酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「あなたに似た人」~暑気払いはミステリーで

2010-08-26 00:38:00 | 読書
 今敏監督が亡くなった。享年46歳である。5本の長編にテレビアニメ「妄想代理人」(WOWOW)と、偶然にも俺は全作品に触れていた。安部公房や筒井康隆に通じる独特の世界が失われたのは残念だ。早すぎる異才の死を心から悼みたい。

 厳しい残暑が続いている。頭だけでも冷やそうと短編集「あなたに似た人」(ロアルド・ダール/早川文庫)を読んだ。主調音は<賭け>で、<愛の不毛>がスパイスとしてたっぷり振り掛けられている。

 進学、就職、恋愛、結婚、子供の教育方針、家購入といった重大事から、保険、病院、旅行先の選択に至るまで、人生は丁半バクチの連続だ。すべてに順調な〝勝ち組〟から、「どうしてこんな人(会社、家)を選んでしまったのか」と悔恨の日々を過ごす〝カモ〟まで格差は大きい。社会とは鉄火場と同義だからこそ、賭けをテーマにした作品はたやすく普遍性を獲得するのだ。

 本巻収録の作品について、簡単に紹介したい。

 賭けの現場における〝勝者の驕り〟は疑ってかかるべきだ。自らの懐は痛まないという仕組みか、安全を保障するトリックが準備されているからだ。「味」と「南から来た男」は、賭けに興じる者の欲望と狡猾さを暴いている。「わがいとしき妻よ、わが鳩よ」では倦怠期夫婦が仕掛けた悪戯で、賭けに憑かれたカップルの姿が明らかになる。

 「海の中へ」と「クロウドの犬」は、追い詰められた男たちの身を賭した〝一点突破、全面展開〟の試みを描いている。「告別」は恋という賭けに敗れた老批評家の復讐譚だが、鮮やかなドンデン返しが用意されていた。

 芸術的価値が高い刺青を背中に持つ老人の選択は果たして……。「皮膚」には作者の審美眼がちりばめられている。ファンタジーとSFの要素を併せ持つ「音響捕獲機」と「偉大なる自動文章製造機」、パブリックスクールの封建制が興味深い「韋駄天のフォックスリイ」など、読み応え十分の作品が揃っていた。

 国籍と性別は異なるが、ダールは同世代のパトリシア・ハイスミスとともに愛の不毛を追求した。ちなみにハイスミスは潔癖症、ダールは浮気性と主成分は別物っぽい。「おとなしい兇器」と「首」では夫婦の亀裂が剥き出しになるが、松本清張の盗作に気付いた前者が、本巻最大の衝撃だった。

 「おとなしい兇器」(1953年)の6年後、松本清張が「凶器」を発表する(「黒い画集」収録)。ダール版では凍ったラム、清張版では硬くなった餅が夫を殺めた。ともに凶器が刑事の胃に収まるというプロットだから、完全な盗作である。大発見に悦に入ったが、ネットで調べたら多くの人が指摘していた。後の巨匠も当時は駆け出しの新人作家である。賭けに出たとしても不思議はない。

 「チャーリーとチョコレート工場」(05年、ティム・バートン)の原作者であるダールは、児童文学者としても名が通っている。宮崎駿は熱烈なファンで、そのエキスを作品に取り入れているという。今回の出会いをきっかけに、折を見て他の作品も読んでみたい。

 いい加減に見える俺だが、競馬や麻雀では情けないほどの小心ぶりを発揮する。競馬では最も健全な〝少額投資の中穴派〟ゆえ、本命党のような破滅はありえない。麻雀も見切りが早く、下り打ちを厭わぬ堅実派だ。賭けの場面の方が、本当の自分に近い気がする。
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