酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「アフターサン」~ヒリヒリ肌を擦る喪失の哀しみ

2023-06-19 21:04:51 | 映画、ドラマ
 心身ともに老いを感じている。満身創痍であちこち痛いし、いつも眠い。気力が萎えて読書も進まない。人は老いると二つのパターンに分かれるそうだ。一つは<感動不能性>で、何を見ても聞いても〝これぐらい以前に経験した〟とクールに反応する。もう一つは<感動過敏性>だ。俺は明らかに後者で、先日も映画「アフターサン」(2022年)に心が震え涙腺が緩んだ。

 脚本も担当したシャーロット・ウェルズ監督の記憶、ホームビデオに残された映像、監督の想像がベースになっている。11歳のソフィ(フランキー・コリオ)は母とエジンバラで暮らしている。両親は離婚しており、ソフィは夏休み、別居している父のカラム(ポール・メスカル)とトルコのリゾート地で過ごした。

 バカンス中、カラムは31歳になり、20年後に31歳になったソフィ(セリア・ロールソン・ホール)が父と撮影した映像を編集しながら回想するという設定だ。31歳がストーリーのキーになっている。作品にちりばめられたピースがラストで一気に組み立てられ、ジグソーパズルが暗示される。悲しい真実だ。

 話は逸れるが、女の子は中学生ぐらいになると、父親に生理的な嫌悪感を抱くようになる。「お父さんのものと一緒にわたしの服を洗濯しないで」と娘が母親に言うシーンをドラマで見たことがあるだろう。だが、ソフィはカラムとスキンシップしている。アフターサンとは日焼けした後、肌に塗る保湿ローションで、父娘は互いの背中に擦り込ませていた。ソフィが思春期を迎えた時期なら、このような親密さは現れなかったはずだ。

 カラムを演じたポール・メスカルは注目の若手俳優だが、ソフィ役をオーディションで射止めたフランキー・コリオの煌めきが、本作をより魅力あるものにしている。カラムがのぞかせる暗い表情と対照的に、ソフィは少し背伸びしながら未来を見据えている。<あの時、あなた(父)の心の声を聞けていたら>……。31歳になったソフィのモノローグは痛切だ。子供とパートナーがいるソフィだが、暗い表情はカラムと重なる。

 音楽の使い方にも感嘆させられた。観光客がカラオケを歌うシーンで、ソフィはカラムが好きなREMの「ルージング・マイ・レリジョン」をリクエストする。カラムが拒絶したので、ソフィは意識的に下手くそに歌う。夢を失い絶望した男の心情を歌った曲で、カラムにそのまま重なる。その後はダンスで、カラムは気が進まないソフィを引っ張っていく。

 かかっていたのはデヴィッド・ボウイとクイーンの共作「アンダー・プレッシャー」だ。冒頭のレイブのシーンで31歳のソフィが踊っていたが、カラムが踊っているシーンがストロボで何度もフラッシュバックし、11歳の、そして31歳のソフィが一緒に踊っている。愛の意味を謳いながら、♪これが私たちの最後のダンスで締めくくられる。空港で「愛しているよ」と手を振って父娘は別れた。カラムはストロボが洩れる扉を押す。そこはきっと天国の門だったのだ。

ソフィ「同じ空を見上げるっていいね」
カラム「パパと離れていても、太陽を見れば近くに感じられる」
 これだけでなく父娘の記憶に残る会話は幾つもある。31歳のソフィが身を起こした時、足元にあったのはカラムがトルコで買ったペルシャ絨毯だった。ヒリヒリと繊細に紡がれた年間ベストワン候補の傑作だった。

 カラムとソフィとは設定が大きく異なるが、俺も父が死んだ年齢に近づいている。俺は父の何を理解していたのだろう。湿った余韻で考えがまとまらず、書き上げるのに時間がかかってしまった。
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