酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「ベルファスト」~瑞々しい少年の表情の先に

2022-04-07 22:11:16 | 映画、ドラマ
 園子温監督だけでなく、右腕といわれるプロデューサーによる性加害が報じられている。榊英雄監督による性暴力問題で「ハザードランプ」が公開中止になった。是枝裕和監督は西川美和監督らと連名で、性加害が起きやすい映画界の体質を指摘し、<はるか以前から繰り返されてきたが、勇気を持って声を上げた人により、表に出るようになった>(要旨)とコメントしていた。
 
 ここ数年は粗製乱造気味だったが、「冷たい熱帯魚」、「恋の罪」、「ヒミズ」、「希望の街」など園監督作を紹介してきた。それにしても、俺が敬意を表した人たちの多くは〝セクハラ体質〟を抱えている。改革派首長として世界で注目された朴元淳元ソウル市長はセクハラを告発されて自殺する。コスタリカの非武装中立を推進したサンチェス元大統領、広河隆一氏(デイズジャパン元編集長)も晩節を汚した。

 製作過程で性暴力がなかったと願いたいが、新宿シネマカリテで「ベルファスト」(2021年、ケネス・ブレナー監督)を見た。シェイクスピア俳優として評価が高いブレナー監督の自伝的作品である。モノクロで撮影したのは、ベルファストの空と街の色合いを再現するためで、監督のノスタルジックな心情と重なっていたからだろう。

 本作を理解するには背景を知らなければならない。舞台は1969年のベルファストで3年後、英国軍が無防備のデモ隊に発砲し、13人の死者が出た「血の日曜日」事件を起きる。直後、当時不仲を伝えられたジョン・レノンとポール・マッカートニーがそれぞれ英政府を非難する曲を発表した。ともにルーツはアイルランドである。本格的な紛争に至る空気が醸成されていることが本作で窺えた。

 「北アイルランド紛争の歴史」(堀越智著)には、<IRA=テロリスト、英国=仲介者>の刷り込まれた構図は誤りであると記されていた。プロテスタントが多数を占める地域では20世紀初頭から英政府公認の下、王立警察とスペシャルズ(私兵組織)がカトリックを弾圧していた。「差別撤廃」と「市民権獲得」を掲げた公民権運動が広がり、プロテスタントや労働組合も結集したが、英国は強硬姿勢を貫いた。

 前置きが長くなったが、「ベルファスト」について簡単に紹介する。69年9月、穏やかなベルファストの街に緊張が走る。プロテスタントの一団がカトリックの家を襲ったのだ。プロテスタント一家の9歳のバディ(ジュード・ヒル)の目が不安に怯える人々を写し出す。瑞々しい少年の表情が印象的だった。父(ジェイミー・ドーナン)、母(カトリーナ・バルブ)、兄ウィル(ルイス・マカスキー)の4人家族で、近くに住む祖父ポップ(キアラン・ハインズ)、祖母グラニー(ジュディ・デンチ)とも家を行き来している。

 歴史的に貧しい英国北部を反映し、父はロンドンに出稼ぎに行っている。ギャンブルで借金を作っているが有能なので、上司から引っ越しを勧められている。母は控えめだが後半、毅然とした態度を見せた。祖父はユーモアとウイットに富み、祖母は豪快さと繊細さを併せ持っている。父はプロテスタントのギャング団のリーダーと確執を抱えており、一家は残るか去るかの選択を迫られる。

 本作が世界各国で注目を浴びた理由の一つは、<支配階級のイングランド人、貧困状態にとどめられているアイルランド人>の構図が、全世界に敷衍したからだ。アメリカでもイングランド系の多くはエスタブリッシュメントで、アイリッシュは警官が多い。映画「トゥルー・ヒストリー・オブ・ザ・ケリー・ギャング」では、オーストラリアでも同様であることが描かれていた。

 ロシア人とウクライナ人は親近感を抱いていたといわれるが、ベルファストでもプロテスタントとカトリックは隣人として交遊していた。ともにサッカーに興じ、同じ学校に通っていた。バディは同級生のキャサリンに恋していた。彼女はカトリックだが、父は全く気にしていない。そんな当たり前のことが許されなくなる背景に、信仰について深く考えたことがない俺は、何らかの作意を感じてしまう。

 ヴァン・モリソンの楽曲が作品に和みを与えてくれる。シリアスな状況の下、温かなホームドラマに、家族と絆の意味を考えた。
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