Rebirthの打ち上げ会に行ってきました。
出席者、おれ、シュンスケ、なおや。
笑えるよなあ(泣)。
「いや~、この3人でね、Rebirth7年間頑張ってきたわけですけども…」
なんてボケながら乾杯してきたよ。
スタッフは仕事で来られないようだったけども。
あとの人はどうしたんでしょうねえ。
前回の日記のラストについて、多くの方からコメントとメールを貰いました。
まずはリアクションをくれたことにお礼を言います。ありがとう。
こういうことって、大概、流しちゃうからね。
みんななりに感じたことを伝えてくれて、
俺だけの思いこみじゃないんだな、と安心できました。
まあとりあえず、整理しましょう。
俺はね、別に揉めることが目的じゃないんだ。
裁判がしたいのでもない。
ただ、黙ってられなかっただけなんだ。
それでも、黙っててくれればよかったのに、
知らなくて良かったこともあったのに、
そう感じる人も少なくないかもしれないね。
一部の人々の反発も、結局はそういうことなのかもしれない。
もしも今回のことでRebirthの思い出が傷ついた、
という人がいるならば率直にお詫びするよ。ごめんね。
けれど、俺としても大事にしていたRebirthというものがあってさ、
それを最後の場で踏みにじられた思いがあって、
俺がそう感じたということだけはどうしても言っておきたかったんだ。
俺と同じような気持ちを抱えていたファンというのも少なからずいて、
その人々のもやもやしたものも、やはり俺が晴らしたかった。
それで、場所も選んだつもり。
Rebirthのホームページでもない、彼らのホームページでもない、俺の場所だ。
しかもよく読んでくれれば解るとおり、
「否定はしないけど理解できない」と書いたはず。
俺には理解できなかったという、それだけの表明が、
「ネットでたたいた」ことになるのだろうか?
別に誰かのプライベートを暴いたわけでもないし。
何なんだろうね。
俺がRebirthをやってて不満だったのは、話題が少しでも否定的なものや、
特定の誰かの責任を問うものになると、
必ず誰かが(俺も含めて)拗ねてふてくされて、
あるいは意味のない言い訳をダラダラと重ねて、
曖昧に終わってしまう、それを許す空気になっていたこと。
次第にそういうマイナス面の話題は触れられなくなっていったんだ。
組織ってのはそうなると末期なんだよね。
口はばったいことこそ、コトバにして、はっきり伝えて、
改善していかなければならない。
けれど、俺もまたあまりに煙たがられるから、
最後はクチを閉ざしてしまったんだよね。
で、今回もまた、俺の発言の真意を汲み取るよりも先に、
拗ねてふてくされてしまったと、そういうことなんだな。
しかも今もって彼らから直接のコンタクトはない。
「会いたくない!」と突っぱねる。
「みんなが来ないなら…」と流れに任せて来なかった人もいる。
要するに、面倒くさいということなんだと思う。
もう過ぎたことだし、
また厄介なのが騒いでるけどもうバンドはないんだし関わりたくない、
そういうことなんだろうか。
シュンスケが事務所で管理している手紙やアンケート、
これも誰も見には来ないもんね。
俺とシュンスケは全部に目を通したけれど、
どの文面からもひしひしと伝わってくるものがあって、
Rebirthというバンドをやっていた幸せを噛みしめることができたよ。
でもこれも、
「過去は振り返らない」という美名の元に置き去りにされちゃうんだろうなあ。
まあ、仕方ないことだね。
Rebirthはいいバンドだったと思うよ。誇りに思ってる。
けれどそれを構成しているのは人間で、人間は変節する。
それだけのことだと思うようにしているよ。
俺はただ、納得のいかないことについては徹底的に考えたいというだけ。
うわべだけのキレイゴトで済ますつもりはないし、
最後だからといって何もかも曖昧に流してしまうのはプライドが許さない。
そういう俺が自由にものを考えて発言するのがここ、「いぶろぐ」なんだ。
Rebirthでの俺とは一線を画している。
俺なりにそういう区切りはつけているつもりだよ。
では、いくつか。
「ネットというのは怖いところです。
正直にご自分の思いをブログにぶつけられている
息吹さんが、私は少し心配になってしまいます。。。」
これもね、よく解るよ。優しい人なんだろうね。
だけど俺は自己責任でものを言っているつもりなんだ。
俺のここでの発言がどんな事態を呼ぼうと、
ひとつひとつ責任もって対処していくつもり。
一時の激情にかられて考えなしに書くつもりもないし、
一字一句よく考えて書いているよ。
心配してくれてありがとう。
「きちんと最後までオモテは綺麗に飾って下さいました。」
うん、表裏というか、Rebirthとしての形はきちっと完結させたつもり。
そこから先はRebirthに関するというか、俺の個人的な思惑だからね。
「あたしは、息吹さんのブログを見て、
息吹さんがどれだけRebirthというバンドを大切に思っていたのか感じた気がしました。」
そうとらえてくれると嬉しいね。
おそらく「彼ら」は、俺がまたイチャモンをつけている、
あるいはケンカをふっかけているとしか捉えてくれていないだろうからね。
「まず、ここは、息吹さんのブログだ。」
うん、そういうことだ。
まあ総じて、「冷たい」よね。
相手に決して否定的な言辞を使わない、
うわべだけのベタベタした付き合いは、俺は嫌だ。
俺は本当の友達ってのは時に痛烈な批判をも厭わないと信じている。
まあ、ここは価値観の違いだからしゃあないな。
俺の考えは至ってシンプルだよ。
俺の中でもRebirthは確かに終わってる。
けれど、Rebirthというものを心に残しておいてくれている人のことは、
いつまでも大切にしていたいと思ってる。それだけのこと。
最後のRebirth通信にも書いたとおり。
メールではこういう声も届いてる。
何通か似た内容のものがあったけど、代表して。
「今までは解散した、ということが悲しかったんですが。解散後は、解散後の皆さんに悲しくなります。
ラストライブのビラに、新バンドのサイトが書いてあったのも辛かったですし。
…私たちは、そんな簡単に切り替えられないから。次があるからいいってものじゃないんですよね。
私達はRebirthがすきで集まったんだから。私はRebirthは個人で見ても相変わらず皆さん好きです。
だけど、確かにラストライブから、自分の中で何かが変わったのも事実です。
できたら、ライブの後、ブログに全員のコメントが欲しかった。
一言でいいから、欲しかったんです。
どうして個人のブログや新しいバンドのブログには書けるのに、Rebirthのブログには書いてもらえないんだろうって思ったら、すごくすごく悲しくて。
個人の自由といったらそれまでですが、多分私と同じ思いをしてる人っていると思います。
非難するつもりもないし、怒るつもりもないけれど、『本当にそれでいいの?』って、
悲しい現状を見るたびにそう言いたくなります…」
同じ思いをしている人が少なくないことを思うと心が痛むね。
残念ながら俺にできるのはこの場で、できるだけ誠実に語ることだけだ。
ドイツの首相だったか大統領だったかが統一の時、戦後を総括してこう言った。
「過去に盲目たるものは、未来にも盲目なのです。刮目しなければなりません。」
そういうことだと、思う。
離婚して、ドロドロに苦労して、新たな相手を見つけて、
ようやく始めた新生活の中では、
未来に向かう希望だけと向かい合っていたいもの。
自分の意志に寄らない流れに翻弄され、
運命を呪うている子供たちが漏らす、
懐古や愚痴がうっとうしく感じることもあるだろう。
けれどそこから彼らの真意をくみ取って、
過去の反省を未来への約束に換えていかなければ、
遠からず同じ失敗を繰り返すことになるのだ。
この話、俺からはここまでかな。
あとはみんなの自由な感じ方に任せるよ。
出席者、おれ、シュンスケ、なおや。
笑えるよなあ(泣)。
「いや~、この3人でね、Rebirth7年間頑張ってきたわけですけども…」
なんてボケながら乾杯してきたよ。
スタッフは仕事で来られないようだったけども。
あとの人はどうしたんでしょうねえ。
前回の日記のラストについて、多くの方からコメントとメールを貰いました。
まずはリアクションをくれたことにお礼を言います。ありがとう。
こういうことって、大概、流しちゃうからね。
みんななりに感じたことを伝えてくれて、
俺だけの思いこみじゃないんだな、と安心できました。
まあとりあえず、整理しましょう。
俺はね、別に揉めることが目的じゃないんだ。
裁判がしたいのでもない。
ただ、黙ってられなかっただけなんだ。
それでも、黙っててくれればよかったのに、
知らなくて良かったこともあったのに、
そう感じる人も少なくないかもしれないね。
一部の人々の反発も、結局はそういうことなのかもしれない。
もしも今回のことでRebirthの思い出が傷ついた、
という人がいるならば率直にお詫びするよ。ごめんね。
けれど、俺としても大事にしていたRebirthというものがあってさ、
それを最後の場で踏みにじられた思いがあって、
俺がそう感じたということだけはどうしても言っておきたかったんだ。
俺と同じような気持ちを抱えていたファンというのも少なからずいて、
その人々のもやもやしたものも、やはり俺が晴らしたかった。
それで、場所も選んだつもり。
Rebirthのホームページでもない、彼らのホームページでもない、俺の場所だ。
しかもよく読んでくれれば解るとおり、
「否定はしないけど理解できない」と書いたはず。
俺には理解できなかったという、それだけの表明が、
「ネットでたたいた」ことになるのだろうか?
別に誰かのプライベートを暴いたわけでもないし。
何なんだろうね。
俺がRebirthをやってて不満だったのは、話題が少しでも否定的なものや、
特定の誰かの責任を問うものになると、
必ず誰かが(俺も含めて)拗ねてふてくされて、
あるいは意味のない言い訳をダラダラと重ねて、
曖昧に終わってしまう、それを許す空気になっていたこと。
次第にそういうマイナス面の話題は触れられなくなっていったんだ。
組織ってのはそうなると末期なんだよね。
口はばったいことこそ、コトバにして、はっきり伝えて、
改善していかなければならない。
けれど、俺もまたあまりに煙たがられるから、
最後はクチを閉ざしてしまったんだよね。
で、今回もまた、俺の発言の真意を汲み取るよりも先に、
拗ねてふてくされてしまったと、そういうことなんだな。
しかも今もって彼らから直接のコンタクトはない。
「会いたくない!」と突っぱねる。
「みんなが来ないなら…」と流れに任せて来なかった人もいる。
要するに、面倒くさいということなんだと思う。
もう過ぎたことだし、
また厄介なのが騒いでるけどもうバンドはないんだし関わりたくない、
そういうことなんだろうか。
シュンスケが事務所で管理している手紙やアンケート、
これも誰も見には来ないもんね。
俺とシュンスケは全部に目を通したけれど、
どの文面からもひしひしと伝わってくるものがあって、
Rebirthというバンドをやっていた幸せを噛みしめることができたよ。
でもこれも、
「過去は振り返らない」という美名の元に置き去りにされちゃうんだろうなあ。
まあ、仕方ないことだね。
Rebirthはいいバンドだったと思うよ。誇りに思ってる。
けれどそれを構成しているのは人間で、人間は変節する。
それだけのことだと思うようにしているよ。
俺はただ、納得のいかないことについては徹底的に考えたいというだけ。
うわべだけのキレイゴトで済ますつもりはないし、
最後だからといって何もかも曖昧に流してしまうのはプライドが許さない。
そういう俺が自由にものを考えて発言するのがここ、「いぶろぐ」なんだ。
Rebirthでの俺とは一線を画している。
俺なりにそういう区切りはつけているつもりだよ。
では、いくつか。
「ネットというのは怖いところです。
正直にご自分の思いをブログにぶつけられている
息吹さんが、私は少し心配になってしまいます。。。」
これもね、よく解るよ。優しい人なんだろうね。
だけど俺は自己責任でものを言っているつもりなんだ。
俺のここでの発言がどんな事態を呼ぼうと、
ひとつひとつ責任もって対処していくつもり。
一時の激情にかられて考えなしに書くつもりもないし、
一字一句よく考えて書いているよ。
心配してくれてありがとう。
「きちんと最後までオモテは綺麗に飾って下さいました。」
うん、表裏というか、Rebirthとしての形はきちっと完結させたつもり。
そこから先はRebirthに関するというか、俺の個人的な思惑だからね。
「あたしは、息吹さんのブログを見て、
息吹さんがどれだけRebirthというバンドを大切に思っていたのか感じた気がしました。」
そうとらえてくれると嬉しいね。
おそらく「彼ら」は、俺がまたイチャモンをつけている、
あるいはケンカをふっかけているとしか捉えてくれていないだろうからね。
「まず、ここは、息吹さんのブログだ。」
うん、そういうことだ。
まあ総じて、「冷たい」よね。
相手に決して否定的な言辞を使わない、
うわべだけのベタベタした付き合いは、俺は嫌だ。
俺は本当の友達ってのは時に痛烈な批判をも厭わないと信じている。
まあ、ここは価値観の違いだからしゃあないな。
俺の考えは至ってシンプルだよ。
俺の中でもRebirthは確かに終わってる。
けれど、Rebirthというものを心に残しておいてくれている人のことは、
いつまでも大切にしていたいと思ってる。それだけのこと。
最後のRebirth通信にも書いたとおり。
メールではこういう声も届いてる。
何通か似た内容のものがあったけど、代表して。
「今までは解散した、ということが悲しかったんですが。解散後は、解散後の皆さんに悲しくなります。
ラストライブのビラに、新バンドのサイトが書いてあったのも辛かったですし。
…私たちは、そんな簡単に切り替えられないから。次があるからいいってものじゃないんですよね。
私達はRebirthがすきで集まったんだから。私はRebirthは個人で見ても相変わらず皆さん好きです。
だけど、確かにラストライブから、自分の中で何かが変わったのも事実です。
できたら、ライブの後、ブログに全員のコメントが欲しかった。
一言でいいから、欲しかったんです。
どうして個人のブログや新しいバンドのブログには書けるのに、Rebirthのブログには書いてもらえないんだろうって思ったら、すごくすごく悲しくて。
個人の自由といったらそれまでですが、多分私と同じ思いをしてる人っていると思います。
非難するつもりもないし、怒るつもりもないけれど、『本当にそれでいいの?』って、
悲しい現状を見るたびにそう言いたくなります…」
同じ思いをしている人が少なくないことを思うと心が痛むね。
残念ながら俺にできるのはこの場で、できるだけ誠実に語ることだけだ。
ドイツの首相だったか大統領だったかが統一の時、戦後を総括してこう言った。
「過去に盲目たるものは、未来にも盲目なのです。刮目しなければなりません。」
そういうことだと、思う。
離婚して、ドロドロに苦労して、新たな相手を見つけて、
ようやく始めた新生活の中では、
未来に向かう希望だけと向かい合っていたいもの。
自分の意志に寄らない流れに翻弄され、
運命を呪うている子供たちが漏らす、
懐古や愚痴がうっとうしく感じることもあるだろう。
けれどそこから彼らの真意をくみ取って、
過去の反省を未来への約束に換えていかなければ、
遠からず同じ失敗を繰り返すことになるのだ。
この話、俺からはここまでかな。
あとはみんなの自由な感じ方に任せるよ。