1980年代末に、
GUNS‘N ROSESが世界的大ブレイクして以降、
GUNというのがつく名前のバンドが増えたよね。
日本だけか?よくわからないけど、
ガンスリンガーズとか。
横浜のガンスリンガーズはその後、
ディディ・ワ・ディディになって、
博多のガンスリンガーズはヴィヴィアン・ムービンになった。
どっちも友達だった。
知り合いではないが、
ミッシェル・ガン・エレファントも、「GUN」がつく。
しかし、この銃規制がとても厳しいわが国においては、
「GUN」はほとんど、ファンタジーでしかないよね。
それはそれで、とてもいいことだが。
「GUN」が象徴するのはやはり、
圧倒的な暴力と死、なのだろう。
しかし、放っておいたってひとは死ぬのだ。
圧倒的な暴力なんて、必要ないだろう。
日本の戦国時代の「戦争」は、銃の登場以前で、
ずいぶんのどかなものだった、という。
関が原の合戦だって、不利・・と見た兵士たちが
さっさと逃げ出してしまい、周辺にちらばって
もとの農民に戻ったので、死傷者は驚くほど少なかった・・・
らしい。外国でだって、
銃が登場してから、戦争が「大殺戮大会」になってしまったのだ。
アクセル・ローズは恐らく、「GUN」を持っているのだろう。
カート・コバーンは散弾銃を自分に向けて撃ってしまった。
アーネスト・ヘミングゥエイもそういう死に方をした。
「GUN」は我々にとってファンタジーで、
それはそれでいいのだけれど、
我々にとって身近な脅威は「癌」であったりする。
偶然、同じ言葉の響きなのだ。
不思議。