ホセア書 9章
待降節第三週を迎えました。しかし、当地では水曜日から二度目の「ロックダウン」が始まります。食料品や薬局、ガソリンスタンドなど生活に必要なものを扱っている店を除いて、すべての小売店が閉じられることになりました。1月10日までの措置ということですが、クリスマスを控えて激しくなる人の往来を極力抑えたいという強い意志の現れでしょう。先週行われた連邦議会での連邦首相のことばからは緊迫感が伝わってきました。
「喜ぶな、…楽しむな」ということばとともに9章は始まります。、エフライム(北王国イスラエル)への厳しいことばがあります。1−5節から伝わってくるのは収穫を喜ぶ祝祭です。本来なら神がお選びになったイスラエルの民は、神が住まわせた地で神が与えられた実りを感謝しての祭りを持つのですが、ここにあるのは、主なる神ではなくバアルへの感謝でした。1節の「姦淫の報酬」とは、バアルを拝み、信頼したことによって得られた収穫だ彼らが考えていたことを語ることばです。
しかし、せっかくの収穫も彼らを喜ばせることはないと主は言われるのです。主が彼らをさばかれるからです。
心に留めたのは7節。「刑罰の日が来た。報復の日が来た」とは「イスラエルに知らせよ」と主が命じ、預言者ホセアによって民に告げられた警告のことばでした。しかしそれを聞いた人々は、預言者に激しく反発したのです。預言者の厳しい宿命のようなものが伝わってきます。姦淫の妻をめとるようにとの命令とともに始まるホセア書、さらにホセアは自分が神からのことばを語ることゆえに、わなを仕掛けられ憎しみの対象となるのです。
これを、神のことばを読み、聞く側に置き換えて考えると、厳しいことばを「スルー」せず「反発」せずに、へりくだって聞く姿勢があるのかと問われているのです。