スマホを使うことが脳にどんな影響を及ぼすかを研究してる学者がいるんですって。その人が書いた本が売れてるとか。
いろんな観点で様々な影響が出てくることは何となく想像はできる。「脳科学的」な部分まではさすがに推測すらできないが、「受け身の人間」になっていくのではとか「対面でのコミュニケーション能力不足」を生むのではくらいは想像してた。
この研究者がやった実験は 言葉の意味を「スマホのNET検索で知る」方法と旧来の「辞書をめくって調べる」方法の比較だそうだ。いくつかの言葉を調べてもらった後で、改めて「この言葉の意味は?」と問うたところ、辞書派の方が明かに正解率が高かったというのです。
脳に知識として蓄積される際、その知識を獲得する際に体をどう使ったか(=脳をどう使ったか)が大きな影響をもってて、「苦労」「労力」があって、きちんと「知識として蓄積」されるのが「人間の脳」だという結論を提唱してるらしい。
こんな事を連想する。試験の前の夜カンニングンぺーパーを労作した。実際試験に臨んだ時はしっかり知識となってて、労作ペーパーを見るまでもなかった という話。
そこでだ、この話から視野を人類、地球規模に広げ、時間を先に延ばして将来を推察してみた。
人間は「スマホ」という「楽しい武器」を持った。便利ゆえにもう離せないだろう。人間としてのいくつかの能力(例えば「知識の蓄積」「動物的勘」「対面会話」「他へのおもいやり」「協調」etc)が退化していく。無機質な世界が広がっていく。 その結果としてどんな世界が創造されるのかは推測さえできない。良いのか悪いのかさえ。
こう考えてくると、僕現世に対して多くの不満を書きなぐってるけど、そんなことでどうにかなるような世の中じゃないのかもな。もう「止まらない奈落への道」を進んでるのかもしれない。
いろんな観点で様々な影響が出てくることは何となく想像はできる。「脳科学的」な部分まではさすがに推測すらできないが、「受け身の人間」になっていくのではとか「対面でのコミュニケーション能力不足」を生むのではくらいは想像してた。
この研究者がやった実験は 言葉の意味を「スマホのNET検索で知る」方法と旧来の「辞書をめくって調べる」方法の比較だそうだ。いくつかの言葉を調べてもらった後で、改めて「この言葉の意味は?」と問うたところ、辞書派の方が明かに正解率が高かったというのです。
脳に知識として蓄積される際、その知識を獲得する際に体をどう使ったか(=脳をどう使ったか)が大きな影響をもってて、「苦労」「労力」があって、きちんと「知識として蓄積」されるのが「人間の脳」だという結論を提唱してるらしい。
こんな事を連想する。試験の前の夜カンニングンぺーパーを労作した。実際試験に臨んだ時はしっかり知識となってて、労作ペーパーを見るまでもなかった という話。
そこでだ、この話から視野を人類、地球規模に広げ、時間を先に延ばして将来を推察してみた。
人間は「スマホ」という「楽しい武器」を持った。便利ゆえにもう離せないだろう。人間としてのいくつかの能力(例えば「知識の蓄積」「動物的勘」「対面会話」「他へのおもいやり」「協調」etc)が退化していく。無機質な世界が広がっていく。 その結果としてどんな世界が創造されるのかは推測さえできない。良いのか悪いのかさえ。
こう考えてくると、僕現世に対して多くの不満を書きなぐってるけど、そんなことでどうにかなるような世の中じゃないのかもな。もう「止まらない奈落への道」を進んでるのかもしれない。