鬼怒川の堤防決壊が深甚な被害をもたらした。ニュース映像に言葉を失くしてしまう。亡くなられた方の冥福を心から祈りたい。池澤夏樹は3・11後に著わした「春を恨んだりはしない」で、<災害と復興がこの国の歴史の主軸ではなかったか>と綴っている。天災は無常観、死生観、美意識だけでなく、悪政までも諦念とともに受け入れる習慣を育んだ。
嘉田由紀子氏(前滋賀県知事)は昨年9月、仕事先の夕刊紙でインタビューを受け、<水害は社会現象(人災)の側面が強い>と指摘していた。欧米諸国では災害危険区域を示した「ハザードマップ」を基に、水害保険を設定し、不動産取引を行っている。翻って日本では、地価下落に繋がるとして、土地所有者の声を代弁する自民党がハザードマップ導入に消極的だ。嘉田氏が「流域治水条例」を県議会に諮った際も、多くの自民党県議が反対したという。
地域によって事情は異なるから同一に論じられないが、嘉田氏は<歴代の政権与党は、支持者である地主と業界団体のために人命軽視で非効率な防災政策を続けてきた>と語っていた。安倍首相が繰り返す「日本人の命を守る」が虚しく響くのは俺だけだろうか。
エドワード・スノーデンの半生を描いた「スノーデン」(オリバー・ストーン監督)が年末に公開される。非民主的体質と暴力性を告発したスノーデンとジュリアン・アサンジ(ウィキリークス創設者)を、アメリカ政府はテロリストと認定している。アメリカ支配層の意識を体現するドナルド・トランプが、大統領選の共和党指名争いでトップを走っているから驚きだ。
政財界はともかく、アメリカのエンターテインメントは普遍性を追求している。WWEは先日、娘の恋人に対する過去の差別発言を理由にハルク・ホーガンと絶縁した。現役ではないので、グッズ販売を取りやめる等の措置が取られている。
トランプはマクマホンWWE会長と懇意で、何度かストーリーラインに組み込まれてきた。だが、多民族、多人種が活躍し、ロシア、中国、中東でもオンエアされているWWEにとって、〝差別発言を確信的に繰り返すトランプと近い〟という印象は、興行的にもマイナスだ。トランプを応援しないという方針を、WWEはホーガンを利用して知らしめたのだろう。
WWE上層部は、ファンの意識を操作出来なくなってきた。ここ数年、最もファンの支持を集めたのはジェフ・ハーディー(薬物使用の疑いで解雇)、CMパンク(退団)、そしてダニエル・ブライアン(ケガで欠場中)だった。インディー色が濃いレスラーによってファンの志向は様変わりし、10~20代のコアな男性ファンのチャントが空気を変えている。
反骨精神旺盛の若者は贔屓されている者を嫌い、予定調和を好まない。この傾向はフィラデルフィア、最新のPPV「サマースラム」が開催されたニューヨークで顕著になる。ロマン・レインズがブーイングを浴びるのも、彼をトップに据えたいという団体の意図が露骨だからだ。ファーム組織「NXT」が1万数千人(ソールドアウト)を集めるのも、変革を好むファンの気持ちの表れといえる。
新宿で先日、「ミッションːインポッシブル/ローグ・ネイション」(15年、クリストファー・マッカリー監督)を見た。雨の夜の最終回(9時半スタート)で客席はまばらだったが、評判に違わぬ傑作である。レンタル店の超人気アイテムになるはずだから、ストーリーの紹介は最低限にとどめたい。
スリリングなシーンがスピーディーに繋がり、息つく暇もない。不死身のイーサン・ハント(トム・クルーズ)、麗しきイルサ(レベッカ・ファーガソン)、冷酷と内向を併せ持つソロモン・レーン(ショーン・ハリス)を軸に物語は進行する。峰不二子風のイルサと、ハント、レーンが形成する朧な三角関係も興味深い。気を逸らさぬ展開には感嘆するしかなく、伏線が巧みに織り込まれ、ユーモアもちりばめられている。WWEでは拒絶されつつある予定調和も心地良かった。
ハイテクを駆使するせめぎ合いだが、肝になっているのはイーサンのフィジカル、イルサとの恋未満、危機に瀕したIMFの仲間意識、心理戦というアナログ的要素だ。痛快なラストに、「スパイ大作戦」(1966~73年)へのオマージュが窺える。
スカパーの再放送で全エピソードを見ているうち、「スパイ大作戦」の製作意図が透けて見えてきた。ベトナム戦争が泥沼化し、国内では公民権運動が広がっていた当時のアメリカは、絶対的ヒールだった。シリーズが進むにつれ、<アメリカは正義の国>の偽りを喧伝するための国策ドラマに変化していく。
南米某国のとある組織(政府、反政府グループ)の実態は、兵器と麻薬を売買するシンジケートだ。君たちの任務は彼らの企みを暴いて民衆の支持を失わせ、資金源を断つことにある……。こんなミッションでIMFチームが現地を訪れると、リーダーの風貌はカストロやゲバラにそっくりだ。東欧が舞台になる時も、共産主義の独裁者が悪役になっている。
「ミッションːインポッシブル――」はどうか……。米英諜報機関のトップは正義など糞食らえだ。国連常任理事国が先頭に立って武器を輸出し、欧米各国と連携する世銀や企業がグローバリズムを領導し、途上国に疲弊をもたらす……。この構図を踏まえたレーンに、先進国のテロと反体制側のテロを対置させる台詞を語らせることで、本作は普遍性を獲得している。
「CSIː科学捜査班」シリーズもスピンオフを含め、アメリカの病理や闇を描いている。だから、世界中で支持されたのだ。政府も少しはハリウッドに学んだ方がいい。
嘉田由紀子氏(前滋賀県知事)は昨年9月、仕事先の夕刊紙でインタビューを受け、<水害は社会現象(人災)の側面が強い>と指摘していた。欧米諸国では災害危険区域を示した「ハザードマップ」を基に、水害保険を設定し、不動産取引を行っている。翻って日本では、地価下落に繋がるとして、土地所有者の声を代弁する自民党がハザードマップ導入に消極的だ。嘉田氏が「流域治水条例」を県議会に諮った際も、多くの自民党県議が反対したという。
地域によって事情は異なるから同一に論じられないが、嘉田氏は<歴代の政権与党は、支持者である地主と業界団体のために人命軽視で非効率な防災政策を続けてきた>と語っていた。安倍首相が繰り返す「日本人の命を守る」が虚しく響くのは俺だけだろうか。
エドワード・スノーデンの半生を描いた「スノーデン」(オリバー・ストーン監督)が年末に公開される。非民主的体質と暴力性を告発したスノーデンとジュリアン・アサンジ(ウィキリークス創設者)を、アメリカ政府はテロリストと認定している。アメリカ支配層の意識を体現するドナルド・トランプが、大統領選の共和党指名争いでトップを走っているから驚きだ。
政財界はともかく、アメリカのエンターテインメントは普遍性を追求している。WWEは先日、娘の恋人に対する過去の差別発言を理由にハルク・ホーガンと絶縁した。現役ではないので、グッズ販売を取りやめる等の措置が取られている。
トランプはマクマホンWWE会長と懇意で、何度かストーリーラインに組み込まれてきた。だが、多民族、多人種が活躍し、ロシア、中国、中東でもオンエアされているWWEにとって、〝差別発言を確信的に繰り返すトランプと近い〟という印象は、興行的にもマイナスだ。トランプを応援しないという方針を、WWEはホーガンを利用して知らしめたのだろう。
WWE上層部は、ファンの意識を操作出来なくなってきた。ここ数年、最もファンの支持を集めたのはジェフ・ハーディー(薬物使用の疑いで解雇)、CMパンク(退団)、そしてダニエル・ブライアン(ケガで欠場中)だった。インディー色が濃いレスラーによってファンの志向は様変わりし、10~20代のコアな男性ファンのチャントが空気を変えている。
反骨精神旺盛の若者は贔屓されている者を嫌い、予定調和を好まない。この傾向はフィラデルフィア、最新のPPV「サマースラム」が開催されたニューヨークで顕著になる。ロマン・レインズがブーイングを浴びるのも、彼をトップに据えたいという団体の意図が露骨だからだ。ファーム組織「NXT」が1万数千人(ソールドアウト)を集めるのも、変革を好むファンの気持ちの表れといえる。
新宿で先日、「ミッションːインポッシブル/ローグ・ネイション」(15年、クリストファー・マッカリー監督)を見た。雨の夜の最終回(9時半スタート)で客席はまばらだったが、評判に違わぬ傑作である。レンタル店の超人気アイテムになるはずだから、ストーリーの紹介は最低限にとどめたい。
スリリングなシーンがスピーディーに繋がり、息つく暇もない。不死身のイーサン・ハント(トム・クルーズ)、麗しきイルサ(レベッカ・ファーガソン)、冷酷と内向を併せ持つソロモン・レーン(ショーン・ハリス)を軸に物語は進行する。峰不二子風のイルサと、ハント、レーンが形成する朧な三角関係も興味深い。気を逸らさぬ展開には感嘆するしかなく、伏線が巧みに織り込まれ、ユーモアもちりばめられている。WWEでは拒絶されつつある予定調和も心地良かった。
ハイテクを駆使するせめぎ合いだが、肝になっているのはイーサンのフィジカル、イルサとの恋未満、危機に瀕したIMFの仲間意識、心理戦というアナログ的要素だ。痛快なラストに、「スパイ大作戦」(1966~73年)へのオマージュが窺える。
スカパーの再放送で全エピソードを見ているうち、「スパイ大作戦」の製作意図が透けて見えてきた。ベトナム戦争が泥沼化し、国内では公民権運動が広がっていた当時のアメリカは、絶対的ヒールだった。シリーズが進むにつれ、<アメリカは正義の国>の偽りを喧伝するための国策ドラマに変化していく。
南米某国のとある組織(政府、反政府グループ)の実態は、兵器と麻薬を売買するシンジケートだ。君たちの任務は彼らの企みを暴いて民衆の支持を失わせ、資金源を断つことにある……。こんなミッションでIMFチームが現地を訪れると、リーダーの風貌はカストロやゲバラにそっくりだ。東欧が舞台になる時も、共産主義の独裁者が悪役になっている。
「ミッションːインポッシブル――」はどうか……。米英諜報機関のトップは正義など糞食らえだ。国連常任理事国が先頭に立って武器を輸出し、欧米各国と連携する世銀や企業がグローバリズムを領導し、途上国に疲弊をもたらす……。この構図を踏まえたレーンに、先進国のテロと反体制側のテロを対置させる台詞を語らせることで、本作は普遍性を獲得している。
「CSIː科学捜査班」シリーズもスピンオフを含め、アメリカの病理や闇を描いている。だから、世界中で支持されたのだ。政府も少しはハリウッドに学んだ方がいい。