剣呑

2017-01-30 21:18:17 | Weblog


「剣呑」、というのは「危険で、不安な様子」を表す言葉なのだそうだ。

現代ではあまり使わないかな。時代劇なんかで出てくるかも。

もしくは、渋い、固い、怖い、お爺さんが使う。


古風で、いろいろと含みがあって

とても好きな言葉なのだが、

これを使う・・というか使わねばならないような状況は、あまり好きではない。


古武士が「そいつぁ、ちょっと剣呑だぜ」と言う状況は、

ほぼほぼ、「一触即発」に近い。


古武士なら優雅で古風でいいのだが、この現代に、

海の向こうで、「剣呑」な事態が進行しつつある・・っていうか、始まった。


「彼」が就任してから、まだ10日しか経ってないというのに

最早、この有様だ。


いろんな意見があっていい、とは思うものの。


やはり、この状況は・・・・・

「強い人種的偏見を持った人物が、世界最強の権力者の座について、やりたい放題を始めた」

というもの・・・ではなかろうか。








「剣呑」だぜ、




 冗談抜きで。






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無題

2017-01-29 21:15:17 | Weblog


「世界」って面白いな。


錯覚だ、と思った事が錯覚じゃなかったりするし、


逆に



間違いなく現実だ、と確信した事が錯覚だったりする。




願わくば


君のことが俺の


錯覚でないことを。




ああ、こんな短いの、


ツイッターでも書けちまう。









でも「錯覚」っていい言葉だ。



「錯乱」みたいで。








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まだ雪について考えている。

2017-01-29 18:57:21 | Weblog

それにしてもそれにしても。

豪雪地帯というのは凄いものである。

福知山から豊岡に向かうあたりが、俺の通った中ではいちばんエグくて、

知ってますか?あの辺の道路って、地面からスプリンクラーみたいに、

お湯が噴き出す設計になってるんだよ。路面が凍らないように。仰天。

信号機は縦になってるし(←雪が積もらないように)。


その辺りの道路に,大きな立て看板があった。地方自治体が立てたもの、と推測されるんだけど

「やっぱり故郷が一番!」と書いてある。

Uターンとか、Iターンを狙って、人口減少に歯止めを掛けるべく、という趣旨なのだろうけど

あの豪雪の中では

「オラ、こんな村イヤだ」としか読めなかった。


いや、普段はすごくいいところなのだ。美しい山々、大自然。

だが、雪の時期はちょっと辛いな。


その看板の近くに、またまた大きな看板で、

これはその付近の小学校が立てたもの、みたいなんだけど

「この道は、人も獣も通る道」とある。

これ、どういう趣旨なのか、ちょとわかりにくいよね。

俺の推測では・・・・・小学生に向かって、

「この道でイノシシや、シカや、タヌキに出会っても大騒ぎするなよ、それが普通なんだから」

と言っているのではないか?と。(だから、ゴミを捨てるな、というのもあるか。)

でも、クマには会いたくないな・・・・お互いに。


子供の頃、東京に住んでいたころは、しょっちゅう雪が降っていたような記憶がある。

全然、珍しくなかった。

でも今考えたら、雪が積もるたびにイヌのように喜んでいたが、

知らないところで・・・大人たちは苦労していたのかもしれない。

スタッドレス・タイヤなんていう便利なものが普及してきたのはここ20年くらいだし、

タイヤにチェーン巻くなんてね、あれ実は大変なのだ。

東京って実は坂道が多かったし。今思うと、ゾッとしてしまう。


小学生くらいの子供が雪で大喜びして、「もっと降れ~!」などと叫んでたりすると

ついつい「イラッ」としてしまうのは情けない事だ。

「本当にもっと降ったらどうすんだよ」とか思ったりして。


しかし、雪国って苦労が多いんだろうね。

怒髪天のドラムの、坂さんが昔(今もか?)、

バイク乗りで、SRに乗ってたんだけど(SR、いいよね!)、

彼から「北海道では冬はバイクはシーズンオフになる」と聞いて、ずいぶん驚いた。

「どれだけ好きでも乗れない」のだそうだ、危なすぎて。


我々って意外と、

「南国の人間」だったのだ。「脳天気」だったのだ。

むむむ。


明日は雨かな。

雨も困るけど、雪よりはね、アンタ。

100倍マシだわよ。


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不条理で不思議。(雪についての考察)

2017-01-27 21:55:30 | Weblog


水、という物質は、ある定義によると、

「地球上でいちばんありふれた物質」なのだそうだ。

さもありなん(←この言葉、とても好きである)。


水 は、砂漠とか以外なら、何処にでもある。

我々の身体を構成する物質も、ほとんどがこの 水 である。

水 が無ければ生物は生きてゆけない。


さて、

その 水 は、温度が100度を超えると 水蒸気という、気体に変化する。

だから

驚く事に「温度100度のお湯」というのはこの世に存在しない。

当然と言われればそうだけど、何だか不思議。


そして0度より低い温度になると 水 は、固体化する。

簡単に言うと、凍る。


この0度と100度のキリのよさは偶然ではなくて、

そもそも温度(摂氏)というものが 水 の特性をもとに設定されているからだ。


こーゆーのって、小学校の理科の時間に習った・・・ような事だけど、

俺は以前にも言ったように

理科の時間は(も)、国語の教科書を読んで暇つぶしをしていたので

習った記憶は、ない。

大人になってから、科学の本を読んで知識を得た。

メートル法といい、摂氏といい・・・・よく出来てるわよね。


さて、

上空の気温が0度をはるかに下回った今週、わが国のあちこちでは 雨 が固体化して降ってきて、

我々俗世の、地上はえらい事になった。

この現象を日本語では 雪、と呼ぶ。


 普段の 雨 と呼ばれる液体状であったなら 水 も、

河川に流れ込んだり、下水道に流れ込んだり、地面に染み込んだり・・・・

で、あっさり何処かへ消えてしまうのだけれども

固体化した奴等はそう簡単には消えてくれはしない。


顕微鏡でしか見えないような微小な 雪 の結晶たちは

集団化すると 低温を維持するための大きな力を持ってしまい、

なかなか溶けてくれない。


きょうは仕事で

日本海側の、兵庫県 豊岡市に行ったのだが、まあ、凄かった。

3日くらい前に降った雪が、全然溶けてないのだ。


あたり一面の雪、雪、雪。もう、説明するのも面倒くさい、っていうか、

説明できないほどの豪雪。

スキー場でしか見たことのないような景色が展開していた。

ああゆうところで暮らすのは冗談抜きで大変であろうと推察される。


それにしても

水 が、ただ(低温で)固体化する、ってだけの事で

ここまで面倒くさい事態が勃発するのだ・・・・という事実に

大げさだが、少し唖然としてしまった。


10トンダンプで 雪 を運んでる光景も目撃した。


何往復もすれば、誇張ではなく、巨大な「山」を造れるダンプが、

雪 に対しては全然無力に見えた。

雪は・・・・・何往復しても全然減りやしない、無駄だ。




あんなの、固体化さえしなきゃ、ただの 水 なのに。






世界って、とことん不条理で不思議だ。


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どうもありがとう。

2017-01-23 22:02:53 | Weblog


やっぱ、私はシアワセモノであった。


遅くなりましたが、一昨日の、扇町 PARA-DICEでの

我々ROCA'66のライヴに

ご来場いただいた方々に、心よりの感謝を捧げます。

来れなかったけど行きたかった・・・・と思ってくれてる皆様にも感謝を。

対バンの人たちにも、ハコの人たちにも感謝。

友達に感謝。

いい夜だった。

酔っ払っちまった。

さて、このあと、バンドは少しずつ変貌を遂げてゆく予定。

バンドってのは「生き物」であるので、止まれないのだ。

止まったら死ぬのだ(鮫か?)。

それでいいのだ。


今宵は、また荒れ放題の雪模様。

滋賀県のあたりは、猛吹雪だったわよ。

明日朝の路面状況のこと思ったらそれだけでアタマ痛くなるから考えない。

「考えない」ことが何よりの対症療法である。

「考えすぎ」なのだ、私ときたらいつもいつも。

余計な事ばかり考えている事もある。

つまらない事をいつまでも考えていることもある。

大事な事を考えている(つもり)の事もある。

だが、私のとっての「大事」が、万人にとってそうであろう、とは思っていない。

私の「大事」は、私だけのものである。

だけど、それが孵化して、更に上手いこと行って羽化すれば

それは「歌」と呼ばれる事象になって、

君にも「大事」と思ってもらえるものに「成る」のではないか?

いや、この場合「鳴る」か。

そうだ、

すごく大事な音を鳴らそう。

大事、と ちゃんと、思ってもらえるように、丁寧に鳴らそう。


言葉もちゃんと、丁寧に紡ごう。

君に伝わるように。


期待を込めて。













さて、

ROCA'66,次回のライヴは

2017年3月11日土曜日

梅田に在る「ムジカ・ジャポニカ」という摩訶不思議、かつ、素敵なライヴハウス。

予定を空けておいてくれ。




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私は幸せ者である。(あさっては扇町・PARA-DICEでROCA’66のライヴ!)

2017-01-19 21:18:10 | Weblog


私は幸せ者である。


だって・・・・・・下手下手なのに、すごい奴等と出会えて、一緒にバンド組んで、

いっちょまえにギタリストを名乗って、

あちらこちらのライヴハウスに出演して、

レコードやCDの音源を、大金を使ってもらって録音させてもらった。

果ては外国のライヴハウスで演奏させてもらえる機会も得て、

ギター/ヴォーカルとして歌いだしてからは、

様々な個性的なミュージシャンたちが俺のバンドに参加してくれた。

今まで、メンバーに困って活動できなかった・・・っていうことが皆無なのだ。

過去に参加してくれたメンバー、ドモアリガット!

そして今も、俺の楽曲を格段に良くしてくれるメンバーと共に、バンドがやれている。

何より有難く、そして嬉しいのが、

数は少ないけど、その時々で、観に来てくれる人が、居る事だ。

皆無だったらアタシはバンドなんか続けて行かれない。

ライヴ行くって軽く言っても・・・貴重な時間を使うし、お金だって安くはない。

遠くから来てくれるなら、交通費も移動時間もかかる。

けっこう、「労力」は使う。

でも、スゴイときはスゴイのが「ライヴ」だわよ。

それを知ってるから来てくれるんだし、

俺だって、行ける時は、好きなバンドのライヴ観に行くもの。

スゴイときはスゴイから。

駄目なときは駄目だったりするけどね、そういうのはまぁ、ツキモノでは、ある。

ああ、「演る」ときにはそんな気持ちではない。

100%、いいのを演る。全身全霊で臨む。

・・・・・コケるときはコケるけど。

コケて痛いのも幸せだ。何でかって言うと、マゾだからだ。・・違う、生きてるから痛いのだ。

イチか、バチか、の「賭け」が出来るのは、生きてるからだ。

俺はギャンブルはしないけど、

創作なんて「賭け」みたいなものだ。

大当たりか、大外し、か。

俺は過去に、大外し、もあったが、

大当たりも、あった。

数打ちゃ当たる?・・・・いや、そんな単純なものではない。

努力はモチロンだが、やっぱ「運」か。

俺は運が良かったのだ。過去だけじゃない、今もそうだ。


だから私は幸せ者だ。

ずっとずっとそうだったし、

これからも、そうあり続ける所存である。


あさってのライヴが、最新のROCA’66だ。

騒乱気味の世相、明日の大統領就任式は大荒れの予想。

そんな中でも、ロックンロールは輝きを失わないであろう。

天気もまた、荒れるのかな。

でも大丈夫。


2017年1月21日 土曜日は

大阪

扇町

PARA-DICE

という小さな、素敵なライヴハウスに



来てくれ。




我々の出番は5バンド中、4番手だ。


5番手、つまりトリには「らんちゅう」が出る。


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あれから22年。(今週土曜日はROCA'66,扇町PARA-DICEに出演)

2017-01-17 21:40:26 | Weblog

本日は、あの忌まわしい「阪神淡路大震災」からまる22年。

年月の過ぎ行くのは早い。


トラックで仕事しながらラジオを聞いていたら

夕方、FMココロのマーキーの番組で

ソウル・フラワー・ユニオンの「満月の夕」がかかった。

いつ聴いてもいい歌だが、今日はやはり、重みがある。


さまざまな重み。



あれから随分、色んなことがあって、いろんなことが変わったよね。



そういう重みも含めて。




逝ってしまった人々に、追悼の意を。







我々は変わらずに、ライヴを演る。


出来る限り演る。


変わらずに演ることが、我々の存在意義でも在るのだ。



だから、



来れる限り、来て下さい。





今週、土曜の告知を。



2017年1月21日


大阪・扇町・PARA-DICEに、ROCA'66が出演。


競演は


らんちゅう


中井大地


BRODY


滝本”歌姫”英剛WITH D'S



我々の出番は4番目。



以前から らんちゅう と一緒に演りたかったので、願ったり叶ったり、だ。




PARA-DICEは小さなハコだが、驚くほど音がいい。



このハコは、やる気もすごいあるし、すごく好きなのだ。



この、1月21日のライヴは我々ROCA'66にとって、今期の総決算、というか、



「おさらい」的なある種の完成形をお見せできる予定。



今の我々は「脱皮する寸前の虫」みたいなもので、



だから、見ておいてください。




道子も健在、赤井も健在、たんちん も健在、トビーも健在。






まだまだ演れる。



でも、今、観に来て欲しいのよ。

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謝辞、2017年。

2017-01-15 16:32:35 | Weblog

無事終了したハードレインでの「赤井祭り」。


とてもとても心和む、良い夜になった。


寒い寒い日だったが、「暖かなもの」は、我々が創り出せばいいのだ。


俺は本当に、ライヴハウスという文化が好きだし、


それぞれ自分たちで楽曲をつくっているバンド達を愛おしく思う。


そして勿論、


それを楽しんでくれるお客さんたちの存在があってこそ、バンドたちはこの世に存在できます。


ご来場いただいた方々に心からの感謝と愛を。



競演バンドたちは本当に「親戚筋」みたいな感じがしてしまって、可笑しかった。


赤井くんを筆頭に、彼らに出会えて良かったよ。



我々はシアワセモノだ。バンドを演れることは幸福だ。


縄文時代だったらこうはいかなかった・・・・・・・・当然か。


江戸時代でも無理だったな。電気とかないし。


ぐっと近代に近付いて・・・戦争中も、無理だったよね。戦後すぐも、物資不足とか食糧難で、それどころじゃなかっただろう。


ほんの30年前でも、いい歳をした大人・・・・それも中年過ぎの大人が、


(プロでもないのに)ここまでバンド精力と情熱をつぎ込んでいたら、


やはり周囲から非難されたり、奇異に見られたりしたんじゃないかな。


大体、30年前はライヴハウスって、数が少なかったよ。


大阪全部で、両手で数えられるくらいしかなかったと思う。


音楽スタジオも、少なかったし楽器屋もそうだ。


ギブソン、フェンダーは高価で、とても買えなかった。


FENDERのロゴのシールとかが割高で売られていた。哀しい商品。


だから今はシアワセだ。


いつまで演れるか?というのを考えるのはネガティヴな面ばかりではない。


「今、演れてることの貴重さ」を実感できるからだ。


昨日は、特にそうだった。


昨年の10月、11月、12月にROCA'66がライヴやらなかったのは


俺の健康問題だった。


当然これからも、健康問題は出てくるだろう。メンバーにも、メンバーの家族にも、お客さんにも。


だからこそ、


ライヴ一回一回を、大事に大事に演っていこう。



ありきたりで優等生的な結論だが、それしかない。



もっと謙虚になろうと思う。




来週、我々ROCA'66は、大阪・扇町のライヴハウス「PARA-DICE」に出演する。



今の我々は絶好調。



来て欲しい。




すごくいいのが演れると思うから。










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向こうから真っ直ぐに。(本日、ハードレインにて「赤井祭り」。)

2017-01-14 09:24:09 | Weblog

しかし、何ですな。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・って言うか、アレですわ。

私なんか、前から、こう思ってるんですよ、

「手前(てめえ・・・自分、の意)で選んでる物事なんか何ひとつ無え」ってね。


そんな風に心の中で言語化してですな、ぼんやりとそれを抱えて生きてたんですが、ある時、

偉ぇ小説家の先生の「脳味噌うだん室」・・・じゃない、「悩み相談室」みたいな本読んでたら、


「人生で大事な物事は決まって、向こうから勝手にやって来ます。

あなたが選ぶ余地などほとんどありません。チャオ。」


なんてサラッと書いてあって、そらもう、驚いたの何のって。

そうか。

「凄い人」って、いろいろと、悟りきったようなところがあって時々、ドキッとさせられちまいます。

まあ、それはそれで。



思い返してみたら私にとって「大事な人」って、何人も何人も何人も何人もいるんですがね、

ほとんど真っ直ぐ、向こうから私を見つけてやって来てくれました。

名前は挙げませんが、あのひとも、あのひとも、あのひとも、そうです。

これは「私が魅力的」という自慢のように聞こえたら困るんですが、そうじゃないんです。

私ときたら、「奇妙でイビツ」ではあったかも知れませんが、魅力的とはほど遠い・・・いや、遠かった。

(その後、少しは脱皮できたつもりではありますがね。まだ「羽化」にはほど遠い。)


「大事なもの」もそうです。

棚からボタ餅が落ちてくるみたいに、私めがけてやって来てくれました。

っていうか・・・心優しい人々に「プレゼントして戴いた」。驚くくらい、「大事なもの」を戴いてます。

(心優しいひとってのは、傲慢を承知で言えば、ほんの少量でも、私を愛してくれた人・・・よね。)

ナンバーワンに「大事なもの」は、そのほとんどがそんな多くの「誰か」にプレゼントしてもらったもの・・でありんす。

本も、音楽も、ギターも、Tシャツも、シャツも、革ジャンも、アクセも、ネックレスも、時計も、レコードも、バイクも。

(プレゼントしてくれたひとたちに、心から感謝してます、ありがとう。大事にしているし、今後も死ぬまで大事にします。)


逆に、私のほうから憧れて、近付くようなことが稀にあったとしても、

ほとんどが上手くいきませんでしたな。はははは(←あかんやん)。


何かと不思議な事って、多いに越した事ぁ無え・・・ってことで御座います。


朝起きて、「今日もやりてえことがやれる」って考えると、まるで阿呆のように幸福感が湧いてきます。

「やれること」はやれることであって、

「やんなきゃなんねえこと」には墜ちていくことは金輪際、ない。


「ロック」も、真っ直ぐに私のところへやってきてくれた物事のひとつでありんす。


だからこちらも真っ直ぐに答えてやりましょう、ってなもんで。


心がウズウズしちまう程、やりたかったこと(のひとつ)が、今日、実現の運びとなります。

それは何か?ってぇと、


オオサカ・梅田の「ハードレイン」っていうハコにて、

ロックンロール魂に溢れかえった「赤井祭り」!



共演はまるで親戚筋のような気ぃさえする面々、

ミライノス、ミーミーズ、加納良英。


勿論、我々ROCA'66も、堂々の出演。


私なんかライヴ出演は・・・・・・・・・二箇月ぶりで御座います。



皆さんも、真っ直ぐ、ご来場いただけるのを心より、


お待ちしておりますです。









あなかしこ。







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歴史。

2017-01-11 22:13:53 | Weblog

こないだ、仕事で、仕事先のご老人と世間話をしていて、この話が出て、

そういえばそうだった・・・・としみじみ思ったのだが


昔、

難波の真ん中に野球場があったよな。


俺たちの世代の人は覚えてると思うけど、今の二十歳なら、知らないかもしれない。


南海の難波駅のすぐ隣。

南海ホークスの、大阪球場?

・・・・・・・・・・・・・ヤキューのことはほとんど知らないし、キョーミもないから、

その球場のことも微かにしか覚えてないのだけれど、

そーいえばそーだったよ。

あれ(球場)のせいであの辺ってなんだか、鬱蒼とした、少し暗い雰囲気の街角で、

今みたいに雑然として殺伐とした都会、って感じじゃなかった。


昔・・って言ってもせいぜい、1980年代後半。でももう、三十年経つのかな。

俺がアメ村の古着屋の店員だった時代だ。


今でもそう・・・なんだけど

道頓堀の”ひっかけ橋”の辺りは、映画「ブレードランナー」に出てきた近未来の街にそっくりで、


だからリドリー・スコットが大阪に「ブラック・レイン」を撮りに来た、と聞いたときは、

さもありなん・・・と思ったね。

あの映画の撮影現場を、俺は目撃していないのだけれど、

見かけた人は大勢いるだろう。

(それにつけても、映画「ブレードランナー」の続編、楽しみだね。)



そして

アメ村は今みたいな・・・・渋谷みたいな、オモチャ箱みたいな街ではなかった。

もうちょっと、ひっそりした感じだった。少なくとも、平日はそんな感じだった。



今現在、ビッグステップが建っている場所って、あそこはまるごと「学校」だったのだ。

中学校だったか小学校だったか忘れたが。


三角公園は、もっとショボい、ただの、フツーの公園だった。


なんだか今考えると、嘘みたいだ。


たかだか30年くらい前の話だ。

でも何だか随分、色んな物事が変わってしまった。


梅田の駅の辺りも、天王寺も、まるで「知らない街」みたいになってるもんね。





こーゆー事って、良くも悪くもないのだけれど。











付記



梅田の、太融寺の辺りって、昔はどうだったんだろう。

昔は、全然あの辺には行かなかった。だから全然知らない。


太融寺の辺りに行くようになったのは

梅田レインドッグスが出来て、

ハードレインが出来てからだ。



梅田レインドッグスはなくなってしまったけど、ハードレインは健在だ。


今週末の歴史的な(?)ライヴ・イヴェント「赤井祭り」も、

そのハードレインで開催される。









歴史の1ページ(?)を目撃するのも、悪かないかも。






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