みことばの光的毎日

聖書同盟「みことばの光」編集者が綴るあれこれ

ライバルの凋落を…

2022年10月18日 | エゼキエル書

エゼキエル書 26章

 日本から遠路訪ねてくれた夫妻を空港に迎えました。なかなか出て来ないのでメッセージのやり取りをしたら、荷物のコンテナの一つが見つからないので探しているとのことだったようです。「ロストバゲッジ」の手続きをしている途中で、コンテナが見つかり無事に荷物を持って、出て来ました。長い長い待ち時間だったことでしょう。

 アンモンからモアブ、エドム、ペリシテと、神のさばきのことばは時計回りで届けられています。本章は地中海沿岸にあるツロへのことばです。

 2節に、ツロがなぜ神にさばかれるかの理由が明らかにされています。それは、バビロンに破壊されたエルサレムを「あはは」と笑い、エルサレムが享受していた富が自分のものになったと喜んでいたからです。ライバルの崩落をあざ笑い、これで自分たちはますます栄えると喜んでいるのを、神は悪いことと見ておられるのです。

 人の失敗を見て、なんとかわいそうにと思うことなく、心の中で自分でなくてよかったと思うことが何度あっただろうかと、問われる箇所です。

 繁栄し、豊かになるというのは、時代を問わず多くの人々の願いです。しかし、それは目的にはなりえませんし、してはならないのだと思います。もしも、繁栄することが目的だとしたら、そのために何をしてもいいという思いも起こりえます。

 ライバルの敗北、没落を「あはは」とあざ笑う、いやそこまではしなくても、自分でなくてよかったと安堵してはいないかとの問いかけられているのです。


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