挫折感、と呼ぶべきだろうか。
ここ数日、僕のアタマを離れない思考がひとつ、ある。
思考というよりはむしろ漠然とした不安感に近い。
一言で言い表すならば、これだ。
「おまえは結局、何者たり得たのか?」
僕は昔からおおよそ苦労らしい苦労をしたことがないように思う。
一見すると、熾烈な受験を勝ち抜き、母子家庭の悲哀を託ち、
フリーターをやりながら音楽という夢を追い…などと、
いくらでも言い飾れるキーワードはならぶ。
しかし、僕にはその実感が全くない。
だいたいいつも要領でごまかしごまかしやってきたし、
なんとなくできそうな雰囲気はあって、それに何となく乗ってきた。
やりたいことをやりたいようにやってきただけだし、
それを許容してくれる環境にも恵まれた。
いま振り返っても、ここまで誠に幸運な人生を送ってこられたと思う。
そして僕は他人にうらやまれることが多い。
それは時に容姿であったり才能らしきものであったり、
あまりに言葉を尽くして語られるので、
真っ正直に聞いているとカンチガイしてしまいそうなほどだ。
しかし。
僕の実感は違う。
僕という人間をもっともよく知るはずの自分が、どうもその評に頷けない。
決して謙遜ではない。卑屈なのでもない。
恵まれているという実感は僕にも確かにある。
だが、僕にはそれと対になった空虚感の方が大きい。
僕には決定的に欠けているものがあり、
それが僕の思考にも行動にも実績にも致命的な穴を開け、
決して完成できないジグソーパズルのような僕の中途半端な人生を形作っている。
そんな気に嘖まれている。
僕の人生には「努力」がない。
他人がうらやむほどの先天的アドバンテージを持ち(と気づいたのはここ数年であったが)ながら、
僕はこれまで楽をすることにしかそれを使ってこなかった。
才能はたゆまざる努力によって磨き上げ、
他人の及ばないようなレベルまで自分を高めるべきだのに、
僕ときたらやらなければならないことに対しては、
他人の半分以下の労力でせいぜい平均近くまでもっていってお茶を濁したり、
その他の思いつきやハッタリでどうにかなってしまう一発花火で目をくらまし、
何か特別なものを具えているかのような顔をしてきた。
思えば、まったく恥ずかしいことだ。
何でも出来ちゃうような顔をしながら、
実は何ひとつ極めていない。
地道な努力を嫌い、楽しいこと、やりたいことしかやらずに、しかも移り気。
楽器なんかでも全部なんとなく弾けるけど全部ヘタ。
それにいったい何の意味があるというのだろう。
文章が得意だといったって小説のひとつも書いた訳じゃない。
しゃべるのが得意だと言ったってたかが知れている。
7年歌ってはいたが、ボイストレーニングなんかやったこともないから、
基礎からじっくりと積み上げた人にはきっと叶わない。
(習ってうまくなった歌なんかニセモノだ、という思いもあったけどね)
国語も算数も数学も社会も英語も教えるけれど、
どれをとっても科目専任には劣るような気もしている。
サードもセカンドもピッチャーもこなすけれど、どれもそこそこだ。
こんなのが、僕だ。
色んなことがやりたくて、なんでも手を伸ばすけれど、
ひとつも極めずに来てしまった。
そうこうしているうちに、30も超えた。
シド21歳。
ジミヘン27歳。
ジャニス27歳。
啄木26歳。
中也30歳。
みーんな、追い抜いてしまった。
龍馬32歳。
子規は35歳。
芥川も35歳。
もうすぐ、近づいてくる。
今の俺が彼らと同じ歳に死んだとしても、
彼らほどの何かを僕はまったく残せない。
イチローは1コ上。
松井秀喜は同い年。
僕はいったい。
時代のせいにはしたくないし、何を言っても言い訳だ。
前にも言ったとおり僕の人生はここまで最高に楽しかったから、
何ひとつ不満も後悔もないけれど、
数多くの可能性を自ら封じ込めてきてしまったのではないかという懸念はある。
ただひとつの救い。
それは僕がまだまだ若く健康で生きているということ。
これからでも何かが出来る。
僕はRebirthを退散させたとき、心のどこかで諦めていなかったか。
自分を証明するための辛く厳しい戦いに疲れ果て、
自分とその周りのわずかな人々のごく一般的な幸福だけを願う、
小市民のひとりに埋没することを求めはしなかったか。
それは決して悪いことではないけれど、
僕にはまだまだ使い切れていない、活かせていない資源が眠っていはしないか。
それをこのまま封じ込めてしまって、それでいいのか。
悔しくは、ないのか。
きっと、この先も何かひとつのことだけに打ち込んで極めることはないだろう。
僕という人間は結局、ゼネラリストだ。
しかしそれならそれで中途半端でなけりゃいいんだ。
もっともっと多方面に身をさらし、より広くかつ深く、
世俗のスペシャリスト信仰を打ち破るまで、やれないものか。
やりたいことは相変わらず、山ほどあるのだけれども。
やらなければいけないことに脚を取られ、焦っている。
こうしている間にも時は過ぎていく。
このままでいいはずはないのだけれど。