shiotch7 の 明日なき暴走

ビートルズを中心に、昭和歌謡からジャズヴォーカルまで、大好きな音楽についてあれこれ書き綴った音楽日記です

Blues-ette / Curtis Fuller

2009-06-15 | Jazz
 昨日の大阪猟盤ツアーには続きがある。阪神百貨店を出た後3人でお茶しながら、まだ時間的にも金銭的にも余裕あるなぁということで、梅田第1、第2、第3ビルに点在するレコ屋を廻ることにした。
 ジャズに関しては欲しい盤はほとんど手に入れてしまっているので、買うとしたらついうっかり買い忘れた盤か、あるいは貴重な別テイク入りの再発盤ぐらいなのだが、昨日は plincoさん情報のおかげで、ボートラ3曲追加の「ブルースエット」(←“青い汗” ではありません、念のため...)をゲット、カーニバル・レコードで1,050円だった。このアルバムは数あるジャズ・レコードの中でも多分№1のウルトラ愛聴盤で、オリジナル・モノLP盤、再発ステレオLP盤、モノCDと3種類の音源を持っているのだが、ボートラ3曲聴きたいし、ちょうどステレオCDを持ってなかったので迷わず“買い”である。私にとってこのアルバムはそれほど好きな盤なのだ。
 そもそもこのアルバムを知ったのはまだ本格的にジャズを聴き始めるよりも何年も前の1989年のこと。アリナミンVドリンクのCM曲としてアルバム1曲目の「ファイヴ・スポット・アフター・ダーク」が頻繁にオンエアされているのを耳にして一発で気に入り、CD屋に走った記憶がある。私の音楽人生で通算2枚目のジャズCDである。89年といえばポイズンやデフ・レパードといった80'sハードロックを中心に聴いていた頃なので、いかにこの曲のインパクトが大きかったか分かろうというものだ。
 ジャズの基本パターンの一つとして、まずは全員でテーマ・メロディを奏で、次に各プレイヤーで順にソロを回してアドリブを展開し、最後にもう一度全員でテーマを奏でて終了、というのがあるが、この①「ファイヴ・スポット・アフター・ダーク」ではベニー・ゴルソンの見事なアレンジによってその究極の姿が示されている。いわゆる “ゴルソン・ハーモニー” と呼ばれる管楽器の心地良いアンサンブルは絶品で、ゴツゴツしたテナー・サックスとフワフワしたトロンボーンの織り成すほとんどユニゾンに近いシンプルなハーモニーが実に快適なのだ。まさにマジックである。叉、ファンキーにしてブルージーでありながらも日本人好みのするマイナー調メロディーも心の琴線をビンビン刺激する。こんなカッコイイ曲、ロック/ポップス界を見渡してもそうそう無いのではないだろうか?それと忘れてならないのがピアノのトミー・フラナガンの好演である。1分45秒から始まるベニー・ゴルソンのウネウネしたテナー・ソロ(この人はコンポーザー、アレンジャーとしては最高だがテナーの音は最低最悪!)の後を受けてトミフラの清々しさ溢れるピアノが滑り込んでくる瞬間の快感を何と表現しよう?まるで後光が差すかのような、天上の世界の夕暮れ(?)のような美しさ... サイドで光るトミフラ一世一代の名演だと思う。
 とにかく①が屈指の名曲名演なので「ブルースエット」といえば「ファイヴ・スポット・アフター・ダーク」でキマリ、みたいに思われているところが多々あるが、残りの5曲だって文句なしに素晴らしい!②「アンディサイデッド」はスイング時代のヒット曲なのだが、それが斬新な解釈によるリズム展開によってカッコ良いファンキー・ジャズに変身しているのには驚かされる。ベニー・ゴルソンという人はポール・マッカートニーのように舞い、リチャード・カーペンターのように刺す、ジャズ界屈指のメロディ・メーカーでありアレンジャーだということがよくわかる。この曲でもトミフラは大活躍だが、汚い音を撒き散らすゴルソンのテナーだけはええかげん堪忍してほしい。
 いきなり①の続編のようなゴルソン・ハーモニーが炸裂して涙ちょちょぎれるアルバム・タイトル曲③「ブルースエット」はこれまたカッコ良いマイナー・ブルース。モダン・ジャズかくあるべしと言えそうなナンバーなのだが、ここでも荒れ狂うゴルソンのサックス・ソロだけが難点だ。それ以外は申し分のない名曲名演だと思う。
 風雲急を告げるようなイントロから一気に駆け抜ける④「マイナー・ヴァンプ」はフラーのイマジネーション豊かなトロンボーン・ソロといい、相変わらず美しくスイングするトミフラのピアノ・ソロといい、もうお見事という他ない。演奏をガッチリ支えるジミー・ギャリソンとアル・ヘアウッドのリズム隊も賞賛に値するプレイを聴かせてくれる(^o^)丿
 ①がオモテの名曲なら⑤「ラヴ・ユア・スペル・イズ・エヴリウェア」はウラの名曲である。ここではさすがの悪童ゴルソンも曲の力に屈したのか、あるいはややスローテンポで典雅な曲想が功を奏したのか、ブヒバヒ吹きまくるのを抑えているようで大変よろしい(^_^) 叉、トミフラの神々しいソロが名曲名演度数を更にアップさせている点も聴き逃せない。ジャズってエエなぁ... (≧▽≦) としみじみ感じさせてくれる1曲だ。
 ラストの⑥「12インチ」でも前曲に続いてゴルソンは大人しくて行儀がいい。最初っからそうせんかい!とツッコミを入れながら、温かくまろやかなゴルソン・ハーモニーに身を委ねる心地良さ... あまり言及されないが、ここでもリズム隊がエエ仕事しとります。
 この「ブルースエット」は私の “ジャズ入門盤” であり、多分死ぬまで聴き続ける“永久盤”、全6曲どこを切っても最高のメインストリーム・ジャズが楽しめる、捨て曲なしの大名盤だ。

'89 アリナミンVドリンクCM



今はまだ人生を語らず / 吉田拓郎

2009-06-14 | J-Rock/Pop
 今日 plincoさん、901さん、私の3人で阪神百貨店レコードCDバーゲンに行ってきた。最近はネットオークションやアマゾンばっかりで実際にレコ屋に足を運ぶのは去年のゴールデンウイークの同バーゲン以来だから約1年ぶりだ。どんな掘り出し物があるかと数日前から楽しみで楽しみでワクワクしながら週末を待っていた。
 待ち合わせ時間の1時すぎに阪神8Fのバーゲン会場に到着、一昔前なら立錐の余地もないぐらい混み合っていたはずなのに、会場はスカスカである。最盛期の5~6割ぐらいの入りではないだろうか?もちろんCD不況のせいもあるだろうが、いつも大体同じような商品ばかりを並べて涼しい顔の参加ショップ群の経営努力不足も大きいだろう。値段もそんなに安くないし、最近はあんまりメリットを感じられなくなってきている。2~3回足を運んで何も掘り出し物がなければ次からはもう足が向かなくなるのが人情というもの。ただでさえ世の中がネット中心になってきているというのに危機感ゼロだ。
 会場全体を見渡してターゲットを歌謡曲、ポップス、ジャズのCDに絞って猟盤開始... う~ん、目ぼしい盤が全然ない。浜崎あゆみとか、宇多田ひかるとか、粗製乱造されたJ-Popsばっかりで私の欲しい昭和歌謡CDは皆無に等しい。おっ、山本リンダみっけ~と思ったらワケの分からないリミックス集だし(>_<)、荻野目チャンもキョンキョンもみんな持ってるのばっかりだ。邦楽は収穫ゼロか...と思って諦めかけていたら最後のエサ箱でとんでもないモノを見つけた。吉田拓郎の「今はまだ人生を語らず」である。
 それがどーしたソー・ホワット、一体何をそんなにコーフンしてんねんと思われるかもしれないが、この盤の1曲目に収められた拓郎屈指の名曲「ペニーレインでバーボン」の歌詞の中に“見ている者はいつもつんぼ桟敷~♪”という部分があり、これが “差別を助長する” ということで(←アホか!)CDは生産中止、再発の可能性ゼロ、1990年以降この曲はどんな形でも一切リリースされておらず、中でも一番酷かったのは「ペニーレインでバーボン」というタイトルを付けたベスト盤に同曲が入っていない(←ほとんど詐欺やん!)という憂うべき状況なのだ。その結果、中古CDには鬼のようなプレミアが付き、ヤフオクやアマゾン・マーケットプレイスでは2万円前後で取引されているのが現状だ。CD1枚に2万円だなんてハッキリ言って狂気の沙汰だ。だからエサ箱の中にこの盤を見つけた時、一瞬 “エッ??? うっそ~” と思い、すぐに値段を確認した... 1,150円だ。ゼロ一つ落としたのかと思ったが、一緒にゲットした拓郎の「元気です」も同じ値付けである。一体どこのショップか見てみるとフォーエヴァー・レコードだ。なるほどね。ここは60~70年代のルーツ・ロックが主流のお店なので、きっと邦楽の相場に疎いのだろう。ラッキィー(^O^)/ 
 実を言うと「ペニーレインでバーボン」という曲自体は幸いなことに90年以前に出たベスト盤に入っているのを持っているので今更どーということはないのだが、一蓮托生というか連座制というか、いわれなき言葉狩りの道連れにされた残りの11曲と共にオリジナル・フォームで聴けるというのが何より嬉しい。正直言ってこんなメガレア盤を超安値で見つけられるとは思っていなかったので大はしゃぎしてしまい、お二人に不思議がられてしまった(^.^)
 ここまで書くと何か値段が独り歩きしているように思われるかもしれないが、中身の方も文句なしに素晴しい。74年録音、つまり拓郎がノリにノッていた時期の作品で、①「ペニーレインでバーボン」以外にもアルバム・タイトル曲②「人生を語らず」や⑤「シンシア」、⑦「襟裳岬」といった名曲が目白押し。ラストの⑫「贈り物」は拓郎にしか作れないディラン的サウンドに乗せた痛々しい歌詞が胸に突き刺さる隠れ名曲だ。
 結局阪神バーゲンの収穫は拓郎のCD2枚だけだったが、共にCBS時代の拓郎を代表する傑作アルバムで、私としては大満足。やっぱりたまにはレコ屋に行ってみるモンやなぁと実感した1日だった。

「つんぼ桟敷」を「蚊帳の外で」に変えて歌ってる貴重な映像です↓

吉田拓郎 ペニーレインでバーボン つま恋コンサート2006
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The Beatles Chill Out volumen 1

2009-06-13 | Beatles Tribute
 ちょうど2年前のこの時期に、私は仕事上のシガラミで、あろうことか文楽鑑賞につきあうハメになった。日本文化にも古典芸能にも全く何の興味も関心もない私は “そもそもブンラクって何なん?” 状態だったのだが、とにかく貴重な土曜日をつぶされ、わざわざ早起きして日本橋くんだりまでのこのこと出かけて行った。無意味な事に時間を取られるのはハッキリ言って不愉快である。傍から見て誰の目にも明らかに分かるほどの仏頂面で同僚と合流した私は、 “何でもエエからとにかく早よ終わってくれ!” と念じながら席に着き、やがて舞台が始まった。何じゃい、ただの人形劇やんけ、アホくさ... しかもセリフの日本語が古文すぎて全然わからんわ(>_<) クソ面白うもない... と思っていると数分で気を失ってしまった。もう爆睡である... (-_-)zzz やがて気がつくと周りの観客がみな私の方を見て笑っている。もうお分かりと思うが、私は首を直角に真上に向けた状態で大イビキをかいていたのだ。あぁ恥ずかしい... と思っていると隣に座っていた女性上司が「お疲れなんやねぇ(笑)」と私にトドメの一言。もう踏んだり蹴ったり気分の私は同僚たちとのランチも断り、会場を後にした。このままスゴスゴと奈良へ帰れるか!と思った私は久々のCDハンティングで憂さを晴らそうと考え、そこから一番近い千日前の大十へと向かった。
 ここはOSビルの一角にあるお店で2階の中古CD売り場には大量のCDが置かれているが、サウンドパックやディスクJJといった近辺のお店とは少し違う商品構成なので、時々とんでもないレア盤が眠っており、一瞬たりとも気を抜けない。この時も手ぶらで帰ってなるものかと気合十分で “カバー物” のコーナーを見ていたのだが、それはまるで私に見つけられるのを待っていたかのようにひっそりとそこにいた。それが「ザ・ビートルズ・チルアウト・ヴォリューム1」(緑盤)と「同ヴォリューム2」(赤盤)の2枚である。以前からネットでその存在は知っていたものの、eBayにもヤフオクにも出てこず、アマゾンでも “品切れでお取り扱いできません” 状態だった希少盤が1枚1,480円で私の手の中で “買ってぇ~♪” とアピールしているのだ。私は小躍りしながらレジへ直行した\(^o^)/
 chill outとは英語で “落ち着いて、リラックスして” という意味のスラングで、今では “クラブなどで激しく踊った後に昂った気持ちを落ち着かせるために聴くダウンテンポな音楽の総称” として用いられている言葉。つまりこれはお洒落で洗練されたヒーリング系ビートルズ・カヴァー・アルバムなのだ。ブランコ・ネグロ(白黒?)という名前のスペインのレーベルらしい。この妖しさがたまらんなぁ(≧▽≦)
 CDにはそれぞれ15曲ずつ入っており、わざとレコードのスクラッチ・ノイズを被せたりとか、曲の終りと次曲の頭を切れ目なく繋げるとか、中々凝った作りになっている。そのほとんどがチル・アウト、つまりスローなビートが支配するお洒落なサウンドをバックに癒し系女性ヴォーカルが囁くようにビートルズ・クラシックスを歌うという趣向で、私の好みにピッタリだ。そんな中で特徴的だったのが③「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー」で、まるでポリスの1・2枚目のようなホワイト・レゲエ・サウンドにビックリ(゜o゜) 横溢する気だるさがたまらない④「ノルウェーの森」もクセになるし、ダリダみたいなヴォーカルがエエ感じの⑦「サムシング」や⑨「ヒア・カムズ・ザ・サン」も言うことなしだ。ユルユルな①「オール・マイ・ラヴィング」は凛としたピアノの音色がアクセントになっており、極上のチルアウト・サウンドになっている。囁き系女性ヴォーカルが続いた後いきなり炸裂するルイ・アームストロングみたいなダミ声の男性ヴォーカル⑥「ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード」には耳が潰れるかと思った(笑) ちょっと電子音楽に走り過ぎた感のある⑫「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」やベンチャーズの「ジョーカーズ・ワイルド」を想わせるシュールなモンド系カヴァー⑬「ウィズイン・ユー・ウィズアウト・ユー」みたいなちょっと変わったサウンドも混じっているのでCD1枚約55分飽きずに一気呵成に聴けるのも嬉しい。
 とまあこんな具合に超掘り出し物を見つけて大収穫に終わったCDハンティングだったが、もしあの文楽鑑賞に駆り出されてなかったらこの2枚と巡り合えなかったかもしれないと考えると、CDやLPとの出会いなんてホンマに何が幸いするか分かりませんね(^o^)丿

The Beatles Chill Out - Norwegian wood

Sing Sing Sing / Clark Sisters

2009-06-12 | Jazz Vocal
 コーラス・グループと一口に言っても様々なジャンル、叉、人数・性別の組み合わせがある。私が一番好きなスタイルは女性3~4人組で古いアメリカのスタンダード・ソングを歌う、いわゆるシスターズものである。アンドリュース・シスターズを始めとして、ディニング・シスターズ、キング・シスターズ、ベヴァリー・シスターズ、バリー・シスターズetc... 最近のものではスター・シスターズなんかも大好きだ。ある時は甘酸っぱくノスタルジックに、叉ある時は明るくキュートに、叉ある時はモダンな感覚でスインギーなコーラス・ワークを楽しめるのである。こんな美味しいジャンルを聞き逃しては男がすたるというものだ。私が大好きな “フレンチ・ポップスのイエイエ”、 “オールディーズのガール・グループ”、そして “ジャズ・コーラスのシスターズ”... やっぱり音楽は楽しいのが一番だ(^o^)丿
 そんな “シスターズもの” の中で私が特に愛聴しているのがクラーク・シスターズ。さっきYouTubeで検索してみたらゴスペルでも歌いそうな黒人女性4人組がズラ~ッと出てきてビックリした。もちろん同名ながら全く別のグループで、多分あっちの方がポピュラーなんだろうが、私のクラーク・シスターズは1950年代に活躍した白人女性4人組の方である。
 彼女らの前身はトミー・ドーシー楽団のフィーチャリング・カルテットである “ザ・センチメンタリスツ” で、独立後は私の知っているだけでも数枚のアルバムを吹き込んでおり、中でも先輩コーラス・グループの代表曲に挑戦した「ア・サルート・トゥ・ザ・グレイト・シンギング・グループス」(コーラル)、スウィング・バンドで有名になった曲を取り上げた「シング・シング・シング」と「スウィング・アゲイン」(共にドット)の3枚が出色の出来だ。どれにするか迷ったが、アルバム・タイトル曲の抗しがたい魅力で「シング・シング・シング」に決定。
 彼女らはトミー・ドーシー楽団のアレンジャーだったサイ・オリヴァーから “楽器の演奏者のように考え、クリエイトして歌うように” というジャズ・コーラスの基本を徹底的に叩き込まれたということだが、このアルバムでもそのスタイルを貫き、斬新な解釈でモダンなコーラスを聴かせてくれる。
 私がこのアルバムで最も好きなのが⑦「シング・シング・シング」と⑩「チェロキー」である。数年前に映画「スウィング・ガールズ」でも大きくフィーチャーされていた⑦は言わずと知れたベニー・グッドマン楽団のヒット曲で、スイング・エラを代表する1曲だ。イントロのドラム(というかこれはもう “太鼓” という言葉がピッタリ!)に彼女らの洗練されたスキャットが絡んでいく様が実にカッコ良く、縦横無尽に飛び交う4人の歌声は万華鏡のような華やかさだ。⑩でも洗練の極みというべき歌声は絶品で、その変幻自在のコーラス・ワークに引き込まれてしまう。風の中を駆け抜けていくような爽快感がたまらない(≧▽≦)
 グレン・ミラー楽団の④「リトル・ブラン・ジャグ」や⑨「真珠の首飾り」も素晴らしい。2曲とも元歌のイメージを大切にしながらも彼女ら独自の味付けによってウキウキ・ワクワク度が格段にアップしている。
 アルバム冒頭を飾る元親分トミー・ドーシー楽団の大ヒット①「明るい表通りで」は彼女ら最大のヒット曲の再演でもあるのだが、そのせいもあってかヒューマンな味わいを感じさせる落ち着いたナンバーに仕上がっている。同じくトミー・ドーシーの②「オパス・ワン」は、4人の歌声の微妙なブレンド具合が耳に心地良く、私が最高と信じるアニタ・オデイのジーン・クルーパ楽団での名唱に迫る素晴らしい出来になっている。
 4人のイラストが描かれたジャケットから彼女らの歌声が聞こえてきそうなこのアルバム、 “ジャズ・コーラス” というジャンル分けのせいであまり人の口に上ることはないが、私にとっては絶妙なハーモニーでイニシエの名曲をスインギーに楽しめる、こたえられない1枚だ。

The Little Brown Jug 1958 the Clark Sisters



Gems / Aerosmith

2009-06-11 | Hard Rock
 エアロスミスは私が音楽を聴き始めた70年代の半ば、日本ではクイーン、キッスと共に “3大ロック・バンド” として君臨していた。クイーンはブライアン・メイの歌心溢れるギター・プレイが、キッスはそのシンプルで楽しいロックンロール・サウンドが好きだったが、エアロスミスは何と言ってもジョー・ペリーの攻撃的なリフとスティーヴン・タイラーのたたみかけるようなヴォーカルの相乗効果による凄まじいまでのエネルギーの奔流が最大の魅力だった。
 私が初めて買った彼らのレコードは「ウォーク・ディス・ウェイ」のシングル盤で、あのイントロのリフのカッコ良さは言葉に出来ないほどのインパクトがあった。とにかくまだロックを聴き始めたばかりの中学生に “これがロックや!” と確信させるだけのヤバイ感じが充満していた。80年代にRUN DMCがカヴァーし、日本でも「踊るさんま御殿」のエンディング・テーマに使われるなど、すっかりエアロの代表曲の1つになった感のある名曲だ。
 次に買ったのは彼らの最高傑作アルバム「ロックス」で、アルバム1枚を一気呵成に聴かせてしまう凄まじいエネルギーといい、その硬質な音作りといい、ただただ圧倒されて聴いていた。続くアルバム「ドロー・ザ・ライン」に至っては予約までして発売日に買った記憶がある。タイトル曲の信じられないくらいテンションの高い演奏は鳥肌モノだったが、アルバム全体としては少しとっ散らかった印象で、「ロックス」後の行き詰まりというか迷いのようなものが感じられた。後になって知ったことだがこの頃バンドはドラッグ漬けで、人間関係も徐々に悪化していたらしいのだ。ライブ盤1枚を挟んで出された「ナイト・イン・ザ・ラッツ」はそんなに悪い内容ではないし結構好きな演奏も入っているのだが、やはり前2作に比べると明らかにテンションが落ちており、これでジョー・ペリーが脱退して第一期エアロスミス黄金時代は終焉を迎える。その後80年代半ばにゲフィン・レコードから出した「パーマネント・ヴァケイション」で華麗な復活を遂げて第2期黄金時代を迎えることになるのだが、やはり私が一番愛聴しているのは70年代の火の出るようなハードロック曲の数々である。そんな私の気持ちを見透かしたかのように88年に古巣CBSから出された “裏ベスト” 的なアルバムがこの「ジェムズ」である。
 このアルバム、まず何と言ってもその選曲が素晴らしい。副題が「エアロスミス・ハードロック・ヒッツ」というだけあって、毒を撒き散らしながら暴走していた頃のスピード感溢れるロック曲ばかりが選ばれている。まずはいきなり「ロックス」の中でも特に好きな2曲①「ラッツ・イン・ザ・セラー」②「リック・アンド・ア・プロミス」のワンツー・パンチには参ってしまった。「ロックス」の配置と違うだけでこんなに印象が変わるものかと思ったが、ドライヴ感溢れるギター・リフがたまらない①からヘヴィーなグルーヴ感がかっちょ良い②までのスリリングな流れは新たなマジックを生み出している。全盛期のエアロスミスの魅力を凝縮したようなこの2曲が放出する凄まじいばかりのエネルギーは圧巻だ。
 ③「チップ・アウェイ・ザ・ストーン」はこの盤が出た当時はスタジオ・テイクが初CD化!というのが大きなウリで私もワクワクしながら聴いたのだが、期待を更に上回るようなポップなロックンロールで、 間を活かしたギター・リフと “チプウェ~イ♪” のフレーズが脳内ループを起こすノリノリ曲だ。これ、めっちゃ好き!!!
 ④「ノー・サプライズ」は「ナイト・イン・ザ・ラッツ」の中でも最も「ロックス」~「ドロー・ザ・ライン」時代の雰囲気に近いナンバーで、デビュー当時の自分たちを歌った歌詞をキャッチーなブギー・ロックに乗せて歌っている。⑤「ママ・キン」は誰が何と言おうとイントロのリフ、これに尽きる。エッジの効いたギター・リフは何回聴いてもゾクゾクする。曲自体も実にシンプルな構成がら、聴く者をウキウキワクワクさせてくれるナンバーだ。⑦「ノーバディーズ・フォルト」はシンデレラのトム・キーファーの源流を見る思いがするブルージーなロック。こういうエアロもカッコエエんよね(^o^)丿
 ラストの⑫「トレイン・ケプト・ア・ローリン」はヤードバーズも演っていたロック・クラシックスで、これまで聴いてきた中でエアロのヴァージョンが一番好きだ。2分10秒あたりからライブの音源と巧くドッキングさせてあり、後半部の盛り上がりはハンパではない。この独特のグルーヴ感は彼らにしか出せないものだ。
 モトリー・クルー、ガンズ&ローゼズ、シンデレラを始め、エアロスミスをリスペクトするバンドは数多い。このアルバムを聴けばその理由が一聴瞭然に分かるのではないだろうか?

Aerosmith - Chip Away the Stone



Waltz For Debby / Bill Evans

2009-06-10 | Jazz
 私はロックやポップスだけでなくジャズも聴く。しかしジャズと名がつけば何でもいいという博愛主義者ではない。ロックやポップスは一部の例外を除けばリスナー・オリエンテッド、つまり “売れてナンボ” なので、不快感を覚えるような奇妙奇天烈な曲や演奏は稀なのだが、ジャズは発想が違うのかそのあたりが野放しになっており、洗練されたスインギーなジャズが存在する一方で、ワケの分からない “変なジャズ” も横行しているというのが実情だ。だから初めてジャズを聴く人が何かの間違いでこのような “変なジャズ” に手を出すと大やけどをすることになる。
 今から思えば私はジャズと実にラッキーな出会い方をした。当時はネットで試聴するなんて手段はなく、頼れるのは活字情報のみだったので、とにかく様々なレビューの行間を読みながら1枚また1枚と買っていった。まぁアタリとハズレが8:2ぐらいの割合だったので、それほど高い授業料を払わずにジャズの良否を見抜く眼を養うことが出来たように思う。
 今、良否という言葉を使ったが、ジャズと名のつく音楽の中で私がどうしても受け入れられないのがジョン・コルトレーン系のサックス、いわゆるシーツ・オブ・サウンドというヤツで、空間を埋め尽くすようにウネウネと汚い音を撒き散らす一派である。不快感に耐えながら演奏者の自己満足に付き合うほど私は心の広い人間ではない。 “新主流派” と呼ばれる連中の無機質な音符の羅列にしか聞こえないモード・ジャズやフュージョンまがいのエレクトリック・ジャズ、環境音楽みたいなECM系ジャズもお断りだ。あんなのがジャズだと言うのなら私はジャズ・ファンの看板を即刻返上したい。ましてやただムチャクチャやってるだけのフリー・ジャズに至ってはただの騒音雑音の類にしか聞こえない。ハッキリ言ってゴミ以下だ。とまあこういう具合で一口にジャズといっても色々あるので、一歩間違うととんでもなく不愉快な思いをさせられてしまう。
 私が愛してやまないのは、ガーシュウィンやコール・ポーター、アーヴィング・バーリンといった偉大な作曲家たちが遺したスタンダード・ソングを素材に、気持ち良くスイングするアコースティックなフォービート・ジャズ、言い換えればポップス・ファンでも十分楽しめるような “分かり易い” ジャズ、聴いてて思わず身体が揺れるような快適なジャズである。このブログではそのような “古き良き” ジャズを取り上げていきたい。不快なジャズ、退屈なジャズ、キモいジャズがお好きな人は他所へ行ってくださいね(笑)
 で、最初の1枚は何にしようかと思ったが、すぐに頭に浮かんだのがビル・エヴァンスの「ワルツ・フォー・デビィ」だった。この盤はどんなジャズ紹介本にも載っているベーシックな1枚で、表面上は聴きやすいので初心者向けのイージーリスニング・ジャズだと誤解されるきらいがあるが、とんでもない話だ。よくよく聴けば、エヴァンスのピアノとスコット・ラファロのベースの火の出るようなインタープレイの応酬といい、妖しげなムードを醸し出すポール・モチアンの絶妙なブラッシュ・ワークといい、非常に高度な演奏が展開されている。難しいことを難しく表現するのは誰にでも出来るが、難しいことを易しく表現するのは並大抵のことではない。しかもそれをそれと感じさせずにサラッとやってのけてしまったのがこのビル・エヴァンスのヴィレッジ・ヴァンガード・ライブ、「ワルツ・フォー・デビィ」なのだ。
 このアルバムはエヴァンス・トリオの高い音楽性を感じさせる究極のバラッド①「マイ・フーリッシュ・ハート」、絵に描いたような名曲名演②「ワルツ・フォー・デビィ」の2曲がとにかく有名だが、残りの4曲もすべて素晴らしい演奏ばかりだ。モチアン一世一代の名演③「デトゥアー・アヘッド」、エヴァンス・リリシズムの真骨頂⑤「サム・アザー・タイム」、3者が一体となって疾走する様が実にスリリングな⑥「マイルストーンズ」と、甲乙つけがたい内容だが、私が一番好きなのが④「マイ・ロマンス」。スロー・バラッドだった原曲が斬新な解釈で料理され、スインギーなピアノ・トリオ・ジャズとして聴く者の前に屹立する。ペギー・リーの「ベイズン・ストリート・イースト」収録のメドレーと共にこの曲の最強ヴァージョンだと断定したい。
 これは初心者でも何の抵抗もなくスーッと入っていける一方で、何年もジャズを聴いてきたベテランが聴いても満足できるだけの奥の深さを持った、ピアノ・トリオ・ジャズの最高峰に位置する1枚だと思う。

Bill Evans - Waltz For Debby
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Those Were The Days / Dolly Parton

2009-06-09 | Cover Songs
 この前の「悲しき天使」大会の時は “フレンチ強化週間” ということもあって、ヨーロッパの歌姫の5ヴァージョンを取り上げたが、その時に番外編として触れたドリー・パートンを久しぶりに聴いて「こんなに良かったっけ?」と感激し、アルバムの他の曲も含めて脳内ヘヴィー・ローテーション状態に突入してしまった(笑) ミイラ取りがミイラになるというか、まるで自分で仕掛けた罠に自分がハマッたような感じだが、こういった “手持ち音源再発見” のあれこれもまた楽しいものだ(^o^)丿
 そもそもドリー・パートンに限らずカントリー、ブルーグラス系の音楽は日本では人気薄で、ただでさえシェアの低い洋楽部門の中でもかなり下位に位置するのではないだろうか?タワーレコードやHMVといった外資系大型店を除けば、普通のCDショップにはカントリーやブルーグラスのコーナーすらないというのが実情だろう。きっと今の日本には “アメリカ人にとってのルーツ・ミュージック” とも言うべきカントリー・ミュージックを受け入れ、楽しむ土壌がまだないのかもしれない。しかしただそれだけの理由でこんな素晴らしいアルバムが日の目を見ないのはもったいない。ぜひここでスポットライトを当ててみたい。
 私が初めて彼女の歌を聞いたのは映画「9時から5時まで」の同名のタイトル曲(81年)が全米№1に輝いた時で、あまりカントリーとかは意識せずに良質のトップ40ポップスとして愛聴していた。その2年後、大御所ケニー・ロジャースとのデュエット「アイランド・イン・ザ・ストリーム」がリリースされ、ケニー・ロジャースをあまり好きでなかったこともあって最初はイマイチやなぁ...と思っていたのがラジオやテレビのチャート番組で何度も耳にするうちにいつの間にか気に入ってしまった。特にサビに至る盛り上がりのパートでドリーのバネのある力強い歌声が効いており、ナヨナヨしたケニー・ロジャースを完全に喰っていた。それ以降、ポップチャートで彼女を耳にすることはなかったが、新作アルバムが出ると注目するようにしていた。
 そんな彼女が2005年にリリースした、自身3枚目に当たるフル・カヴァー・アルバムがこの「ゾーズ・ワー・ザ・デイズ」なのだ。過去の2枚がシンセ入り(アホか!)だったり選曲がイマイチだったのに対し、今回はビシーッとブルーグラス・スタイルでキメているし、選曲も文句なしの名曲アメアラレ攻撃だ。更に凄いのは超豪華なゲスト陣で、①「ゾーズ・ワー・ザ・デイズ」にはメリー・ホプキン、⑥「ミー・アンド・ボビー・マギー」にはクリス・クリストファーソン、⑦「クリムゾン・アンド・クローバー」にはトミー・ジェイムズ、⑨「ターン・ターン・ターン」にはロジャー・マッギンと、それぞれの曲のオリジナル・シンガーや作者と共演するという普通では考えられないような贅沢なキャスティングだし、③「花はどこへ行った」では何とノラ・ジョーンズとデュエットし⑧「クルーエル・ウォー」ではアリソン・クラウスがバック・コーラスで参加しているのだ。こういった超一流のゲストが彼女のレコーディングに飛んでくるのもやはり笑顔を絶やさず誰からも愛される彼女の人柄のなせるワザなのだろう。
 それにしてもロシア民謡①「ゾーズ・ワー・ザ・デイズ」が40年の時を経て海を越えてアメリカに渡り、ブルーグラス・スタイルで歌われることになろうとは、一体誰が予想しただろうか?バンジョーやマンドリン、フィドルのサウンドですっかりお色直しされてブルーグラスの名曲に変身しても、曲の髄と言うべき哀愁は全く失われていない。このヴァージョンを聴いて改めてこの曲の偉大さ、力強さを思い知らされた気がする。アルバム冒頭を飾る超強力なナンバーだ。
 私は生ギター1本でブツブツ歌うフォーク・ソングのスタイルがどうも苦手で、②「風に吹かれて」はダイアナ・ロスの、③「花はどこへ行った」はウエス・モンゴメリーのカヴァー・ヴァージョンこそが最高と信じているのだが、ブルーグラス・スタイルがフォーク・ソングにこれほど合うとは思いもしなかった。特に③は彼女の力強いヴォーカルが聴く者の心に響くキラー・チューンだ。
 ⑦「クリムゾン・アンド・クローバー」の後半の盛り上がりなんかオリジナルを凌駕するような凄まじさ(ただしラストのコマ切れヴォーカル処理はやり過ぎ!)だし、12弦ギターのイメージがこびり付いている⑨「ターン・ターン・ターン」なんかもうバンジョーの音色がコワイくらいに曲想に合っていて目からウロコとはこのことだ。
 こんな調子でフォーク・ロックの名曲たちを次から次へとチャーミングなブルーグラスに料理していくドリー... 還暦を迎えてもまだまだその力強い歌声は健在だ。

DOLLY PARTON THOSE WERE THE DAYS

Golden Hits Of The Paris Sisters

2009-06-08 | Wall Of Sound
 先週だったか、ネットの音楽ニュースでフィル・スペクターの記事が載っていた。6年前の女優射殺事件の判決がついに下ったというのである。それにしてもあの事件の一報を聞いた時は本当に驚いた。2003年2月といえば私がまだ海外オークション eBay にドップリとハマッてLPレコードを取りまくっていた時期で、彼がプロデュースした「プレゼンティング・ロネッツ」や「クリスマス・ギフト・フォー・ユー」、「クリスタルズ・グレイテスト・ヒッツ」なんかのオリジナル盤を手に入れた直後で大はしゃぎしていた私にとって“フィル・スペクターが人を殺した”というニュースは衝撃的だった。彼の伝記本「甦る伝説」にジョン・レノンの「ロックンロール」セッションで遅々として進まないレコーディングに業を煮やしたスペクターが天井に向けて拳銃を発射した様子や、アルコールとドラッグまみれのラモーンズ「エンド・オブ・ザ・センチュリー」セッションで彼がディー・ディー・ラモーンの顔に銃口を向けた件が生々しく描かれていたが、まさかホンマに人を殺ってしまうとは思いもしなかったので、一緒に “スペクター・フィーバー” で盛り上がっていたplincoさんと共に “音楽は圧倒的に素晴らしいのになぁ... 殺人プロデューサーかよ(>_<)” と呆れたものだった。確かに彼が異常な性格で、結婚したロニーを彼の屋敷に幽閉して誰とも接触させず、死ぬような思いで彼の支配から何とか逃げ出した彼女をあの手この手で執拗に追い詰めた話は有名だし、常にピストルを持ち歩いておりキレるとあたりかまわずぶっ放していたことも周知の事実だ。おぉこわ...(>_<)  結局禁固刑19年ということで現在69才の彼は塀の中で晩年を過ごすことになりそうだ。
 このように私生活では悪評だらけのスペクターだが、こと音楽になると本当に素晴らしい仕事をする。まさに “狂気の天才” だ。上記のフィレス・レーベル以外でのプロデュース作品で有名なのは「レット・イット・ビー」、それにジョンやジョージのソロ初期の作品群だが、やはり彼のワザが最も活きるのは60年代初期のガール・グループ諸作だと思う。ロネッツやクリスタルズは以前に取り上げたので、今日はパリス・シスターズにしよう。
 彼女らのレコードやCDを聴いていて最も特徴的なのは、他のガール・グループのようなティーンエイジャー向けのいわゆる“元気印”なサウンドが極端に少ないことである。典型的なガール・グループ・サウンドはグレッグマーク・レーベル時代の「オール・スルー・ザ・ナイト」ぐらいで、他はすべてリード・ヴォーカルのプリシラの喉を鳴らすような声質を反映したスロー・テンポの落ち着いた楽曲ばかりだ。彼女らの原点はマクガイア・シスターズ、いわゆるジャズ・コーラス・グループのスタイルなので当然と言えば当然だろう。61年にグレッグマーク・レーベルからリリースされたシングル「ビー・マイ・ボーイ」(56位)、「アイ・ノウ・ハウ・ユー・ラヴ・ミー」(5位)、「ヒー・ノウズ・アイ・ラヴ・ヒム・トゥ・マッチ」(34位)はすべて似たような曲想のナンバーなのだが、これらはすべてスペクターがかつての自分のグループ、テディ・ベアーズのサウンドを再現しようとしたものだ。中でも「忘れたいのに」(最初は「貴方っていい感じ」という邦題だったらしい...)のタイトルでも有名な②はテディ・ベアーズの58年の№1ヒット「トゥ・ノウ・ヒム・イズ・トゥ・ラヴ・ヒム」の続編のような曲で、作者のバリー・マンを始め、ボビー・ヴィントンや日本のモコ・ビーバー・オリーブらもカヴァーしている彼女らの代表作だ。
 このアルバムはキャピトル・レコードの傍系レーベルであるサイドウォークからリリースされたもので、グレッグマーク時代の再演が中心なのだが、何といってもジャケットが素晴らしい!尚、彼女らはこれらのレーベル以外にMGMやリプリーズにも録音しており、中でもボビー・ダーリンのカヴァー「ドリーム・ラヴァー」やダスティ・スプリングフィールドのカヴァー「サム・オブ・ユア・ラヴィン」は出色の出来だ。
 結局ガール・グループ・ブームの去った60年代後半にプリシラはソロに転向、ハッピー・タイガー・レコードから名盤「プリシラ・ラヴズ・ビリー」(69年)を出し、持ち前の蕩けるような歌声でジャズ・ヴォーカル・ファンを萌えさせることになるのだが、それはまた別の話。

The Paris Sisters - Dream Lover


モコ・ビーバー・オリーブ/わすれたいのにI Love How You Love Me

「ソー・マッチ・イン・ラヴ」特集

2009-06-07 | Cover Songs
 音楽ファンならふと耳にした歌声に心を奪われ、それが気になって仕方なくなり、色々手を尽くしてその曲名や歌手名を探し当て、何とかその音源を手に入れようとした経験が一度や二度はあると思う。私の場合、これが “一度や二度” どころか日常茶飯事で、喧騒の中から聞こえてくる素敵なメロディーの断片に耳が吸いついてしまい、それがきっかけで未知の曲や歌手たちと出会い、新たな世界が開けていくといった展開が非常に多い。それはふと足を踏み入れた店内に流れている有線放送だったり、テレビから聞こえてきた番組BGMやCMソングだったりする。最近は下らない番組ばかりで見たくなるようなものが皆無だし、痴デジにかこつけたコピー・ワンス放送の蔓延で満足に録画もできないのでほとんどテレビを見なくなってしまったが、昔は普通にテレビを楽しんでいて、番組と番組の合い間に流れるCMソング(特に80年代の...)から様々な音楽的影響を受けてきた。キリン淡麗のCM(ボラーレ)がなければジプシー・キングスを知らないままで過ごしていたかもしれないし、アリナミンVのCM(テイク・ファイヴ)を耳にしていなければジャズとの “幸せな出会い” も無かったかもしれない。そんな数々のCMソングの中でも特に心に残っているのが80年代初め頃に聞いたティモシー・シュミットの「ソー・マッチ・イン・ラヴ」で、確かパイオニアのステレオのCMだったと思うが、ユラユラと空中を飛ぶ紙ヒコーキの映像とバックに流れる軽快なコーラス・ハーモニーが絶妙にマッチしていて大いに感銘を受けた覚えがある。ということで今日はこの名曲の様々なヴァージョンをご紹介:

①The Tymes
 この曲のオリジナルはフィラデルフィアの黒人コーラス・グループ、タイムズが63年に放った全米№1ソングで邦題は「渚の誓い」。あまりR&B臭さを感じさせない、ジョニー・マティス風のスウィートでロマンティックなコーラスは素朴そのものだが、原点の光が輝いている。
The Tymes, "So Much In Love" 1963


②Timothy B Schmit
 他に挙げた4つの音源も素晴らしいのだが、私の場合「ソー・マッチ・イン・ラヴ」といえばどうしてもこのティモシー・シュミット・ヴァージョン、という刷り込みがなされてしまっているようだ。それほどあのCMのインパクトが大きかったということになるのだが、そういった思い入れを抜きにしても、彼の甘~いハイトーン・ヴォイスを上手く活かしたシンプルな音作りで、心の奥にポッと灯がともるような温かさを感じさせる名唱だと思う。
TIMOTHY B. SCHMIT - So Much in Love


③Huey Lewis & The News
 ヒューイ・ルイス&ザ・ニューズが82年の来日時に小林克也さんの「ベスト・ヒットUSA」に出演した時の貴重な映像。インタビュー開始と同時にメンバー全員がいきなりこの曲をアカペラで歌い始めたということだが、本領発揮というか、もうお見事という他ない素晴らしいハーモニーだ。
Huey Lewis and The News - So Much In Love(1982)


④Art Garfunkel
 ソロ・アルバム「レフティ」(88年)収録のこのヴァージョン、ハッキリ言ってバックのシンセは要らない!せっかくの名唱が台無しだ。そんな中、アーティの透明感溢れるソフトな歌声は健在で、彼がこの曲を取り上げてくれただけで嬉しい。
Art Garfunkel So Much In Love


⑤山下達郎
 ドゥーワップ、アカペラといえばやはりこの人! 何でも彼は私と同じくTVで②を聞き、“これなら自分の方が上手い!”ということで「オン・ザ・ストリート・コーナー2」に入れたとのこと。いやはや凄い自信だが、実際 “一人多重録音” の教科書のような音作りで、細部に至るまで実によく練られたアレンジとヴォーカルにはただただ圧倒される。
山下達郎 / So much in love


いやぁ~、改めて “人間の声” の素晴らしさを実感させてくれるような名唱ばかりですね。こんな名曲名唱との出会いがあるから音楽ファンはやめられませんわ(^o^)丿
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レディ・ブルース -女・無言歌- / 青江三奈

2009-06-06 | 昭和歌謡
 私が初めて買った青江三奈のアルバムは彼女がバリバリのジャズを歌った93年の「ザ・シャドウ・オブ・ラヴ」(気がつけば別れ)で、そのあまりの素晴らしさにすっかり彼女の大ファンになった私は同じ95年のNYライブ「パッション・ミナ・イン・NY」をヤフオクでゲット、「モーニン」のイントロから「伊勢佐木町ブルース」へと入っていくあたりが最高にキマッていてシビレまくったものだった。更にその後、日本橋の「大十」でこの「レディ・ブルース -女・無言歌-」を見つけ即購入、 “90's 三奈3部作” をコンプリート出来たのは今にして思えば超ラッキーだった。というのはこの3枚は発売後すぐに廃盤になり、ネットでは信じられないようなプレミアが付いて中古価格が高騰していた時期があったからだ。先の2枚は一昨年再発されたようだが、この盤だけは何故かリイシュー・カタログから漏れたようで、未だに廃盤状態が続いているようだ。さっきアマゾン・マーケットプレイスを覗いてみたら驚愕の19,800円...(゜o゜) 出品者コメントに「誠心誠意お取引しますので安心してご購入ください」って... この値付けのどこに誠意があるねん!と思わずツッコミを入れたくなってしまった(笑)
 90年発売のこのアルバム、まずは何と言っても冒頭の①「組曲 レディ・ブルース」が圧巻だ。「伊勢佐木町ブルース」~「雨のブルース」~「港が見える丘」~「白樺の小径」~「別れのブルース」という流れの組曲風メドレーになっていて、アルバム・タイトルの “レディ・ブルース” という統一コンセプトの下に絶妙に繋がれており、12分近い大作を一気呵成に聴かせてしまう。この曲を際立たせているのはイントロからほぼ全編にわたってブルージーな薫りを撒き散らしながら三奈のハスキーなヴォーカルに絡んでいくフィドル(ヴァイオリン)で、ライナーには featuring Papa John Creach (violin) とある。パパ・ジョン・クリーチといえばジェファーソン・エアプレインだ... でも何で90年の青江三奈のアルバムに彼が??? まぁ「ザ・シャドウ・オブ・ラヴ」にもマル・ウォルドロンやフレディ・コールらが入っているぐらいだから、いわゆる “歌謡曲” というジャンルが消滅した90年代の青江三奈は “ブルース” や “ジャズ” といった、彼女が本当にやりたかった音楽を目指していたのかもしれない。いや、そう考えると先の「パッション・ミナ・インNY」も含めてすべての事柄の辻褄が合ってくるように思うのだが如何だろう?尚、この組曲ではフィドルが大きくフィーチャーされているが、それを堅実にサポートしている律儀なブラッシュやリズム・ギターにも唸ってしまう。曲良し、歌良し、演奏良しの、三拍子そろった大名演だ。
 ②「本牧ブルース」はアルバム「ザ・シャドウ・オブ・ラヴ」に入っていたマル・ウォルドロン・アレンジの “ブルージー・ジャズ・ヴァージョン” が鳥肌モノだったが、そのオリジナル・ヴァージョンといえるのがここに収められたトラックだ。これまた聴けば聴くほどハマッてしまうような魂を揺さぶる歌と演奏で、彼女のヴォーカルは50歳を目前にして良い意味で枯れてきており、60~70年代の彼女のアクの強さが苦手という人でも大丈夫だと思う。 “私の髪に ジャズがからみつく~♪” のフレーズがたまらなくカッコイイ(≧▽≦)
 ④「ベイブリッジ・ブルース」はむせび泣くサックスが昭和歌謡の薫りを運んでくるナンバーだが、脚本家のジェームズ三木の書いた歌詞 “結婚しない女と言われ 幸せいくつも棄ててきた~♪” はまるで彼女自身のことを歌っているようで、そのせいか彼女のヴォーカルの凄まじいまでの説得力には息をのむ。やはり彼が詞を書いた⑨「あなたがもうひとりいればいい」にも同じことが言え、“今の私は若くないけど せめて素直な女になって 巡り合いからやり直したい~♪” なんて女の情念がヒシヒシと伝わってくるような鬼気迫る名唱だ。
 昭和歌謡はもちろんのこと、ジャズでもブルースでも唯一無比のハスキー・ヴォイスで聴く者の心を捉えて離さない昭和の大歌手、青江三奈。彼女が亡くなってもうすぐ10年になるが、彼女の歌を生で聴けなかったことが本当に残念でならない。

青江三奈 本牧ブルース
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TOTO

2009-06-05 | Rock & Pops (70's)
 TOTOという名前を聞けば、普通の人ならサッカーくじか、あるいはトイレの便器メーカーを思い浮かべるだろう。しかしサッカーにも便器にも興味がなく音楽の事しか考えてない私にとって、TOTOと言えばジャーニー、ボストンと並ぶ、アメリカが誇る三大 “産業ロック” バンドの一つであり、特に初期の4枚のアルバムはそれぞれに思い出の詰まった愛聴盤なのだ。
 これらの “産業ロック” バンドはアメリカン・プログレ・ハード的なサウンドをベースに、高い演奏技術力でもってキャッチーなメロディーの曲をハードに(決してヘヴィーにじゃないところがポイントですね...)プレイしたサウンドが特徴で、英米ではどういう評価なのかは知らないけれど、日本には “大衆に迎合して魂を売った売れ線狙いのロック” としてこれらのバンドを見下すような風潮が一部にあって困ってしまう。私に言えるのはただ一言、ポップで悪いか!ということ。面白いことにこれら3つのバンドはすべて70年代後半に、宇宙をイメージさせるようなスペーシーなイラスト・ジャケットのアルバムでブレイクしたという共通点があるのだが、とにかくどのバンドも “売れ線狙い” なんかじゃなく、彼らの書いた “良い曲” に大衆が飛びついた、というのが真相だろう。
 そんなTOTOのデビュー・アルバム、タイトルはシンプルな「TOTO」で、これでは売りにくいと判断した日本サイドがつけた邦題が「宇宙の騎士」... まぁジャケットのイメージそのまんまの分かり易いネーミングだ。
 アルバムは①「チャイルズ・アンセム」で幕を開ける。何とデビュー・アルバムの1曲目からインスト曲だ。これがまた実にカッコ良いサウンドで、いきなり風雲急を告げるようなドラムとピアノの連打で始まるイントロから一気にたたみかけるようにギターが唸る。少なくとも私の知る限りではそれまでのロック界にこんなサウンドは存在しなかった。TOTOの初期4枚の中でもとりわけ高い緊張感を誇る1曲だ。②「アイル・サプライ・ザ・ラヴ」はサビのメロディーはどこにでも転がっているような凡庸なものだが、間奏のインスト・パートに入ると俄然盛り上がり、一気にラストまで駆け抜ける。バンドが一体となって燃え上がるような後半部分のインプロヴィゼーションは圧巻だ。③「ジョージー・ポージー」はソウルフルでありながら実に洗練された、いかにも都会的なボズ・スキャッグス系サウンドが絶品で、キーボードやシンセサイザーの隠し味的な使い方が実に巧いし、中間部の女性ヴォーカルもグルーヴィーだ。とにかくこの①②③3連発を初めて聴いた時はその完璧なテクニックに圧倒されたのを覚えている。
 軽快なポップ・ロック④「マヌエラ・ラン」や⑧「ロックメイカー」も水準以上の出来だが、中盤ではやはり⑥「ガール・グッバイ」に尽きると思う。炸裂するハイトーン・ヴォーカルといい、グイグイと引っ張っていくようなバンド・アンサンブルといい、ボストンなんかにも共通するようなアメリカン・プログレ・ハードの魅力を凝縮したような1曲だ。
 アルバム後半では⑨「ホールド・ザ・ライン」が出色の出来だ。青白い炎のような凛としたピアノの音と印象的なキラー・チューンで全米5位まで上がったのも頷けるような名曲名演。特にピアノの使い方は当時の耳には物凄く新鮮に響いた。
 こうやって久々に聴いてみても全然古臭さを感じさせないところが凄いと思う。B'z松本さんのプレイにもこの頃のスティーヴ・ルカサーからの影響が色濃く感じられるほどだ。このアルバムが出た時点で彼らは時代の先を行っていたのだろう。その計算された美しさは圧巻だ。

Toto - 01 - Intro (Child's Anthem)

Lez Zeppelin

2009-06-04 | Led Zeppelin
 レズ・ゼッペリンは読んで字のごとく、女性4人組でレッド・ゼッペリンのカヴァーをするという大胆不敵なバンドである。今の時代、 “女性がハードロックを演る” といってもランナウェイズで大騒ぎになった70年代じゃあるまいし、そのこと自体は別に珍しくも何ともないのだが、問題はカヴァーする対象である。よりにもよってハードロックの最高峰、あのレッド・ゼッペリンを、しかも “完コピ” で再現しようというのだから大胆不敵というか、恐れ入谷の鬼子母神だ。
 一般に、コピー・バンド というのは実に不憫な存在で、いくら完璧に本家を再現しようとも、上手いねぇ、そっくりやねぇ、と面白がられはするが、そこで終わってしまい、決してそれ以上の展開は望めない。「上手いコピー・バンドを聴くぐらいなら本家を聴く」、ハッキリ言ってしまえばその一言で終わりである。何かしらアレンジを工夫するとか、そのバンドのオリジナリティーを出すとかしないとすぐに飽きられてしまうのだ。しかし工夫しようにも、ゼッペリンの個性の塊のような演奏はそれ自体で既に完成されており、手を加える余地は残されていない。これで彼女達の目指した “ゼッペリンの完コピ” が如何に無謀な行為か分かってもらえたと思う。
 しかし “百聞は一聴にしかず” を信条とする私は、そんな彼女達のデビュー・アルバム「レズ・ゼッペリン」をネットで試聴してみて十分聴くに値すると思い、迷わず購入した。届いたCDは⑨「移民の歌」と⑩「ザ・レイン・ソング」のライブ・ヴァージョンがボートラとして加えられた日本盤。意味深な表ジャケもいいが、プラント同様の “へそ出し” スタイル(笑)で熱唱するヴォーカルのサラが写った裏ジャケが嬉しい。
 試聴時に一番気に入ったのが⑦「コミュニケイション・ブレイクダウン」... おぉ、何という疾走感!その圧倒的なエネルギーの奔流は下らない御託や先入観など木っ端微塵に吹き飛ばしてしまう勢いだ。特に1分22秒からの鬼気迫るギター・ソロにはペイジもニンマリするのではないか。プラントというよりはハートのアン・ウィルソンを彷彿とさせるヴォーカルもハイノートを炸裂させまくりで実にスリリングだ。そういえばプロデューサーは本家ゼッペリンのサウンド・エンジニアを務め、「キッス・アライブ」のプロデュースで名を上げたあのエディー・クレイマー... ナメてかかると大やけどをしそうなソリッドな音作りだ。
 ①「ホール・ロッタ・ラヴ」も大善戦だ。ドラムスはさすがにキビシイもんがあるが、ギターは原曲のイメージをかなり頑張って再現しているし、ベースもジョーンジーのラインをよ~く研究していて好感が持てる。ヴォーカルも気合入りまくりでゼッペリンとの比較を忘れて聴けば、これはこれで十分すぎるほど “熱い” ハードロックだ。 ②「オーシャン」でもロックに性別なんか関係ないことを満天下に示すようなテンションの高い演奏が展開されるし、⑧「カシミール」も①同様、原曲の雰囲気を上手く再現しており、彼女達のゼッペリンへのリスペクトがダイレクトに伝わってくるような真摯な演奏だと思う。
 ④「シンス・アイヴ・ビーン・ラヴィング・ユー」、やはりブルースになると若さが露呈してしまうのはしゃあないか。新人バンドにこの曲はちょっとハードルが高すぎたと思うが、どうしても演りたかったという心情は理解できる。⑤「ロックンロール」はスカスカのドラムス(別にボンゾと比べる気はさらさらないけど、もうちょっと何とかならんかったんか...)が難点だが、ヴォーカルの頑張りで救われた感がある。それにしてもこの曲、いつ聴いてもアドレナリンがドバーッと出るような爽快感溢れるロックの大スタンダードだ。何百回聴いても飽きひんね!
 イントロのギターに涙ちょちょぎれる③「オン・ザ・ロックス」とマンドリンを上手く使った⑥「ウインターサン」は共に彼女達のオリジナルで、ゼッペリンの雰囲気を上手く出したインストルメンタル・ナンバー。正直あまり期待していなかったのだがこれが結構な拾い物で、彼女達の才能と今後の可能性を感じさせる。次のアルバムはこの路線でゼッペリン風なオリジナルをもっともっと聴かせてくれい!
 プラントのグラミー5部門制覇で本家ゼッペリンのリユニオン・ツアーは夢と潰えた感があるが、あの音を聴きたいと願うファンは世界中にゴマンといる。そんなファンの渇きを癒してくれそうな可能性を秘めたレズ・ゼッペリンの今後に期待したい。

Lez Zeppelin - Black Dog

Pete Kelly's Blues / Peggy Lee

2009-06-03 | Jazz Vocal
 昔、ジャズ仲間が集まって “死ぬ間際に聴くとしたら何を聴く?” というテーマで盛り上がったことがあった。 “無人島に持っていくとしたら何?” という、いわゆる “無人島ディスク” 的な発想で一番好きなアルバムを1枚選ぶというのはよくあるテーマだが、この場合、 “死ぬ間際に” というのが曲者で、これはつまり、選ぶ曲/アーティストを大きく左右する条件になりうるものだ。例えば私の場合、ビートルズ関係はこの世に思いっ切り未練が残りそうなのでパス、ハードロック関係もノリが良すぎるし、何よりもうるさくって落ち着いて死んでいられない。ゼッペリンの「天国への階段」なんかテーマにぴったい合いそうだが、あくまでもジャズの中でという但し書き付きだったので、インストよりもヴォーカルが好きな私は迷わず「ペギー・リー」と答えた。
 彼女は以前紹介したドリス・デイと同様にそのキャリアをバンド・シンガーとしてスタートし、やがて独立、持ち前の繊細で魅惑的なハスキー・ヴォイスとその群を抜いた表現力の豊かさでポピュラーとジャズの両方のフィールドで高い評価を得るようになった。
 彼女はベニーー・グッドマン楽団時代のCBS(40年代前半)を皮切りに、キャピトル(40年代後半)→デッカ(50年代前半)→キャピトル(50年代中盤以降70年代初めまで)とレコード会社を移籍し、数々の名盤を残している。世間一般の評価では “ペギー・リーはデッカ時代の「ブラック・コーヒー」(53年)で決まり!” みたいな雰囲気だが、私はそうは思わない。確かにバリバリのジャズ・コンボをバックにスタンダード・ソングを歌うというのはジャズ・ファンが諸手を挙げて歓迎しそうな設定だが、肝心の彼女のヴォーカルがネチっこ過ぎて、まるでこってりした大トロを何個も食っているような感じで耳にもたれ、その歌唱法がまだまだ発展途上にあったことが窺える。そんな彼女が 誰にも真似のできないソフト&ナチュラルな “ペギー節” を確立したのはこの「ピート・ケリーズ・ブルース」(55年)あたりではないだろうか? これは同名映画(邦題は「皆殺しのトランペット」)のサントラ盤で、全12曲中9曲をペギー・リーが歌っている。
 アルバム冒頭を飾る①「オー・ディドント・ヒー・ランブル」は黒人霊歌風の曲で、ゆったりとした歌唱を聴かせるペギーは風格十分、②「シュガー」や③「サムバディー・ラヴズ・ミー」では歌詞を大切にしながら自然に温かく歌う彼女の魅力が溢れている。④「アイム・ゴナ・ミート・マイ・スイーティー・ナウ」でディキシーランド・ジャズの伴奏をバックに聴かせてくれる軽妙なノリは絶品だし、⑤「アイ・ネヴァー・ニュー」、⑥「バイ・バイ・ブラックバード」、⑩「ヒー・ニーズ・ミー」といったスロー・バラッドでは “間の芸術” を活かしながらしっとりとした歌声を聴かせてくれる。
 そしてこのアルバムの中で一番感動したのが⑪「シング・ア・レインボー」。実に素朴な、何の仕掛けもないストレートな歌い方でありながら、わずか2分43秒の中に何と多くの感情がこもっていることだろう!私はこの歌を聴くたびに心が温かくなるのを感じる。言葉と言葉の間の余韻を十分に活かした無理のない自然な歌い方が、このシンプル極まりない曲と見事なマッチングを見せ、 “シンプル・イズ・ベスト” を地で行く名唱となっている。
 「ウィズ・ザ・ビートルズ」に入っている「ティル・ゼア・ワズ・ユー」はポールがペギー・リーのヴァージョン(60年)にインスパイアされて取り上げたものだという。ペギー・リーの大ファンを自認するポールは、74年に「レッツ・ラヴ」という曲をプレゼント、レコーディングにもピアノで参加し、プロデュースまで買って出たぐらいなのだ。天才ポールをも魅了する “ペギー節”、日頃スタンダード・ソングにあまり縁のないポップス・ファンも一度聴いてみては如何だろう?

Peggy Lee - 'Till there was you
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Del Pueblo Del Barrio

2009-06-02 | World Music
 今日はフォルクローレである。もちろん南米のアンデス地方に伝わる民俗音楽のことなのだが、アンデス地方と言われても私はチリとペルーの区別もつかないし、イメージとしては、サイモンとガーファンクルが歌い、ジリオラ・チンクエッティもカヴァーした「コンドルは飛んでいく」、同じくポール・サイモンがライブ盤で歌った「ダンカンの歌」、ユーミンの「帰愁」「輪舞曲(ロンド)」の4曲ぐらいしか頭に浮かばない。そもそも何でいきなりフォルクローレなん?と思われて当然だ。
 以前レッド・ゼッペリンの「天国への階段」のカヴァーを101ヴァージョン集めた驚異のサイト WFMU’s BEWARE of the BLOG を紹介したことがあった。このマニアックなサイトを見つけた時はもう大コーフンし、それこそ天にも昇るような気持ちで全曲ダウンロードさせていただいたのだが、そんな101ヴァージョン中、最も強いインパクトがあったのが Del Pueblo Del Barrio という未知のグループだった。デル・プエブロ・デル・バリオ??? プエブロって、プエブロ・インディアンのことかなぁ... などと考えながらネットで調べても日本語はおろか英語のサイトにも載っていない。スペイン語らしき南米系のサイトには色々と載っているのだが当然何のこっちゃである。音を聞いた限りではインディアンというよりは南米のフォルクローレをベースに、ジプシー・キングスみたいな情熱的なギターとヴォーカルで味付けしたコンテンポラリー・エスニック・ミュージックという感じである。やっとのことでタイトルが「Escalera Al Infierno」だということを突き止め、ようやくUSアマゾンでこの曲の入っているCD「Manco Inca No Manco」(←とてもカタカナでは書けません...)を発見、これですべて解決!と思っていたら世間はそんなに甘くなかった(>_<)
 届いたCDの8曲目に入っている「Escalera Al Infierno」を聴いたらいきなりイントロからして違う。あの風雲急を告げるようなテンションの高い演奏とは打って変わってテンポが遅く、全体的にユルいのである。それでいて間奏になるとハードなエレキ・ギター・ソロが炸裂するというワケのわからない展開だ。まぁこれはこれで悪くはないが、パンパイプの音とはどう聴いてもミスマッチだ。後でわかったのだが、私が手に入れたのは「Escalera Al Infierno ‘95」という “再演物” で、探している音源は85年に出たそのオリジナル。どうやら未CD化らしい。こーなったら意地でも手に入れてやるぞとコレクター魂に火がついた私はeBayに網を張って待つこと数週間、運良くピカピカ盤を15ドルで手に入れることができたのだった。
 届いたLPには CBS DISCOS DEL PERU とある。なるほど、ペルーのグループか。やっぱり最初に聴くのはB①「Escalera Al Infierno」だ。いやぁ~大音響で聴くフォルクローレもエエもんやねぇ... しかもメロディーのモチーフはゼッペリンの「階段」ときた。これ以上何を望めるというのだろう?(←出来れば24bitでCD化... するワケないよな) B②「A Papa」もそのままB①の勢いを受け継いだような曲で、コンドルも乱舞しそうなノリの良さがたまらない。B③「Jueves De Otono」は哀愁舞い散るフォルクローレの典型のようなキラー・チューンで心地良いリズムに乗ったロス・インディオスな旋律に涙ちょちょぎれる。
 A面ではタモリの空耳アワーのネタになりそうな①「Orgullo Aymara」、パンパイプの音を大きくフィーチャーしてフォルクローレの魅力全開の②「Posesiva De Mi」、切ない女性ヴォーカルが郷愁を誘う笛の音と絶妙なマッチングを見せる④「Gregorio」と、フォルクローレ初体験の私でも感動しまくりの名曲名演が目白押しだ。
 興味を引かれたのは「Escalera Al Infierno」のクレジットで、Page/Plant ではなく Agustin Bustos となっていたこと。どこをどう聴いても「階段」ラストの “And she's buying a stairway to heaven...” のメロディーなのだが、そのあたりは南米らしい大らかさというか、まぁエエやん!ということだろう(笑) そもそもこういうのを見つけるとすぐに「パクリや!」と鬼の首でも取ったかのように騒ぐ輩がいるが、そんなことを言い出したらロックもポップスもジャズも成り立たなくなってしまう。名曲のおいしいフレーズを基に曲想を膨らませて全く別の名曲が誕生する... 我々リスナーにとっては両方楽しめて非常にありがたいことである。 “似てる曲” を見つけてニヤリとする瞬間も又、音楽を聴く楽しみの一つだと思う今日この頃だ。

EsCaLeRa Al INfIernO_deL pUeBlO y dEl BaRrIo


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La France et Les Beatles

2009-06-01 | Beatles Tribute
 この1週間、すっかりフレンチ・フィーバーで盛り上がっているのだが、月も変わったということでここらでビシッと... いかないのが当ブログなんである。しかしいくら好きでも毎日同じものばかりは食べないように、ノーテンキにイエイエばっかり聴いているわけにもいかない。ということで思いついたのがこの「ラ・フランス・エ・レ・ビートルズ」(Fance & Beatles)である。
 このシリーズは60'sフレンチのリイシューで定評のあるフランスの Magic Records というレーベルがコンパイルした、フレンチ・アーティストによるビートルズ・カヴァー集で、Vol.1からVol.5まで出ている。1枚のCDにはそれぞれ20曲以上収録されていおり、歌手(グループ?)もシェイラ、ペトゥラ・クラーク、ジョニー・アリディを除けば顔も名前も知らない人たちばかりで、フレンチ・ポップス界には詳しくないのでよく分からないが、 “とりあえずビートルズをカヴァーして一発当ててやるべ” 的なノリの、チープでちょっと怪しげなカヴァーが結構多いように思う。だから他のカヴァー集のように “ビートルズ・カヴァーの名演” を期待して聴くと肩透かしを食うことになりかねない。例えるなら “フランス版「フロム・リヴァプール・トゥ・トーキョー」” といったところか。
 やはり何と言ってもフランス語の響き、ハッキリ言ってこいつがロックンロールに合わない。ビートルズやストーンズをまるごとカヴァーしたアルバムを出しているフランスきってのモンド・パロディ・バンド Bidchons(“ビドションズ”って読むのかな?)を聴いた時にも強く感じたことだが、語尾の子音を発音しないせいか、何か歯切れが悪くスカスカしていてロックンロールに一番大切な “ノリ” が損なわれているように思えるのだ。日本でいえば、ちょうど60年代のGSバンドがロックのメロディーに日本語の歌詞を乗せるのに苦労していたような、そんな感じである。だから本CD収録の、特に初期のロックンロール曲のカヴァーを聴く時は “東京ビートルズ” を聴くのと同じような(←あれほどヘンなのはないけど...)寛容な心、 “ビートルズ・カヴァーなら何でも許せちゃう” 的な広~い心が必要だ(笑)
 そんな中で気に入って聴いているのがリチャード・アンソニーの④「オール・マイ・ラヴィング」で、原曲の雰囲気を壊すことなく上手くフランス語に置き換えて歌っている。歌詞は何を言っているのか全く分からないので判断不能だが...(>_<)  Les Lionceaux(←読み方わからん!)の⑤「ドント・バザー・ミー」は何の変哲もないカヴァーだが、フランス語の違和感もなく、演奏も64年頃の平均的マージー・ビート・グループとしての水準はクリアしているように思う。ジャン・クロード・バートンの⑥「アイ・ワナ・ビー・ユア・マン」はヴォーカルがミック・ジャガーっぽい歌い方をしているし、バックのコーラスも含めてストーンズ・ヴァージョンのカヴァーと言っていいと思うが、これが結構クセになる演奏で、まさにB級グルメの味といった塩梅だ。レ・フィズの⑦「ユー・キャント・ドゥー・ザット」、私はこの曲が大好きなのだが、日本のGSバンドみたいなぎこちない演奏をバックに堂々と歌う女性ヴォーカルが潔い。スプリームズが「ア・ビット・オブ・リヴァプール」で歌ったヴァージョンに迫る傑作カヴァーだ。
 フランソワーズ・ファブリの⑪「シンク・フォー・ユアセルフ」、イントロのファズ・ベースといい、マラカスやタンバリンの使い方といい、そして何よりもジョージそっくりの歌い方といい、ビートルズ愛に溢れた楽しいカヴァーだ。ドミニクの⑫「ミッシェル」はフランス語部分の歌詞が少し変えられていて“ミーッシェル マー ベェ~ル♪” ではなく“ミーッシェル ミッシェル♪” となっているのが???だが、例の “I Love You 3連発” はちゃーんと “ジュテーム ジュテーム ジュテェ~ム♪” になっている。フランス人の歌うミッシェルも中々オツなものだ。ダニエル・デニンの⑭「アイム・ルッキング・スルー・ユー」は女性ポップ・ヴォーカルかくあるべし、と思わせる明朗快活な歌いっぷりが◎。⑮「エリナー・リグビー」はオリジナルに忠実に再現したオケをバックにエリック・セント・ローレンがポールになりきって歌っている。ダブル・トラックまでご丁寧に再現してるのにはワロタ(^o^)丿 ジェラード・セント・ポールの(21)「マックスウェルズ・シルバー・ハンマー」、桑田師匠渾身のケッ作「アベー・ロード」のおかげでこの曲を聴くとどうしても舛添のオッサンの顔が浮かんでしまう(笑)のだが、このフランス語ヴァージョンを聴いて名曲はどんな言語で歌われてもやっぱり名曲やということを再認識した次第。CD1枚通してここまで聴いてくると、もう意味は分からなくても気分はすっかりおフランスだ(^.^)
 この「ラ・フランス・エ・レ・ビートルズ」シリーズはどちらかと言うと堅気のビートルズ・ファンよりも、酸いも甘いも噛み分けたベテランのビートルマニア向けの “面白ネタ” 探しの1枚だと思う。

Dominique - Michelle
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