓地には、開基した小笠原掃部太夫信嶺公夫妻の墓がある。

     (続く)

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カタツムリ歩行 小川(東京・小平)

2010-10-17 22:26:22 | カタツムリ歩行
 昨日(10月16日)は、カントリーウオークの仲間と埼玉県北部の本庄市を歩き
ましたが、そのレポートは後にして、今日出かけた、JR武蔵野線とその近くの駅
の周辺を歩いている「カタツムリ歩行」の例会のレポートを先に報告します。

=================================

 2010年10月17日(日)

 カタツムリ歩行の第198回例会に参加した。集合は、西武国分寺線の小川駅。
10時9分に駅西口をスタートする。

 国分寺線の西側線路際に平行する通りを進む。しばらくは個人商店主体の商店
街が続き、駅に近いので集合住宅も多い。集合住宅の名前の多くに、ヨーロッパ
の都市名を冠したのが目についたが、なぜなんだろうか…。


 その住宅の一つに、ゴーヤの鉢植えがあった。夏の暑さを遮り、省エネにもなり、
収穫したゴーヤーも食べられて、一石三鳥だったことだろう。


 少し先には、「日本実技書道協会」の看板が掛かっていて、書いた書道のサンプ
ルが窓枠にたくさん掲げてあり、分かりやすい。


 分かりやすいといえば、ゴミ置き場に、ゴミの分別内容が具体的に分かる表示が
掲示されていた。

 ここにゴミを出す方の中に、このようなことをするのがお得意な人が居られるようだ。


 途中で、大きく右カーブする西武拝島線の踏切を通過、駅から600mほどで交通
量の多い青梅街道に出て、西に向かう。

 新しい商店や住宅が続くが、ところどころに、この地に古くからお住まいと思われ
る農家らしい住宅があり、緑の豊富な屋敷に古い母屋や蔵がいくつか残っていた。


 街道を300mほど進んだが、車が煩わしいので、南に進む細い車道に入り、少し
先で街道沿いにある農家の、南側に長く伸びる畑の間の農道に回った。

 サトイモ畑が多かったが、その両側は新興住宅がびっしりと並んでいる。


 畑の間を800mくらい進んで、南側の車道に出た。すぐ東側を走る車道に回り、
さらに南に向かう。西側の畑はウドが花盛り。



 玉川上水に近い鷹の台駅西交差点際に、変わった形の中華点があった。今日は
ラーメンが半額の240円だという。


 すぐ先に玉川上水が流れ、両岸は緑あふれる緑道が続いている。毎年5月のウオ
ーキング大会「東京国際スリーデーマーチ」のコースになっていて、私にはおなじみ
の道。その日のコースとは逆に、上流(西)に向かう。


 少し先の創価高のところで緑道を離れ、白梅学園短大の横から北に向かう。青梅
街道まで3分の2くらいのところまで進み、一つ西側の車道に回り、青梅街道に戻る。

 街道際には、広い境内に整った庭が見事な、小川寺(しょうせんじ)がある。


 2つの山門をくぐったところに、ホトトギスが咲き、境内には、いくつもの石像がよく
手入れされた植栽の間に並んでいる。

 
 きれいな池には、大きなコイが悠揚(ゆうよう)と泳いでいた。


 今日のゴールは、青梅街道を挟んですぐ北側の小平神明宮。12時5分に着いた。



 小平市の保存樹木となっている立派なケヤキ並木の参道際で昼食後、いつものよ
うにミーティングをして、13時頃散会となった。

 (天気 晴、距離 4.3㎞、地図(1/2.5万) 立川、歩行地 小平市、歩数
  6,400)

 散会後、私は一人で、東大和市東仲原公園、多摩湖そばの狭山公園、多摩湖(下
湖)堤防経由、自宅までの約8㎞を歩き、15時22分に帰宅した。
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戸隠高原 紅葉の池めぐり②(長野)

2010-10-14 22:26:18 | ハイキング
 2010年10月11日(月・祝)

今日は、戸隠神社の中社と奥社の間の、標高1200m前後にある三つの池を巡
る予定である。中社周辺には、もう観光客の姿が結構見えている。

 県道を挟んで中社の南西にある、そば屋さんの大きな駐車場の横から、まずは
小鳥ヶ池への山道へ。

 すぐ先に、移設して集めたらしい古い五輪塔の頭部や墓石などの石塔が20数
基並び、小さな社と鳥居もあった。


 広葉樹が主の林の中を15分ほどで、小鳥ヶ池の東南端に出た。色づき始めた
紅葉が、鏡のような静かな池に影を映す。静かなたたずまいの池である。東屋
(あずまや)があったので、小休止した。



 池のかなりの部分に、水草がたくさん覆っていて、池の景色に変化を与えてい
る。近くのハゼが、鮮やかな彩り。


 池の周囲を一周する遊歩道があるので、反時計回りに回ることにした。半周以上
を過ぎると、山栗の木がいくつかあり、小さな栗の実がたくさん落ちている。今日は
急ぐことはないので、みんなで拾って袋に入れた。


 東屋の近くまで戻り、道標に従って次の鏡池に向かう。こちらの道にも山栗が
何カ所かにあり、実は小さいがさらに収穫が増えた。


 緩やかな上り道となり、1310.8m三角点のある山の南側を回って行くと、
「硯石(すずりいし)」の案内板があった。信州女傑の一人というおまんの、硯石
にかかる話が記され、そばに硯のような上部に凹みのある岩があった。


 少しガスが出て、遠方の視界が利かなくなってきた。落ち葉の間からいろいろ
なキノコが出ているが、食べられそうなのはない。

 シラカバが増え、車の音が聞こえて間もなく、鏡池のそばにある駐車場や数棟
のバンガローが現れ、人出も増える。バンガローの先に回ると、池を見下ろす高
台に、売店のある「鏡池どんぐりハウス」の建物がある。


 ここは鏡池の南東端で、シャトルバスの停車場もあってひんぱんにバスが着き、
「ここが鏡池でーす」と叫ぶガイドの声が聞こえる。

 われわれは、その下の池の畔の芝生にシートを敷き、N会長が沸かしてくれた
温かいコーヒーやココアなどをごちそうになる。


 池の向こうにそびえる戸隠連峰の、鋭鋒の山頂付近にかかる雲が次第にとれて、
ほぼ全容を見せてくれるようになった。


 来る途中では雲が多く、展望はあきらめていたのだが、この幸運に皆喜ぶ。た
だ風があり、せっかくの鏡池は揺れ動いていて、鏡のような池に山の倒影を見る
ことができないのが少し残念だった。


 戸隠連峰や、色づき始めた紅葉をゆっくりと眺め、記念撮影をしたりして1時間
ほど滞在した。


 池の東側の遊歩道を北に向かう。緩やかできれいなせせらぎを渡ると、木道が
多くなった。


 正午近くなって観光客が増え、木道を下りて行き交わねばならぬところもある。
清流を見下ろしている人がいたので聞くと、イワナだという。少し淵となったとこ
ろに1匹のイワナの姿が見えた。

 林間の小広場に朱塗りの鳥居があり、天命稲荷が祭られた小さい社がある。
その前を右折してすぐ先には、女性姿の古い石像が2つ建っていた。


 近くには、「ツキノワグマ出没情報」の張り紙があり、このあたりでひんぱんに
目撃されているという。でも今日のような人出なら、熊も遠慮するだろう。

 木道が続く湿地林の一帯は、戸隠森林植物園となっていて、小さい流れのあち
こちに、ミズバショウが見られた。


 南から東へと緩やかに回り、ダケカンバやカラマツ林の間を抜けて、森林植物
園の一角にあるみどりが池のほとりに出た。


 木に絡(から)まったツタウルシの紅葉がよい彩りを見せ、桜の紅葉が池に影を
映す。


 近くにある森林学習館の横を進むと、マユミの実が色鮮やかだ。「戸隠小鳥の森」
の石標の横から県道三六号に入り、戸隠神社中社に向かう。

 緩やかな下り道だが、観光に来た他県ナンバーの自家用車が多く、歩道が無い
ので右側を、一列で注意しながら進む。

 中社近くになると、進行方向の車線は渋滞で車が連なっていた。中社前に戻る
と、朝とは大違いの混雑ぶり。そばのそば屋「うずら家」の前には、道路の両側に
待つ人が並んでいる。

 われわれも中社付近で昼食の予定だったが、これでは何時間もかかりそう。13
時十分に旅館に戻り、途中で昼食をすることにして、10分足らずで帰途についた。

【コースタイム】成瀬旅館8・35ー小鳥ヶ池東屋8・50~9・00ー(池一周)ー東屋下
 9・30ー鏡池・どんぐりハウス下10・37ー11・36ー天命稲荷11・46ー随神門への
 分岐11・56ーみどり池12・22~35ー成瀬旅館13・10~19=黒姫町の長原農園
 13・45 ~55=道の駅しなの14・10~19=小布施PA14・37~45=梓川SA
 (昼食)15・38~ 16・15=岡谷JC17・00=境川SA18・12~21=大月出口
 18・50~19・11=JR藤野駅前20・38  〈注 =自動車 ー歩き〉

(天気 晴一時曇、距離 7㎞、累積標高差 約350m、地図 「山と高原地図 
 妙高・戸隠 雨飾」、歩行地 長野市)
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