白の海へ


D3 + AF-S NIKKOR 35mm f/1.4G

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ジェイムズ・ディッキー著の「白の海へ」という小説を読んだ。
ブラッド・ピット主演で映画化されるはずであったが、どうやら中止になったという。
吉村昭ばかり読んでいたが、それらとはかけ離れた作品で、まさに正反対といってよく、少々戸惑いを覚えた(笑)
逆に吉村作品が、文学界の中で特殊なポジションにあることを認識した。

内容はB29の搭乗員である主人公が、東京上空で撃墜されパラシュート降下し、たったひとりで日本の国内を逃走、北上していくというものだ。
逃避行ものには違いないのだが、主人公の性格が特殊で、まるで夢の中の出来事のように物語は進行する。
非常に風変わりな作品である。

主人公のマルドロウは、故郷アラスカの山の中で、世捨て人のような暮らしをする父親から育てられる。
彼は子供の時から、大自然の中で生きる術を身に付けていく。
山に暮らす俊敏な野生動物たちを愛し、凍てつくほどの厳しい寒さを愛する彼は、一方で人との接触をあまり好まない。

敵国である日本の中にたったひとり放り出された主人公は、地図上で見ただけの日本の最果ての地・北海道を、自分の行くべき場所と確信する。
そこでの救出を期待するのではなく、そこにこそ自分の生きる世界があると信じるのだ。
論理的なものではなく、ただ惹き付けられるようにその地を目指す。

サバイバルの術に長ける主人公は、途中出会った日本人たちを、次々に殺害していく。
殺人の方法も身についており、いとも簡単に殺していく。
戦時中であるから当然とはいえ、敵国である日本の人間を忌み嫌っており、それは一見人種差別の香りさえ感じさせる。
しかし主人公は独自の美学を持っており、死というものを常人とは違う感性で捉えている。
彼は故郷においても、人間に対し同じ行為をしていた事を匂わせる。

文章は一人称で書かれ、主人公の感情の起伏が、そのまま表現されている。
想像と事実の境が失われ、曖昧な表現や尻切れトンボ、単語の羅列といった直感的な文章が並ぶ。
作者は詩人としても名高いが、これはまさに詩である。
日本語訳にさぞや苦労しただろうと思われる。

また主人公は、(当人にとっては重要な意味を持つのだが)時に理解を超えた非論理的な行動をとる。
冷徹に見れば、ある種の精神異常者であり、合理的なようで、実際には破滅に向かって突き進んでいく。
リアリストが読んだら、訳のわからない小説と評すかもしれない(笑)

日本の描写も、どこかリアリティに欠けるが、そもそもが夢の中のような話だ。
特殊な環境下での出来事は、時に夢を見たかのような記憶として残るものだが、それゆえにこの現実感の希薄さが、かえってリアルに感じられることもある。
そこを理解して映画化すれば、案外傑作と呼べる映像作品が出来たかもしれない。
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