ダニエル書 4章1−18節
今週は、家から外に出るとひんやりとした空気を感じることがなくなりました。窓を開けると鳥のさえずりが聞こえます。けれども、それほど遠くない所では着弾のすさまじい音が響いています。死をもたらす音です。重い心を引きずりながら歩んでいる方々が少なくないこの頃です。
バビロン王ネブカドネツァル王は、神の特別の顧みを受けているのでは…というのは、昨日の祈祷会でのある方のことば。確かに、ダニエル書の2−4章では、彼がダニエルや三人のユダヤ人たちを通して、神の偉大さをはっきりと分かるようにして知らされています。
きょうの「みことばの光」は、この章の構造を分かりやすく示しています。確かに、4章は神への賛美で始まり、神への賛美で終わります。しかも、賛美するのは、3章で自分が造った金の像、それはおそらく彼自身を形にした者だったことでしょう、を拝めと強要する独裁者。その王が、ダニエルたちの神を賛美するのです。
この部分で王は、自分が見た夢をベルテシャツァル、つまりダニエルに話して聞かせています。この時ダニエルは「呪法師の長」という務めだったことが分かります。2章でダニエルが王の夢の内容とその意味を解き明かしたことによって、ダニエルはネブカドネツァルのもとで高い地位に就き、王の信頼を得ていたことが分かります。
それは、ダニエルが王にへつらったから得たものではありません。いと高き神への信仰を貫き通したことによって得た、神からの賜物でした。
なぜ王が夢を見ておびえているのかは、天からの聖なる者が繁栄する木を切り倒せと命じたからです。王は、この木が自分のことを指していると分かっていました。権力を持つ者には怖いものはないと思いがちですが、そうではないことがここから分かります。自分がその権力を失うことを恐れているのです。
「主は与え、主は取られる」という姿勢の清々しさを、ここから思います。