テサロニケ人への手紙第一 4章
道を横断している私たちが渡り終えるまで待っていてくれた自動車の後ろの自動車から、大きなクラクション。待ち切れなかったのでしょう。当地ではクラクションがやたらになるなどということはそれほどないので、目立ちますね。気がついてみると、こちらに来てから並んだり待つことが当たり前のようになっている自分がいます。
パウロのこの手紙は5章から成っていますが、テサロニケの信徒たちへの勧め、命令は4―5章にあります。ここには、いくつかの命令があります。総論は1節の「神に喜ばれるために歩むように」ということです。そして、その一つ一つのことはすでにパウロから学んでいるとも書いているのです。
パウロがテサロニケに滞在したのは、3つの安息日でした。それほど長くいたわけではないのに、彼は生まれたばかりのクリスチャンがどのように歩むかについて、 そのほとんどを教えたと言うことになります。 教える側も学ぶ側も1つの場所に住み続けているならば、 時間をかけて教え学びましょうということになります。 しかしパウロは伝道者。神が示される地へと動いて行きます。「このことについてはまた後で」などということは許されなかったのでしょう。
パウロは、彼らに異邦人の社会に立つ教会が流れに飲み込まれてしまわないように、 聖なる者となるようにと勧めます。 また、落ち着いて仕事をするようにとも勧めます。 信仰を持ちつつ死んでしまった家族や同信の友のことを案じている彼らに、 希望を持つようにと勧めます。 これらのすすめに共通するのは、キリストがまもなくおいでになるということです。 テサロニケの教会はキリストの再臨を待つ教会として知られています。 どのようにしてキリストの再臨を待つのかということを、パウロは一つ一つの具体的な勧めの中で教えようとしています。
今多くの人たちは、感染症の収束を待ち望んでいます。私たちも同じです。さらに私たちは、やがて来るべき方を待ち続けています。 待ち望む希望が生活のさまざまな点に表れていくようにと、ここから願わされます。