酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「すばらしき世界」~複数のアングルで紡がれた男の真情

2021-03-19 12:29:52 | 映画、ドラマ
 札幌地裁は17日、<同性婚を認めないのは、婚姻の自由と法の下の平等を定めた憲法に違反する>との判断を示した。日本では画期的といえるが、多様性とアイデンティティーに価値を置く先進国の人々は「何を今更」と感じただろう。同根といえるのが森前五輪組織委会長の女性差別発言、五輪開閉会式の演出責任者が考えていた渡辺直美さんを貶めるプランだ。

 性差、ジェンダーのみならず、日本が国際標準を黙殺するようになって久しい。俺が頻繁に記してきた死刑や歪んだ選挙制度も、メディアは殆ど取り上げない。コロナ禍による閉塞感も相まって、日本のガラバゴス化は進行している。国際連盟を脱退した1933年の空気に近づいているのではないか。

 別稿(2月13日)で絶賛した「ヤクザと家族」(藤井直人監督)の約10日後に公開された「すばらしき世界」(西川美和監督)を新宿ピカデリーで見た。公開時期だけでなく、両作には共通する点が多い。作品の質、主演の演技といい、両作は年間ベストワン級の傑作だった。

 「ヤクザと家族」の賢治(綾野剛)、「すばらしい世界」の三上(役所広司)はともに2010年代後半に出所する。賢治は現役組員、三上は20年前に組を抜けているが、世間の冷たさは変わらない。暴対法施行後、元であっても組員は〝反社〟で、就職はおろか携帯も買えず、銀行口座も開けない。

 「すばらしい世界」は実話に基づいている。原作は佐木隆三が1990年に発表した「身分帳」だ。三上は14年の刑期を終えて出所した殺人犯だが、回想シーンでも明らかなように、傷害致死で裁かれるべきだった。激しやすい三上は法廷で検事に挑発され、墓穴を掘ってしまう。刑務所でも怒りを制御出来ず、独房入りを繰り返した。

 60歳の三上は14歳以降、少年院、鑑別所、刑務所で28年を過ごした。人生の半分である。直情径行の三上が娑婆に適応するのは不可能に思えるが、身元引受人の庄司弁護士(橋爪功)と妻敦子(梶芽衣子)の口添えで、都内でアパート暮らしを始める。刑務所で縫製を学び、剣道の防具を作ったこともあるほど器用だが、出所後は需要がなかった。

 世間の偏見もあり、仕事も見つからない。おまけに持病も抱えているが、区役所職員の井口(北村有起哉)の尽力で生活保護を受給出来るようになった。更なる支援者はスーパー店主の松本(六角精児)だ。万引を疑がわれたが、同郷(福岡)のよしみもあり交友を深めていく。

 テレビ局が三上の波瀾万丈の人生に目を付けた。そもそものテーマは三上の元を去った母親捜しで、古澤プロデューサー(長澤まさみ)と津乃田ディレクター(仲野太賀)が撮影を始める。仕事をやめようと考えた小説家志望の津乃田だが、三上と出会って番組制作に熱中するが、中年男を恐喝していたチンピラ2人組を三上が叩きのめすシーンを目の当たりにして動揺する。三上は津乃田に以下のように言い放った。

<損得勘定でしか生きとらん人間が言うこったい。そりゃ、善良な市民がリンチにおうとっても見過ごすのがご立派な人生ですか>

 〝今のままでは、社会で生きていけない。元に戻ってしまうのではないか〟と津乃田は不安を抱いている。仕事も見つからない三上は、幼馴染みの下稲葉組長(白竜)に連絡して九州に向かうが、ヤクザの厳しい現実に直面する。組長の妻(キムラ緑子)に「戻ってきてはいけない」と諭される。

 本作はこの国の<普通>の意味を問いかける。街中で誰かが暴力に晒されていても、<普通>の人は目を背ける。職場や地域で不条理が横行していても、事を荒立てることなく<普通>の人は沈黙する。怒りを表すことは<異常>と見做され、その延長線上に現在日本の閉塞がある。

 津乃田も協力したが、三上の母の行方はわからなかった。東京に戻った三上には新しい家族があった。津乃田、庄司夫妻、井口、松本が三上の就職祝いの宴をもうける。老人介護施設でも信頼を勝ち取り、体を張って守った元妻の久美子(安田成美)と会う約束もする。希望の光が射し込んできたかに思えた。

 「ヤクザと家族」の賢治は絆に殉じたが、カーネーションに触れたままの三上の最期に、母への思いが窺える。矜持を守るための〝自死〟とも感じた。政官財に漂う腐臭と比べ、〝反社〟を背景に描かれた2作は清々しく温かい薫りがする。<普通>の意味がが顛倒していることを再認識させられた。
 
 俺は西川監督作に、監督・脚本をこなすことで視点が狭くなっていると感じていた。だが、本作は違う。原作があるし、三上の主観だけでなく、津乃田、庄司夫妻、井口、松本の複数のアングルで三上の真情、そして社会の矛盾を捉えていた。西川は作家でもある。三上について執筆を始めた津乃田は監督自身の分身といえるだろう。
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