酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「奇跡」~世界と出会った少年たち

2011-07-12 01:00:35 | 映画、ドラマ
 先週7日は七夕だった。被災地、とりわけ福島の子供たちがどんな願いを短冊に託したのか検索してみる。「原発がなくなりますように」、「放射能が消えて遊び回れますように」と書いた子供たちは、先生に書き換えを命じられたという。暗澹たる気分になった。

 子供の夢、希望、願いを描いた映画を見た。是枝裕和監督の「奇跡」(11年)である。人間の業、日常の裂け目をテーマに掲げた前作「空気人形」(09年)は不条理なメルヘンだったが、「奇跡」は普遍性を志向したエンターテインメントである。

 壊れた家族が元に戻ればいいのに……。母(大塚寧々)と鹿児島で暮らす航一(前田航基)は、離婚した両親の復縁を切に願っている。福岡で父(オダギリジョー)と暮らす弟龍之介(前田旺志郎)と連絡を取り合ううち、ある計画を思いついた。ちなみに航基と旺志郎は漫才コンビ「まえだまえだ」として活躍する兄弟で、わがままなリーダータイプの航一、気配りできる龍之介を自然体で演じていた。

 九州新幹線の全線開通当日、上下の一番電車がすれ違う瞬間に凄まじいエネルギーが発生し、目撃した者の願いが叶う……。そんな噂に乗った航一と龍之介は、仲間を連れて川尻駅で合流する。7人の冒険は是枝版「スタンド・バイ・ミー」といった趣で、エンドマーク後も寂寥感と喪失感が刺さったままの「誰も知らない」(04年)と異なり、温かな余韻が去らない作品だった。

 父母の離婚の理由は、父の経済力のなさだった。定職を持たずバンドを続ける夫に、妻は愛想を尽かす。航一と同居する祖父(橋爪功)も夢を追い求める菓子職人で、孫のつれない反応に怒ったりする。前半は主人公の兄弟に感情移入できなかったが、物語が進むにつれ距離が縮まっていくのを覚えた。

 父が龍之介にポツリと漏らした「世界」がキーワードだった。世界って何? どうしたら出会えるの? あれこれ思案するうち、航一と龍之介に変化が訪れる。新幹線がすれ違う時、彼らは当初のものと別の願いを叫んでいた。

 冒頭とラストで、航一の目を通した桜島が映し出される。光景は同じだが、航一の心は同じではない。友情を知り、大人たちもまた切なさを抱えていることに気付いたからだ。小さな<我>から、調和すべき<世界>への懸け橋が、おぼろげながら空に浮かんでいた。

 冒頭に記した福島とは大違いで、阿部寛、長澤まさみが演じた先生は生徒の気持ちをしっかり受け止めていた。童心を失わない他の大人たちも〝ルール違反〟の共犯者で、内に秘めたやるせなさと悔いを少年たちに投影していた。タイアップ作品ゆえ微温的だが、絆を問う是枝監督の眼差しを十分に感じた作品だった。

 本作を見た後、少年時代の願いを記憶の底で探ってみたが、何も見つからない。俺の中で以下のような抽象的な夢が像を結んだのは、20代になってからである。

 <名誉、地位、金とは無縁で、社会の片隅で泥池に棲む山椒魚のように、ブクブク泡を立てている>……。

 どうやら俺は、夢を実現したらしい。「少年よ、〝小志〟を抱け」と叫びたくなった。


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