弁理士の日々

特許事務所で働く弁理士が、日常を語ります。

東電OLが遺したもの

2006-11-24 00:02:27 | 歴史・社会
文藝春秋2001年6月号で、フリーライターの椎名玲さんが東電OL殺人事件の被害者について書いています。
今回、桐野夏生著「グロテスク」を読んだ後、スクラップを探したら出てきました。
「エリートOLの売春稼業に共感を覚える女たち」という副題で、この事件が社会に及ぼした影響について書かれています。

1997年3月に被害者が殺される前、椎名さんは雑誌編集者として井の頭線の終電で帰宅する毎日でした。その電車の中で事件の2年前から、特に1996年10月から12月まではほぼ毎日、椎名さんは被害者と同じ電車に乗り合わせて彼女を見かけていたのです。「幾多の奇妙な行動を見かけるうち、わたしは、日課のように彼女の姿を目で追うようになっていた。」
「わたしが彼女の異変に気が付いたのは殺される半年ほど前からだ。彼女はさらに激痩せして、頬の肉は削げ落ち、首筋が浮かび上がっていた。コートの下から見える足も異常に細くなっていまにも折れそうだった。」

事件から4年が過ぎて。
「私は自分が被害者とどこかで結びついているように感じていた。そして、それは私だけの現象ではない。彼女の足跡をたどるように、殺害現場や円山町を徘徊する女性が出現しているという。」
2001年2月、精神科医である斎藤学氏が主催するフォーラムで、東電OLの事件がとりあげられます。千名近い女性たちが参加しました。斎藤学氏は、佐野眞一著「東電OL殺人事件 (新潮文庫)」でもインタビューを受ける学者として登場します。

そのフォーラムに参加した女性の一人
「『わたしも、後一歩間違えば被害者のようになっていたかもしれない。それほど危うい生活を過ごしたことがあるから、彼女の気持ちが痛いほどわかります』
週刊誌の記事などで伝えられる被害者の素行を知れば知るほど、彼女は被害者に自己投影していったという。
『もっと被害者のことを知りたい。被害者のことを知れば知るほど、彼女がわたしを救ってくれるような気がするんです』」

被害者が殺された年に大手商社に女性総合職で入社し、自殺を考えるほど苦しんだ女性
「『女性総合職の先駆けとして生きてきた被害者がどんなに大変だったか、想像がつきます。』『女性総合職を理解しているフリをしているけど、実際には歓迎していない。』『こんなに苦しい日々が続くなら死にたいと思ったこともあります。誰もわたしを知らない所へ消えてしまいたかった。そんなとき、たまたま試してみたチャットで、自分の苦しさを、やっとぶつけることができたんです。』『わたしを全く知らない人に話を聞いてもらうことで、やっと開放された感じ。知らない人だから素直に甘えられるし、返ってきた言葉に励まされる。被害者ももう少し後に生まれてきたなら、円山町に立たなくて済んだかも知れない。』」
ここで言われている「チャットの効用」は、現在の「ブログの効用」と言い換えることができるでしょう。

この事件は、社会にどのような影響を与えたのでしょうか。椎名玲さんのこの評論以降、新しい論説にお目にかかることはありません。

なお、椎名さんの記事には被害者と同時期に慶応女子高に通った人の話も載っています。大学卒業後に就職したのはたったの数名、大学を卒業したら親の決めた人と結婚するというのが一般的でした。サラリーマンの子女から見ると、周りのクラスメートは桁違いのお金持ちのコばかりで、遊びに誘うと、誘った方が全部払うという自然のルールがあったそうです。その人はいつも友人に誘われておごってもらうばかりで、いやでも家柄の格差を感じたとのことです。
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2 コメント

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東電OL事件 (たむら)
2006-11-24 02:23:42
私も佐野眞一著「東電OL殺人事件」を3~4年前に、「グロテスク」は最近出た文庫本で読みました。佐野眞一は続編というべき「東電OL症候群(シンドローム)」(新潮文庫)というのも出しています。椎名玲という人のは読んでいません。

彼女の「心の闇」ですが、どうもよく分かりませんね。感じたのは、昼の会社での仕事も、夜の仕事も、どちらも本来の仕事のようにこなしていたのでは、ということです。東電OLの夜の同僚だった人の書いた「禁断の25時」酒井あゆみ著(ザ・マサダ)を読むと、そんな想像をしてしまいます。

桐野夏生の小説は、東電OL事件を題材(の一つ)としていますが、彼女の心の闇にはせまっていない気がします。特に、父と娘の関係は、この小説とはもっと違っていたのではと想像しましたが。

東電OL事件の被害者に共感を覚える女性が大勢いるとのことですが、「東電OL殺人事件」を読んでしばらくしてから、ある土曜日の午前、私も道玄坂を登り、神泉駅まで歩いてみました。井の頭線の踏切の手前から容疑者の住んでいたビルが見え、踏切をわたると、すぐ右手に事件現場のアパートがありました。そこから道なりに歩いていくと、プリントした地図を見ながら歩く若いOL風の女性とすれちがったのですが、彼女もそんな人だったに違いないと勝手に思っています。

佐野眞一の両著を読んだだけですが、この事件は冤罪の印象がありますね。電車の時刻の問題や被害者の定期券の発見場所などからです。
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キャリアウーマンの苦悩 (ボンゴレ)
2006-11-24 21:14:12
たむらさん、コメントありがとうございます。

おっしゃるとおり、被害者の父親像は、佐野眞一著書から浮き出る姿とグロテスクで書かれた姿とで大きく乖離していますね。

被害者の心の闇の真実はわからないものの、被害者に共感する女性が多いらしいという事実からは、日本のキャリアウーマンの苦悩がにじみ出てきます。

椎名玲さんのレポートからも、総合職として大企業に入社した女性たちの苦悩がわかります。
男性だったら仕事のミスがあっても「たまにはそういうこともあるよ」と受け流されるのに対し、女性が同じミスをしたら「やっぱり女は」「だから女はダメなんだ」と言われてしまうので、絶対にミスができないようです。
この状況は何とか打開しなければいけません。

真犯人については、地裁が無罪だったぐらいですから、微妙な判定であることは間違いありません。
アメリカだったら一審無罪の場合検察は控訴できないのですから、無罪が確定していた事例ですね。
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