酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「アーサー王宮廷のヤンキー」~マーク・トウェインがアーサー王時代に託した希望

2024-02-23 23:22:52 | 読書
 ロシアの反体制活動家、ナワルヌイ氏の獄中死について言及したトランプ前大統領は、プーチン批判を避けた。<自由と民主主義>をリトマス紙にしたら、トランプとプーチンは同じ色に識別されるだろう。一方のバイデンも高齢以外に問題を抱えている。ブラジルのルラ大統領はナチスのホロコーストになぞらえ、イスラエルによるガザ集団虐殺を批判した。米国内でも若い層を中心にパレスチナ支持が広まっており、イスラム系がトランプに投票するというねじれた構図が現実になりつつある。

 SF小説の先駆と評される「アーサー王宮廷のヤンキー」(マーク・トウェイン著、大久保博訳/角川文庫)を読了した。再読した開高健の最高傑作「輝ける闇」で、主人公(≒作者)が最前線で本作を耽読していたことがきっかけである。1964年に朝日新聞特派員としてベトナムに赴いた開高にとって、1889年に発表された風刺小説は生活のリズムになっていたのだろう。

 開高は「輝ける闇」に<たった一日に100億円から200億円に達する浪費をアメリカ人はこの国でやっているのだが、発端から結末、細部と本質が、すべて75年前に書かれた200円たらずのこの一冊の文庫本にある。ドン・キホーテとガリバーが手を携えていく物語の中にあった>(論旨)と綴っている。

 トウェインはフォークナーやヘミングウェイから絶大なるオマージュを寄せられた作家で、波瀾万丈の人生は本作にも反映している。イングランドのウォリック城を見物していた私(作者)はアーサー王時代に詳しい男から書物を渡された。ハンク・モーガンという米コネチカット州在住の兵器工場職長だったが、殴られて意識を失い、19世紀後半から6世紀前半にタイムスリップした。

 異様な風体で不審者扱いされたハンクは火あぶりに処される寸前、日蝕が起きることを思い出し、「自分が処刑される時間に世界を暗闇にする」と宣言し、その通りになるや、アーサー王の副官としての地位(ザ・ボス)を手に入れる。当時は魔術への畏怖は決定的で、暗然たる力を保持していたマーリンを駆逐していく。魔術の源は19世紀の科学と知識で、ザ・ボスは優秀な若者を育成し、電話など最先端の技術を6世紀に移植していく。貨幣制度の導入、新聞の製作などザ・ボスの実験はアーサー王時代を大きく変革していく。

 興味深いのはトウェインの米国社会への捉え方が、本作に反映していることだ。タイトルにある〝ヤンキー〟とは米北東部に暮らす人々の俗称で、コネチカット州生まれのザ・ボスもそのひとりだ。トウェインは南北戦争以降も続く奴隷制度や差別に怒りを覚え、公正と自由に価値を見いだし、教会や腐敗した上流階級を敵視していた。本作はトウェインの思いをアーサー王時代に仮託することで成立している。

 饒舌でエキサイティングな500㌻超の長編小説にはユーモアがちりばめられており、ダニエル・カーター・ビアドによる挿絵も効果的だ。最も記憶に残る章はアーサー王とザ・ボスが農民に姿を変え、国内を視察するエピソードだ。貧しい庶民の実情を王に知らせるのが目的だが、助さんも格さんも風車の弥七もいない水戸黄門のようなものだ。奴隷商人に売られる羽目に陥るが、ザ・ボスは重い病気の者にも手を差し伸べるアーサー王の気高さに感銘を受けた。

 危機を脱したザ・ボスは<共和国樹立>宣言を準備するが、教会の謀略でフランスを訪ねている隙に、<教会=貴族階級=騎士>からなる旧勢力が息を吹き返し、アーサー王も王妃の離反がもとになって起きた戦争で亡くなっていた。残された少数の精鋭を率い、先端の兵器を用いて勝利を収めたと思った刹那、マーリンの姦計によって13世紀の眠りに就く。トウェインが手記を読み終えた後、ザ・ボスことハンク・モーガンは召された。

 本作の影響力は、フランク・ルーズベルト大統領がザ・ボスが冠した<ニューディール政策>を用いたことからも窺える。アメリカ文学を代表する作家の作品に出合えて幸いだった。
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