「時間」について、うつらうつらと考えていた。
「時計」に関わるまでは知らなかったことって多い。
たとえば・・・・
1秒の長さってどうやって決めたのか?
そんなことそれまで、考えもしなかったけど。
こういうのって、もしかして学校で習った?
習ってないよな?・・理科とかで?
もしやってたとしても俺は絶対寝てたね。
(そんなことえらそうに言わなくてもいいか。)
こうだ!こんな風にして決めたんだ!
という「答え」があるわけではないのだが、
こうとしか考えられない、
という「答え」は、ある。
つまり、地球が一回転する長さを計る。
これは、ほとんど「不変」だ。
何万年・・というレベルで見ない限り。
その「一日」の長さを24に分割する。
それを60に分割する。
それをさらに60に分割する。
それが、一秒。
一時間も、一分も、一秒も、
「一日」から算出されたのだ。
どう考えてもそうだ、だって「逆は不可」だ。
ははは、何や、そんなん、そうに決まってるやないか。
とか言うなよ。
俺は「あたりまえ」とかって言われるのが大嫌いなのだ。
でも、「誰が」「いつ」、決めたのか。
まず、何で一日を24に分割したのか。
謎だ。
2、でも3、でも4、でも割れるから便利なのは確かだ。
算数は死ぬほど苦手なんだが・・・・きっとそうだ。
理数系、というかアタマのいいひとはそんなこと、
知ってたのだろうと思うのだけれど、
俺は時計の資料を読み漁っていく中で、初めて知った。
それとか、
現代では世界中ほとんどの国が採用している暦である
「グレゴリオ暦」というものが、いかに画期的で
精密な暦か、ということも知った。
四年に一度の、うるう年に一日を挿入するだけで
何百年もの間、修正の必要が無いのだ。
こんな暦は、それまで存在しなかった。
それでも極小に微妙なレベルで「天体の動き」と
「実際の暦」がズレていくので、
何年かに1秒・・・というくらいの精密さで
「うるう秒」というのが挿入されている。
「うるう秒」だって!
そんなの・・・「アホちゃう?」ってぐらいスゴイよな、
江戸時代まで日本で実際に使われていた「旧暦」
というのが、ただの「陰暦」ではなくて
「太陽太陰暦」だった、というのも知らなかった。
(ただの「陰暦」では、農業に合わなかったのだ。)
恐ろしく複雑な暦で、天体及び暦の専門者でないと、
カレンダーを製作することすら出来なかったという。
大衆にとって「暦」は、さぞかし、
ミステリアスだったろうと思う。
現代では、初めの日の曜日と、うるう年であるかないか、
ということだけ確認すれば
小学生にだってカレンダーが作れる。
江戸時代の人が聞いたらさぞかしびっくりするだろう。
「一秒」から「暦」まで、考えさせてくれる
「時計」という存在は、とても魅力的で素敵なのだ。
つまらない、ややこしい話につきあってくれてありがとう。
もし俺が若くて、それで「デート」か何かのときに
こんな話を持ち出してたら絶対フラれてますな。
はははは・・・・。