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2.2 数学の世界 3/4

(つづき)

2.2.3 非ユークリッドの世界

 次元の呪いから抜け出すことを数学は考え始めた。数学に制約は似合わない。

 同一の次元で表せる方が“例外”ということに気づいた。その空間にいる限りは、窮屈です。グローバルが一様だと思うことに誤謬があることがわかり、ローカルから発想することを思いついた。

 18世紀まで、数学は物理の“道具”であった。力学で必要なものだけを準備しておけばよかった。非ユークリッドは現実のニーズではなく、数学そのものの定義から生まれた。まだ、物理学は「現実」に引きずられていた。数学のレベルまで来ていなかった。

 クラインのエルランゲン・プログラムによって、数学のうち、幾何学自体の定義がなされた。ルールを決めれば、空間が決まるというもので、それ以前の「空間ありき」とは発想を逆になっている。これはSIK教授から習ったことです。衝撃でした。数学は創るものです。


 かくして、数学はすべてのものから独立を果たした。

 そこで生まれたのが、非ユークリッド幾何学です。ユークリッドは平行線は交わらないとしたけど、地球上では交わっている。地上のロジックはどう変わるのか、どのようなルールが便利なのか、新しいルールから、どんな空間が描けるか、を理論的に作り上げた。

 非ユークリッド自体は、物理面では、何も生み出すことはできない。物理を離れた、幾何学の世界で実り豊かな世界が見えてきた。それを宣言したのが、クラインの「エルランゲン・プログラム」であった。

 それまで、具体的な空間での物理学を支援するための数学が、「役に立つ」ことから脱却して、数学自身の数学に向かった。ルールから新しい空間を作るのは数学者の特権です。


 では、どのように空間を創造したらいいのか。

 近傍系から発想します。ローカルの点の周辺をオープンに広げていく。それらをつなげていって、一つの空間を創造する。それがローカルからグローバルを定義することになる。

 ローカルをつなげていくのが。連続性です。グローバルからローカルの関数を規定するのに、ローカルの各ポイントからグローバルの座標系への連続逆関数の集まりと定義すれば、ローカルにとって、グローバルが規定できる。

 この考えは、グローバリズムに悩んでいる社会の問題解決につながります。

 社会現象より先にロジックができれば、それを雛形にして、社会現象の先を読むことができる。数学での多様体の考え方と、テロに悩む国家を市民参画で平和にするものとは同じかもしれない。そんな予感がした。

(つづく)
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2.2 数学の世界 2/4

(つづき)

2.2.2 ユークリッドの世界

 幾何学での理論化は、ユークリッドの幾何学言論から始まった。そこでは、点の概念とか、面積の定義などが厳密に定義され、組み合わされていった。論理そのものです。それまでの経験則を論理でまとめていった。単純な空間では、それは有効な武器であった。知っている人が得をする世界です。最初の勉強の意義です。

 自然界は、あくまでも見たままの世界の方が正しい、と思われていた。論理からモノを見ることはできなかった。ケプラーは宇宙の中で面積が一定なのを主張し、万有引力という単純な式で世の中が支配されていることを知ることで、自然を見る目が変わっていった。

 16世紀になると、すべてをゼロから考える、デカルトが現れ、「方法序説」を著した。自然の外側でコントロールすることが可能であり、それは善であることを信じていた。一人の人間の発想で、全体を考えて、世界を作り出すことが可能になった。その世界の有効性だけが問題だった。概念が自然を超えていった。

 デカルトの考えの基本はデカルト平面に見られるように、座標系であった。空間を規定することだった。ローカルもグローバルも同じ平面にあるとみていた。

 ローカルでの性質をグローバルには拡大できるのは、ユークリッド空間ぐらいだという制約がわかってきた。これでは現実世界では役に立たない。ローカルのままで、グローバルの世界に行くことは、過去の経験を将来に当てはめるようなものです。平行線が交わらない世界は稀です。無限が存在しません。だけど、無限は必要です。

 日常生活に当てはめても、日常は定期的でないといけないし、規範が必要です。あまりにも、単純で、先が見えないから、ローカルの日々ではグローバルの世界は変えられない。だけど、お互いがつながっている。

 これらは、「次元の呪い」として捉えられた。ルールの狭い範囲でしかなりたたない。それを拡張すると無理が出てくる。だから、範囲を決めて、そこで成り立つものを探します。それを単に集めるだけではとても煩雑です。全体を一つのルールで規定すると、例外だらけになる。それを「次元の呪い」という。同じでないモノを同じとみることはできないのです。だから、ルールから範囲を決めることを数学は思いつきました。目に見える世界からの離脱です。

(つづく)
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2.2 数学の世界 1/4

未唯へ。次のステップに進みます。「数学の世界」の述べたいのは、数学がプロセスの中に、社会の現況を打破するヒントが入っているということです。

と言うよりも、次の世界に入っている。そのために、数学の進化の順番に説明していきます。

2.2.1 測地法の世界

 中学の時の算数は具体的です。ものと一体になった世界です。だから、足し算にしても、色々なモノを想像すると、素直に答がでません。1+1+1=3の世界と、父と母と自分で1家族を描くこととわけがわからなくなります。数字と式だけの世界はありません。数学の威力は具体的なものから抽象的なものすることで、対象を拡大できることです。一方で分かったことをもう一方に波及することで、理解が増します。

 いつまでも具体的なものに頼っていると、性質がハッキリしません。デカルト平面が出てきて、虚数が出てくることで、数学は広がり、宇宙に飛び出した。

 幾何学は地面に書いていた。地面は単純な二次元でも三次元でもない。球体の一部です。全然、異なる世界です。地面に描く絵が基本で、人間の頭の中のイメージが投影される。そこから進歩が始まった。


 数学の中心は幾何学です。その歴史を見ていくと、人間の認識の世界が変わってきたのが見えてきます。

 幾何学は天文術と同様に支配者に奥義として独占されていた。また、市民という、考える余裕をもっている人たちもいなかった。そして、哲学と数学は同じ範疇であった。

 ものを計ったり、お金に換えたりするときには、論理ではなく、具体的なもので行った。釣銭を引き算ではなく、足し算で等価であることを証明する所もある。自分の目の前でしか、計算は存在しなかった。高度な物々交換がなるにつれて、不都合が生じた。

 ものから共通のものを抜き出した。ものに置き換えないと正しさがわからなかった。足し算の延長ではない、掛け算が生まれ、その逆の割り算が出来てきた。その時点から物から離れていった。

(つづく)
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『生存の条件』はサファイア循環ですよ

未唯へ。腰の痛さが続いているので、居間からサロンパスを拝借します。昨日はウインナーを4本食べたので、奥さんに怒られた。子供たちは2本ずつだそうです。

朝から、『生存の条件』(旭硝子財団)を読んでいた。要するに環境問題への警鐘をならして、一人ひとりの気づきを促す本です。新しい社会のイメージを提示している。目標:生命力溢れる地球の実現、新しい社会像:太陽エネルギー社会(自然そのものに価値を認める社会、自然と他者への配慮による強調社会)だそうです。

新しい社会を実現するための考え方として、①自然の理に逆らわない社会への転換、②人類共有の財産の公平な配分と継承、③「太陽エネルギー社会」二向けた対話、④「太陽エネルギー社会に向けた科学技術、となっている。「継承しました」というアリバイ作りになっている。このパターンは環境問題では多い。このパターンでは、個人が何をすべきについては、「エコ」しかない。個人の「エコ」活動は地球には響かない。

個人の消費量を減らすのが目的ならば、その人がいなくなることが、最大の「エコ」です。人が増えても、地球に響くためには「循環」を作り上げることです。まずは、「作る」という発想から「使う」という発想に変えることです。その上でグローバルがローカルを「支援」することです。

この本の中では「思いやり」という言葉を使っている。「強者が弱者を支配するという人間関係を生み出しました」から「強者は、弱者の立場に身を置いて、自らが弱者であれば欲しないであろうことを弱者に強いないという「思いやり」の心を持つべきです。」
この発想で、この本が強者のロジックでできていて、循環を実現不可能にしている。グローバリズムを追求することで環境問題が片づくという幻想を市民に持たせようとしている。

この前の旅の時に、バスの配席決めに対して、「思いやり」という言葉だけで片付けようとした。二人で座ってもいい人と、一人占めしようとする人のコントロールはそんなことでは不可能です。ツアコンは現実から情報共有から逃げていた。「思いやり」とは都合がいい言葉です。家 やはり、サファイア循環を世に出さないと、強者に蹂躙される。

私の部屋の掃除機を奥さんの持っていかれたままです。奥さんに言ったら、「買ってくれば。未唯も買ったよ」。エイデンよりもカーマがいい。今は5%引きだそうです。カーマには14800円の一種類しか掃除機が置いてありません。撤退したのでしょう。そこで、本命のエイデンに移動。家電の掃除機売場の種類の多いこと。高いものばかりです。やっと、6千円以下の掃除機を見つけたが、品切れ。注文すると1週間かかる。今一、かわいくないのでやめた。

老人ホームの母の部屋は姪の双子の写真だらけです。対抗して、旅の写真を一枚置いてきた。ギリシャのパルテノン神殿の全景の前に豆粒のように二人がしゃべっているものです。これが一番の最初に、二人が一緒に撮られた写真です。20年ぶりの記念すべき代物です。
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