黒いいたずら/イーヴリン・ウォー著(白水社)
これは僕の個人的な問題かもしれないが、ちょっとこれと似たような小説というのを知らない。何かの興味で買った本には違いないが、それも思いつかない。小説らしいということで放置してあったわけだが、読みだして妙な感じの文字の羅列に、何となく戸惑いながら付き合っていった感じだ。しかしながら読み止めなかったのは、確かに面白かったからであって、独特のユーモアのセンスには感心できないものもあるのだけれど、やはりしてやられっぱなしということなのであろう。舞台はアフリカのものなのだけど、よく知らないまでも極めて英国風の、それも気どっているが鼻もちならないわけでもない、不思議な皮肉だらけの物語なのだった。
国が混乱している状況で、内乱が起こったりして、どちらに転ぶか分からない緊迫感があって、そうしてたくさんの人々がその犠牲になり、あるいは残酷な状況におかれることになったりするのだけれど、それを冷やかし半分に笑うということでは無くて、でも思わず笑わずにいられないということになってしまう。誰かに感情移入してしまうと簡単に裏切られるので注意も必要で、しかしそんなに愛すべき人間というのも、実は登場する訳ではない。皆悪人というか、それぞれ困った癖のようなものを持っており、愛や友情が無いわけでは無かろうが、それが素直に表現されることはない。結果的に誰も幸福そうではないのだけれど、しかしある意味でしたたかに、または運がよく、その狂乱の中で活躍していくのである。
このような小説は、確かに日本では大変に生まれにくいものだということも確実で、話の語られ方が日本語に向かないということではないだろうが、日本人が理解できる範囲を最初からかなり逸脱しすぎており、実は僕もその様に置いてけぼりにあいながら、かろうじてついて行ったクチなのかもしれない。段々と真実めいたことはどうでもよくなっていくというか、少し投げやりになりそうになるのだけれど、この混沌が妙に心地よい世界にもなっていくのが不思議と言えば不思議だ。
もう少し真面目に商売をすべきだとか、信用できる約束をした方がいいだとか、苦言を言っても始まらない世界が世の中にはあるらしくて、その中で生きていくたくましさというのは、このように黒っぽいユーモアの中にあるということなのだろう。日本人の生き方の対極にある、このまったく渇いて湿っぽさのかけらもない世界を旅するには、それなりの柔軟さが必要かもしれない。もっとも読みだせば自然とそういう力は身についてくるものだろうから、心配などはする必要は無いのであろう。