カワセミ側溝から(旧続・中岳龍頭望)

好きな言葉は「のこのこ」。好きなラジオ中継「相撲」。ちょっと苦手「煮た南瓜」。影響受けやすいけど、すぐ忘れます。

重厚さが心地よい   薔薇の名前

2013-06-13 | 読書

薔薇の名前/ウンベルト・エーコ著(東京創元社)

 本自体はずいぶん前に買っていたもの。思うところあって、せっかく出費しても手にも取って無いような本から少し片付けてみようと思って読み始めた。すぐに分かったが、これは後回しにしようと当時の自分が思ったに違いない。なかなか重厚で、慣れないと少し読みにくい。ミステリー小説なんだろうけれど、何やらいろいろ入れ込んでいて、重層的な意味がいくつも仕組まれていることが分かる。面倒なんで気ぜわしい時には読むのが億劫になるかもしれない。
 でもまあ今回は読めたのは、忙しいながら精神的に安定していたせいだろう。それに慣れていくと、なるほど厄介ながらなかなか面白い。矢鱈知識をひけらかす輩が多いのだが、その議論も論理的と言えばそうだし、西洋人特有のレトリックと言えばそうだ。時代背景もあるが、その当時の人々の考え方の一片ものぞかせて、興味が尽きないところもある。ミステリーの方も入り組み方が複雑なので、そう簡単には解けない感じはする。僕自身はある意味では当たり、そうしてある意味では外した。理由はネタばれになるから書かないが、予想外の結末と展開だったことは確かだ。そういう意味でも興味が最後まで持続したことも大きかったようである。
 原書はラテン語で書かれたものをフランス語に翻訳し、それを英語に重訳したという設定になっている。それをさらに日本語に訳されたものを読んでいるわけだ。翻訳者はいろんな言語が出てくるのを苦労しながら訳したのではあるまいか。意味不明な言葉の様で、しかしそのことが事件のカギになっていることも暗喩してある。相当な知識が詰め込まれていることに圧倒されるのだけど、さらに史実と照らして本当だったことも混じっている様子である。基本的にフィクションだが、たまに歴史上知っている名前も出てくる。なるほどそういう時代背景に生きた人々だったのか、などと脱線しながら思索する時間もあったりして、奇妙な読書体験だったとも言えるかもしれない。
 修道士という男性の悩みなどもあり、いろいろと考えさせられることも多かった。性の欲求を封印することで精神的に支障をきたすこともあるんじゃなかろうかと心配にもなったが、そのような世界にあって、やはり抜け道もあったのだろうことがエピソードとしてあって、妙に安心したりもした。結末はかなり残酷なことになってしまうのだけれど…。
 さらにいろいろとエピソードはあって、キリストが笑わなかったかもしれないという証明の話は、なんだか圧巻という感じだった。このお話の重要なキーでもある訳だが、そういうことを文献などを扱って検証するようなまじめな人々がいるということが、さらに宗教的な意味として重要さを増していくということも考えさせられた。人間というのは、その思考の方法に既に罪を背負っているかのようである。
 それにしても衒学趣味的なお話であるが、そのことがかえって心地よいという境地にまで達する重厚さはさすがであった。こんなものはそうそう誰もが書けるわけがない。日本人にそれが無理だとは言わないが、あんまり得意ではないような気がする。西洋人がなんでまたこれほどお喋りなのかということも含めて、考えてもいいテーマかもしれない。
コメント
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