あるきメデス

あちこちを歩いて、見たこと、聞いたこと、知ったこと、感じたことなどを…

鎌倉・江ノ島七福神めぐり(神奈川)〈続き〉

2015-01-28 22:47:25 | 七福神めぐり
 2015年1月25日(日) 〈続き〉

 長谷一丁目にケヤキの古木があり、その下に平家の武将平盛久が由比ヶ浜で斬首される
ときの観世音の霊夢のことを記した「謡曲「盛久」と由比ヶ浜」の説明板と石碑や、庚申
塔などが立っていた。



 鎌倉市景観重要建築物という「のり真安斉商店」↑の建物前を通過し、長谷観音前交差
点を横断すると突き当たりが長谷観音だが、手前の「鎌倉オルゴール堂」が目に入ったの
で寄ってみた。


    
 様々なスタイルのオルゴールが所狭しと並び、若い女性などがどれを買おうかと選んで
いる。周囲には、輸入品の古いオルゴールも10数点展示されていた。
    
     これは、1891年スイス製というオルゴール。

 正面の斜面一帯が「鎌倉の西方極楽浄土」と呼ばれ、坂東三十三観音霊場の第4番札所
で、大黒天の祭られた長谷寺(はせでら)である。


 本尊は、長谷観音と呼ばれる十一面観世音菩薩で、奈良時代にクスノキの霊木から造ら
れたとか。像高9.1mあり、国内最大級の木造仏像という。

 山門の手前右手に、幹の太いタブの古木が目につく。山門を入り、池の横から石段を上
がる。


 境内には観音堂を中心に、阿弥陀堂、地蔵堂、大黒堂、弁天堂、経蔵、宝物館などの伽
藍(がらん)がある。

 観音堂の近くには、関東大震災の際に長谷寺に難を逃れ、戦中には寺の復興に尽力した
という、劇作家や小説家として知られる久米正雄の胸像や、仏足石などがあった。

    
 経蔵の近くに、マンサクや黒光(こっこう)と呼ぶボケが咲き、石段横の斜面にはたく
さんのミツマタも開花していた。

 経蔵の近くの見晴台からは、相模湾の展望が広がる。



 観音堂↑に参拝して階段を下り、卍池(まんじいけ)や千体地蔵の横をさらに下って放
生池のほとりへ。


 そばの出世大黒堂に、にこやかな大黒天が祭られている。
      

 池のほとりでは、紅梅や白梅が開花し始めていた。

 長谷観音前交差点から南へ、すぐ先の細道を右に入り、長谷観音の南側山裾にある福禄
寿の御霊(ごりよう)神社に回る。

 御霊とは、強く尊い祖先の御魂(みたま)のこと。神社の創建は平安時代後期と伝えら
れ、桓武天皇の子孫で鎌倉武士団を率いて武勇に名高い、領主の鎌倉権五郎景政(ごんご
ろうかげまさ)を祭る。

 9月の例大祭に行う、「面掛(めんかけ)行列」という珍しい行事に使われる特異な面
の中に福禄寿が含まれていて、これにちなみ福禄寿が宝物庫に安置されているという。


 境内には、神奈川の名木百選に選定され、樹高20m、樹齢約400年と推定されるタ
ブノキの古木や、「夫婦銀杏(めおといちよう)」↓と呼ぶ樹齢約400年の大イチョウ
がある。
      

 神社の南側を江ノ島電鉄が走り、すぐ西側で沿線で唯一のトンネルに入っている。


 長谷観音前交差点に戻り、県道32号を北に300mほど進んで鎌倉病院に行く。建物
の背後に回ると、展望病棟に上がれる日本最初という珍しい斜行エレベーターがあるが、
入口は閉ざされていた。
      
 斜行エレベータについては、昨年末に職場の上司だったHさんからもらった鎌倉情報で
知り、立ち寄って見たもの。


 もとの道を戻り、さらに南下して江ノ島電鉄長谷駅に行く。かなり混んでいる4両編成
の江ノ電で七里ヶ浜沿いを西へ、6つ目の江ノ島駅で下りる。


 土産店などの並ぶ狭い通りも、かなりの人出で賑わう。「えのでんはうす」と呼ぶ建物
には、記念撮影用に江ノ電の先頭部があり、壁面には江ノ電沿線の写真が展示され、江ノ
電のおもちゃやグッズなどを販売していた。
      


 江ノ島に渡る弁天橋際にあった観光案内所を少しのぞき、国道134号の片瀬橋の下を
くぐり、江ノ島弁天橋を渡る。橋には帰る人が多いが、これから向かう人も結構いる。


 渡りきった青銅の鳥居周辺も大変な人出で、静かな田園歩きを好むカントリーウオーカ
ーとしては、思いがけぬ人出にうんざりだ。


 土産店の並ぶ弁財天仲見世通りの狭い斜面を進み、朱塗りの鳥居をくぐって弁財天のあ
る江島神社境内の石段を上がる。

      
 唐風の随神門をくぐり、右から回り込んで江島神社の辺津宮(へつのみや)(下宮)に
上がって参拝し、朱印所で七福神の色紙に最後の8つ目の御朱印をいただく。


 江島神社は、1400余年前の欽明天皇の時代に天皇の命で島の洞窟に神様を祭ったの
が始めとされ、歴代の朝廷や源頼朝、秀吉、家康などの崇敬厚く、安芸の宮島、近江の竹
生島とともに日本三弁財大として知られている。

 左手にある弁天堂にも拝観料(150円)を納めて入り、「裸弁財天」と呼ばれる琵琶
を抱えた妙音弁財天を拝観した。


 その先の八坂神社の前に「むすびの樹」と呼ぶ、二つの幹が一つの根で結ばれたご神木
の大イチョウが立っている。
      

      幹の回りに、良縁成就を願う絵馬がたくさん奉納されていた。
      

 樹のそばからは、直下の弁天橋やその向こうの藤沢の街並みなどが見下ろせる。



 参道を右に回り込むと、眼下に江ノ島ヨットハーバーや対岸の鎌倉方面の海岸線などが
一望できる。


 さらに進んで、江島神社(中津宮(なかつみや)に参拝する。


 境内には「謡曲「江島」と弁財天」の説明板が立ち、社殿左手には水琴窟(すいきんく
つ)があり、水を流すと心地よい水音が聞ける。

 16時近いので戻ることにして石段を下って行くと、勝運(かちうん)の神と記された
児玉神社の鳥居があった。日露戦争で日本を勝利に導いた児玉源太郎を祭っているという。


 参拝に行く人はいない。斜面につけられた参道を右に回り込み、江島神社とはうって変
わって静かな拝殿に参拝する。本殿は、背後の高い石積みの上にあった。


 まだ人出の多い弁財天仲見世通りを戻り、江ノ島弁天橋を渡る頃には陽が傾き、往路で
は霞んで見えなかった西のあかね空に、丹沢山塊と富士山がうっすらと姿を見せた。


 それらを撮りながら橋を渡り、小田急江ノ島線の終点、社殿風の片瀬江ノ島駅に16時
29分に着いた。


 16時37分発の各停で藤沢駅まで乗り、JRに乗り換えて湘南新宿ラインで池袋駅に
向かう。

(天気 晴、距離 11㎞、地図(1/2.5万) 戸塚、鎌倉、江ノ島、歩行地 鎌倉市、
 藤沢市、歩数 23,700)




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鎌倉・江ノ島七福神めぐり(神奈川)

2015-01-27 22:43:54 | 七福神めぐり
 2015年1月25日(日)

 暖かくなるという予報に誘われ、一年中御朱印もいただけるという鎌倉・江ノ島七福神
めぐりに出かけた。

 JR池袋駅から湘南新宿ラインに乗り、ちょうど1時間の9時38分に横須賀線の北鎌
倉駅に下車する。やはりこの暖かさに誘われたのか、たくさんの人がこの駅で下りた。


 西側を平行する県道21号・鎌倉街道を南東へ500mほど進み、踏切の手前で右折す
る。突き当たりが、布袋尊の浄智寺(じょうちじ)である。

 鎌倉五山の第4位で、豊富な木々に覆われた境内は国の史跡に指定されている。総門の
手前に、「鎌倉十井(じっせい)」の一つ、甘露の井がある。

 寺は、弘安4年(1281)、北条時頼の三男宗政が29歳で没後、夫人が夫の菩提を
ともらうために創建されたとのこと。

 鐘楼門を入ると、市の天然記念物のビャクシンの古木3本が立ち、境内を一周する遊歩
道を進むと、さらに大きなビャクシンがある。
      

 仏殿には、室町時代造立という阿弥陀・釈迦・弥勒の三世仏座像が並ぶ。



 かやぶき屋根の曲がり屋の背後に回ると、幾つかの洞窟の最後に、布袋尊が祭られてい
た。


        

 県道に戻り、細い歩道をさらに南東に進む。沿道には休憩や食事処、鎌倉彫の店など、
鎌倉らしい店が幾つも見られる。



 鎌倉五山第1位の建長寺前を通過し、巨福路坂(こぶくろざか)のアーチを抜ける。
右手に県立近代美術館別館↓を見てすぐ先を左折すると、鶴岡八幡宮(つるがおかはちま
んぐう)の社殿横に入れる。


 鶴岡八幡宮は鎌倉幕府の宗社で、源氏の守護神として源頼朝が治承4年(1180)に
創建したもの。政子夫人が、源氏隆盛と平家滅亡を祈願して境内の東西に池を作り、東の
池に七福神の一つとなっている旗上(はたあげ)弁財天を祭ったのが始まりとか。


 社殿周辺を始め、境内一帯は結構な人出で賑わっている。参拝して石段を下り、人混み
の中を旗上弁財天に向かうと、ぼたん庭園の冬ボタンが見頃との表示がある。




 弁財天の参拝前に観ることにして「神苑ぼたん庭園」へ。池の周囲に巡らした園内を一
巡して、雪よけのこもを被ったたくさんの冬ぼたんをて観賞し、大鳥居近くの出入り口か
らぼたん庭園を出た(神苑ぼたんについては、前回投稿済み)。


 朱塗りの橋を渡って弁天島に入り、これも朱塗りの旗上弁天社に参拝する。


 鎌倉彫刻の代表傑作といわれる弁財天像は、重要文化財として国宝館に安置されている
という。朱印所では、団体の朱印をもらう人が先着していて、少し待たされた。

    
 そばの枯れ枝に白ハトが止まり、一見(いっけん)花のよう。旗上弁財天の左手背後に
は、パワースポットととして女性に人気という、「政子石」が鎮座していた。
    

 大鳥居を出て左へ、次の交差点の突き当たりが毘沙門天を祭る宝戒寺(ほうかいじ)で
ある。


 新田義貞の鎌倉攻めで、寺の南東の「腹切りやぐら」にて最後の執権・北条高時ほか
870名が自害したと伝えられており、滅亡した北条氏の霊をともらうためと修行道場と
して、後醍醐天皇が足利尊氏に命じて、北条氏の屋敷跡のこの地に建武2年(1335)
に寺を建立させたとのこと。

 境内には四季を通じて花が咲き、9月には白いハギで埋め尽くされる「萩の寺」として
知られるようだが、いまは花は見られず、本堂右手の「東久邇宮お手植え」という、ビャ
クシンの高木だけが目についた。
      

 毘沙門天は、本堂内の本尊で国重文の木造地蔵菩薩立像の横に祭られているというが、
法事中で拝観することはできなかった。


 南に延びる小町大路を少し進み、右手に見えた山門から寿老人の妙隆寺(みょうりゅう
じ)へ。


 創建は至徳2年(1385)で、六代将軍足利義教により投獄され、拷問で焼鍋を被せ
られたが信仰心で耐え、「鍋かぶり上人」と呼ばれた日親上人ゆかりの寺である。


      
 境内右手の小さいお堂に、寿老人像が祭られている。本堂右手には、日進上人が応永
34年(1427)の冬、100日間身を浸して修行したという池が残っていた。

 小町大路をさらに南下する。日蓮聖人が建長5年(1253)に安房(千葉県)から鎌
倉に来て草庵を結び、毎日この辺りで法華経の功徳を説く辻説法を行ったという「日蓮聖
人辻説法跡」がある。


 小町小路は緩やかに左カーブし、滑川の橋の手前で、夷(えびす)神(恵比寿)を祭る
本覚寺(ほんかくじ)に入る。


 本覚寺の創建は永享8年(1436)だが、それ以前にこの地には、源頼朝が鎌倉幕府
の守り神のひとつとして建てた夷堂があたったとのこと。

      
 現在の夷堂は、昭和56年(1981)に落成したというコンクリート造りの八角堂。

        
 堂内には、小さな恵比寿神が祭られ、運慶作と伝えられる本尊・釈迦三尊像を祭る本堂
は、修理中だった。


 橋を渡って大町四ッ角交差点まで進む。右折して県道311号に入り、若宮大路と交差
する下馬(げば)交差点や江ノ島電鉄の踏切を越える。





 六地蔵交差点を過ぎた辺りから、昼食のできるところを探しながら進んだら、「ふたば
や」という弁当も売る小さな食堂があった。
      

 日曜のためか、外に出ていたメニューより限られていたが、注文した豚のしょうが焼き
(900円)は美味しかった。
    

 〈続く〉




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鎌倉・鶴岡八幡宮のぼたん庭園のボタン(神奈川)

2015-01-26 15:30:51 | Weblog
 2015年1月25日(日)

 暖かくなるという予報に誘われて、「鎌倉・江ノ島七福神めぐり」に出かけましたが、
まだレポートがまとまっていないので、途中で立ち寄った鶴岡八幡宮の「神苑ぼたん庭
園」の様子を先にアップします。

 神苑ぼたん庭園は、鶴岡八幡宮の源氏池の南側に造られた廻遊式の日本庭園で、昭和
55年(1980)に、鶴岡八幡宮の創建800年を記念して開園したようです。

 この「神苑ぼたん庭園」には、約100品種1,000株の「牡丹」が植えられていて、
正月から2月中旬には「正月(冬)ぼたん」を、4月上旬から5月上旬にかけては「鎌倉
ぼたん(春ぼたん)」を楽しむことができます。

 庭園は「湖石の庭」と呼ばれ、中国蘇州市園林管理局・蘇州市古典園林建築公司の技術
者により、自然の太湖石(たいこせき)を使って造成されました。

 太湖石(湖石)とは、中国江蘇省の太湖という湖の底から掘り出された石灰岩に属する
天然の名石で、中国の名のある庭園には、必ずといってよいほど湖石の石組がみられるよ
うです。

 わが国でも古来から「牡丹には太湖石」を描いてきたようですが、絵画では日本人に親
しまれてきたものの実物を見ることができませんでしたが、昭和59年(1984)に、
当時の宋中国駐日大使夫妻のはからいで鶴岡八幡宮の「神苑ぼたん庭園」に寄贈されたと
のことです。

 前置きが長くなりましたが、入園料500円を払って牡丹庭園に入ります。


 ボタンには1株ずつすべてに、雪よけのための「こも」が被されていました。


       

 それぞれに花の種類も記されています


 池のほとりに細長く伸びた園内を進みます。


        

 池の向こうには、七福神めぐりの弁天様を祭る弁天堂が見えています。


    





      

       色とりどりに、見頃の花を競って咲いていました。
       



    

        

          

      

        

    

        

 参観者もかなりおられました。


 源氏池の眺め。


     

        

    

      

 花を描く人も



 反対側、大鳥居の近くの出口からぼたん庭園を出ました。




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秩父・横瀬「あしがくぼの氷柱」を見に(埼玉)

2015-01-19 22:18:55 | Weblog
 2015年1月19日(月)

 大寒を明日に控え、秩父の玄関口の横瀬町(よこぜまち)が地域活性化プロジェクトと
して昨年から始めた、「あしがくぼの氷柱」を見に出かけました。

 きっかけは、所沢市内の駅や市役所にあったこのチラシでした。
      

 西武池袋線下り電車で西武秩父線に入り、芦ヶ久保駅に下車すると、一昨日降った雪が
まだ日影にたくさん残っていました。

 一つ手前の正丸(しょうまる)駅周辺には雪は見えなかったのですが、関東の私鉄では
最長の正丸トンネル(4,811m)を抜けただけで、寒さが違うようです。

    
 氷柱までは、駅の改札を出て左(下り方向)へ線路沿いに進んで、12分ほどです。



 駅のすぐ北西下にある「道の駅果樹公園あしがくぼ」のそばを下り、今年から新設され
た遊歩道を進みます。遊歩道には細かい木くずが敷かれていて、滑る心配はありません。


 線路の北側斜面を少し迂回して、トンネルの先で線路下をくぐって少しで氷柱の入口と
なり、ここで、環境協力金として200円を支払い、チケットをもらって入場します。


     これがチケット
    

 氷柱が見えてきました。

  
      

 この富士浅間神社の鳥居の先に、幅約150mあるという氷柱が広がっていました。




 中心に近いV字状の谷間。


 遊歩道は、右手に氷柱群を見ながら少しずつ迂回して上がって行きます。




 V字谷の下あたりの最初のビューポイント。


 西武秩父線の線路に近いので、土曜や休日には電車の一部がこのあたりで減速して、氷
柱を眺められるようなサービスもあるようです。


 遊歩道を最上部まで上がると展望広場になっていて、チケットを見せると甘酒などのサ
ービスを受けられます。



 軽食を食べられる売店や、薪ストーブで暖まれるベンチも設けられていました。 


 西武秩父線の線路北側の山並み。


 氷柱群の再左端あたり。


 その右手斜面。


 見頃は1月下旬から2月上旬で、その頃になるともっと氷柱も太くなるとのことでした。
      



 中央部あたり。


     

 一望して展望を楽しみ、遊歩道を戻ることにしました。




   

       





 氷柱下の流れにある砂防用堤防の周辺。


     

 駅の近くに戻ったら12時半を過ぎていたので、「道の駅果樹公園あしがくぼ」に入り
ます。


 売店では、秩父路の農産物やその加工品などを購入できます。私は、酢まんじゅうとシ
ャクシナ漬けを求めました。



 隣接の食堂に回り、肉キノコうどん(650円)で昼食に。
     

 次の電車待ちの時間を利用して、すぐそばの観光案内所にも入り、秩父路のパンフレッ
トを幾つかもらいました。



 まだ時間があるので、駅北面の芦ヶ久保の集落に上がり、隣の横瀬駅まで歩きたいと考
えていたのですが、デジカメの電池ぎれが近づき、あいにく予備電池を忘れてきたのであ
きらめ、13時17分発の上り電車で帰路につきました。


 なお秩父路には、この「あしがくぼの氷柱」のほかに、天然という秩父市の「三十槌
(みそつち)の氷柱」と、小鹿野町の「尾ノ内百景氷柱」があり、ほかの2つの氷柱まで
は交通の便がよくないので、自動車で行くのが良いかもしれません。





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彩の国いきがい大学講座で国井アナの講演を聞く(埼玉・入間)

2015-01-18 20:58:50 | Weblog
 2015年1月17日(土)

 阪神淡路大震災から20年の今日午後、入間市産業文化センターのホールで開催された、
公益社団法人いきいき埼玉主催の「彩の国いきがい大学第2回特別講座」に出かけました。

 ちなみに「彩の国(さいのくに)」とは、埼玉県の愛称です。

 会場は、西武池袋線入間市駅から12分ほどのところです。


 特別講座のメインは、『「小さな旅と私」~人との出会いと発見~』と題する、もと
NHKエグゼクティブアナウンサー国井雅比古(くにいまさひこ)さんの講演です。
     

 受付でもらった今日のプログラム。
     

 講演に先立ち、主催者挨拶の後、埼玉県警本部交通企画課の女性警官2名により、交
通安全講習会が行われました。

 
 まず、昨年の平成26年における埼玉県内の交通事故死者は173名で、全国ワース
ト5になり、そのうち65歳以上の高齢者は、78名とのことでした。

 講習の主題は、「自転車安全利用五則」についての話です。皆さんは、交通安全利用
五則をご存じでしょうか。それは以下の通りです。

 = 自転車安全利用五則 =

1 自転車は、車道が原則、歩道は例外

2 車道は左側を通行

3 歩道は歩行者優先で、車道寄りを徐行

4 安全ルールを守る

 ○ 飲酒運転・二人乗り・並進の禁止

 ○ 夜間はライト点灯

 ○ 交差点での信号遵守と一時停止、安全確認

5 子どもはヘルメットを着用

 これらについてひとつひとつ、守るべきことについて具体的な話がありました。

 自転車で走行している方は、以上の五則を守っておられるでしょうか。私が日々、ウ
オーキングであちこち歩いている時にも、これらを守らない人に多数出会っており、危
険を感じることもしばしばです。

 知らなかった方は、今後はしっかり守って交通安全に努めましょう。

 このあと、「彩の国いきがい大学について」現在募集中という今年度のことにつきオ
リエンテーションがあり、13時45分か15時まで、国井さんの講演となりました。

 国井さんはNHKを退職後の現在も、嘱託アナウンサーとして日曜朝8時から放映の
「小さな旅」や、「団塊世代」という番組に出演されており、話題は「小さな旅」で出
会った人達のことが主でしたが、プロのアナウンサーだけあり、興味深い話をユーモア
なども交え、淀みなく定刻まで話されました。

 以下に、メモしてきたその要旨を紹介します。

 「小さな旅」は34年続く長寿番組で、国井さん自信もこの番組を担当して9年にな
り、歴代の担当アナでは最長になった。

 番組の担当者は、カメラ、ディレクター、音楽、照明など11人が10泊の日程で1
つの番組の取材をしているが、国井さんと交互に出演の山田敦子アナとは、そのうちの
3泊4日の日程で現地に出かけている。

 明日からは、青森県の津軽鉄道の冬の鉄路を守る人の取材に行くが、多分5時起きに
なるだろうから宿の食事はできず、コンビニ弁当になりそう。五所川原と金木(かねぎ)
駅辺りで21時過ぎの終列車まで取材して、終るのは22時くらいかと思われ、夜もコ
ンビニ弁当になるだろう。

 よく、「あちこちに旅ができていいですね」と言われるが、行きたいところに行ける
わけではなく、皆さんの想像とは全く違う。

 年に何回か「山シリーズ」と呼ぶ登山しての取材があるが、北海道の利尻岳の時には、
環境保護に配慮している山なので、山麓で排便・排尿用のポリ袋を渡された。上る途中
だけでなく、避難小屋のトイレでもその中に全部貯めて上がるのでだんだん重くなり、
こぼれはせぬかと気にもなった。

 日本トレッキング会長の会長をしているが、山好きだからなったのではなく、仕事で
山に登っていることを知られて、田部井淳子前会長の後を引き受けることになった。

 「小さな旅」を担当して良かったのは、色々な人と出会えたこと。これが私の大きな
財産となった。

 千葉県富津市で海苔の養殖をする人を取材したが、新海苔がこんないうまいものとは
知らなかった。少し高いが新海苔の佃煮もおいしくて、お勧めの品。

 新潟県の阿賀町(旧上川村)郊外に、以前は20世帯だったが現在は4世帯の限界集
落がある。ここで、69歳と68歳のUさんご夫妻は雪解けの頃、雪で倒れた杉の若木
を起こす「杉起こし」という重労働を続けている。

 すぐに売れる訳でもなく売れないかもしれないが、50~60年も先のために大変な
作業をしており、親も祖父も続けてきたからやるのだと言われ、目先の利益にならない
作業を続けていることに、仕事をするというのはどういうことかと考えさせられ、感動
した。

 東日本大震災前の2011年1月、福島県相馬市の松川浦漁港に行った。底引き網漁
では福島県最大の漁港で、30隻の船に6人ずつ合計180人が3時から4時には出漁
し、タコ、ズワイガニ、イカ、アンコウ、カレイ、ホウボウなどを丸1昼夜かけて獲り、
翌朝5時か6時に港に戻ってくるが、それを迎える「船迎え」と呼ぶ女性を取材した。

 船迎えの女性は皆、スキーウェアのような華やかな着こなしで、きれいな化粧をして
いる。どうしてそのような姿でと聞くと、「旦那が一生懸命に働いて戻ってくるのだか
ら汚い姿では迎えられない」と言う。

 船が戻った後、荷揚げや市場への運搬、競りなどの作業は全部女性が行い、競りが終
わると船ごとの水揚げ額が公表される。

 100万円の水揚げだと、そのうちの6万円が「やろこ」と呼ぶ特別ボーナスとして
もらえる。一つの船の6人の女性でそれを分けけ会議室で話し込み、皆が一緒に悩みな
どを共有したりしていて、宮城県から視察に来た男性の漁師も「すごい」と感心してい
た。

 東日本大震災では、ほとんどが被災しており、2か月後にようやく連絡が取れ、その
後は港のがれき処理などに従事しているとか。今年から本格的な試験操業を再開すると
聞いている。

 北海道の羅臼(らうす)町の女性も、元気に働いていて生活力もあり、暮らしの中の
日々の付き合い方にも感動した。

 最近取材した沖縄北部の大宜味村(おおぎみそん)では、女性が芭蕉布(ばしょうふ)
の糸づくりをしている。芭蕉の木というのはバナナの木と同じで、バナナを採るのは実
芭蕉(みばしょう)、糸をとるのは葉芭蕉といっている。

 葉芭蕉の茎の心を短い糸にして紡ぐのだが、1反の芭蕉布の材料糸を得るにはその作
業を2万2千回も繰り返すとのこと。最高齢のYさんは85歳だが、105歳までやっ
ていた祖母の手法を見よう見まねで覚えたという。

 その作業をするおばあちゃんたちは、夕方に集まって話し込む「ゆんたく」という場
を楽しんでいる。

 8月下旬には、「うんがみ(海の神のこと)祭り」というのがあり、現地に古くから
伝えられた長い民謡を、即興で歌う順序を変えたりして歌い、その後海に入り、西の海
からの神を迎える「にらいかない」という行事を行うが、人間の祭の原点のようであり、
時間が止まった別次元のような感じがした。祭りに来る観光客は少なく、この時期に沖
縄に旅して現地で見ることをお勧めする。

 このほか、今年に入り放映した、東京・東銀座の歌舞伎座近くへ40㎏の荷を背負い
茨城県から2時間かけて行商に来る女性と、それに関わりのある女性2人の話では、行
商の人の存在感やユーモアさ、逞しさを感じたのこと。

 また、国井さんがよく散歩に行く代々木公園で、1人のホームレスがいつも同じベン
チに変わらぬ姿で座っていたことなどから、人との関わりや地域コミュニティをどう作
ったらよいかを考えさせられたとも言われた。

 団塊世代にアンケートをすると、8割が地域のために何かしたいと思うが、5割の人
は実際には何もしていないという。これから超高齢化社会になり、現在の医療や介護、
福祉などのシステムは確実に破綻するだろうから、自分でやらなくてはならなくなるが、
やるからには楽しくやるのがよい。

 いきがい大学に関わりのある人が多いのでこの会場は別だが、団塊世代の男性は女性
に比べて外出が少ない。世田谷区で子育ての場に66歳の男性が入った例では、女性主
体の職場においては、男性がいるだけでも安心感が得られるといわれた。自分は何もで
きないからと参加しないのではなく、能力がないと考えていても参加することが大事だ
と思う。

 生きていることが尊く、生きていること自体がよいのだという価値観を持って、その
日を充実して生きていくのが大事ではないのだろうか、といったことなどを話され、き
っちり15時に講演を締めくくられました。

 最後に司会者から謝辞があり、「国井さんには、これからますますのご活躍をお祈り
申し上げます」と言ったところ、国井さんからは「それは無理です!」という思いがけ
ぬ言葉が出て、会場は大きな笑いに包まれ、2度目の盛大な拍手が送られました。

 参加者全員が55歳以上でしたが、全国各地で元気に生活して居られる高齢者の方々
の話などを聞き、自分の生き方に大きな刺激を受けられたのではないでしょうか…。

 写真撮影も録音も禁止だったので、講演中の写真は撮れませんでした。終了後の会場
です。


 陽が傾き、風が冷たくなってきましたが、帰路は電車を利用せず、国道463号を主
に自宅まで9㎞の道のりを、途中買い物をしたりして2時間かけて歩いて帰りました。


 なお、アップした今日、1月18日朝の「小さな旅」は、会場のある入間市の隣の飯
能市(はんのうし)の西川材に関わりのある人の話でした。 ご覧になりましたか…。




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所沢航空記念公園のロウバイが見頃に(埼玉)

2015-01-14 19:10:58 | 所沢だより
 2015年1月14日(水)

 毎年何度か見に行っている所沢航空記念公園のロウバイが、そろそろ見頃になったかと
思い、午前の市内ウオーキングの途中に回ってみました。


 ロウバイ園は、公園の中央部にある放送塔の南西側、日本庭園の東側にあり、全体では
100本以上あると思われますが、その1/3くらいが見頃になっていました。


  

    

      

 彩りも、黄色の濃いのと、少し白っぽい花が咲いています。


         こちらは濃い色の花。
        
 隣には白っぽい花が。


      

          



 南側は1m以上の土手になっているので、上がって眺めることも出来ます。




     もう一度下に下りて、中央部を少し回ります。
    



 

 このロウバイ園には、2種類のろうばいが植えられていて、その説明写真が3か所ほど
ありました。




    

 全体としては西側が見頃で、東側の多くの開花はこれからなので、まだしばらくは花が
楽しめそう。

 ロウバイ園を離れ、放送塔から南に延びる中央部の遊歩道を進むと、ケヤキの枯れ枝が
影を落としていました。




 枯れ枝の陰が新緑の陰に変わるのは、まだ3か月余り先のことでしょう。




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新宿の「山岳写真展」と「所沢市文化財展」へ

2015-01-13 22:07:53 | Weblog
 2015年1月13日(火)

 今日は二つの展覧会に出かけました。午前中は、西武新宿線の西武新宿駅で下車して、
JR新宿駅から伸びる新宿通りを東進し、東京メトロ丸ノ内線の新宿御苑駅に近い富士
フォトギャラリーで開催中の「CREATE 山岳写真展 2015新春」です。


 この写真展については、在職中の知人、Iさんからの案内をいただいて知りました。
Iさんは、当時から大型カメラと三脚を担いで、冬の北アルプスなどに出かけて、すば
らしい写真を撮っていましたが、現在も続けておられるのです。

 会場の富士フォトギャラリー新宿の入口。


       入口の案内パネル
      

     

 会場では、富士山部門、国内部分、海外部門の3部門に分かれて、公募で選ばれた作品
が合わせて68点展示されていました。




 いずれも全紙サイズのカラー写真で、Iさんの写真など特に雪山を対象とした作品が多
く、自分では行くことの出来ない冬山の、迫力ある写真を鑑賞することが出来ました。

    



 この写真展は1月15日(木)まで開催中です。会場の場所は、下の地図をご参照を。
     

 会場にあった下の地図によると、新宿から四谷にかけては、25ものフォトギャラリー
があるようで、それらを巡るのもよいかもしれません(この地図では見にくいですが…)。


 観賞を終えて新宿駅方向に戻り、途中の紀伊國屋書店に寄り、地図や旅行書などのコー
ナーをのぞいた後、近くで昼食を済ませ、西武新宿駅から西武新宿線に乗り、所沢駅で下
車しました。

 いつもの市内ウオーキングコースを所沢航空公園の南側から東北に回り、東京航空交通
管制部の北側にある、次の目的地、所沢市生涯学習推進センセンターに行きました。



 ここでは、「所沢市文化財展」を開催中です。
    

 会場の3階にある企画展示室へ。


 会場内中は撮影禁止ですが、一部ならよいというので撮らせてもらいました。


 展示物のそれぞれは撮れませんが、会場でもらった「所沢の文化財」というパンフレッ
トから、展示されていたものの一部を紹介しましょう。


 国登録有形文化財の小野家住宅(左)と黄林閣(右)の写真。会場でもこの写真を展示。


 国の天然記念物になっているミヤコタナゴは、水槽に10数匹が泳いでいました。
    

 上記のほかの主な展示物としては、櫻木神社の文書、砂川遺跡出土物、滝の城や東の上
遺跡の出土物や写真、所沢絣(かすり)の端切れ、八雲神社祭礼用具、岩崎獅子舞の獅子
頭やササラッコの花笠などでした。

 会場のそば3階廊下からは、奥多摩から奥武蔵や奥秩父の山並みが望まれます。これは
右端あたりに望まれる秩父の主峰、武甲山(ぶこうざん)など。

    大持山    小持山                武甲山


       会場でもらったもう一つのパンフレット。
      
 パンフレットの裏面全面は、2万分の1の地図上に市内の文化財のあり場所が記されて
いるので、これを持って現地を訪ね歩くことが出来るようになっています。

 この文化財展は、1月21日(水)まで開催中で、場所は下の地図の通り、西武新宿線
航空公園駅東口から、真っ直ぐ伸びる通りを約17分と記されていますが、約1㎞なので、
12~13分くらいで行けると思います。
     

 観覧を終え、会場から航空公園駅に向かう市道のケヤキ並木は、まだ寒々としています。


 この後、新所沢駅を回り、約1時間かけて自宅近くの富士山展望ポイントまで戻りまし
た。16時半を過ぎて日没間近の頃の、奥多摩の目印、大岳山周辺。


 富士山も赤富士です。


      間もなく、高圧送電線鉄塔の向こうに夕日が沈みました。
     

 今日も快晴でしたが、予報では明日の午後からは雲が増え、明後日は今年初めての雨に
なりそうです。





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盛況の『川瀬巴水展 -郷愁の日本風景-』(日本橋高島屋)(東京)

2015-01-08 22:09:43 | Weblog
 2015年1月8日(木)

 長年通っている歯の定期点検のために品川東口の歯科医院に行き、終わった午後、『川
瀬巴水(かわせはすい)展 -郷愁の日本画展-』を開催中の日本橋高島屋に行きました。


     

 8階の会場入口付近に行くと、きっぷ売り場には行列が出来ていて、予想以上の盛況の
ようです。






 きっぷ売り場の手前の壁面には、販売している川瀬巴水の版画が幾つか並んでいました。
    

        

 川瀬巴水(1883-1957)は、大正から昭和にかけて活躍した版画家。今年は生
誕130年を迎えたので回顧展として開催されたもので、これはそのリーフレットです。
     

 巴水が本格的な画の修業をはじめたのは27歳と遅かったようですが、転機は大正7年
(1918)で、同門の伊東深水の作品を見て木版画の魅力にうたれたとのこと。

 それ以後、旅に出てはスケッチをして、東京に戻って版画を作る暮らしを続けました。
その旅は日本全国に及びましたが、巴水が選んだ対象はかつて日本のどこにでもあった風
景だったのです。

     
 生涯に残した木版画は600点を超え、「昭和の広重」とも称えられているようです。
リーフレットの裏面には、このように↑7枚の作品が紹介されていましたので、それを
1枚ずつ以下に拡大してみました。会場で見た実物のようにはゆきませんが、巴水の郷
愁の日本風景のイメージを感じられますでしょうか…。

 芝増上寺 東京二十景


     木場の夕暮れ 東京十二景
    

         春のあたご山 東京十二景
        

             馬込の月 東京二十景
            

         西伊豆木負 
        

     鶴岡八幡宮
    

 平泉金色堂

 これは最後の作品、金色堂に近づいている僧は川瀬巴水自身のよう。

 さて、入場券(800円)↓を求め、会場に入ったら、大変な混雑でした。
        

 画の前に2重3重に観覧者が詰めかけていて、一番前に並ぶとなかなか前に進まないの
で、ゆっくり見るのはあきらめ、後方からひとつずつのぞき見しながら進みました。

 それでも、対象としたモチーフが橋の下からの眺めとか、木の間からの月光とか、水に
映る影とか、どこにでもありそうで今は見られなくなった日本の原風景を巴水ならではの
視点で捉えていて、自分で写真を撮るときのカメラアングルや対象など、大変参考になり
ました。

 実は、昨年8月27日に、川越市立美術館でも川瀬巴水展を観覧したのですが、そのと
きは観覧者は少なくて、ゆっくりと見ることができました。

 やはり、大江戸(東京)と小江戸川越との観覧者数の差は、人口の違いでしょうか…。
それとも、昨年12月28日(日)と4日前の1月4日(日)にNHK Eテレの「日曜
美術館」で、1年前に放映された「郷愁に染まる風景 ~版画家 川瀬巴水~」をアンコ
ール放送したのを見た人が、大勢訪れたのかもしれません。

 混雑にうんざりして、30分足らずで会場を出ると、川瀬巴水の画や関連グッズなどの
販売コーナーも、かなりの賑わいです。
    

        



 私が入場したのは14時頃でしたが、時間を早めるか遅くすれば、もっとゆっくり見ら
れたかもしれません。

 ちなみに、この展覧会は1月12日(月)まで開催中です。

 なお蛇足ながら、会場にあった別のリーフレット↓によれば、都営地下鉄浅草線の馬込
駅A1出口から徒歩3分(駅の北側)の、環状7号線新馬込橋には、巴水の名作12点を
精密な写真製版技術を用いて焼き付けた陶板にして展示してあるそうです。
          

 陶板になった作品

 これは、昨年、2014年6月に架け替えられたときに作られたようです。
 



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埼玉西部消防局・所沢市 消防出初式2015

2015-01-07 20:19:44 | 所沢だより
 2015年1月7日(水)

 晴天ですが少し風が冷たい今日、10時から12時まで所沢航空記念公園で開催された、
埼玉西部消防局と所沢市の消防出初式に出かけました。

 埼玉西部消防局は2年前の2013年4月1日に、所沢市消防本部、狭山市消防本部、
入間市消防本部及び、飯能市と日高市を受け持っていた埼玉西部広域消防本部が合併して
誕生しました。

 管内の人口は約79万人(所沢市34万人、狭山市16万人、入間市15万人、飯能市
8万人、日高市6万人)で、人口規模では福井県(約80万人)や徳島県(約78万人)
に匹敵し、管轄面積は406.43㎢、消防署数5署14分署、職員数859名で、配置
車両は消防車53台、救急車25台となっているようです。

 10時から式典の部が始まり、参加の埼玉西部消防局員と所沢消防団員が整列します。


 国歌斉唱の後、管理者である藤本所沢市長が年頭挨拶を行いました。


 さらに主催者あいさつや来賓挨拶があり、10時30分に閉式となり、10時35分か
ら訓練の部がはじまります。

 最初は徒列分列行進で、消防音楽隊の演奏に合わせて消防職員、消防団員の行進。




 女性消防署員員も。




 続いて所沢消防団、10の分団ごとに行進が続きます。


 その後には、市内の幼年消防クラブの泉町保育園と双実保育園の鼓笛隊の行進に。


 以下は双実保育園のメンバー。




 次は救助基本訓練で、若手消防隊員の一糸乱れぬ体操など。




 続いて車両分列行進が始まりました。指令車↓を先頭に、ポンプ車、はしご車、救急車
など色々な車両が続きます


 消防局のポンプ車




 救急車は2両だけの参加


 さらに特殊車両が続きます。


 特別救助隊車両


 はしご車


 これは初めて見る市民災害対策支援車。狭山消防署に配置のよう。


 夜間、電源の無いところで欠かせない照明設備と発電設備を持つ車両。


 次は水槽車。山火事など水の無いところで威力を発揮します。


 木遣り歌にあわせて所沢鳶(とび)組合の皆さんが入ってきました。これから古式ゆか
しいはしご乗りの演技です


 最初の演技は2人で。


 このあと4人ほど、三間三尺(約6m)の青竹に14段の小骨(はしごの桟(さん))
をつけたはしごの上で、妙技を披露してくれました。
     

        

     

     

     


 演技を終え、もう一度木遣り歌を歌い、3.3.7拍子で締めました。


 続いて消防活動訓練。広場の向こうに建てられた仮設の雑居ビルのビル火災を想定して、
消防署と消防団が協力しての延焼防止と消火活動、逃げ遅れた人の救助などの活動です。

 雑居ビルに火災発生。
 

 消火活動が開始されました。




 逃げ遅れた人の救助活動も。


 救助した人は、仮設の救護所にて手当など。


 さらに救助が続きます。



 消防活動訓練が終わり、最後は所沢消防団各分団の10台による一斉放水です。







 上空には埼玉県防災ヘリコプターが飛来してきて、防災などの呼びかけをPRしました。



 
 予定通り12時には、消防出初め式もお開きとなりました。

 所沢市内を始め、埼玉県や首都圏などでは空気の乾燥した日々が続きそうです。どうか
皆さん、お互いに火の元には十分に気をつけましょう。




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所沢・北野天神社へ初もうでウオーキング(埼玉)

2015-01-05 18:33:54 | 所沢だより
 2015年1月5日(月)

 今日は日中の気温は10℃を超え、少し寒さが和らぎました。

 午前中、所沢市内では先日参拝した所沢神明社とともに参拝者の多い北野天神社まで歩
いて行き、何年ぶりかの初もうでをしてきました。

 新年3が日は賑わったのでしょうが、西側の市道から入った境内には、わずかの参拝者
しか見えません。



 北野天神社は、景行天皇の時代、日本武尊が東征の折この地にまつり、古来から武蔵国
の延喜式内社で入間郡5座のひとつに数えられているという、由緒ある神社です。

 その後、長徳元年(995)に菅原道真5世の孫、修成が武蔵守となって武蔵国に下向
(げこう・都から地方へ行くこと)し、この地に京都の北野天神を祭ったので、以後「北
野天神」と称されるようになったとか。


 武家の信仰も厚く、源義家、頼朝、足利尊氏、前田利家などによりしばしば社殿が造営
されたとのこと。

 天正19年(1591)に前田利家が再興の際には、徳川家康から社領8石を拝領して
おり、慶安2年(1649)には50石に加増されたようです。

 拝殿の前には、前田利家が社殿再興の前年の天正18年に献栽したという「大納言梅」
と呼ぶ梅の古木があります。
     
 暖かい年の正月には、チラホラと開花していることもありましたが、寒い今年はまだ固
いつぼみのままです。

 境内には、稲荷神社、小手指神社、八雲神社、石宮神社などがありますが、こちらはそ
れら境内社のひとつ、「はた神様」とも呼ばれる文子天神社です。

 この神社には、養蚕を始め、糸繰り、裁縫、機織りなどすべての日本婦人の美徳を備え
た「多治比文子」という女神が祭られているとのこと。

 その右手には、「諸神宮」と呼ばれる社殿があります。

 この社殿は室町時代の再建で、源頼朝が建久6年(1195)9月に、延喜式内総社
(3132座)を勧請(かんじょう)したので「諸神宮」と呼び、将軍家光からの諸神宮
領の寄進状が残っているようです。

 こちらは「宗良親王遺跡」碑。碑文は判読できませんが、正平7年(1352)の近く
の小手指原(こてさしがはら)合戦のときの、宗良親王の御在陣跡だったことが記されて
いるよう。
        

 その横には、この地出身でオペラ歌手や喜劇俳優などの名脇役として活躍した、左卜全
(ひだりぼくぜん)の言葉を記した碑が立っていました。
        
 
    
 碑文には、「常道の芸では先がしれてる されば 道遠き苦難のみちを求めん」と記さ
れているようです。

 ちなみに左卜全は、明治27年(1894)生まれ、女流歌人の三ヶ島葭子(みかじま
よしこ)は異母姉。卜全は昭和46年(1971)に東京で没しています。

 拝殿前の広場の南側には、日本武尊が東征の折にお手植えしたという「尊桜(みことざ
くら)」の4度目のひこばえという桜が、いまは枯れ枝を見せています。


 その傍らにあるのは力石。

 徳川時代末期から明治初期まで江戸を中心とする関東各地では、力を試したり記念に奉
納された力石が多いようです。

 そうした史跡などを見ながら境内を一巡して、南側の参道から神社を後にしました。
     

 この後、南側の丘陵を東西に並び立つ椿峰団地の稜線近くを貫く、椿峰緑道を東に抜け
て、自宅に向かいました。 今日の市内ウオーキングは約8㎞でした。




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