酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「日日是好日」に来し方を重ねた

2019-10-12 23:50:22 | 映画、ドラマ
 樹木希林追悼企画の一環で、日本映画専門チャンネルで「日日是好日」(18年、大森立嗣監督)を見た。昨年の私的映画ベストテンは①「判決」②「カメラを止めるな!」③「万引き家族」だったが、「日日是好日」を映画館で観賞していたらベスト3に入ったはずだ。

 大学4年の典子(黒木華)はいとこの美智子(多部未華子)とともに、武田先生(樹木希林)にお茶を習うことになる。起点は1990年代前半で、黒木は22~46歳、樹木は64~88歳の24年間を演じる。違和感を覚えなかったのは両者の演技力とスタッフの尽力のたまものだろう。

 本作の感想を、俺自身の来し方と重ねて記したい。テロップで示される二十四節気で物語が進行する。俺が自然と親しむようになったのは50歳を過ぎてからだ。退職して引きこもっていた3年余の孤独、東日本大震災と福島原発事故、そして翌年の妹の死が相俟って、俺は和の感性に彩られる。

 移ろいの舞台になっていたのは武田家の庭だ。季節によってお茶の作法、装いも変わる。典子は稽古の中でお湯と水、梅雨と秋雨の微かな差を聞き分けられるようになる。水がスクリーンに迸り、海辺のシーンが多い。流れる滝は典子の心象風景と重なっていた。

 典子に俺との共通点を感じた。俺は大卒後、フリーターとして東京砂漠を漂っていたが、典子もやりたいことが見つからず出版社でアルバイトをしている。不器用で要領が悪いのも似ていて、登山でいえば三合目まで辿り着くのに時間がかかるタイプだが、美智子は対照的だ。

 <形>がキーワードになっていた。武田先生の「お茶はまず形なのよ。初めに形をつくっておいて、その入れ物に、後から心が入るものなのね」との言葉に、「それって形式主義」と反発した美智子だが、<形>に入り込んでいく。商社に就職し、3年後に地元で見合い結婚をする。対照的に浮草のままの典子だが、茶道では武田先生の言葉通り<形>を纏い、体が自然に動くようになった。

 話は逸れるが、暴風のさなかに行われた棋界の頂上決戦、竜王戦の第1局で挑戦者の豊島名人が広瀬竜王を下した。木村新王位との〝炎暑の十番勝負〟で疲弊している豊島が不利と予測していたが、2戦目以降も楽しみにしている。将棋では自身を<形>に填め込んだ後、<自由>へのスタートラインに着く。落語も一緒で、喬太郞、白酒、三三、一之輔ら俊英は、古典を叩き込んだ後、<自由>を獲得し奔放に進化する。ともに茶道と共通しているのだろう。

 肝といっていいのは人生の岐路を控えた典子と美智子が冬の海を訪ねるシーンだ。典子は10歳の頃、両親に連れられフェリーニの「道」を見た。当時は理解出来なかったが、今では素直に感動出来る作品になっている。典子はジェルソミーナを真似て踊り、「サンパーノ」と叫びながら美智子に近づく。「道」の印象的な場面を思い出した。

 直感が鋭い美智子は、茶道と「道」の共通点、そして典子の茶道への思いを指摘する。ラストで典子は「『道』を見て号泣するようになった。世の中にはすぐわかるものと、すぐわからないものの2種類がある」と独白する。わからないものとは即ち、茶道であり「道」なのだ。この構図は映画全般にも当てはまる。「日日是好日」は若い世代にとって退屈かもしれない。

 典子は<形>を覚えたのに<自由>への手掛かりを見いだせず、武田先生かに「少し工夫したら」と注意される。就職に失敗し、挙式前に相手の不実を許せず破談になる。最悪の状況に陥った典子を温かく見守ったのが武田先生だ。一年で一番寒い頃に咲くマンサクの花について典子に語り、その日に供したお菓子の銘「下萌え」は、冬枯れの地面から芽吹くことを意味していると説明した。

 武田先生に癒やされた典子は春を迎えたが、父(鶴見辰吾)を桜の季節に亡くした。俺の父も同じ時候で、何となく来し方を重ねてしまう。悲しむ典子を慰めたのは武田先生だった。巧まざるユーモア、観察眼、優しさを併せ持つ武田先生はまさに〝人生の達人〟だが、主音になっていたのは孤独だった。

 日々を自然体で受け入れることの大切さを教えてくれた。二進法が蔓延り、<形>が壊れた日本に新しい可能性を提示した作品だった。典子はラストで武田先先生に教える側に回ることを勧められる。アップになった典子の顔に包容力と円味が備わっていた。エンドマークの後にも物語は続く。映像とマッチした音楽も素晴らしかった。
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