大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

日ごろ撮影した写真に詩、短歌、俳句とともに短いコメント(短文)を添えてお送りする「大和だより」の小筥集です。

大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

2012年08月12日 | 創作

<345> 掌編 「花にまつわる十二の手紙」 (1)  百日紅(さるすべり)      *** <344>よりの続き ***

  そこで思うのですが、まずは、中途半端にならないこと。何をするにしてもお茶を濁すようなことはしたくないという気分があります。そこで、生活を破綻させるようなことのない状況において日々を送るという条件のもとで何が出来るか、考えた末に決めたのが田舎に引っ越して今後の生活をするということでした。このことは三年ほど前からの計画で、その地はふるさとではなく、海の見える場所より私も妻も好きな山に近い場所ということで選びました。もちろん、計画は妻との話し合いによりました。

 引っ越すに当たっては、理屈の男に対し実践の女の役割の大きいことがわかりました。税金はどうとか、医療介護の問題はどうとか、買い物の便はどうとか、四季による寒暖はどうとか、近隣の人間関係はどうとか、まあ、言ってみれば、切りがない。「そんなものはどこに住んでも多少の不備や不満が出て来ることで、これへの対処は慣れること。生活などというものは日々のことで、完全にこと足りて出来るものではない。これまでもそうであった」と反論してみても、実践者は細かいことを積み上げて指摘します。

 五月の中ごろから引越しの準備に取りかかり、一ヶ月半ほどで何とか引越しを完了することが出来ました。古い家を手直しして台所なども今風に改良し、妻の気に入るようにしました。応接間と書斎は広くしてもらいましたが、住んでみて一番落ち着くのはテレビのある居間で、これについては妻も同じようなので、感じるところはそんなに変わらないのだという気がしています。で、家の中では、二人ともこの居間で過ごす時間が多いような気がします。

  引越しが暑い時期になりましたが、天候に恵まれてよかったと思っています。ここ一週間ほどで順次部屋を片付け、このほどやっと落ち着き、以前の暮らしのペースを取り戻しました。二人とも初めての土地で、周囲については皆無の状態ですが、妻は茶飯実践者という点もあって、近所ともすでに親しくしているようです。

  近所周りは農家が多く、農家の経営というのは、みな、小規模ながらそれなりにやっているという印象です。それなりにというのは、その家の主とか息子が勤めに出て、一定の現金収入を得ているいわゆる兼業農家がほとんどで、柿山などを持っている農家でも山を守っているのはその家の主婦や祖父に当たる人で、堅実ではありますが、将来に不安を抱えているのが現況のようです。

 少子化に高齢化という状況はいずこも同じでしょうが、ここも例外ではなく、その点、定年を過ぎ、仕事をリタイアした夫婦を快く迎えてくれるかどうかが心配でした。しかし、人口の減少傾向下という状況にもあり、行政的にも歓迎の気分が見られ、これからだとは思いますが、まずはすんなりと受け入れてもらいました。

 妻も同様ですが、私も田舎育ちで、高校を卒業するまでは田舎で暮らしていました。ここよりは開けていたと思いますが、暮らしぶりはあまり変わらないような気がします。ですので、何かの拍子に、例えば、里山への地道のわきに遅れがちに咲く蛍袋の白い花などを見ますと遠い子供のころが思い出されて何とも言えない気分になったりします。

  会社勤めのころは仕事のことばかりでとんと感じなかった四季の移り変わりもこれからは存分に味わうことが出来ると思っています。それを思うだけでもここに引っ越して来た甲斐があったという気がしています。この半月ほどをどんな気持ちで過ごしたのか、妻にはまだ訊いていませんが、小生の第一印象はまずまずのところと言えます。

 この間の七夕には、町の商工青年部の主催による「名画の夕」という上映会が開かれたようですが、都会の人には珍しくないのではということで近所の誘いもなく、行きそびれてしまいました。これからは、こういう催しにも大いに参加しようと思っています。

 最後になってしまいましたが、私がここに来たのは、ここの棚田や里山を中心とした風光明媚なところを写真にしたかったことも大きな理由の一つです。五年ほどかけて四季の姿を捉え、写真展を開き、写真集をつくりたいというのが夢です。これが私のいまのところの生き甲斐の第一であると言えると思います。健康を保ち、挫折しないようにやっていければと思っている次第です。

  今日は築地塀のある家に一本の百日紅があって、淡い紅色の花を咲かせているのを見ました。彼方には低い山並みがあり、青い空に湧き上がる夏雲が輝き、子供の声がどこからか聞こえて来ます。で、もう写真を撮りたい気分になっています。では、このあたりで。まずは転居のご報告まで。どうぞお元気で。奥さまにもよろしくお伝え下さい。私たちもやっと落ち着きましたので、いつでも遊びに来て下さい。歓迎します。   敬具

  この手紙は六十六歳の元会社員の山内和夫から知人の井上孝彦に出された転居の挨拶状である。

                                                      


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