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ひびレビ

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「ガッチャマン(映画)」を見て

2015-09-22 08:50:14 | テレビ・映画・ドラマ
2013年の映画「ガッチャマン」を見ました。

 21世紀初頭、突如として「ギャラクター」という謎の侵略者が出現した。シールドによってあらゆる攻撃は阻まれ、人類は限られた地域でのみの生存を許され、絶滅を待つばかりだった。だが石と呼ばれる不思議な結晶体を操れる適合者たちが現れた。
 後に適合者である健たちは現代の忍者「ガッチャマン」と呼ばれ、5人の若者たちはベルクカッツェ率いるギャラクターに立ち向かう!

 ・・・という話なのですが、「ガッチャマン」と呼んだ人が映画内にいなかったような・・・「誰だ!?」「ガッチャマンだ!」ぐらいの掛け合いはあっても良いんじゃないかと思うんだ。

 私はガッチャマン本編を見たことが無いのですが、そもそもこれって「ガッチャマン」として成り立っているのでしょうか。ガッチャマンの名を冠した侵略者とのバトル映画にも感じます。
 ガッチャマンと呼ばれることもなければ、コードネームも無い。変身するのも序盤と終盤だけですし、後は専ら人間の姿で潜入したうえでの亡命者の保護だったり、死んだと思われた女性が目の前に現れたりといった物語が展開されます。加えてスーツは「醜い」と言われるし、私が知ってる「科学忍法火の鳥」も脱出時に機体が炎に包まれただけだし・・・良いんだろうか、これ。スーツに関しては女性である純の発言ですが、「可愛くない」ならまだしも「醜い」とは思えませんでした。

 序盤の建物を利用した移動などの動きはそこそこ見ごたえがありましたが、ストーリーでこれといって特筆すべき点が無いので、どうにも印象に残った場面が見当たらず・・・
 結局ギャラクターって何がしたかったのだろう。勢いに乗って地球を征服するかと思いきや人類の生存を許しているうえに、東京は純が両手に買い物袋をぶら下げてカフェに出向く程度には平和な模様。かと思えば近くには防衛隊が立っていたり、自由を求める垂れ幕が掲げられていたりと、よく分からない空間が広がっています。
 まぁ人類を減らしてしまうと、同胞になれる可能性のある者=適合者を殺しかねないので、適度に襲って戦う意欲を削ぐぐらいがちょうど良いのか・・・だったら人類を掻っ攫っていった方が手っ取り早い気もするし・・・うーむ。


 そんなこんなで、何とも微妙な感じの映画でした。まぁ映画のキャシャーンよりは話が理解できたかなぁ・・・と(苦笑。
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