山奥の町、都会の街。

2016-05-31 21:14:30 | Weblog

最近は仕事で、トラックに乗って、

京都の郊外・・・・・・・・・・というか山奥の町に行くことが ちょくちょく、ある。

山奥から更に進んで本州を突っ切って、日本海に達したりするのだ。

日本海!!!驚異的だわよ。


それで、思うのだけれど

「自然」って・・・・けっこう、残ってるのね。

「手付かずの状態」とまではいかないけど、ほぼ、人の手の入ってない「自然」。

鹿もいるし、猪も、狸も狐も、イタチもいる。野生の猿も見た。


そういう所って、本当に美しい。

例えば 京丹後、例えば 福知山、例えば 舞鶴。

うわあ、こんな山奥にも民家が在る・・・・・というようなところで平然と、

オジさんが涼んでいたりする。

そんな人が実に!「羨ましく」思えたりもする。




でもそういえば、その真逆のことも思ったな、ちょっと前。



そう、新宿で、お婆さんが買い物カゴ下げて普通に歩いてたりするのを見て、

すげえなあ・・格好いいなぁ・・・と思ったりした。あれはいつだっけ?去年の五月かな。


まあ、新宿は特に、俺にとっての「幻想のホームタウン」なので、

言ってみれば街自体がファンタジーなのだ。(←俺にとっては・・・ってこと。)

だからそこに住んでる人たちは「ファンタジー世界の住人」であって、

この世のものではない(・・・ように見える)。


でも大阪の、梅田の真ん中とかでも同じことを思う。・・・スゲエ所に住んでるなぁ、と。


結局、「極端な過疎地」も、「極端な都会」も、

俺にとっては「幻想」でしかない。


そして「幻想」はどう頑張ったって手が届きはしないから、

いつまでもいつまでも、美しいまま・・・・なのだ。

























さて、五月は今日で終わり。

今日は友達の誕生日だったんだよ。メールもしたんだけど、ここであらためて言おう、

おめでとう!君は俺より、少しだけ早くこの世に現れたんだな。

いろいろと感慨深いな。夏にまた会おうね。


そして、明日から六月。

別の友達の・・・命日がやって来る。

今日はクルマで偶然、奈良を通ったんだ。

君の眠る「霊園」が見えた。本当に、そんな近くを通ったんだぜ。

いろいろとまた思い出してしまった。

君の「声」がありありと、耳に聞こえた気がした。





いつかまた会おう。



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ラジオ

2016-05-28 22:00:56 | Weblog

最近はクルマのラジオで「インターFM」ばかり聴いている。 全体的にすごく良い。

特に、平日3時からの「レディ・ステディ・ジョージ」という番組における選曲。

ウチのCD棚にあるようなのが、普通にかかるんだぜ。すごく趣味がいい。

ダイナソーJrも、ペイヴメントも、ソニック・ユースも、マイブラも、ホールも。

トーキング・ヘッズも、ポーグスも。 俺の好きなのばっかり。

普通のラジオではほとんど「絶対」と言っていいくらいに「かからない」楽曲。

本当に・・・・・・しかし、いわゆる「(日本の)普通の」ラジオって頭おかしいよね。FMもAMも。

愚にもつかない、もしくは 毒にも薬にもならない、Jポップばかり。 クソとつまらないジョークばかり。

10分も聴いてられない。・・・・まあ、こんなこと言っても仕様がない。

今日の「レディ・ステディ・ジョージ」では、怒髪天の「オトナノススメ」がかかった。

たまには日本のもかかる。でも、ちゃんと「いいの」が、かかる。

おお、怒髪天、「いいの」に入ってるじゃないか。えらい。

DJの、ジョージとか、シャウラ嬢とかは英語のネイティヴ・スピーカーなので、

よく英語の会話が入る。半分くらいしか聞き取れない(彼等の話も馬鹿馬鹿しくて可笑しい)。

それはいいのだが、

曲名とか、アーティスト名を言うときもネイティヴ発音で言うのだ。

それが、ほとんど聞き取れなくて困る。すごくいい曲だったりすると、

アーティスト名くらいは知りたくて、気をつけて聞くのだが、慎重に聞いても・・・・聞き取れないことが多い。

人の名前とかって、発音がムツカシイよね。

今日も、ジョージが曲紹介して、アーティスト名を言った。

「ケローンプ」としか聞こえない。??????????????と思って、

でも曲調でわかった。「クランプス」だ。あれくらい個性的だと音でわかる。クランプスえらい。

もうちょっとだけ聞き取りやすく言ってくれると、いいんだが。

「ニルヴァーナ」は「ナヴァーヌ」だし、「ヴァン・ヘイレン」は「ヴァ・ヒレ」と聞こえる。

「オアシス」が「オウエーイシス」なのはまだいい。

「ウオーターボーイズ」が「ワラボーズ」なのはちょっと困る。「藁坊主」?????

それと、

バンド名ではないのだが「パンク」ってネイティヴ発語的には「ポンク」だよね?

・・・・・・・・・・・「ポンク・ロック」てけっこうマヌケだわよ。


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歴史的(・・・追記アリ)。

2016-05-27 21:03:42 | Weblog

しかし







「彼」は何も言わなかったね!

すごいや。

あれだけ「言葉」を費やして、何ひとつ言わないなんてね!





「ぐるぐるに縛られながら懸命に踊る人」を見たような気分。





それでも、今回の「彼」の、「歴史的訪問」には大きな意味と、意義があった

と俺は思います。





ちょっと楽観的過ぎるか?





でも、




こういうのって「象徴」のモンダイだからさ。






ゴゴゴゴ・・・・って、音を立てて、「何かが動いた」んだぜ、きっと。







それにしても




「首相」の演説は単に、暑苦しかった。

 同一人物が去年(と、一昨年)の8月6日に同じ場所でおこなった

「まったく熱意の感じられない演説」との、温度差の違いよ。


オバマがいるから熱がこもったのか?


歴史的訪問の日だから?



毎年8月6日と9日の記念日だって「歴史的」だろ。





徹底的に我々を馬鹿にしてるんじゃないかしら。




「他人に腹を立てる」のはよくないのだけれど。






腹立つ時は立つ。























追記


ネットに掲載されてる「全文」を読んでみたら、



「彼」(大統領)は、



「死を悼む」とは、言ってるのね。




それは、無視しちゃいけない・・・・・かも。



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どうでもいいような、洋楽よもやま話。

2016-05-26 19:59:25 | Weblog


ガンズ・アンド・ローゼズにスラッシュとダフが復帰している。

嬉しい・・・・・・・・・・気もするが、やはり、イジー抜きでは苦しいか。

動画を見るとアクセル・ローズの「激太り」も、いくぶんマシになってる。ああ、ひどいのはひどい・・けど。

アクセル、足を折ったとかで、フーファイターズのデイヴが製作させて自身で使ってた「玉座(大げさな椅子ですね)」

に座ってステージをこなしていた。

アクセルとニルヴァーナ(カートとコートニー)には確執があったんだが・・・・・それも今は昔か。


そしてそのアクセルは今、AC/DCのヴォーカリストとして今、ツアーを廻っている。

これも動画を見たが、確かに似合ってるし、違和感はない。

しかし、ねえ?

よくやるよな。AC/DC側も、アクセル側も。


ヴォーカリストすげ替えはAC/DCの場合、二回目なのだけど、

そんなバンドって珍しいよな。

しかもガンズ復活するってのに。


あ、ディープ・パープルもヴォーカリストすげ替えしたけど、

あれなんかもう、メンバー総入れ替え・・みたいな感じだもんね。どうでもいいけど。


あ、ヴォーカリストすげ替えバンドでいちばんえげつなかったのは、ヴァン・ヘイレンかもな。

エディって根性のひね曲がってる人なのかもしれない。だって今なんか、ベースのひと追い出して

息子にベース弾かせてるんだぜ?・・・・・まぁ他人の家庭のことだから関知しない。


これもどうでもいいのだけれど、

ストーン・ローゼズも復活してるみたいで、

ラジオで「新曲」が かかりまくっている。うーん、そんなに嬉しいか?

曲は確かに悪くないけど。でもオール・フォー・ワン、 ワン・フォー・オールってねぇ・・・・・・・・

この言葉、彼らが言うとすごく能天気に響く。

意地悪な見方(聴き方)し過ぎか知らん。



しかしまぁ、洋楽シーンが活性化してるのは良いことだ。

しかしこーゆーの(ガンズ、AC/DC,パープル、ヴァン・ヘイレン、ストーン・ローゼズ)って、もはや「懐メロ」か?



うーん。



そうだ、


新しいところではエスペランザ・スポルディングの新譜がすごい良かったよ。


彼女のルックスに関しては、以前のほうを絶対支持!なのだけれど。



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歓迎・各国首脳。

2016-05-26 17:06:46 | Weblog


歓迎・G7 各国首脳、日本へ、よぉーこそ。



そして、オバマ大統領、アナタは特に 広島へ、よぉーこそ。



こういう言い方って外タレみたいだけど、「待望の来日」デスね。



彼は、明日、どんなことを言うのでしょう?世界に向けて。



わくわく。







とか言いながら私は、いつものごとく 個人的なことを述べます。






思うのですが、「心穏やかに生きる」ために必要なのは



①やたらと他人に腹を立てないこと



②色々な物事をさっぱりと諦めてしまう(固執しない)こと



③過去の出来事にこだわりを持たないこと



なのではないでしょうか。



これは、今日突然、思いつきました。



いや・・・・前から思ってたのですが、今日になって突然、言語化できました。



さて、



現在を生きる多くの人々がこの①と②と③を心がけていれば



世の中の揉め事は随分、減る・・・・のではなかろうか。



世界情勢も然り・・・・・なんてね。



そんな風に上手く行くかどうかは わからないけれど、



首脳会談は、何事もなく、平和裏に進むといいデスね。



出来れば、次回は・・・・・ロシアも中国も韓国も、「話し合いの輪」に加えて(戻って?)いただいて。



我々は人類だから、「言語で」、問題解決しようぜ。それってすごく、理性的で素敵だ。








ああ、でも明日はクルマで三重、名古屋を通過して行くのよねアタシ。







大丈夫かしらん(無理かも)。







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露光過多みたいな

2016-05-23 21:23:00 | Weblog


なにもかも「夜」のせいにして  


 君は



僕を見て笑う



揺らぎだす翳の中で  僕等が 見たものは



救いの光に似た 何かだった



「救いの光に似た何か」だった








昼間の光の中で   奴等を見かけたら



「君からもよろしく」と伝えといたよ



いい人たちはみんな   退場してしまった



その後のことは君も   知っての通りさ



ロード・ムーヴィ   ニュー・シネマ



   ロード・ムーヴィ









照れくさそうに君は


夏の中にいたね



露光過多みたいな  溢れ出す光の中に



「失われていくものだ」って  わかってたつもりだった



でも何も考えられなかったかも知れない





ロード・ムーヴィ  ニュー・シネマ



ロード・ムーヴィ  ニュー・シネマ



ロード・ムーヴィ






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ジェネレーション・ギャップ

2016-05-17 20:50:28 | Weblog


・・・オマエのような「世事を何も理解していない者」が世代論を語るなんて、

ちゃんちゃら可笑しいわ!

とか(心ない人に)言われそうなのだけれど、気にせずに言う。


マイ・ジェネレーションの話だ。


思うのだが、我々の世代ってけっこう不幸な面があるのではないか。

何故かと言うと・・・・親世代と(文化的な)感覚を分かち合えないから。


「前の世代」って、否定して、反抗しなければならなかったのだ、我々は。


皆さんにも覚えがあると思うが、例えば音楽。

親世代が聴くのは演歌。良くて歌謡曲だ。(俺はロックかフォーク。)

テレヴィなら時代劇。もしくは・・・サスペンスドラマ?(俺はテレヴィは一切、見ない。)

着るものは保守的で、和風。食べ物も和風好み。

(俺の着るものはズタボロ服か革ジャン、食べ物は洋風が好きだった。)


あのさ・・・例えば「江戸時代」なら、そうではなかったのではないか?

「江戸以前」なら。


我々の世代は第二次世界大戦後、急速に変化しつつあった文化の真っ只中にいたのだ。

明治維新の時よりも急速に、しかも暴力的に文化が変質した(させられた)のではないか?と思う。


このことは、だいぶ後になってから気付いた。

前にも少し言ったが、俺は子供の頃、「和風」を否定する傾向があった。

・・俺だけではないだろうけど。

それに対して、親世代やその前の世代は「和風」に親しんできたし、

自然に「それ」を愛してさえいた・・・・のだ。


敗戦後に産まれた我々は無意識に日本的なものを否定する空気の中で育った。

そして「カウンター・カルチャー」は

「30歳以上(旧世代)は信じるな」と喧伝した。


そんな前世代との葛藤や軋轢の中で優れた、所謂「若者文化」が育ったのは歴史的事実で、

それは悪いことではなかった・・・と思うのだが

否定された側の人たちはどんな気持ちだっただろう・・・と考えると

心が暗くなる。


そして今や、21世紀。

社会の・・・・って言うか、文化の、「大変化」という時代も少し、落ち着きを見せた。

(テクノロジーの刷新はとどまる所を知らないけど。)


だからなのか、「最近の若者(あえてこう言う)」は、親世代(の文化)に反抗しているようには見えない。


一般的な傾向として、「親子は、仲がいい」みたいだ。


だって、親の聞いているのは(演歌でなく)ロックで、子供にだってロックは格好良く見えるのだ。


まあ、場合によっては子供はEDM(エレクトロ・ダンス・ミュージック)ファンで、

親の聴いてるロック(例えばストーンズ)なんて骨董品・・・・と思ってるような家庭も在るだろうが、


でも大雑把に言って

ジェネレーション・ギャップは、縮まりつつあると思う。

これは・・・いいことだ。


江戸以前はきっと、そうだったんだぜ?大雑把に、一般的に。


江戸期なら、「父親と趣味が同じ」っていうような息子がいても、おかしくなかったであろう。


父親・・。


俺は、お父さんが大好きで、ソンケーもしていた・・・のだが、

文化的な趣味の相違は、いかんともしがたかった。


彼は演歌が好きだったし、詩吟を趣味で唸っていた。



むむむ。




でも・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



お父さんに会いたいなあ(10年前に亡くなってるからもう会えないのだけれど)。







ジェネレーション・ギャップなんて、今ならやすやすと飛び越えてやるのに。





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どうもありがとう。

2016-05-15 18:09:05 | Weblog

昨晩、京都の南のはずれ、中書島MICAに来てくれた皆様、

ドモアリガットゴザイマッス!!

・・・・・・・・・・・・楽しかった。

アコースティックギターの音色は予想通り、

親密に響いていたハズ。

いい夜になった、と自画自賛気味に自負しておるのですよ。

競演の 砂布 均さんも、とても素敵な、魅力的な人だった。


いつまでもいつまでも、

このようなことをやって行きたいものである。

そのために、

マトモに生きて仕事して、

「私」が「私」で在り続けること。

そういうことに腐心するべきなのだ。


心温かい人たちに感謝します。

「この世の何処にもない素敵な音楽を創造すること」が俺にもまだ、出来るはず。

新たなモチベーションを持って、

新たな世界で、

着実に確実に生きてゆこう。



次からはバンドに戻って動く。

来月、6月12日はROCA’66で、

大阪・中津のVi-CODEに登場します。

競演は、オリエンタル・バウンズ。あの元シェイディ・ドールズの大矢君の現在のバンド。

来月、会おうぜ。
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あさって、5月14日は中書島micaで道郎&赤井アコセット。

2016-05-12 17:17:12 | Weblog

アコースティック・ギターの深く複雑な音色がとても好きだ。

世界中のもの、何でも好き・・・・・ってわけにはいかない、もちろん。

でもギターなら何でも好きだぜ、ヘビメタでも好き。フラメンコでも。

とか言って、やっぱり ノイジーなエレキ音が最愛・・・・かもしれない。

不協和音交じりの轟音ノイズ!ひひひ。


でも実は、「フォーキー」な感じ・・・ってのが「原初の香り」で、

俺の精神のベーシックに刷り込まれてる気がする。


日なたの匂いのするフォーキー、

真夜中のフォーキー、

ちょっと危うい、サイケデリックなフォーキー。

土砂降り雨のフォーキー、

ヘヴィなフォーキー。

浅い眠りから醒めた夢みたいな、そんな素敵な音楽。




あさって、5月14日、土曜日。

ROCA’66でギターを弾いてる「赤井」と俺と二人で、

アコースティック・セット演ります。

ラフに、ドライに、センシティヴに、あの「歌」や、この「歌」と対峙してみる。

新たな、音楽的実験。


場所は 京都・中書島・喫茶バー「MICA」。

とっても小さな店。

アコースティック・ギターの音って、ここくらい小さな所だとすごく、

親密な響き方をする。「声」も。


19:00オープン、20:00スタート。

チャージ1000YEN。

食べ物持込自由。


競演は、砂布 均さん。こちらはアコースティック弾き語り。





物見遊山気分で、覗きに来て下さい。




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シングルシート、タンデムシート。

2016-05-12 15:28:49 | Weblog


今朝、国道9号で見かけたバイクがなかなか素敵だった。

カフェ・レーサー風に改造した、単気筒。

スタイリッシュで素敵だった。シートは、シングルシート。

後輪の上についてる二人乗り用のタンデム・シートを取り外している。

つまり、そのバイクは「一人乗り用」なのだ。

素っ気無さが更にかっこいいのだが、

しかし、いいのか?「二人乗り」という最高に素敵で便利な権利を放棄して。


バイクで二人乗りしてる人を見ると俺はいつも、他人事ながら

ほっこりした気分になる。

バイクは基本的にそう、一人で乗る乗り物では、ある。

でもそこに無理矢理二人で乗ってしまうのがいいのだ。


もう十年位前の映画なのだが、「モーターサイクル・ダイアリーズ」って知ってる?

観た?


若き日のチェ・ゲバラの日々を綴った映画なのだが(実話が基になっている)、

その中でチェ・ゲバラと友人(男)がバイクで旅に出る。

南米大陸を横断するような壮大な旅。

道路はろくに舗装されてないわ、こけるわ、雪は降るわ、雨にぬれて熱出すわ、

しまいにはバイク壊れて修理不能になるわ。


とてもとてもとても素敵だった。


映像作品にはあまり馴染まない俺が、映画館までわざわざ観に行ったんだぜ。


古い古いバイク。

でもあの映画、全編バイク旅だったらもっとよかったんだが

いかんせん、ストーリーの中盤でバイク修理不可能になってしまうので、旅は突然終わり、

あれ?あれ?バイクは?と思ってるうちに映画は終わる。

だから「モーターサイクル・ダイアリーズ」ってちょっと誇大なタイトルだと思うんだけどね。


まあいいか、途中まで素敵だったから。


クルマにも、ツーシーターっていう「二人乗り」のモノが在る。

でもあれは、せっかくの排気量を無駄遣いしてるみたいな感じで、俺は好きになれない。

キザだし。

クルマならヴァンに、ギターとかアンプとか着替えとかミュージックテープとか

ありったけ乗せて出発する、っていうような

ロックンロール・ツアーがやっぱ最高。

そういうのも、散々やったよね。


でも「タンデム」するなら、やっぱりバイクだ。



そういえばあれはいつだったのか・・・もう15年前?かな。

佐治と俺のバイクに二人乗りして、ある晴れた日の夕方に、

あびこ辺りから天王寺まで走った。

夕日がとても綺麗だった。






佐治をバイクの後ろに乗せたのは、あれが最後だったよ。
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