弁理士の日々

特許事務所で働く弁理士が、日常を語ります。

管総理vs経産省バトル

2011-07-10 11:20:23 | 歴史・社会
本7月10日の日経新聞によると、
『原発の再稼働は認めない。敵は経済産業省だ--。管直人首相が本格的に動き始めたのは6月29日、料理店3軒をはしごした夜のことだ。』
このとき、脱原発派のイタリア人が「日本の技術力があれば、脱原発でも電力不足を跳ね返せる。」と説いたそうです。またその1時間前、六本木の焼肉店で「埋蔵電力」の話で盛り上がりました。

そして6月30日、海江田経産相が玄海原発の一連の経緯を報告すると、首相は「納得できない。佐賀県には行かない。」と答えました。その10日前に首相は「経産相と思いは同じだ」と発言したのにです。首相自らの心変わりが、閣内混乱の導火線となったといいます。
『首相は経産省を敵に見立てる手法をとる。』

経産省を敵と認識するのであれば、まず政治力を発揮すべきは、「原子力損害賠償支援機構法案(東電救済法)」を修正することでしょう。しかしこの法案は、すでに閣議決定され、今月中には成立するのではないかと見られています。
何で首相は、玄海原発再稼働の足を引っ張ることでしか経産省とバトルできないのでしょうか。
管直人首相が回帰しつつあるという「市民運動家」の目線では、人気取りになり得る「脱原発」には注力できても、一見原発事故被災者の救済とも見える“東電救済法”に反対するのは人気取りにならない、と判断したのでしょうか。
管総理は、一度は「発送分離もあり得る」と発言しました。5月でしたか。しかしその直後、1号機海水注入中断騒動が持ち上がりました。首相が止めさせたというのです。このとき私は、「首相の発送電分離発言を牽制するため、東電が意図的に流した陰謀ではないか」と推測しました(5月22日1号機海水注入の中断)。

私が原発のストレステストについて知ったのは週刊ポストでの大前研一氏の連載記事だったことから、今回また週刊ポストを入手してみました。週刊ポスト7月15日号で、大前研一氏は以下の議論をしています。

《「東電救済法」「原発再稼働ストップ」で忍び寄る日本経済メルトダウンの危機》
原子力損害賠償支援機構法案(東電救済法)がかかえる看過できない問題とは。
まず政府が機構に対していつでも換金できる交付国債を交付する形で「公的資金」を投入し、機構自身も「政府保証付き」の機構債を発行して資金を調達できます。本来なら一端つぶすべき東電を税金で丸ごと延命させるためのいかさまのスキームである、としています。
『それはまさに現在の9電力会社による地域別独占体制を維持したい経済産業省と政治家の思惑通りといえる。』
『この法案が成立すれば、・・・とめどなく国民の税金が投入される全く節操のない仕組みなのである。』
『(原発は国営化するしかない。そして電力会社は発電・送電・配電を分離する。)という(大前氏の)提案が実現する可能性も、地域独占体制を維持するこの法案が成立したら消滅してしまう。』

大前氏は、13ヶ月毎の原発定期点検休止明けの再稼働ができなければ、西日本、とりわけ関電が窮地に立たされるといいます。原子力の依存度は関西電力が45%、九州電力が42%、四国電力が41%と、東京電力の28%や東北電力の21%よりもはるかに高くなっています。四国電力は関西電力に売電していますが、四国電力自身が原発再稼働不可で電力が不足するので関電に売電できなくなり、関電は目も当てられないような状況に陥ってしまいます。
『関電や九電が東電のような計画停電を実施する事態になれば、もはや企業は国内で事業を継続することが困難となり、本格的に海外シフトが加速して日本経済は危機的状況に向かうだろう。』

恐らく管総理は、「原発が再稼働しなくても、埋蔵電力を発掘すれば電力は足りるはずだ」と考えているのでしょう。
しかし埋蔵電力についても、私がはじめて聞いたのは4月頃だったと思います。管総理はなぜ、そのときすぐに埋蔵電力発掘に動かず、最近になって急に動き始めたのか。やはり思いつきとしかいいようがありません。
今回のストレステスト、原子力安全保安院に単に原子力安全委員会が加わるだけのようです。われわれ国民の目から見たら、保安院も安全委員会も同じ穴のむじなです。“安全委員会が加わればいい”という判断自体から、単なる“対経産省バトル”に過ぎないことが透けて見えます。

週刊ポストの上記号が発売された後、ストレステスト問題が勃発しました。本日発売されるという次号で、大前研一氏はどのような提言をするのでしょうか。

もう1点、管総理が経産省とバトルすのであれば、経産省からクビにされかけている古賀茂明氏を官邸での要職に就けるべきでしょう。
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6月18日東電報告書(5)2号機-2

2011-07-09 12:57:14 | サイエンス・パソコン
第1報に引き続き、6月18日東電報告書「地震発生当初の福島第一原子力発電所における対応状況について」の2号機について解析します。

2号機では、15日6時頃に圧力抑制室付近で大きな衝撃音が発生し、同時に格納容器と圧力抑制室の圧力が急速に低下したことです。これにより、格納容器内のガスが一斉に外部に放出し、とてつもなく高い線量(1000μSv/h以上)が観測されるとともに、飯舘村や福島市が放射能汚染される原因となりました。

《2号機格納容器破損トラブルとベントとの関係》
2号機格納容器のベント準備が最初に整ったのは13日11時頃です。
「ベントライン」というのは、格納容器あるいは圧力抑制室から外気にガスを逃がすラインを意味します。ライン途中の弁を開くだけではベントは開始しません。途中に「ラプチャーディスク」というのが挿入されています。「破裂板」と訳すのでしょうか。内部の圧力が427kPaG(ゲージ圧で4.3気圧)以上になったらこの破裂板が破裂し、やっとベントが開始されるという仕組みのようです。

2号機の格納容器圧力推移は、5月23日東電報告書の図3.2.1.3.でわかります。
13日11時にベントラインが構成された後も、格納容器圧力は427kPaG(約530kPa abs)を超えません。そのためラプチャーディスクが破裂せず、ベントを実施することができていません。
格納容器圧力が思ったほど上昇しなかった原因を、5月23日報告書のシミュレーションでは「地震後21時間後に格納容器に穴が開いたため」と推定しています。

その後、14日11時に3号機建屋が水素爆発した影響で、ベント弁(AO弁)大弁が破損して閉じてしまいました。
爆発後、16時頃にAO弁大弁の開操作を実施しましたが作動用空気圧力が不足し、開けませんでした。そこでAO弁小弁を操作し「微開」としました。まだラプチャーディスクを破るまでの圧力に達していません。

14日22時50分頃、格納容器圧力が上昇を開始しました。上図では700kPa absを超えています。
ところがここで、妙な現象が発生しました。格納容器圧力は上がったのに、圧力抑制室の圧力は逆に低下したのです。これを6月18日報告書27ページでは「圧力が均一化されない状況が発生」と表現しています。これでは、圧力抑制室に通じるラプチャーディスクは破れません。
そこで、格納容器のベント弁(AO弁)小弁を開けるという方針を決定しました。15日0時2分にベントのラインナップが完成しましたが、報告書では「数分後に同弁が閉であることを確認」と記載されています。
ベントは実施されませんでしたが、格納容器圧力は750kPa abs程度で一定しています。ベントで下げることはできませんでしたが、高め安定で推移、という状況でした。

ところが15日6時頃、圧力抑制室付近で大きな衝撃音が発生し、その後、圧力抑制室圧力が0MPa absを示したのです。
「0MPa abs」はさすがに正しい圧力ではないでしょう。穴が開いたのであれば、圧力は0MPa gage、つまり0.1MPa abs程度となるべきだからです。格納容器圧力については、同じく破損後圧力が下がり始め、0.1MPa abs程度に落ち着いています。

15日6時頃の2号機圧力抑制室破損は、飯舘村、福島市の現在の放射能汚染の直接原因となったものです。その意味で、この破損は今回原発事故で最大の被害をもたらしました。しかし,格納容器圧力の設計上限は427kPaG(約530kPa abs)ですから、これよりも倍以下の圧力である750kPa abs程度程度で本当に圧力抑制室は破損する可能性があったのかどうか、極めて疑問です。設計上限には十分な安全係数がかかっているはずだからです。今後検証していくべきでしょう。

以上のような状況が報告書には開示されていますが、まだ謎だらけです。今後の情報開示を待つことにしましょう。
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なぜ突然「ストレステスト」か

2011-07-07 22:27:23 | 知的財産権
原発のストレステストの話が突如持ち上がりました。

実はこのブログでは、ストレステストについて2回、取り上げています。大前研一氏の提言に基づくものです。
私が週刊ポスト2011年6月24日号に掲載された大前氏の提言を読んだのは、6月20日頃でしょうか。6月23日に「大前研一氏の提言」として記事にしました。
大前氏は、原発関連で首相が最重要課題として取り組むべき2つの課題のうちの一つとして、定期点検あけの原発再稼働問題を挙げています。
『第二に、13ヶ月毎に定期点検で停止される原子炉が住民感情などで再起動できなくなっている問題を解決することだ。・・・たとえ政府が安全だ、と宣言しても信頼性がない。いかに国民の納得を得ながらストレステストに合格したものについては再起動するか』『今やこの二つが最優先で取り組むべき刻下の喫緊時であるということを、政治家もマスコミも理解しなければならない。』

原子力安全保安院が「安全だ」と太鼓判を押しても、国民は信用しないから、国民が納得できるストレステストを大至急計画し、そのテストで安全が確認された原発については、首相が政治力を発揮して地元を説得し、再稼働させていかなければならない、という提言と理解しました。

ネットで調べてみると、例えば6月6日付けの『大前研一:「原発オールアウト」の危機をどう乗り切るのか』などで提言されています。

それに対して政府はどのような態度を取っていたでしょうか。
6月18日に海江田経産相が安全宣言を出し、翌19日には管総理がその方針を追認する発言をしました。あくまで追認であり、管総理が前面に出て指導する態度ではありません。本来首相が取り組むべき課題なのに、部下任せにしている、という危惧を感じました。6月23日に私が「大前研一氏の提言」として記事にしたのも、そのような危機感を感じたからです。
その後、海江田経産相は自ら玄海の町長を説得し、佐賀県の知事を説得し、再開直前までこぎ着けました。
ここで佐賀県知事が、最近の管総理の態度から危惧したのでしょう、古川知事は「菅首相の考えを確認したい」と述べ、菅首相との会談を要望していました。
そしてその次に飛び出したのが、管総理による突然のストレステスト命令です。

日本中の人が、「なぜ今突然にストレステスト命令が出たのか?」と疑問を感じていることでしょう。

私の想像では、もし佐賀県知事が「菅首相の考えを確認したい」と発信しなかったら、管総理はすべての責任を海江田経産相に押し付け、自分は関与しなかったことにしようとしていたのではないか。もしそうだとしたら、佐賀県知事から問いかけがなかったら、ストレステストも言い出さなかった可能性が高いです。

このまま全国の原発が次々と13ヶ月毎の定期点検に入り、点検後に再稼働ができない状況が続けば、日本は全国的に電力不足に陥り、産業の衰退、産業の海外移転による空洞化に加速がかかることでしょう。日本国総理であれば、そのような事態から脱却すべく、ストレステストが必要だと思うのであれば一刻も早く指示を出して進捗させるべきでした。

今の私の感想は、「日本国が日本国総理に人質に取られた」といったところでしょうか。

なお、私がストレステストについて触れた2回目は6日0時(玄海原発・復興大臣・尖閣諸島)、報道ではストレステストのスの字も有りませんでした。それから一夜明けたら日本中がストレステストに振り回されようとは、夢にも思いませんでした。
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玄海原発・復興大臣・尖閣諸島

2011-07-06 00:05:42 | 歴史・社会
《玄海原発再稼働~管総理の姿勢は?》
玄海原発の再稼働を巡っては、海江田経産相が先月29日に佐賀県と玄海町を訪問することにより、玄海町の岸本英雄町長は4日に再稼働に同意することを伝え、一方佐賀県の古川知事は「菅首相の考えを確認したい」と述べ、菅首相との会談を要望していました。

大前研一氏は、首相としてやるべき2点のうちの1点として、『13ヶ月毎に定期点検で停止される原子炉が住民感情などで再起動できなくなっている問題を解決することだ。・・・たとえ政府が安全だ、と宣言しても信頼性がない。いかに国民の納得を得ながらストレステストに合格したものについては再起動するか』と提言しています(大前研一氏の提言)。まさにその通りで、管総理がどれだけ真剣に定期点検明けの原発再稼働に強い指導力を発揮できるか、見守っているところでした。
ここでも、国にとって最重要でも「人気が取れない政策には背を向ける」姿勢を押し通すのか、管総理の真価が問われています。

しかし、『菅直人首相は5日、首相官邸で海江田万里経済産業相、細野豪志原発事故担当相と会談し、九州電力玄海原子力発電所2、3号機(佐賀県玄海町)の再稼働問題について協議した。海江田経産相は、菅首相に佐賀県の古川康知事と会談するよう要請したもようだが、菅首相は難色を示したとみられ、議論はまとまらなかった。6日以降も協議を続ける予定だ。(毎日新聞 7月5日(火)20時48分)』(<玄海原発>菅首相、佐賀知事との会談に難色か 経産相要請)とあり、心配したとおり、管総理はこの問題に正面から取り組まず、逃げ回る姿勢を取る気配があります。

《松本龍って何者?》
被災県の県知事との面会の席、テレビカメラが回っている中で、よくもあんな発言をしたものです。民主党の石井一副代表は「普段はあんな言い方をする人ではない。情緒不安定だったのではないか」とかばっていましたが、情緒不安定な人に復興大臣を任せることはできません。九州出身のB型の人は、松本大臣と一緒にされ、激怒していることでしょう。
松本龍とはどんな人なのでしょうか。今回大地震発生時には防災大臣でした。ちょっと調べたところでは、「こんな時に防災担当大臣が「更迭」された理由」(2011年04月03日週刊現代)で、
『「ボンボン育ちで、修羅場をとても仕切れない。地震発生時にはパニックに陥り、以来、会見もできない。こんな人物を防災担当相に据えた菅首相の責任は大きい」(全国紙編集幹部)
震災が発生した3月11日から数日間、被災地救援や物資輸送が滞り、その後の活動に多大な悪影響を及ぼしたが、松本氏はその"元凶"と目されている。
「官邸の危機管理センターに詰めていた松本氏がまったくの役立たずで、自衛隊の初動が遅れたのです」(全国紙政治部デスク)』
とする記事が見つかりました。
この記事が正しく伝えているかどうかわかりませんが、こんな評判の人しか復興大臣候補はいなかったのか、と暗澹たる思いです。

《尖閣諸島で今何が起きているのか》
4日にこのブログを訪問された方について調べると、「尖閣諸島」「栗原一族」「大宮」で検索され、昨年9月30日の記事「石原慎太郎氏と尖閣諸島」を閲覧された方が160名ほどおられました。一体何があったのでしょうか。

調べてみたところ、産経新聞7月4日の記事「国会議員は尖閣に行け 石原慎太郎」が端緒のようです。
『最近ある国会議員からは、かつて尖閣を所有していた沖縄在住の未亡人から、いかなる所存でかあの島々を買い取った埼玉県大宮在住の栗原一族が、中国から依頼されて数十億の価格である島を売るつもりがあるらしいなどという風聞を伝えられた。』
『風聞のごとくに、あの島の所有者が心動いているとは思いもしないが、しかし中国があの島の領有を金で買い取り、日本の領土においてその地歩を固めようとする意志が有ることは優に信じられる。それを牽制し防ぐ手立てを講じるのは国会議員しか有り得まい。その議員たちが一向に動かない。とすれば私たちは一体どこの誰にこの国の安危をゆだねたらいいのだろうか。』

私も、尖閣諸島の地主である栗原一族の皆さんが、中国に島の所有権を売り渡すようなことはないと信じたいです。

石原慎太郎氏の記事での主たる主張は、
『私は昨年の秋に中国が侵犯しようとしている、まぎれもない日本の領土尖閣諸島を守るために、国政調査権を持つ国会議員たちこそが超党派で、尖閣諸島に自衛隊を駐留させるための調査に赴くべきだと幹事長を務める息子を含めて総裁や政調会長にも申し入れ、彼等もそれを了としたのに、この災害騒ぎに右往左往するだけで一向にその兆しも見えない。谷垣総裁は早速議会のしかるべき委員会に動議してことを行うといったが、その気配はない。』
ということのようです。
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川口マーン惠美氏「原発事故の憂鬱と空疎な議論に関心を奪われて、いまの日本にいると外が見えなくなる」

2011-07-04 22:18:08 | 知的財産権
現代ビジネスでの川口マーン惠美さんの記事「原発事故の憂鬱と空疎な議論に関心を奪われて、いまの日本にいると外が見えなくなる」は、全くそのとおりと思うのですが、しかし自分の関心の向く方向をどうしても変えることができません。

まずは川口さんのコメントです。
『ドイツへ戻って来た。日本に4週間いたが、今、日本が抱えている一番大きな問題は、原発以外のニュースが、全部飛んでしまっていることだと思う。もちろん福島は、未だに収拾の目途さえ付かないのだから、皆の関心が集まることはわかる。しかし、それにしても、どこを見ても原発の話ばかりになり過ぎている。』
『さて、日本人の目が原発にくぎ付けになっている間に、世界では毎日いろいろなことが起こっている。たとえばリビアでは、NATOがカダフィ大佐を倒すために毎日激しい空爆をしているし、シリアではアサド大統領が、自分に逆らう自国民を容赦なく撃ち殺している。』
『また、何と言っても、この4週間、ヨーロッパで常に大ニュースになっていたのは、ギリシャの金融危機だった。ギリシャが破産すると、災厄はヨーロッパ全体、さらにアメリカにまで飛び火する。しかし、困るのはヨーロッパとアメリカだけではない。日本も大いに困る。それなのに、日本は、ここでもやけに無関心だ。』
『それに比して、ヨーロッパ外遊を終えたばかりの温家宝首相は、世界の動向に大いに関心を持っている。
26日にはハンガリーを訪問し、借金にあえいでいる同国の国債を大量に買い、12の経済協定を成立させ、さらに、中国開発銀行が10億ユーロを投資する。ハンガリー政府は、「歴史的規模の援助」と大喜びだ。と、こういう温家宝首相の動向を追う報道が、ドイツでも逐一行われる。日本の首相なら絶対にあり得ないことだ。』
『そして、すでにここまで水を開けられているというのに、日本の政治家はそれにも関心なし。原発に気を取られて、というならまだ許せるが、内部抗争に明け暮れているのだから許しがたい。国益を損なうこと、まことに甚だしい。ちなみに温家宝首相は、28日、ドイツとも100億ユーロ(1兆2000億円)の大型商談を契約した。』

私のブログ記事も、振り返ってみると原発事故関係に席巻されています。

日本の政治の惨状について、書けばいろいろあるのですが、まずは書く気がしません。
民主党政権の政治について、最初のうちは「心配もいろいろある」、次いで「これじゃがっかりだよ」でしたが、いつの頃からか「悪い夢を見ているような気がする」まで落ち込みました。
最近でいうと、一度は退陣を口にしたのに居座り続けている管総理も管総理ですが、それと同じ程度に民主党執行部も国政を担っている意識がなさ過ぎます。また、この機に乗じて人気を回復することができない自民党にも腹が立ちます。

現在、古賀茂明氏の「日本中枢の崩壊」を読んでいまして、それによると、民主党政権は政権運用能力に欠けているため、特に財務省の力に頼らざるを得ず、半ば財務省の言いなりにならざるを得ない、という状況にあるようです。そのため、消費税増税路線をひた走り、増税とセットで実行しなければならない公務員制度改革についてはもう自民党政権時代よりも大きく後退しています。
古賀茂明氏の著書や発言に接すると、頭脳明晰・理路整然・改革の意思に燃えています。そのような官僚を霞が関がクビにしようとしているようです。民主党政権は、この古賀氏を政権の中枢スタッフとして活用しないどころか、霞が関がクビにするのを黙認するもののようです。

そんな状況ですから、管首相が辞任したからといって、民主党政権が急によくなるとはとても思えません。
しかし、管首相は怒鳴りすぎる。管首相は人気取り政策にしか興味がない。震災・原発事故という、官僚の力を120%発揮させなければならない事象が発生しているのに、官僚の力を削ぐような政策を採っている。責任を下に押し付ける。以上のような特質が見えています。従って、民主党政権という制限の範囲ではありますが、菅さんのマイナスポイントを持たない人に変われば、少しは良くなるかもしれない、という期待に頼らざるを得ません。

本当のところ期待しているのは、自民党の改革勢力、民主党の改革勢力、それにみんなの党が結集して、新しい党派を結成してくれないだろうか、という方向です。
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6月18日東電報告書(4)2号機

2011-07-02 11:42:58 | サイエンス・パソコン
東電が6月18日に公表した「地震発生当初の福島第一原子力発電所における対応状況について」のうち、今回は2号機について読み込んでみます。報告書の18ページから28ページまでです。

2号機は、全電源喪失時でも圧力容器を冷やし続ける隔離時冷却系(RCIC)が、3炉のうちで一番最後まで機能を継続した炉でした。
その隔離時冷却系が機能を喪失したと判断したのが3月12日13時25分、しかし、消防車で本格的に海水注入を始めたのは19時54分と遅れました。この間、18時22分には水位が下がって燃料全体が露出しています。
海水注入を始めた以降も、14日深夜から15日未明にかけて燃料棒が露出していた、という報道が以前ありましたが、今回の報告書では触れていません。

2号機でのもう一つの事象は、15日6時頃に圧力抑制室付近で大きな衝撃音が発生し、同時に格納容器と圧力抑制室の圧力が急速に低下したことです。これにより、格納容器内のガスが一斉に外部に放出し、とてつもなく高い線量(1000μSv/h以上)が観測されるとともに、飯舘村や福島市が放射能汚染される原因となりました。

以上のような状況に立ち至ったのはどのようないきさつに基づいているのか、その点を今回の報告書から読み解くのが目的です。

《高圧注水が可能な系統》
地震発生とともに、圧力容器は蒸気タービンと隔離され、圧力容器の圧力は主蒸気逃がし安全弁を圧力調整弁とし、約60気圧の圧力に保持されています。このような高圧では、消防車からの注水が不可能です。
高圧でも注水できる機能として、制御棒駆動水圧系(CRD)とホウ酸水注入系(SLC)があります。電源が必要です。津波来襲の後、2号機の電源盤(パワーセンター)の一部は機能しており、この電源盤に電源車を接続できれば、圧力容器の圧力が高圧のままでも、ホウ酸水注入系を駆動して冷却水を注入することが可能でした。
そして、12日の15時30分頃、努力の結果電源車を2号機パワーセンターに接続完了したのですが、その直後の1号機建屋水素爆発の結果、ケーブルが破損して送電が不可能になりました。そのまま、14日の段階でもこのラインは復帰しなかった模様です。
ということで、圧力容器が高圧のままで冷却水を注水する可能性がなくなりました。

《消防車での注水》
消防車で注水するためには、圧力容器圧力を0.69MPa(約7気圧)以下に下げる必要があります。そしてその動作は、主蒸気逃がし安全弁を「開放」することによって行います。
1号機は、海水注入前に圧力容器に穴が開いたためか、自然に圧力が下がりました。3号機は、社員の通勤車両からバッテリーをかき集めて電源とし、冷却機能が喪失してから7時間近く経過してやっと圧を下げました(6月18日東電報告書(3)3号機)。2号機ではどうだったのでしょうか。
まず第1に、「圧力抑制室の温度・圧力が高いので、主蒸気逃がし安全弁を開放しても減圧しにくい可能性がある」との判断があったようです。そのため、まずは格納容器ベントを行い、その後に主蒸気逃がし安全弁を開いて圧力容器を減圧し、その後に消防車による海水注入を行おう、という方針になりました。
しかし第2に、16時頃、ベント弁の開実施まで時間がかかる見通しとなったため、主蒸気逃がし安全弁の動作を優先することに変更しました。
しかし第3に、主蒸気逃がし安全弁を開くための電源がありません。車両からバッテリーを集めて中央制御室に運んでつなぎ込みましたが、バッテリーの電圧が不足し、さらにバッテリーを追加したりして、18時頃にやっと減圧が開始されました。
圧力容器圧力が0.63MPaまで下がったのは19時3分でした。

消防車は16時30分頃に起動し、圧力容器減圧時に注水が開始されるよう準備していたのですが、19時20分に、消防車が燃料切れで停止していることが発見されました。給油実施後、海水注入を開始したのは、19時54分に1台目、19時57分に2台目となりました。
結局、隔離時冷却系による冷却が止まってから海水注入まで、7時間ちかく冷却水が注入されず、最終的には燃料棒が全露出するにいたりました。

その後、消防車による海水注入で、圧力容器水位は上昇したのか否か。その点は不明のままです。

現在判明している原子炉パラメータにおいて、圧力容器の温度データについては、1~3号機いずれも、3月22日頃までは一切のデータがありません。
1号機については、圧力容器温度が判明してみたらその温度が400℃という高温であることがわかり、あわてて消防ポンプを1台から2台に増やして圧力容器温度を下げました(1号機はどうなっている?温度データ)。

2号機についても温度データは3月22日ころまで公表されていません(2号機温度データ)。しかし1号機と違って、判明した22日頃の圧力容器温度は100~150℃程度であり、さほど注入海水量が少なすぎた、ということではなさそうです。ただし、5月23日東電報告書でのシミュレーションでは、「2号機での海水注入では燃料棒を浸漬できるに足りる海水は注入されていなかった」という【その2】の前提のもと、地震後109時間で圧力容器は破損するに至った、という解析を行っています(5月23日東電報告書(4)2号機-2)。実態は不明のままです。
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