酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「鴉の目」~絶望の淵から立ち昇る言葉

2007-03-17 02:18:01 | 読書
 国際フォーラムでミューズを見た後、帰途の地下鉄で大道寺将司氏の第2句集「鴉の目」(現代企画室)のページを繰る。ライブの余韻で湿った心に、言葉の雨が染み込んできた。朧だった句の輪郭を、ようやく掴めたような気がした。

 辺見庸氏の講演会で句集の存在を知った。「万物を商品化する今日で唯一、言葉本来の神的響きを提示している」と大道寺氏を絶賛した辺見氏が、序文を担当している。

 大道寺氏は東アジア反日武装戦線「狼」のリーダーで、三菱重工爆破事件、昭和天皇乗車列車爆破未遂(虹作戦)などで起訴され、確定死刑囚として収監されている。「狼煙を見よ」(松下竜一著)で、大道寺氏らの素顔を知ることができた。メンバーがセクトと距離を置いていたことが、思想的な飛躍と同時に、躓きの要因になった。爆弾の破壊力を十分に把握できず、犯行声明のタイミングを誤ったことが、多数の死傷者を出す悲劇に繋がった。

 俳句は門外漢ゆえ、講演会で辺見氏が解題された5句から紹介したい。

 ☆あかときの悔恨深く冴えかえる~目が開いた時、氷のような後悔が全身に染み込むさまを詠んだ句。悔恨の深さに息を呑んだのは、<夢でまた人危めけり霹靂神>だ。悪夢にうなされていた作者が大音響で目覚めると、激しい雷鳴(霹靂神=はたたがみ)が轟いていた……。

 ☆まなうらの虹崩るるや鳥曇~「虹作戦」が未遂に終わった後の心的風景か。別稿(06年12月8日)と重複するが、辺見氏は「実行したのは彼ら、望んだのは我々」というボードリアールの言葉を引用し、<あの虹が懸かっていたら、私の内面の景色は変わっていただろう>と述懐していた。

 ☆ちぎられし人かげろうのかなたより~自ら関与した爆破事件と、現在のイラクやパレスチナの風景が重なっている。贖罪の思いと鎮魂の願いが窺える句だ。

 ☆母の日やもの言わで行く坂の町~作者の母は長年にわたり、息子たちの支援運動に携わってきた。「テロリストの母」として辛い日々を送る母を慮った句で、「坂の町」とは作者の出身地釧路である。句集には<その時の来て母還る木下闇>など、亡くなった母を想う句が収録されている。

 ☆秋の日を映して暗き鴉の目~表題作であり、大道寺氏はあとがきで作句の背景を明かしている。鴉と視線が合い、互いの暗い目のうちに、忍び寄ってくるかつての死、未来の死を見たのだろうと、辺見氏は解題されていた。<疎るる身とも知らずに鴉の子>も、作者の心情が投影された句といえる。

 言葉が柔らかいナイフのように、鈍麻した俺の心を抉るのを覚えた。他に印象に残った句を以下に記したい。

 ★気が付けば一人になりし雛の夜~超法規的措置で下獄し、日本赤軍に合流した妻あや子さんのことを想って詠んだ句かもしれない。
 ★竜天に夏草の根を引つ掴み~「狼煙を見よ」の作者で交流のあった松下氏の死を悼んだ句。大地に根を張り、生活者の側で執筆を続けた松下氏へのオマージュである。以下は句のみを。
 ★暮れぎはの影定まりて夏来る
 ★群れ飛びて独りと思ふ蜻蛉かな
 ★たましいの転生ならむ雪蛍
 ★初蛍異界の闇を深くせり  
 ★海市立つ海に未生の記憶あり
 ★死して咲く花実もあらむ流れ星
 ★人としてあること哀し梅一枝
 ★夕焼けてイカロスの翅炎上す

 「狼」が目指したのは、戦前の軍事侵略、戦後の経済侵略で、日本がアジアで見せた醜い貌を暴くことだった。彼らの問いが有効性を失っていないことは、従軍慰安婦問題をめぐる最近の動きが証明している。

コメント (6)
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