魯生のパクパク

占いという もう一つの眼

回る回る、世界は回る

2008年09月05日 | 日記・エッセイ・コラム

木星・冥王星の9月再始動は、もう動き始めたようだ。
冥王星はあまり表に出ないが、教員試験や相撲のことなど射手座に戻った影響もある。
全体の動きから。後半はやはり昨年後半と似たようなことになると思うが、昨年後半、どんなことがあったか、もう、あまり覚えていない。

自民党は、またも総裁選で人気回復をと、同じようなことをしているが、デジャブ、柳の下にドジョウはおらぬ、仏の顔も三度、オオカミが出た、亭主の好きな総裁戦・・・

まさに茶番だ。いったい日本国民は、こんなことに何度も騙されるほどバカなのだろうか。それとも、日本国民が選んだ政治家は日本国民の心が解からないほどバカなのだろうか。早く結果が見たい。
しかし、例え日本国民が政治家の愚かしさを解っていても、選択肢がなければどうにもならない。
民主党は、自民党の茶番にさえ手を打てないというのだから。

維新じゃ、維新じゃ
明治の日本は荒削りで、今日まで続く弊害も多く遺したが、大仕事をした。怖いもの知らずの若者パワーが、過去を打ち壊して、近代化をやってのけた。
黒船・明治維新から約150年。新憲法からでも60年が過ぎた。
世界秩序も大変動を起こしている。
もう、旧態を打ち壊すだけが政治の仕事だ。
それができるのは、若者の「怖いもの知らず」パワーしかない。

政治家の年齢制限は、下限ではなく上限を決める方がいい。
立候補を40歳までにして、40歳以上の後見人とセットで立候補する。力のある若者は後見人の発言権を押さえるだろうし、力がなければ後見人が機能する。

しかし、やはり、何と言っても、若者層自らが政治に参加しなければ本当の改革にはならない。
アフガニスタンで倒れた伊藤青年のように、海外協力に出て行く若者は確実に増えている。それだけ若者の目が世界に向けられているということだ。
幕末の脱藩浪士と同じように、せまい領国なんぞに興味がないということなのかも知れない。当時も、日本や世界に目がいかない藩政は死に体だった。

藩から国家へ、国家から世界へ
NGOは世界のために働く。そのNGOに対して、協力的な国家と非協力的な国家がある。
幕末に、若手藩士と連携して動いた藩と、何とか若手を押さえ込もうとした藩があった。
藩は自らを守ろうとするが、何によって守ろうとしたのか、それはヴィジョンの違いだった。
時代は、否応なく世界へと進んでいる。それぞれの国家が、どういうグローバル・ヴィジョンを持つかが、将来の地域を決定する。
もはや、藩政・幕政の茶番などどうでもいい。