酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「無間道」~循環する闇の彼方に射す仄かな光

2018-02-01 23:13:30 | 読書
 前稿で紹介した「花筐/HANAGATAMI」の大林宣彦監督をはじめ、安倍政権に危惧を抱いている高齢者は多い。デモや集会に参加すると、平均年齢は確実に俺(61歳)より上だ。戦前回帰に警鐘を鳴らす声も掻き消され、日本は戦争が出来る国に突き進んでいる。

 この20年、日本社会の本質を最も鋭く抉ってきたのは星野智幸だ。デビュー以来、アイデンティティーの浸潤、多様性の尊重をベースにして小説を書いてきた。「ロンリー・ハーツ・キラー」(2004年)は<内向きのアイデンティティー>の危険性を提示した近未来小説といえる。「在日ヲロシヤ人の悲劇」(05年)は家族の崩壊と社会の閉塞を合わせ鏡にし、死の薫りが濃い〝21世紀の黙示録〟だ。

 両作の延長線上にある「無間道」(07年)を読了した。本作は星野の作品で最も重厚かつ陰鬱で、俺は出口のない迷路であがいていた。自選コレクションⅢ「リンク」に収録された本作は「切腹」→「無間道」→「煉獄ロック」の3章立てだったが、読了後、ある事実に気付く。単行本は「無間道」→「煉獄ロック」→「切腹」の順だったのだ。

 星野は「リンク」発刊に際し章立てを入れ替えた。そこに、本作を読み解くキーワード<循環>が隠されているのだろう。本稿ではあくまで「リンク」収録作をについて記したい。「切腹」では竹光と朝海、「無間道」では竹三と彩海、「煉獄ロック」では竹志と彩乃……。名前の近い男女がストーリーの軸になっている。ちなみに俺は、現代社会とズレが小さい「切腹」が導入部に相応しいと感じた。

 本作の舞台は神州で、日本と近似的なパラレルワールドの趣だ。星野は「ロンリー・ハーツ・キラー」の作意を、<先鋭化と純化に歯止めを掛けるため、「男たちの絆」を放棄すべき>と述べていた。竹光、竹三、竹志の3人は時に神意に衝き動かされていると錯覚するが、ヒロインたちは周囲に流されやすい男たちと対照的に、自立への思いが強い。

 日本社会の最大の病根を<集団化>と見做す森達也と星野は、同一の視座に立っている。世界の最近の動きを俯瞰した時、<熱狂>が主音になっていることに気付く。トランプ大統領誕生の経緯、スコットランド独立やイギリスのEU離脱、欧州各国の移民排斥と反レイシズム、文大統領を生んだ韓国の若者たち、香港やロシアで巨大な敵――中国とプーチン――に身を賭して抗う者……。

 日本はどうだったか。民主党が政権の座に就いた09年、自公が奪い返した12年は、ともに熱狂と程遠く、いわば〝沈黙と暗黙のうちに起きた革命〟だった。星野は「切腹」で、日本(神州)に蔓延する冷めた空気を描いている。州知事選は得票数で決まらず、「×印」の少なさが決め手になる。自己主張せず目立たないことが勝利の条件なのだ。

 「無間道」の背景に控えるのは自殺が称揚される社会だ。死体が街に積み重なる状況は、「煉獄ロック」で「紛争地域」として現れる。ちなみに「無間道」とは煩悩を昇華し悟りに導く道だが、本作では輪廻転生の手段であることが仄めかされている。

 全編を貫くのは、自殺、いじめ、貧困といった闇だが、星野はマイナスの側面こそ標準になりつつあると考えている。「煉獄ロック」では社会を固定的かつ円滑に支配する仕組みが描かれていた。生殖さえコントロールされ、素直に従う者はお目こぼしされるが、愛と死を自ら決定しようと試みる者には〝煉獄〟が待ち受けている。

 自身の意思を表明し、支配する側に「NO」を突き付けることが転落に繋がる……。本作に描かれた状況こそ、現在日本の、とりわけ若い世代が取り憑かれている強迫観念そのものだ。救いのないデストピアだが、「切腹」→「無間道」→「煉獄ロック」→「切腹」→「無間道」→「煉獄ロック」の果てしない循環に、微かな希望の灯を見た。

 星野は最新刊「のこった」で、国技館の偏った空気への疑義を表明しているという。相撲には関心のない俺だが、遠からず読むことになるだろう。

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