弁理士の日々

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コロナワクチン特許の一時放棄

2021-05-07 18:11:14 | 知的財産権
昨日あたりから、「コロナワクチンの特許の一時放棄」が新聞紙上を賑わしています。

ワクチン特許放棄 米が支持~供給増へWTOで交渉
2021年5月6日 23:30 (2021年5月7日 5:09更新)  日経新聞
『新型コロナウイルスワクチンの供給拡大をめざす国際交渉が世界貿易機関(WTO)で本格化する。バイデン米政権は5日、従来の慎重姿勢から転じ、特許権の一時放棄を支持すると表明した。ただ、ワクチンの製造では品質管理や製造技術もノウハウの固まりとされ、量産への課題は多い。
米国が支持したのは、WTOの「知的財産権の貿易関連の側面に関する協定(TRIPS協定)」で義務付けられた特許権の保護を、ワクチンに限って一時適用除外する案だ。インドや南アフリカがワクチンメーカーを抱える先進国に受け入れを求めていた。
・・・
01年にドーハで開かれたWTO閣僚会議では国家の緊急時には特許権者の許可がなくても特許技術を使える「強制実施権」を認めた。・・・
強制実施権は手続きが複雑なのがネックだ。インドや南アはより迅速にコロナワクチンを供給するには特許の放棄が必要だと主張していた。』

独、特許放棄に反対の構え
コロナワクチン EU首脳が議論へ
2021年5月7日 14:30 日経新聞
『欧州連合(EU)は7日から始まる首脳会議で、新型コロナウイルスのワクチン供給拡大に向けて、特許権を一時的に放棄する考え方を支持するかどうかを討議する。バイデン米政権が前向きな姿勢を示したためだが、ドイツのメルケル政権は反対する構えだ。特許権を持つ製薬会社が本拠地を置く国・地域での議論が本格化する。
・・・
ドイツメディアによると、独政府の報道官は・・・特許権の一時放棄に否定的な考えを示した。ワクチンの普及を妨げているのは生産能力や品質管理の問題であって、知的財産の保護が原因ではないというのがドイツ政府の主張だ。
《モデル名も反論「供給増えない」》
米バイオ製薬モデルナの・・CEOは、「特許を放棄しても供給量は増えない」と反論した。』

例えばインドや南アの製薬メーカーがコロナワクチンを生産しようとしたとき、「特許技術の使用さえ認められれば生産が可能」という状況にあるか否かが問題になります。

後発メーカーがコロナワクチンを自社で製造しようとしたとき、何が必要か。普通は、特許技術の使用許諾だけで製造が可能になることは少ないでしょう。特許明細書に開示された技術以外に、さまざまなノウハウ(普通は秘密にされる)の提供を受けない限り、高品質のワクチンを大量生産できるとは思えません。
独政府の報道官もモデルナのCEOも、「特許を放棄しても供給量は増えない」と指摘しています。「特許技術以外のノウハウの提供を受けなければ供給量は増えない」との意味と思われます。
そもそも、通常は特許出願から1年6ヶ月経たないと発明の内容は公開されません。現時点で、「権利を放棄して欲しい特許」の内容は開示されているのでしょうか。

それはさておき、「特許の内容は開示されており、その特許技術の使用許諾さえ受ければ、後発メーカーによる高品質ワクチンの大量生産が可能である」という状況であると仮定して、以下議論します。

世界のWTO加盟国は、特許に関してTRIPs協定遵守義務を負っています。上記第1の記事にも登場しています。そして、TRIPs協定には当初から、「強制実施権」の規定が盛り込まれているのです。
TRIPs協定では「第31条 特許権者の許諾を得ていない他の使用」として、「加盟国の国内法令により,特許権者の許諾を得ていない特許の対象の他の使用(政府による使用又は政府により許諾された第三者による使用を含む。)を認める場合には,次の規定を尊重する。」と規定し、
「(b) (「他の使用」について認められる要件を記述したあと)加盟国は,国家緊急事態その他の極度の緊急事態の場合・・・には,そのような要件を免除することができる。」
としているのです。
この条文を読む限り、今回のようなコロナパンデミックで、各国の法令が準備されていさえすれば、たとえ特許権者の許諾が得られなくても、当該国の判断で特許技術の使用が可能になります。

日本については、特許法93条に規定されています。
「(公共の利益のための通常実施権の設定の裁定)
第九十三条 特許発明の実施が公共の利益のため特に必要であるときは、その特許発明の実施をしようとする者は、特許権者又は専用実施権者に対し通常実施権の許諾について協議を求めることができる。
2 前項の協議が成立せず、又は協議をすることができないときは、その特許発明の実施をしようとする者は、経済産業大臣の裁定を請求することができる。」

インドや南アについても、上記日本特許法93条のような法令が準備されているのであれば、後発メーカーは自国の政府に訴えることにより、自国内で特許発明の実施が可能になるはずです。

さて、1994年に発効したTRIPs協定ですでに上記規定は盛り込まれていました。そうすると、上記第1の記事の『01年にドーハで開かれたWTO閣僚会議では国家の緊急時には特許権者の許可がなくても特許技術を使える「強制実施権」を認めた。』は何を指すのでしょうか。その点は謎です。

また、インドや南アが、自国の法令に基づいた「強制実施権」を取得するのではなく、ワクチンメーカーに「特許の一時的放棄」を要請しているわけですが、なぜ「強制実施権」ではないのか。その点も追々明らかになっていくのでしょう。
また、「特許の実施権さえ得られれば、ノウハウの開示は必要ない」ということなのかどうかも今後の課題です。
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