弁理士の日々

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「シフト補正禁止」審査基準改訂の説明会

2013-08-04 13:35:25 | 知的財産権
先日、弁理士会主催の会員研修として以下の説明会があり、参加してきました。
・標題 『「発明の単一性の要件」、「発明の特別な技術的特徴を変更する補正」の審査基準の改訂について』
・日時 7月26日
・場所 砂防会館
・講演 特許庁特許審査第一部審査基準室 室長補佐 東松修太郎氏
テキストは、弁理士であればこちらからダウンロードできるようです。

今回の審査基準改訂については、今年3月6日に改訂案が公表され、6月26日に決定版が公表され、7月1日から適用されているものです。最近では「シフト補正禁止」審査基準改定で記事にしました。

今回の改訂でどのような範囲まで「発明の単一性」が広がり、「シフト補正禁止」範囲から外れることになったのか、という点については、改訂案を読んで解読した「発明の単一性とシフト補正禁止の審査基準案」が使えると思いますので、以下に骨子を再掲します。
---発明の単一性---
A.請求項1から直列に審査を行い、(1)特別な技術的特徴が発見された場合には、発見された特別な技術的特徴と同一の又は対応する(注3)特別な技術的特徴を有する発明(5ページ3.1.2.1(4)の後半)、(2)及び直列に審査を行った発明

B.請求項1に記載された発明の発明特定事項を全て含む(注1)同一カテゴリーの請求項に係る発明(5ページ3.1.2.2(1))(注2)

C.特別な技術的特徴に基づいて審査対象とした発明について審査を行った結果、実質的に追加的な先行技術調査や判断を必要とすることなく審査を行うことが可能である発明(6ページ3.1.2.2(2))
例えば当該箇所の(i)~(v)のいずれかに該当する発明

D.請求項に係る発明間に特定の関係がある場合(基準案8ページ4.1)
(物とその物を生産する方法、物とその物を使用する方法、方法とその方法の実施に直接使用する機械など)

(注1) 発明の「発明特定事項を全て含む」場合には、当該発明に別の発明特定事項を付加した場合に加え、当該発明について一部又は全部の発明特定事項を下位概念化した場合や、当該発明について発明特定事項の一部が数値範囲である場合に、それをさらに限定した場合等も含まれる。(4ページ最終行)

(注2)ただし、請求項1の課題と追加された特徴の課題との関連性が低い場合、請求項1の技術的特徴と追加された技術的特徴との技術的関連性が低い発明、を除く。

(注3)「対応する特別な技術的特徴」については、3ページ2.2(3)参照
---以上---

---シフト補正禁止---
補正後の特許請求の範囲に記載される事項により特定される全ての発明が、補正前に新規性・進歩性等の特許要件について審査が行われた全ての発明の後に続けて記載されていたと仮定したときに、「第Ⅰ部第2章 発明の単一性の要件」の「3.1 審査対象の決定」に照らして発明の単一性の要件以外の要件についての審査対象となる補正後の発明を、第17条の2第4項以外の要件についての審査対象とする。(2ページ3.1.2 具体的な手順)
---以上---

今回の講演では、発明の単一性の要件について、以下の3.1.2.1と3.1.2.2の2つを対比させる形で説明がなされました。
『・ 審査対象は、「特別な技術的特徴」と「審査の効率性」に基づいて決定する。
3.1.2.1 特別な技術的特徴に基づく審査対象の決定
3.1.2.2 審査の効率性に基づく審査対象の決定
→ いずれかの判断で「審査対象」となれば、審査を行う。』

講演での「3.1.2.1」が上記私のA.に対応し、「3.1.2.2」がB.及びC.に対応する、といっていいでしょう。
結局、私が述べた「B」と「C」の部分が、今回の審査範囲拡張部分である、という説明になろうかと思います。
「D」はもともと(発明単一性についての平成15年法改正前から)存在していたということで、今回の説明から省かれたのでしょう。

私は講演会で2点の質問をしました。
(1) 上記「3.1.2.2 審査の効率性に基づく審査対象の決定」は、法律のどの条文を根拠としてなされたのか?
答:「特許法37条の趣旨に鑑みてなされたものである。」
この点は、配布資料の15ページ(9ページ)にも記載されていました。

(2) 今回配布資料には、上記私の「注1」が記載されていませんでした。そこで念のため、『請求項1の発明の「発明特定事項を全て含む」場合には、請求項1を下位概念化したり数値範囲を減縮したりする発明も含まれるのか?』と質問しました。
答:「含まれます。」

さて、上記「3.1.2.2 審査の効率性に基づく審査対象の決定」ですが、37条の条文ではなく37条の趣旨に鑑みて定められた審査基準と言うことです。講演会が終わってから、「このような決め方は、裁判所から見て法律違反になるのではないか」という点が気になり始めました。

そこで、特許法37条、49条、123条などを再度当たってみました。
37条では、所定の場合に「一の願書で特許出願することができる」と規定し、出願人の権利が定められています。
49条では、37条に違反した場合、審査官は拒絶査定しなければなりません。
123条では37条は無効理由として挙げられておらず、審査官が37条の条文の範囲を超えて審査し特許査定したとしても、違法としてとがめられることはありません。
以上から、以下のように整理できるのでしょうか。
『出願人は、37条で規定する範囲は最低限の権利として守られる。一方、審査官が37条で具体的に規定する最低限の範囲を超えて審査し特許査定したとしても、それは審査官の裁量範囲であって許される。』
この裁量範囲超えが、別の第三者の不利益になっていない、ということも重要でしょうか。「国は、複数の審査請求料を徴収できる機会を失った」との不利益もありますが、国自体がそのような要求をしないとの意思表示が今回の審査基準なのでしょう。

以上のように整理すると、審査官は、法律的には「3.1.2.2 審査の効率性に基づく審査対象の決定」に従うべき義務は存在しません。そうすると、「私は37条の条文に基づいて厳密に単一性を審査する」という審査官が現れて拒絶査定をしても、法律違反とはならないことになります。一般的には査定不服審判で救済されるでしょうが、審判官まで厳しい見解を持っていたら救済されません。この場合、知財高裁はどのように判断するのでしょうか。
あり得ないこととは思いますが、ちょっと気になりました。
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8 コメント

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条文の趣旨の重要性 (TB)
2013-08-05 00:33:56
 いつも貴重な情報ありがとうございます。
(この研修には行けませんでした。・・・)

 ところで、法律解釈において、条文の趣旨に反した解釈は許されません。
すると、「条文の趣旨に鑑みて、補正が許容される」のなら、
「その補正は合法」と解釈したことになるのではないでしょうか?(「この判断は裁判所も同じ」と、基準室は考えているのでは?)

 しかし基準室は、どこまでが「合法」で、
どこからが「審査官等の裁量」なのか、ぼやかしていますね。
 今回「特別な技術的特徴に基づく」直列的従属請求項の審査に関し、
「例外」の言葉が審査基準から削除されていますが、
これは、
1)
「従来の審査基準では「裁量」(お目こぼし)だったが、
 今回の審査基準では「合法」に、
 審査基準の条文解釈を変更した」
とも
2)
「従来の審査基準でも実は「合法」だったが、
 今回の審査基準では、それを明確にした。
 (そもそも「お目こぼし」などしていない)」
あるいは、
3)
「従来の審査基準では「裁量」(お目こぼし)で、
 今回の審査基準でも「裁量」の範囲内である。
 (条文解釈の変更など、どこにもない)」
とも、読むことができそうです。

 先生はいずれと思われますか?
(私は「お目こぼし解消」が今回の主目的だと思っているので、 庁の本音は1)で、建前上は2)で押すつもりなのかな? と、邪推しています。)
 
返信する
37条の趣旨 (snaito)
2013-08-05 21:19:35
TBさん、コメントありがとうございます。

発明単一性の改訂審査基準には以下の記載があります。
『3.1.1 基本的な考え方
特許請求の範囲の最初に記載された発明が特別な技術的特徴を有しない場合、その他の全ての発明は、発明の単一性の要件を満たすとはいえない。
ただし、第37条が出願人等の便宜を図る趣旨の規定であることに鑑み、上記の発明の単一性の要件を満たす発明のほか、一定の要件を満たす発明については、審査対象とする。』

この記載からすると、改訂審査基準でも、請求項1にSTFがなければ発明単一性は満たさない、とのスタンスと思われます。
改訂審査基準は、「単一性の要件を満たさない範囲まで、審査対象を広げた」と明確に認めているように思われます。
ここで根拠にしているのは、「37条の条文の趣旨」ではなく、「第37条が出願人等の便宜を図る趣旨の規定であること」のようです。

改訂審査基準は、標題が「第2章 発明の単一性の要件」でありながら、その内実は「審査対象範囲の決定方法」に変質しているという、おもしろい構造です。

もうこうなると、TBさんの議論に応えることもできなくなってしまいました。
返信する
49条の趣旨 (TB)
2013-08-08 02:09:08
(追加のコメントをしていいか迷ったのですが、次の記事も出たようですので、投稿させてください。)

特許法 第49条は、
「審査官は、特許出願が次の各号のいずれかに該当するときは、
その特許出願について拒絶をすべき旨の査定をしなければならない。」
と定めており、これは定説では強行規定とされていますよね?
 たとえば青本では、
「本条各号に該当する特許出願について拒絶査定をするか否かの自由裁量権はなく、
本条に該当するときは審査官は必ず拒絶査定をしなければならないのである。」
と、説明されています。
 するともし新審査基準が
「37条(単一性)違反や17条の2第4項(シフト補正)違反を審査官は認識していても、
 裁量によって、49条を適用しなくても良い。」
と定めているとすれば、
青本の法解釈を真っ向から否定していることになります。

 特許庁(審査基準室)が、そこまで強気なようには、どうも私には思えません。
 例えば、衆議院経済産業委員会(平成23年5月27日)で柿澤議員が、 
「・・・ある種のお目こぼしでしのいでいるなんという話もあるんですけれども、本来でいえば、こういう裁量的なやり方でシフト補正に該当するかどうかが決められるような実態があるとすれば、これは余り好ましいことではない」
と指摘したことに対し、特許庁長官は反論していません。
答弁において「まず実態の把握をした上で、必要があれば必要な対応をしていく」と逃げてしまったわけです。

 先生の引用された
「発明の単一性の要件を満たすとはいえない。 ただし、・・・一定の要件を満たす発明については、審査対象とする。」
の部分についても、確かに二分法(満たす・満たさない)で解釈すれば「請求項1にSTFがなければ発明の単一性は満たさない」となります。
 しかし三分法(満たす・満たさない・どちらともいえない)で解釈すると、
「請求項1にSTFがなければ、発明の単一性は満たすかどうか、明確ではないが、
一定の要件を満たせば、発明の単一性は満たすものとして扱い、審査対象とする
(あるいは「シフト補正に該当しない補正として扱う)」
との解釈も、可能だろうと思います。
 そして後の方の解釈なら、「裁量」やら「お目こぼし」やらを行わずに、
現在の審査基準の運用を説明できるのです。

 ちなみに先生がご指摘の「第2章 発明の単一性の要件」の言葉と同じく、
(”標題が「第2章 発明の単一性の要件」でありながら、その内実は「審査対象範囲の決定方法」に変質している”)
「審査の効率性に基づく審査対象の決定」の言葉も、その選択が悪いように思います。
これでは「発明の単一性」と全く無関係の概念を持ってきたような印象を受けます。
でも実際は請求項1の従属請求項や請求項1の減縮補正を許容するという、
欧州でいうところの「先天的な発明の単一性」と同様の基準ですから、
「発明の単一性」の国際標準的な考え方の一つにすぎません。

 今回の審査基準は、何か単純なことを、わざと複雑な説明にしているような印象を受けませんか?
返信する
49条との関係 (snaito)
2013-08-08 10:21:44
> 特許法 第49条は、
> 「審査官は、特許出願が次の各号のいずれかに該当するときは、
> その特許出願について拒絶をすべき旨の査定をしなければならない。」
> と定めており、これは定説では強行規定とされていますよね?

やっばりそうですよね。その点が気にはなっていました。
そうすると、上記私のロジックによるとすると、審査官は37条違反だと判断した場合には、審査基準を無視して拒絶査定しなければならないことになってしまいます。
「そうではないんだ。37条の条文の趣旨(「37条が出願人等の便宜を図る趣旨の規定であること」ではない。)を正しく解釈した結果が今回の審査基準だ。」でなくてはならないのですね。
しかし、改訂審査基準がそのように読めるかどうか、なかなか難しいのではないかというのが私の印象です。

これ以上は知恵が回らないので、関係する皆さんの議論を待ちたいところです。
とはいいながら、関係業界で議論が巻き起こっている気配が全くありません。私だけが取り越し苦労しているのでしょうか。

なお、STFが規定されているのは特許法施行規則であって特許法37条ではありません。ですから特許庁は、施行規則を改正すれば済む話だと思うのですが、なぜそうしないのか、この点も理解に苦しみます。
返信する
審査基準の最新改訂案 (TB)
2015-07-10 00:23:42
 ご無沙汰しております。
 BPBクレームの陰に隠れていますが、今度の審査基準の改訂案では、単一性&シフト補正にも微妙に手が入り、
「そして、審査官は、審査対象とならない発明がある場合にのみ、特許出願が第37 条の要件を満たさないと判断する。」
 ことにするそうです。(結局「適法」の部分を無理やり広げて、「お目こぼし」の解消をはかった??)
http://www.jpo.go.jp/iken/kaitei_mokuji_150708.htm
 結局、審査基準専門委員会WGで議論することもなく、なし崩し的に一見小修正、実質的には本質的修正、という妙なことになりました。
 判り易くなったから良い、とは言えますが、条文が説明文の文頭から末尾に移動し、逐条解説的説明が殆ど無くなった点は、どうなんでしょうねえ。
 古いページですが、上記議論の結論らしきものが一応出ましたので、ご注進まで。
返信する
PBPクレーム (TB)
2015-07-10 00:32:15
 すみません。BPBでなく、PBPクレーム(プロダクトバイプロセスクレーム)ですね。
 しかしこのシフト補正の件、先生の「お目こぼし」のネーミングがばっちりで、国会の委員会で取り上げられるなどし、解決が早まったと思っているのですが、この幕切れは、一体なんなのでしょうね・・・
返信する
審査基準の最新改訂案 (snaito)
2015-07-29 20:29:55
TBさん、コメントをいただきながら、お返事ができずにいます。
お示しいただいた審査基準の改訂版をざっと眺めたのですが、なかなか変更のポイントがつかめていない状況です。もう少しじっくりと眺めてみることとします。
返信する
日本とPCTの「単一性」規定の相違点 (TB)
2015-10-03 02:41:33
 先日、JPOのHP等で
「PCT国際調査及び予備審査ハンドブック」
http://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/pct_handbook.htm
が、公表されましたが、
ようやく日本の審査基準と、PCTの、
「単一性の規定ぶり」が異なっていることを
JPOが公式に認めたようですね。
 日本の「審査対象」と、
PCTの「主発明」が、
ほぼ同等の「発明の単一性」の範囲となるようです。
 しかし、わかりにくいですね。

「JPGL(注;日本の審査基準のこと) 第II 部第3 章4. には、PCT 規則やPCT実施細則に則した解説は記載されておらず、また、用いられている用語も国際段階での運用を意図したものとなっていない。」
(248/496ページ、グレー枠4-6行目)

「(a)「主発明」の認定方法
JPGL(注;日本の審査基準のこと) 第II 部第3 章4.(審査対象の具体的な決定手順)[F] の手順に沿って判断した結果、「審査対象」となる請求項に係る発明を、国際段階における「主発明」に区分する。」
(245/496ページ、6-9行目)
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