酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「森の生活」~現代を射抜くソローの慧眼

2008-09-20 00:49:30 | 読書
 与謝野馨経財相はリーマン・ブラザーズ破綻の影響について、「ハチが刺した程度」と語っていた。日本で年間20人前後がハチの刺害で亡くなっていることを、与謝野氏はご存じだろうか。

 さて、本題。<人間はいつから矜持と良心を失い、欲と虚飾にまみれてしまったのだろう>という問いで前稿を結んだ。ヘンリー・デヴィッド・ソロー著「ウォールデン~森の生活」(上下、岩波文庫)に、一つの答えを見つける。即ち<人間は19世紀半ば、既に堕落していた>……。

 今年2月、フリーの先輩にソローを薦められた。暫く失念していたが、「CSI:科学捜査班~第7シーズン」の台詞にソローが2度登場したことで、その名を思い出す。詩人で博物学者のソローは1845年の独立記念日(7月4日)を期して、メイン州のウォールデン湖周辺で自給自足生活を始める。2年2カ月の日常に想念を織り交ぜたのが本書だ。

 一番近い隣人でも1マイル先で、<自然を友に自分が他人より神々の寵愛を身に余るほど受けているように感じた>という。独り暮らしの支えになったのはホメロスの「イリアス」であり、孔子ら賢人の言葉だった。ソローは自然や神話の登場人物との会話を楽しみ、孤独に苛まれることはなかった。

 赤アリと黒アリの闘いを人間の戦争に重ねて描写するなど、春夏秋冬の移ろいが綴られている。家賃1年分に満たない費用で一生暮らせる家を建てる方法を、誇らしげに記していた。<人間は進歩するにつれ、動物の肉を食べるのをやめる運命にある>と主張するソローは、ベジタリアンの走りでもある。

 形骸化した教会について、<キリストそのものとまじわるようにして、われわれの教会など消えるにまかせればいい>、<天国について語るものは地上を辱めている>と厳しく論じている。ソローは自然と直接繋がるネイティブアメリカンの信仰を、キリスト教より上位に置いていたようだ。

 ソローは大学教育、博愛主義、慈善などを虚飾として斬り捨て、情報に躍る人々にも厳しい目を向けていた。<フランス革命を含めて、外国では何一つ新しい事件は起こっていない>と記したソローの目に、ネットサーフィンに興じる現代人はどのように映るだろう。

 ソローがとりわけ憂えていたのは人々の金への執着だった。マルクスの「共産党宣言」(1848年)と軌を一にして、ソローは格差拡大と社会の歪みにメスを入れる。<自発的貧困とでも呼ばれうる有利な基盤に立脚しなければ、だれひとり人間の生活を公平な賢い目で観察することはできない>、<ある階級の贅沢は、他の階級の貧困によってつりあいを保っている>と記している。
 
 孤独を好んだソローだが、決して隠遁者ではない。奴隷制度とメキシコ戦争に反対し、人頭税支払い拒否で投獄されている。1849年に著した「市民的不服従」はガンジーやキング牧師らに絶大なる影響を与えた。

 環境保護、アウトドアライフ、菜食主義、市民的不服従の提唱者……。様々な貌を持つソローは18世紀半ば、現代が抱える矛盾を見抜いていた。その慧眼には驚くしかない。詩的な表現に彩られた本書は、俺にとって最高の濾紙かつ洗剤でもある。煩悩や負の感情から少しだけ自由になれた気がした。


コメント (6)
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