未唯への手紙
未唯への手紙
美味しいネタのおさらい帖
『料理の裏ワザ・基本ワザ大全』より
魚を焼くときは、20~30分前に小さじ今弱程度の塩をふる。
タマネギを切るとき涙を出にくくするなら、①冷蔵庫で10分冷やす、②水の中で皮をむく、③切れ昧のいい包丁を使う。
煮魚をつくるときの魚の向きは、盛り付けたとき上になる方を表にする。
「ひと煮立ち」の「一(ひと)」とは、煮立ってから一呼吸ほどの約30秒。
開封後のしょうゆの賞味期限は約1ヵ月で、冷蔵庫で保存するのが原則。
硬いものは包丁を向こう側に押しながら切る、柔らかいものは手前に引くように切る。
お好み焼きをひっくリ返すときは、生地の真横から2枚のへらを差し込み、手首のスナップを効かせる。
「開封後はなるべくお早めに」の「早め」とは、ソース、マヨネーズ、ケチャップなら1ヵ月程度。さらっとしたウスターソースなら2ヵ月は大丈夫。
割れないハンバーグを作るには、粘り気が出るまで100回はこね、空気を抜くためのキャッチボールを8回ほど行う。
パスタをおいしそうに盛り付けるなら、こんもり高さを出し、ひねりを入れる。
肉じゃがなどの煮物は、煮たあと一度冷ますと味がしみておいしくなる。
「とろけるチーズ」と「とろけないチーズ」の違いは、製造過程のかきまぜ方の違い。
鍋やフライパンの底全体に炎が当たるのが「強火」、鍋底に炎の先端が当たるか当たらないかのスレスレが「中火」、コンロのガスの穴と鍋底の間に炎の先端が当たる状態が「弱火」。
ステーキを焼くときは、調理の30分~1時間前に冷蔵庫から肉を出して室温に戻し、2~3分前に塩・こしょうをふる。
ゆで卵を好みの固さにするゆで時間の目安は、沸騰後、「固ゆで卵」なら10分、「半熟卵」は4分、「ちょっと固めの半熟卵」は6~7分、黄身がトロトロの「半熟以前の卵」は3分。
魚を焼くときも、盛り付けたとき表になるほうが先。ひっくリ返すのは1度だけに。
卵料理の中で、薄焼き卵、オムレツ、炒り卵などは、冷凍保存OK。ゆで卵は×。
オムレツや卵焼きをふっくら仕上げるなら砂糖をひとつまみ加えるといい。
和食の盛り付けは「大きいものが奥、小さいものが手前」、洋食は逆で「大きいものが手前、小さいものは奥」。
丸いものは四角い皿に、四角いものは丸い皿に盛ると料理が引き立つ。
スイカはいちばん甘い中心部が入るように放射状にカットする。
後片付けは、汚れの少ない食器から洗い、小さいものから順にすすぐ。
ミルフィーユをくずさずに食べるなら、横に寝かせてから切る。
四角いケーキは左から、三角のケーキはとがった方から、丸いケーキは手前から食べるとエレガントな印象に。
割り箸を割るとき、箸はヨコに持ち、扇を開く要領で上下に割る。
魚の姿焼きの食べ順は、「上身の頭に近い背のあたリ→おなか→尾の方→次に、下身の左から右へ」箸を入れる。
そばを食べるときは、そばの先今~半分程度までそばつゆをつける。
冷凍食品の未開封での賞味期限は約1年。ただし、できるだけ早く2~3ヵ月で食べきってしまうのが理想。
脂ののった一尾魚は引き締まった小顔で、背中が盛り上がっている。
卵の賞味期限は「生でも安全に食べられる期限」と理解しておこう。
魚を焼くときは、20~30分前に小さじ今弱程度の塩をふる。
タマネギを切るとき涙を出にくくするなら、①冷蔵庫で10分冷やす、②水の中で皮をむく、③切れ昧のいい包丁を使う。
煮魚をつくるときの魚の向きは、盛り付けたとき上になる方を表にする。
「ひと煮立ち」の「一(ひと)」とは、煮立ってから一呼吸ほどの約30秒。
開封後のしょうゆの賞味期限は約1ヵ月で、冷蔵庫で保存するのが原則。
硬いものは包丁を向こう側に押しながら切る、柔らかいものは手前に引くように切る。
お好み焼きをひっくリ返すときは、生地の真横から2枚のへらを差し込み、手首のスナップを効かせる。
「開封後はなるべくお早めに」の「早め」とは、ソース、マヨネーズ、ケチャップなら1ヵ月程度。さらっとしたウスターソースなら2ヵ月は大丈夫。
割れないハンバーグを作るには、粘り気が出るまで100回はこね、空気を抜くためのキャッチボールを8回ほど行う。
パスタをおいしそうに盛り付けるなら、こんもり高さを出し、ひねりを入れる。
肉じゃがなどの煮物は、煮たあと一度冷ますと味がしみておいしくなる。
「とろけるチーズ」と「とろけないチーズ」の違いは、製造過程のかきまぜ方の違い。
鍋やフライパンの底全体に炎が当たるのが「強火」、鍋底に炎の先端が当たるか当たらないかのスレスレが「中火」、コンロのガスの穴と鍋底の間に炎の先端が当たる状態が「弱火」。
ステーキを焼くときは、調理の30分~1時間前に冷蔵庫から肉を出して室温に戻し、2~3分前に塩・こしょうをふる。
ゆで卵を好みの固さにするゆで時間の目安は、沸騰後、「固ゆで卵」なら10分、「半熟卵」は4分、「ちょっと固めの半熟卵」は6~7分、黄身がトロトロの「半熟以前の卵」は3分。
魚を焼くときも、盛り付けたとき表になるほうが先。ひっくリ返すのは1度だけに。
卵料理の中で、薄焼き卵、オムレツ、炒り卵などは、冷凍保存OK。ゆで卵は×。
オムレツや卵焼きをふっくら仕上げるなら砂糖をひとつまみ加えるといい。
和食の盛り付けは「大きいものが奥、小さいものが手前」、洋食は逆で「大きいものが手前、小さいものは奥」。
丸いものは四角い皿に、四角いものは丸い皿に盛ると料理が引き立つ。
スイカはいちばん甘い中心部が入るように放射状にカットする。
後片付けは、汚れの少ない食器から洗い、小さいものから順にすすぐ。
ミルフィーユをくずさずに食べるなら、横に寝かせてから切る。
四角いケーキは左から、三角のケーキはとがった方から、丸いケーキは手前から食べるとエレガントな印象に。
割り箸を割るとき、箸はヨコに持ち、扇を開く要領で上下に割る。
魚の姿焼きの食べ順は、「上身の頭に近い背のあたリ→おなか→尾の方→次に、下身の左から右へ」箸を入れる。
そばを食べるときは、そばの先今~半分程度までそばつゆをつける。
冷凍食品の未開封での賞味期限は約1年。ただし、できるだけ早く2~3ヵ月で食べきってしまうのが理想。
脂ののった一尾魚は引き締まった小顔で、背中が盛り上がっている。
卵の賞味期限は「生でも安全に食べられる期限」と理解しておこう。
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「トルストイの家出」にあこがれている
『読み切り 世界文学』より 戦争と平和 解説 トルストイの家出 ⇒ ベルギーからドイツ単独行をして、ケルンで列車に乗り損ねて、奥さんの待つ、ブラッセルに戻れなくなった時に、「トルストイの家出」のイマージが浮かんだ。ロシアの寒村の駅の待合室で亡くなっているトルストイ。
世界の文豪トルストイ
一九世紀を代表する世界の文豪レフ・トルストイ。一八二八年、モスクワの南方トウーラの町の近郊ヤースナヤ=ポリャーナで伯爵の四男として生まれた。幼くして両親を亡くし、親戚の婦人によって育てられた。
十六歳で大学に入学したが、学業には身が入らず放蕩にふける。しかしフランスの思想家ルソーに傾倒したことが後の思想に大きく影響した。
作家の誕生
一八四七年、ヤースナヤ=ポリャーナの領地を相続し、農地経営に乗り出したが失敗。一八五〇年にはコーカサスの砲兵旅団に志願して、山岳民との危険な戦闘に従事した。その合間に書いた自伝的な小説『幼年時代』が五一年に出版されると、有望な作家として注目されるようになった。
その後、五三年にはじまったクリミア戦争に加わり、五五年に首都ペテルブルグに戻った。そして教育への関心に目覚め、五七年には西ヨーロッパヘ視察の旅に出発したものの、ブルジョアジーが支配する西欧文明に幻滅して帰ってきた。帰国後、領地の農民の子どもたちのために学校を開き、教育の普及活動をはじめた。
トルストイの回心
六二年、三四歳のときに十八歳のソフィアと結婚した。このころ作家としてもっとも充実したときを迎え、『戦争と平和』(六四~六九)、『アンナ・カレーニナ』(七三~七七)など後世に残る傑作を創り出していった。
ところが、『アンナ・カレーニナ』を書き終えるころからトルストイは人生の無意味さの想いにさいなまれ、度々自殺を考えるほどになった。しかし、数年間に及ぶ苦悩のなかから、原始キリスト教を拠り所とする独自の倫理観に到達した。〈トルストイの回心〉と呼ばれる。
その後も創作力は衰えを見せることなく『イワン・イリイッチの死』(八六)、『クロイツェル・ソナタ』(八七~八九)、『復活』(八九~九九)など、倫理的性格の強い作品を生み出していった。
晩年
晩年、名声は世界中に広まり、多くの人々がヤースナヤ=ポリャーナ詣でにやってきたものの、トルストイは国家や教会の権威を認めなかったので、しだいに抑圧されることが多くなってきた。その極みとして、一九〇一年にはロシア正教会から破門された。
またトルストイは印税や地代の受け取りを拒絶しようとしたが、このような理想主義は現実との軋轢を生じ、晩年の家庭生活に波風がないわけではなかった。トルストイの妻ソフィアはソクラテスの妻クサンチッペ、モーツァルトの妻コンスタンツェと並んで歴史上の三大悪妻と言われることがあるが、九男三女の大家族を切り盛りしなければならなかったソフィアにはソフィアの言い分があったことだろう。
一九一〇年トルストイはついに家出したものの、肺炎にかかってアスターポヴォの駅頭で帰らぬ人となった。八二歳の生涯だった。
人生の師
トルストイ晩年の有名な写真がある。真っ白な長い髭を垂らした老人が、足をくんで籐の椅子にすわっている。いかにも人生の師こここにあり、といった風情だ。
そう、トルストイは小説家というより、賢人、すなわち「人生いかに生くべきか」を教え、導いてくれる人格者としてのイメージが強い。日本でも大正時代以降、旧制高校を中心に〈教養主義〉がハイブラウな文化の要として存在していたが、そうした知的エリートたちの必読書としてかならず出てくるのが夏目漱石の『こころ』、阿部次郎の『三太郎の日記』、倉田百三の『出家とその弟子』等に並んで、トルストイの『人生論』だった。
このように晩年のトルストイは非暴力、博愛主義で知られる思想家として有名だが『戦争と平和』『アンナーカレーニナ』『復活』など、どれ一つを書いても巨匠としての名を残すのに十分な傑作を書いた作家であったことを忘れてはならない。
トルストイの歴史哲学
『戦争と平和』はトルストイの気持ちとしては、小説であると同時に哲学の書でもあったようだ。
人間の社会ではさまざまの出来事が起きる。なぜそのような出来事が起きたのか、なぜそのような形で起きたのか、人は知りたいと思う。そして、得てして、単純な原因に帰することを好む。そして、すべては「神のみはからい」によるのだ、とか「傑出した個人が引き起こした」などと言う。
だが、それは誤りだとトルストイはいう。
もろもろの現象の原因の総和は、人間の知恵では把握できない。しかし原因をさぐりだしたいという欲求は人間の心の中にこめられている。そこで人間の知恵は……もっともわかりやすい因子をつかまえて、これが原因だ、と唱えるのである……。もっとも幼稚な因子は、神々の意思と、もっとも目立つ歴史上の位置に立っている人々、……歴史上の英雄たちの意思である。しかし、各々の歴史上の事件の本質、つまりその事件に参加した人々の全集団の行動に目を注ぎさえすれば、歴史上の英雄の意思が集団の行動を指導しているのでないばかりか、逆に、常にひきまわされていることがわかるはずである。
一九世紀のイギリスを代表する思想家にトーマス・カーライルがいる。カーライルは〈英雄史観〉の代表格だ。歴史上の偉大な出来事は、すべて傑出した個人の力によってなされたものだということを主張して、『英雄崇拝論』(一八四一)を書いた。
『戦争と平和』はこのような思想への痛烈な反論として書かれている。すなわち、ナポレオンのモスクワ侵攻を詳細に分析し、描くことで、歴史の流れが、ナポレオンなど指揮者たちの意思とは関係なしに形成されていったことを証明しようとしたのである。
世界の文豪トルストイ
一九世紀を代表する世界の文豪レフ・トルストイ。一八二八年、モスクワの南方トウーラの町の近郊ヤースナヤ=ポリャーナで伯爵の四男として生まれた。幼くして両親を亡くし、親戚の婦人によって育てられた。
十六歳で大学に入学したが、学業には身が入らず放蕩にふける。しかしフランスの思想家ルソーに傾倒したことが後の思想に大きく影響した。
作家の誕生
一八四七年、ヤースナヤ=ポリャーナの領地を相続し、農地経営に乗り出したが失敗。一八五〇年にはコーカサスの砲兵旅団に志願して、山岳民との危険な戦闘に従事した。その合間に書いた自伝的な小説『幼年時代』が五一年に出版されると、有望な作家として注目されるようになった。
その後、五三年にはじまったクリミア戦争に加わり、五五年に首都ペテルブルグに戻った。そして教育への関心に目覚め、五七年には西ヨーロッパヘ視察の旅に出発したものの、ブルジョアジーが支配する西欧文明に幻滅して帰ってきた。帰国後、領地の農民の子どもたちのために学校を開き、教育の普及活動をはじめた。
トルストイの回心
六二年、三四歳のときに十八歳のソフィアと結婚した。このころ作家としてもっとも充実したときを迎え、『戦争と平和』(六四~六九)、『アンナ・カレーニナ』(七三~七七)など後世に残る傑作を創り出していった。
ところが、『アンナ・カレーニナ』を書き終えるころからトルストイは人生の無意味さの想いにさいなまれ、度々自殺を考えるほどになった。しかし、数年間に及ぶ苦悩のなかから、原始キリスト教を拠り所とする独自の倫理観に到達した。〈トルストイの回心〉と呼ばれる。
その後も創作力は衰えを見せることなく『イワン・イリイッチの死』(八六)、『クロイツェル・ソナタ』(八七~八九)、『復活』(八九~九九)など、倫理的性格の強い作品を生み出していった。
晩年
晩年、名声は世界中に広まり、多くの人々がヤースナヤ=ポリャーナ詣でにやってきたものの、トルストイは国家や教会の権威を認めなかったので、しだいに抑圧されることが多くなってきた。その極みとして、一九〇一年にはロシア正教会から破門された。
またトルストイは印税や地代の受け取りを拒絶しようとしたが、このような理想主義は現実との軋轢を生じ、晩年の家庭生活に波風がないわけではなかった。トルストイの妻ソフィアはソクラテスの妻クサンチッペ、モーツァルトの妻コンスタンツェと並んで歴史上の三大悪妻と言われることがあるが、九男三女の大家族を切り盛りしなければならなかったソフィアにはソフィアの言い分があったことだろう。
一九一〇年トルストイはついに家出したものの、肺炎にかかってアスターポヴォの駅頭で帰らぬ人となった。八二歳の生涯だった。
人生の師
トルストイ晩年の有名な写真がある。真っ白な長い髭を垂らした老人が、足をくんで籐の椅子にすわっている。いかにも人生の師こここにあり、といった風情だ。
そう、トルストイは小説家というより、賢人、すなわち「人生いかに生くべきか」を教え、導いてくれる人格者としてのイメージが強い。日本でも大正時代以降、旧制高校を中心に〈教養主義〉がハイブラウな文化の要として存在していたが、そうした知的エリートたちの必読書としてかならず出てくるのが夏目漱石の『こころ』、阿部次郎の『三太郎の日記』、倉田百三の『出家とその弟子』等に並んで、トルストイの『人生論』だった。
このように晩年のトルストイは非暴力、博愛主義で知られる思想家として有名だが『戦争と平和』『アンナーカレーニナ』『復活』など、どれ一つを書いても巨匠としての名を残すのに十分な傑作を書いた作家であったことを忘れてはならない。
トルストイの歴史哲学
『戦争と平和』はトルストイの気持ちとしては、小説であると同時に哲学の書でもあったようだ。
人間の社会ではさまざまの出来事が起きる。なぜそのような出来事が起きたのか、なぜそのような形で起きたのか、人は知りたいと思う。そして、得てして、単純な原因に帰することを好む。そして、すべては「神のみはからい」によるのだ、とか「傑出した個人が引き起こした」などと言う。
だが、それは誤りだとトルストイはいう。
もろもろの現象の原因の総和は、人間の知恵では把握できない。しかし原因をさぐりだしたいという欲求は人間の心の中にこめられている。そこで人間の知恵は……もっともわかりやすい因子をつかまえて、これが原因だ、と唱えるのである……。もっとも幼稚な因子は、神々の意思と、もっとも目立つ歴史上の位置に立っている人々、……歴史上の英雄たちの意思である。しかし、各々の歴史上の事件の本質、つまりその事件に参加した人々の全集団の行動に目を注ぎさえすれば、歴史上の英雄の意思が集団の行動を指導しているのでないばかりか、逆に、常にひきまわされていることがわかるはずである。
一九世紀のイギリスを代表する思想家にトーマス・カーライルがいる。カーライルは〈英雄史観〉の代表格だ。歴史上の偉大な出来事は、すべて傑出した個人の力によってなされたものだということを主張して、『英雄崇拝論』(一八四一)を書いた。
『戦争と平和』はこのような思想への痛烈な反論として書かれている。すなわち、ナポレオンのモスクワ侵攻を詳細に分析し、描くことで、歴史の流れが、ナポレオンなど指揮者たちの意思とは関係なしに形成されていったことを証明しようとしたのである。
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「個店ツアー」とはどのような取り組みか
『個店の魅力発見ツアー実践マニュアル』より 「個店ツアー」を手掛けてみよう
「個店ツアー」とは、生活者に地域の個店の存在を知ってもらい、その魅力について自ら体験してもらうことで、その個店の顧客になってもらう、さらにはロコミにより個店の情報を地域に広げてもらうことを狙いとする取り組みです。
(1)個店を回る体験型イベント
個店ツアーでは、1店舗あたり15~20分程度の時間をかけて訪問します。お店としては、限られた時間の中で自店の情報を十分に伝えられるようにします。
具体的には、店主さんによるお店の紹介をはじめ、商品・サービスの紹介、さらには参加者に自店の特徴について体験してもらえるような場(以降、ミニイベント)を設けます。
特にミニイベントの内容については、自店の「強み」が発信でき、かつ、参加者が楽しめる内容とします。具体的には、試食やデモンストレーション、ワンポイント講座などです。参加者の心を惹きつけることができるか否かで、今後における新規顧客獲得の可能性が大きく左右されますので大変重要です。
最後にお土産を渡します。お土産は、自店の商品・サービスにかかわる内容とします。お得感が出ると、参加者は大いに喜びます。原価相当の費用はかかりますが、商品単価が低いお店は販売促進費として位置づければ、特に違和感はないと言えます。
一方、商品単価が高く、お土産としては到底提供できない場合は、割引券や自店の商売に関連するグッズ(それなりにインパクトのある要素を盛り込む)の提供を考えましょう。
もう1つ、渡すものがあります。それは自店のショップカードやリーフレットなどです。それを参加者1人につき1枚と言わず、10枚ぐらい配ります。たとえば、参加者が7名であれば、70枚を配るわけです。訪問した店舗について、後にお友だちやご家族に紹介してもらうためです。
こういった働きかけは、ロコミ情報を発信させていくための重要な手段です。商店街で個店ツアーを主催するのであれば、加盟店舗のパンフレット一式を渡すのもよいでしょう。
こうした個店訪問を連続して3、4店舗行います。全体の所要時間については、目的によって異なってきますが、長くても2時間程度で終わらせるのが理想です。
(2)参加人数は5~8名程度が適切
「せっかくツアー参加者が個店を訪問するわけだから、多くの人に参加してもらおう」
このように考えるのはごく自然なことですが、ツアーを効果的なものにするためには、ある程度人数を絞り込みます。
これまでの経験則に照らして人数を割り出してみますと、5~8名が適切と言えます。これ以上の人数になると、店舗内に入りきらない、ツアーとして参加者同士が一体感を持って楽しむことができない、といった事態が生じやすくなると感じます。
たとえ1回あたりの参加人数が少なくても、参加者からロコミで情報が伝われば、一定の情報発信効果を見込むことができます。さらに、このようなツアーを継続して複数回実施すれば、その力はもっと強くなります。
(3)ツアーガイドが引率
旅行する際、添乗員さんが引率する光景を目にしたこと、あるいは、ご自身が旅行先で添乗サービスを受けたことを思い起こしていただくと、ツアーガイドの姿を具体的にイメージできるのではないでしょうか。
それと同じように、個店ツアーにおいてもガイドが参加者を引率します。その際、単に参加者を店舗に連れて行くだけでは、ツアーを実施する価値が半減してしまいます。地域のお店について、さまざまな情報を提供してみたり、逆に参加者の買い物行動について尋ねてみたりと、双方向のコミュニケーションをとりながら進めていきたいものです。
ツアーガイドは誰が担当すればよいのでしょうか。答えは、地域個店の店主さんです。できれば、ツアーを複数回は行って、エントリーした店主さんの中で持ち回りで担当するとよいでしょう。
ツアーガイドと聞くと、「口下手では務まらない」というイメージを抱きがちですが、決してそうではありません。「地域の生活者に、ぜひ、個店を知ってほしい」という熱い想いがあれば、参加者はきちんと汲み取ってくれます。
最初から自分たちで担当するのが不安な場合は、一定のノウハウが築かれるまで、専門業者や専門家に委託する方法もあります。地域の学生さんとタイアップしても面白いでしょう。
「個店ツアー」とは、生活者に地域の個店の存在を知ってもらい、その魅力について自ら体験してもらうことで、その個店の顧客になってもらう、さらにはロコミにより個店の情報を地域に広げてもらうことを狙いとする取り組みです。
(1)個店を回る体験型イベント
個店ツアーでは、1店舗あたり15~20分程度の時間をかけて訪問します。お店としては、限られた時間の中で自店の情報を十分に伝えられるようにします。
具体的には、店主さんによるお店の紹介をはじめ、商品・サービスの紹介、さらには参加者に自店の特徴について体験してもらえるような場(以降、ミニイベント)を設けます。
特にミニイベントの内容については、自店の「強み」が発信でき、かつ、参加者が楽しめる内容とします。具体的には、試食やデモンストレーション、ワンポイント講座などです。参加者の心を惹きつけることができるか否かで、今後における新規顧客獲得の可能性が大きく左右されますので大変重要です。
最後にお土産を渡します。お土産は、自店の商品・サービスにかかわる内容とします。お得感が出ると、参加者は大いに喜びます。原価相当の費用はかかりますが、商品単価が低いお店は販売促進費として位置づければ、特に違和感はないと言えます。
一方、商品単価が高く、お土産としては到底提供できない場合は、割引券や自店の商売に関連するグッズ(それなりにインパクトのある要素を盛り込む)の提供を考えましょう。
もう1つ、渡すものがあります。それは自店のショップカードやリーフレットなどです。それを参加者1人につき1枚と言わず、10枚ぐらい配ります。たとえば、参加者が7名であれば、70枚を配るわけです。訪問した店舗について、後にお友だちやご家族に紹介してもらうためです。
こういった働きかけは、ロコミ情報を発信させていくための重要な手段です。商店街で個店ツアーを主催するのであれば、加盟店舗のパンフレット一式を渡すのもよいでしょう。
こうした個店訪問を連続して3、4店舗行います。全体の所要時間については、目的によって異なってきますが、長くても2時間程度で終わらせるのが理想です。
(2)参加人数は5~8名程度が適切
「せっかくツアー参加者が個店を訪問するわけだから、多くの人に参加してもらおう」
このように考えるのはごく自然なことですが、ツアーを効果的なものにするためには、ある程度人数を絞り込みます。
これまでの経験則に照らして人数を割り出してみますと、5~8名が適切と言えます。これ以上の人数になると、店舗内に入りきらない、ツアーとして参加者同士が一体感を持って楽しむことができない、といった事態が生じやすくなると感じます。
たとえ1回あたりの参加人数が少なくても、参加者からロコミで情報が伝われば、一定の情報発信効果を見込むことができます。さらに、このようなツアーを継続して複数回実施すれば、その力はもっと強くなります。
(3)ツアーガイドが引率
旅行する際、添乗員さんが引率する光景を目にしたこと、あるいは、ご自身が旅行先で添乗サービスを受けたことを思い起こしていただくと、ツアーガイドの姿を具体的にイメージできるのではないでしょうか。
それと同じように、個店ツアーにおいてもガイドが参加者を引率します。その際、単に参加者を店舗に連れて行くだけでは、ツアーを実施する価値が半減してしまいます。地域のお店について、さまざまな情報を提供してみたり、逆に参加者の買い物行動について尋ねてみたりと、双方向のコミュニケーションをとりながら進めていきたいものです。
ツアーガイドは誰が担当すればよいのでしょうか。答えは、地域個店の店主さんです。できれば、ツアーを複数回は行って、エントリーした店主さんの中で持ち回りで担当するとよいでしょう。
ツアーガイドと聞くと、「口下手では務まらない」というイメージを抱きがちですが、決してそうではありません。「地域の生活者に、ぜひ、個店を知ってほしい」という熱い想いがあれば、参加者はきちんと汲み取ってくれます。
最初から自分たちで担当するのが不安な場合は、一定のノウハウが築かれるまで、専門業者や専門家に委託する方法もあります。地域の学生さんとタイアップしても面白いでしょう。
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エンジン適合技術
「図書館戦争」を見に行った
スタバのIさんの後にミッドランドスクエアシネマで「図書館戦争」観てきました。500円のキャラメルポップコーンを抱えて、最前列の真ん中のA13の席です。今回は眠れそうもないです。
感想をメッセンジャーで送付
感想をNAWAさんにメッセンジャーで送りました。Iさんの写真を見せられるのは、NAWAさんしかいないので。狙いはIさんへの感想ですけど。
今回も感想は「図書館は守るべきもの」です。社会の無関心が一番怖い。2回、委員をしたことがある、豊田市図書館審議会でも感じました。
図書館に無関心なのは、この国の未来に対してです。
社会学に「沈黙の螺旋」という言葉があります。小さな変化に対して、沈黙するものは、結果として、大きくなったことに対しても沈黙せよ!と言うものです。ナチの生成過程の分析から出てきた。戦争法案にも言えることです。
それに対して、レスが来ません。見てもいません。メッセンジャーはこういうものが分かるので、ストレスになります。
(N)ごめんなさいいつの間にか寝ちゃってましたぁぁぁぁ。そうですね。。私も、戦争法案に不信感を抱きながらも何もできてないです。。
ベロナにはチョコレート
コーヒーがベロナだから、チョコレート・クッキーにしました。
「劇画トヨタ喜一郎」と流体力学
豊田喜一郎のまんがの伝記を読んでいた。アメリカのエンジンのコピーを作ったが、堂にも性能が出ない。鋳物などの技術はあったが、エンジンのノウハウがなかった。米国帰りの技師と流体の技術者でどうにか突破できた。
30年以上前のことを思い出した。研究開発部門に呼んでくれた井上悳太さんが「将来、中国が日本の相手になる。その時までに自分たちのエンジンノウハウをまとめて、中国にも使ってもらえるようにしよう」というものであった。
カタチだけ真似ても、エンジンは動かない。ましてや、ドラビリ、排ガス、燃費の3つの適合を動態的に作り出すのかはノウハウでしかない。それを受けて、人工知能でシミュレーターを作ることを提案した。マニフォールドがいかに難しいのかは知っています。流体を把握しないと作れません。エンジンは空気の流れが性格を決めてしまいます。
エンジン適合技術
電気自動車になると、吸排気シミュレーションの技術は不要になってしまう。生き物で亡くなる。どのように空気の流れを作るか。
ECU(エンジンコントロールユニット)が排ガス規制で主流になるにつれて、キャブレター屋さんが居なくなりました。あの空気圧を利用した、アナログの制御はすごかった。技術という名で、ドンドン、えげつないデジタルに変わってきました。
電気自動車の加速のことをいかにも「すごいでしょ!」みたいに宣伝しているけど、そんなものは電車では当たり前のことです。自動運転も同様です。電車も飛行機もほとんど、自動運転です。
本の装丁
この産業技術記念館発行の「劇画 トヨタ喜一郎 復刻版」装丁が悪すぎます。もう、バラバラになりました。
偉人の奥さん
トルストイが家出したのが82歳の時です。奥さんはソフィアです。三大悪妻の一人です。その他はソクラテスの妻クサンチッペ、モーツァルトの妻コンスタンツェだそうです。
池田晶子ではソクラテスとクサンチッペが言い争っている。クサンチッペが魅力的に描かれている。
ちなみに、偉人の奥さんで一番すごいと思うのは、ムハンマドの奥さんのハジージャです。いつでもムハンマドの味方になり、最初の信者になった。
スタバのIさんの後にミッドランドスクエアシネマで「図書館戦争」観てきました。500円のキャラメルポップコーンを抱えて、最前列の真ん中のA13の席です。今回は眠れそうもないです。
感想をメッセンジャーで送付
感想をNAWAさんにメッセンジャーで送りました。Iさんの写真を見せられるのは、NAWAさんしかいないので。狙いはIさんへの感想ですけど。
今回も感想は「図書館は守るべきもの」です。社会の無関心が一番怖い。2回、委員をしたことがある、豊田市図書館審議会でも感じました。
図書館に無関心なのは、この国の未来に対してです。
社会学に「沈黙の螺旋」という言葉があります。小さな変化に対して、沈黙するものは、結果として、大きくなったことに対しても沈黙せよ!と言うものです。ナチの生成過程の分析から出てきた。戦争法案にも言えることです。
それに対して、レスが来ません。見てもいません。メッセンジャーはこういうものが分かるので、ストレスになります。
(N)ごめんなさいいつの間にか寝ちゃってましたぁぁぁぁ。そうですね。。私も、戦争法案に不信感を抱きながらも何もできてないです。。
ベロナにはチョコレート
コーヒーがベロナだから、チョコレート・クッキーにしました。
「劇画トヨタ喜一郎」と流体力学
豊田喜一郎のまんがの伝記を読んでいた。アメリカのエンジンのコピーを作ったが、堂にも性能が出ない。鋳物などの技術はあったが、エンジンのノウハウがなかった。米国帰りの技師と流体の技術者でどうにか突破できた。
30年以上前のことを思い出した。研究開発部門に呼んでくれた井上悳太さんが「将来、中国が日本の相手になる。その時までに自分たちのエンジンノウハウをまとめて、中国にも使ってもらえるようにしよう」というものであった。
カタチだけ真似ても、エンジンは動かない。ましてや、ドラビリ、排ガス、燃費の3つの適合を動態的に作り出すのかはノウハウでしかない。それを受けて、人工知能でシミュレーターを作ることを提案した。マニフォールドがいかに難しいのかは知っています。流体を把握しないと作れません。エンジンは空気の流れが性格を決めてしまいます。
エンジン適合技術
電気自動車になると、吸排気シミュレーションの技術は不要になってしまう。生き物で亡くなる。どのように空気の流れを作るか。
ECU(エンジンコントロールユニット)が排ガス規制で主流になるにつれて、キャブレター屋さんが居なくなりました。あの空気圧を利用した、アナログの制御はすごかった。技術という名で、ドンドン、えげつないデジタルに変わってきました。
電気自動車の加速のことをいかにも「すごいでしょ!」みたいに宣伝しているけど、そんなものは電車では当たり前のことです。自動運転も同様です。電車も飛行機もほとんど、自動運転です。
本の装丁
この産業技術記念館発行の「劇画 トヨタ喜一郎 復刻版」装丁が悪すぎます。もう、バラバラになりました。
偉人の奥さん
トルストイが家出したのが82歳の時です。奥さんはソフィアです。三大悪妻の一人です。その他はソクラテスの妻クサンチッペ、モーツァルトの妻コンスタンツェだそうです。
池田晶子ではソクラテスとクサンチッペが言い争っている。クサンチッペが魅力的に描かれている。
ちなみに、偉人の奥さんで一番すごいと思うのは、ムハンマドの奥さんのハジージャです。いつでもムハンマドの味方になり、最初の信者になった。
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