読点も句読点もない

2020-03-31 20:25:43 | Weblog

 

 

 

大丈夫大丈夫

何も壊れはしない

未来は続く

過去も消えはしない

 

「心」は意外とタフで

しょうむないストレスは弾き飛ばす

もし何かが壊れたとしてもまた創ればいいだけ

絶望してはいけない

終わったものはまた始まるし

始まったものもいつかまた終わる

 

なるべくなら

人に喜んでもらえることをしよう

人をディスるのは安易で簡単

褒められたら誰だって進化するんだぜ

ディスられるとトゲを逆立てるだけ

自分を守ろうと必死になるだけ

友達になれるならなりたい

出来れば敵になりたくない

不毛だから

他人を否定することは不毛だ

だから否定すまい

「違い」を認め合うべきだと心しよう

 

自分に余裕がなくなると他人を否定したくなる

だからギスギスするまい

みっともないことはすまい

高潔でいよう

それを目指そう

下卑なことは言うまい 考えまい

貸した金は忘れよう、恩着せがましいことは考えまい

借りた金は返そう、受けた恩はいつか返そう、

是が非でもいつか返そう

 

ああしかし

わが身をかえりみれば

受けた恩ばかりだ

 

僕は死ぬまでにそれを

返しきれるのだろうか

 

 

 

 

無理な気がする

 

 

 

 

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西暦二千二十年、現在・・・・渦中。

2020-03-29 18:09:21 | Weblog

曖昧な疫病が世界を覆いつくそうとしている今日、

スーパーマーケットに行ったのだが人々に切迫した様子はなかった。ちょっとほっとしたけど

業務スーパーのトイレットペーパーの棚は空っぽのままだった。マスクもなかった。

でも、とあるラジオの出演者の、昨日の発言によれば「東海と関西はまだまだのんびりしてる」のだそうだ。

東京の緊張感は尋常ではない、と彼は言う。「戦時中みたい」だと。

戦後生まれの我々は戦時中の雰囲気をリアルに知らないのだが、

今の状況はウィルスとの交戦下にある、という意味で

「戦時中みたい」というのは 言いえて妙・・・・なのではなかろうか。

ウィルスに関しては、わかっていないことがとても多いらしく、

とある記事でウィルスは「半生物」である、と書いてあるのを見かけた。

以前見た記事では「生物である」と断定していたんだがな。色々な説があるのだろう。

「生物」といえば・・・・少し話が逸れるのだが、

今ラジオで「春休み子供電話科学相談」をやっていて、好きだから時々聞いているのだが

こないだの子供の質問で「人間以外の動物に心はあるのですか?」というものがあって、

これって子供の質問ではよくあるやつなのだが、それでもとても深遠な問題なので、

久しぶりに考えてしまった。

宮沢賢治の「ビジテリアン大祭」の中に出てくる「業者」の登場人物は「動物機械説」を唱える。

彼らには心も感情もなく、ただ喰う、寝る、交尾する、それだけだ、と。

でも僕はそうではないと思う。彼ら(牛や豚)だって夢も見るし、恋もするだろう。

昆虫も恋するだろうか?

有名な話だが昆虫(の、あるもの)は頭部を切り落とされても当分生き続ける。

最後は 捕食、摂食出来ないから餓死するのだそうだ。

いや、頭などなくても心はあるかもしれないけど、ちょっと想像は、しにくい。

そもそも「心」とは一体?

僕だって稀にだが、他人にそっけない態度をとったり、意地悪をしたりすることがある(稀に、です)。

そういうときの僕は心がない・・・ように見えるだろう。

そうでなくても例えば僕が、善意でやってることが、相手の善意とすれ違ってしまえばそれは善意ではないので、

相手から見たら僕は悪だろう。

「悪意」と言うように、悪だって心の産物かもしれない。

 

ウィルスには心はあるのか?

我々からみたら彼らの増殖は迷惑、「悪」以外の何モノでもない。

でも、彼らにとっては、彼らのやってることこそが「善」なのかもしれない。

 

そうすると

彼らの「善」と、我々の「善」との戦いであって、

これはやはり、レヴェルは違うが「戦争」なのかもしれない。

 

中世のヨーロッパを覆いつくした「黒死病(ペスト)」みたいにこの災厄も、

後世に語り継がれることになるのだろう。

 

 

って、まだ渦中なのだけれど。

 

 

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2020年4月4日の「夜想」でのライヴ、ROCA’66出演辞退のお知らせ。

2020-03-26 21:06:00 | Weblog

残念なお知らせです。

 

2020年4月4日に出演が決まっていた、京都「夜想」での、SWEET R&R MEETING,

 

我々ROCA’66は、出演辞退させてもらわねばならないことになりました。

 

コロナウィルスによる新型肺炎をめぐる社会的状況のせいです。

 

ライヴに出られないなんて・・・・断腸の思いです。

 

当日の「夜想」での、 SWEET R&R MEETINGは、行われます。

 

ただし、関東から来るはずだった VOO DOO MUFFINも出ません。

 

(VOO DOOさんの場合は、コロナ関係の理由ではないみたい。)

 

ハーシーズと、ザ・ルーラは演る予定なので、健康状態に不安のない人は当日、ぜひ「夜想」に行って下さい。

 

それにしても、ライヴハウスが感染の温床、みたいな風評には本当に腹が立ちます。

 

下らないメディアの植えつける固定観念はしかし、強烈だったみたい。

 

でもライヴハウスとか関係なくこのあと、大規模な感染拡大が起こる可能性は高いです。

 

だからみんな自衛して、生き延びましょう。

 

そして生き延びて、近い未来・・・・沈静化した世界で

 

のびのびと、何の心配もなくライヴを、音楽を、楽しみましょう。

 

 

今回のこの、我々のライヴ出演辞退で、ご迷惑を掛けた皆さん(特に「夜想」の方々)に謝罪します。

 

ごめんなさい。

 

 

 

 

 

これに続く4月26日のオルトラウンジ、

 

5月5日の難波メレでの 、

 

ROCA’66の、ライヴ出演の話は、今のところ、生きています。

 

ただこの激烈な社会状況の中、どう変わって行くかは、全然判りません。

 

 

日々、状況が変わって行きます。

 

アホの政府による、非常事態宣言が出されるかもしれません。それが出て、どうなるのかもわかりません。

 

 

「お肉券」とか「お魚券」とか・・・・・・・・・もう、馬鹿らしくて

 

頭が痛くなる。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・だから、今日はもう、寝ます。

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「こんなこと長く続かねえ」

2020-03-24 20:19:33 | Weblog

しかし今更ながら僕も、バンドやりながら、様々な仕事をしてきたものだ。

 

4トントラックの運送屋(←これは今現在)、10トンの大型ダンプ乗り、ブランドショップの時計担当、

西成で靴職人見習い、難波で婦人靴ショップ店員、心斎橋路上でのテキ屋的格安時計出店、

神戸高架下で格安時計販売、

軽トラでクルマの部品配達、画材をバイク(50CC!)で配達員、デザインの下請け的な仕事、

アメ村の古着屋店員、日本橋で古本屋店員、奈良のスナックでの住み込みチーフ、食堂での皿洗い。

他は?・・・あ、そうだデザイン専門学生時代には甲子園でビールの売り子をしたこともある。

 

単発の短期バイトで、もう忘れてしまった仕事もまだあると思う。

 

解体屋とかも行ったな・・・。引越し屋も行った。コンサートの警備スタッフとかも行った。

 

他のみんなは、どんな仕事してきたんだろう?

 

友達の一人は、大きな会社の社員だ。それはそれですごい。

でも僕にはそんなのは無理だったと思う。新卒で入社なんて・・・・その年頃が一番長髪で、一番馬鹿だったもの。

あ、その前に俺、大学すら行ってねえや。ははは。

友達の一人は今では、土建屋の社長のようだ。それもすごい。そーゆーのって・・・・・僕には想像も付かない。

友達の一人は、家の仕事を継いでいる。それはそれで、賢い。親御さんは喜んでいるだろう。

あ、そうだ、友達の一人は何と、一緒に行ってた高校の副校長になっているらしい。

信じられない。さんざん一緒に馬鹿やってたのに。まあいいや。

別の友達は、フリーランスのPAだ、と言っていた。音楽で喰ってる。すごい。

でも現在はイヴェント中止ばかりで仕事が激減・・・みたいだ。

そういえば、とある友達のバンドはプロデビューして全員ミュージシャンになったんだったな。

友達の一人は、彫り師になったはずだけど、あれからどうしただろう?

友達の一人は、看護師だ。そして別の友達は保育師だ。

友達の一人は、ライヴハウスを経営している。

 

 

みんなそれぞれ、この新型コロナウィルスで様々な迷惑をこうむってることだろうと思う。

 

このあと、大不況が訪れるであろうことは

阿呆のこの僕でも予想が付く。

 

むむむ。

 

でも みんな心して暴風雨をやり過ごして、何とか生き延びよう。

今、この社会不安な世情の中で、思い切って(思い余って)仕事辞めたりしちゃ駄目だぜ。

 

 

 

碇健太郎の歌を引用して言う。

 

「こんなこと長く続かねぇ、一杯おごるぜ付いて来な」と。

 

・・・・・・・・・・・一杯だけな。

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楽しい話②旧新宿LOFT、川崎クラブ・チッタ。

2020-03-20 18:25:43 | Weblog
昔のことがいろいろと、記憶から消えていて・・・・もどかしかった。
 
 
思い出せなかったことのひとつに、ランブルフィッシュで移転前の旧LOFTに
 
出演したことがあったっけ?・・・・・というのがあった。
 
一回か二回、出てたような気がするのだけれど、あの頃は常に酔っ払ってたので
 
思い出せないのだ。後の、 ばるぼら で何度も出演したことはしっかり覚えているのだが。
 
ランブルで出たかな?????
 
あの、新宿・職安通りにあった、憧れの、伝説のライヴハウス・LOFT。
 
今は移転して、歌舞伎町にあるのだが、移転前のあの、やさぐれた神々しさは、ないかもしれない。
 
そういうのって、やっぱりリアルな歴史がつくるものだから。
 
 
それが最近、ネット上でLOFTのアーカイブみたいなのが出来てて、
 
そこで調べたら、あったのだ。
 
 
1990年11月20日 新宿ロフト(西新宿)
 
<JUNKY JUNGLE>怒髪天 RUMBLE FISH LOOSEY GOOSEY  ¥1300/¥1500
 
 
そうか!あの、キャプレコードから出たオムニバスCD<JUNKY JUNGLE>の発売ライヴを関東で何箇所かやったのは覚えているのだが、
 
場所が、LOFTだったのか!・・・・・ということは、我々が怒髪天と初めて出会った場所が、新宿LOFTだったかもしれない。
 
いや、きっとそうだったよ。彼らから、とあるパンクバンドとの乱闘話を聞いたんだ、その時。
 
その乱闘場所が確か、LOFTだった。だからきっと俺達、LOFTで出会ったんだ。
 
1990年11月・・・。
 
その頃って、ランブルフィッシュはバンド史上最高の絶頂期だった気がする。
 
怒髪天のメンバーも全員、まだ若かった。青かった、と言ってもいいくらい。同い年なんだがね。
 
ああ、でも嬉しいなあ。ずっと思い出せなかったことが判明して、すっきりした。
 
 
 
もうひとつ、ライヴハウス話を。
 
昨日のレディステディジョージで、ジョージが、
 
過去に見たすごいライヴ、というテーマで色々話していたのだが
 
その中に川崎クラブ・チッタでのニルヴァーナを挙げていて、
 
そうか、それ俺もちろん行ってないんだけど、ニルヴァーナ、チッタで演ったんだ。
 
もっと大きいとこだと思ってた(チッタって、けっこう大きいけど)。
 
俺達も同時期、チッタも、何度か出ている。
 
ランブルでも出たし、 ばるぼら でも出た。カートもあの楽屋使ったんだろうな。
 
確か、来日した頃のニルヴァーナって、カートがもう気を病んでいて、
 
そこらで買ったパジャマを着てステージを演ったはず。
 
当時音楽誌でライヴレヴューをいくつか見たが、どれも「覇気がなかった」とか
 
「暗かった」とか「やる気なさそうだった」とか、そんなんばっかりだった。
 
「普通だった」っていうのもあったな。あれチッタだったんだ。当時は場所まで気にしてなかったよ。
 
そういえば ばるぼら 時代に、チッタのブッキングの人から
 
「ブッチャーズと対バンさせてあげるから出演料ジャックダニエル1本で出ない?」と
 
お誘いがあったことを思い出した。
 
ブッチャーズ、といえば増子くんの友達の(僕は面識ない)、ブラッド・サースティ・ブッチャーズである。
 
その話、断ったんだけど、今思えば、やってれば良かったな。
 
はははは。
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楽しい話①「トランジスタ・ラジオ」シングル、ドーナッツ盤。

2020-03-18 21:02:23 | Weblog
不安な世情を吹き飛ばすために無理矢理、楽しい話を書く。


突然思い出したのだが

そうだ、僕はRCサクセションの「トランジスタラジオ」のシングル、ドーナツ版を持っていたのだ。

これは、発売直後に買ったものだ。1980年?それ前後だよな。

それ以前に、兄貴があのライヴ盤LP「ラプソディ」を買っていて、僕もそれを聞き狂っていた。

あのライヴ盤の後に出たシングル第一弾がこれだったのだ。

僕は当時、「ラプソディ」の印象で、RCは過激で怖いパンクバンドだと思い込んでいたので(「パンク」が何か?ということも知りはしなかった)、

この「トランジスタラジオ」の軽さと洒脱さがかなり、意外だったが、もちろん大好きになった。

この曲の魅力に抵抗できるティーンネイジャーは一人も居まい。

このジャケット写真がまた、お洒落!

小川銀二が抜けたばかりの5人が、電波のように並んでいる。

簡素で、美しいこと!

偶然だが、後世のレッチリの名盤「ブラッドシュガーセックスマジック」とセンスが少しだけ、似ているのが可笑しい。

色がまた! モノクロに黄色だけ着色されている。抑えた感じが80年代っぽくて、お洒落。

アホみたいに何度も何度もかけて、聴いた記憶がある。

だから「耳タコ」という印象があるのだろう。

B面がまた珠玉の名曲、「たとえばこんなラヴ・ソング」なのだが、

当時、中学生の僕には このB面曲は、ピンと来なかった。

もちろん、あとになって理解した。こういうのは、スイートなソウル曲なのだ、と。

オーティスとか、サムクックとか、マーヴィンゲイみたいな。

あの当時、つまり話題沸騰したライヴ盤「ラプソディ」の次の、シングル曲って、

バンドにとっては「正念場」だったはず。

そこで、こんなスカッとした曲を出して、しかもクリーンヒットさせたのだ。

本人達も、さぞかし気持ちよかったのではないか、と推測する。

発売から40年後の2020年。つまり、

先週の、

ラジオ「すっぴん!」最終回で、屈指の文学者の高橋源一郎がこれをかけた。

そしてそれを、トラックの運転席で聞いていた僕は瞬時に、

中学生の頃の気持ちを、しっかりと思い出していた。


音楽の感動は不滅だ。

道郎死すとも感動は死なず。

いや、俺も・・・・・まだもう少しの間は、しがみつくようにして生きてよう、と思うんだが。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あと少しくらいは。





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レディステディジョージ、終了のアナウンス。

2020-03-16 21:20:39 | Weblog
剣呑なニュースや暗い話題ばかりの世の中なので、
 
抗って僕はアホみたいに楽しいこと書いてやる・・・・と目論んでいたのだが、見事粉砕。
 
 
今日聞いたインターFMのレディステディジョージで、
 
3月いっぱいでの番組終了がアナウンスされたのだ、ファンファーレつきで。
 
がーん。
 
予兆は、あった。ここのところ少しずつ、選曲がヌルくなっていってたのだ。
 
下らないJポップとか、ヒップホップみたいなの・・・とかが かかることが多くなっていた。
 
 
絶好調だったときは、90年代オルタナ(ソニックユースや、ジョンスペ、ピクシーズ他)、グランジ(ダイナソーJR、ニルヴァーナ他)、
 
ブリットポップ(オアシス、ブラー、エラスティカ他)、シューゲイザー(マイブラ)、
 
NYパンク(ラモーンズ、テレヴィジョン、ジョニサン他)、ロンドンパンク(クラッシュ、ジャム、ピストルズ、ダムド他)、
 
2000年代の新世代R&R(ストロークス、リバティーンズ、Wストライプス他)、
 
60年代モノももちろん、ジミヘン、ストーンズ、ストゥージズ、フー、ドアーズ、そんな最高なバンドの楽曲が目白押しだった。
 
日本のバンドも、ブランキー、バースディ、ミッシェル、怒髪天、クロマニヨンズ、ガーリックボーイズと外れナシだった。
 
 
プロデューサーが代わった、などと言っていたのはいつだったか?去年の秋かな。
 
選曲がヌルくなっていただけではない。
 
趣味のよろしくない(単に、僕の嫌いな)国内アーティストがゲストで出てきたりした。
 
要するに・・・悪い意味での「普遍化」というか。
 
フツーのラジオ番組(特にFM)って、そんなのばっかりなのだ。タイアップ、タイアップ、タイアップ、商業主義。
 
だから、もういい。未練はない。
 
ジョージウィリアムズ、シャウラヴォーグ、最高の番組を長い間ありがとう。
 
僕はヘヴィリスナーだったけど、完全な「サイレントリスナー」だった。
 
でも、トモダチの増子くんがしょっちゅうゲストで出ていたし、怒髪天の曲も、よくかかったから、
 
何だか、自然と、自分も参加しているような感じで聞くことができた。
 
増子くんを通じて、番組のステッカーももらった。ジョージのサイン入りのもの・・・は
 
保管してあって、サインなしのものが、今でもギターに貼ってある。
 
3月いっぱい、聞けるときは大事に聞こうと思う。
 
未練はないが、寂しいのは寂しい。
 
でも何か不思議なことに、「壮大な終わり」みたいなことが身近で、連続する。
 
昨年はファンダンゴが移転して、十三から去ってしまったし、友達が2人、逝ってしまった。
 
今年になってからはウォーターが無くなってしまうし、高校時代からの友達が逝ってしまった。
 
そしてコロナヴィルスで、世界中の多くの人が亡くなった。その脅威は、まだまだまだ、続いている。
 
怖いのはこれから・・・・・なのかもしれない。
 
好きだったNHKラジオの午前中の番組も終わった。そして愛する「夜想」も、年内での終了をアナウンスした。
 
夜空を見上げれば、オリオン座のベテルギウスが、急速に輝きを失っている。
 
超新星爆発が間近なのではないか、と言われている。
 
半分やけくそで言うが、
 
終わりは始まり、というのが本当ならば、
 
きっと何か新しいことが始まる前兆なのかもしれない。
 
そう思うことにする。
 
 
そして、次の日記は
 
アホみたいな軽いことを書こう、と思う。
 
 
重苦しい日常なんて、鼻息で吹き飛ばしてやろう。
 
次は、そうしよう。
 
 
 
 
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コミュニケーションの修行の場。

2020-03-14 20:40:29 | Weblog

僕は、「人見知り」の子供だった。

初対面の人と打ち解ける、なんて有り得なかった。

悪い意味でナイーヴで、ちょっとしたことで傷つくような子供だった。

でもギターを弾くようになって、

友達とバンド組むようになって、

さらに、ライヴハウスに出演するような事態になったとき、

「人見知り」なんかしてる場合ではなかった・・・・というかそんな余裕はなかった。

ツアーで顕著なのだけれど、毎回、毎回、見知らぬ人と出会うのだ。PAとか、スタッフとか、関係者とか。

そして、そういう人と一緒に「仕事」する。もしくは、「遊ぶ」。

こっちが向こうを知らなくても、むこうはこっちを知っている。

そういう事が増えた。

人見知りしてる場合じゃない、という風になった。

結果、初対面で見知らぬ人と、打ち解けられることが多くなった。

要するに、ライヴハウスは僕にとって、音楽の修行の場であると同時に、

コミュニケーションの修行の場、でもあったのかもしれない。

そんな風に30年くらい、ライヴハウス近辺をうろうろしていたら、

愛すべき、面白すぎる人々に、これでもかっ!てくらい出会った。

冗談抜きで俺、友達100人くらいいるかもしれない。愛する友達が。

全部、ギターと、音楽と、ライヴハウスのおかげだ。

心から感謝している。いつか恩返しができたらいいな、と思っているのだが出来ずに、

与えてもらう「恩」ばかりが増えてゆく。

ああ。

俺が今、ライヴハウスや、その他の現場で、「おはよっございマーッス」と大声で挨拶できるのは

そんな感じで鍛えてもらった結果なのだ。

俺はもはや、「厚かましいキャラ」である。

人見知りの子供だった頃にはそんなこと、不可能だった。

出来なかったことが出来るようになる、それは、

それ以上に快感なことはなかなか、ないのだ。


そして、「人見知り」してる場合じゃない、と自分で悟ったとき、僕はきっと、

「成長」したのだろう・・・と推察する。

繊細な友達も、みんなもっと「厚かましいキャラ」になればいいのだ、思っている。

我々はみんなで

「大阪のオバチャン化」するのだ。ははは。








・・・飴ちゃんでも配って歩くか?



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マイナスの感情に支配されながら生きたくはない(・・・の、だが)。

2020-03-13 20:46:21 | Weblog

ヒトビトの話題も、ラジオも(きっとテレビもそうなのだろう)、新聞も、ネットも、

何もかもが・・・・・・朝から晩までコロナのことばかりで、

ノイローゼになりそうな気分。

しかも、我々の活動の場である貴重な「ライブハウス全般」が感染の槍玉に挙げられているみたいで、

そのことを考えるとまた

「世間」への怒りと失望にとらわれてしまう。

「負」(マイナス)の感情に支配されながら生きたくはないのだ、俺は。


だから、違う話をしよう、せめて。


と言ってもこちらも少し切ない話なのだが。


・・・・・・・・ラジオの「すっぴん!」が今日で終了した。

改めて、リベラルで、全然NHKっぽくない、いい番組だったと思う。

今日のゲストだって、愛知トリエンナーレの「表現の不自由展」をプロデュース(監修?)した津田大介だぜ。

昨日は大友良英がノイズ・前衛を ここぞ!とばかりに、かけまくっていた。

前衛ノイズギターの先駆者、高柳昌行と あの、フリージャズの鬼才、阿部薫の共演の音源とか。

・・・・・そんなものが存在したとは!しかも、そんなものがNHKのAMでかかるとは!!!

(大友さんは、高柳さんの弟子だった・・・・という過去を持つのだ。)

今日の、つまり最後の、「源ちゃんの現代国語」は高橋源一郎の書き下ろしの小説の朗読だった。

小説自体は・・・期待したほど良くはなかったのだが、その最後に、話の内容とリンクするみたいに

音楽がかかって、それが、その音楽が、痺れるほど良かった。

何がかかったか、というと、

我々には「耳タコ」的にお馴染みの、愛するRCサクセションの中期の大傑作曲、「トランジスタラジオ」だったのだ。

やっぱ、すごいわ、あれ。

突き抜けるような軽快なロックンロール。いつ聴いても新鮮。

歌詞の内容も、完璧。ラジオと音楽(ポップミュージック)への、リスペクトと憧憬。

高橋さん、歌モノ・ジャズの熱心なファンなくせに、ここぞ!ってところでコレをかけるところがスバラシイ。

ロックンロールの、ポップミュージック全般の、

「突き抜けるチカラ」を、久しぶりに全身で実感した。この音楽には、確かなパワーがある。


あのなー、話が戻るけどなー。


その、RCサクセションだって、ライヴハウスから出てきたんだぞ。

ビートルズだって、ストーンズだって、ルースターズだってブルーハーツだってローザルクセンブルグだって

ニルヴァーナだってクラッシュだってラモーンズだってジャニスジョップリンだって、そうなんだぞ。

ライヴハウスは、ヴィルスの温床・・・ではなくて、「才能」の温床なんだぜ。

「才能」だけではない。

「感動」、「奇跡」、「マジック」、「出会い」、「独自の価値観」、そして「愛情」。

そういう、素敵なものたちの巣窟なのだ。

ライヴハウスを、「悪い」みたいに言うな。

糞。気分悪い。



あ・・・・・・・・・・・「違う話」してたのにね。
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無題。

2020-03-10 21:46:16 | Weblog
少し、わかった気がする。

要はこれは、世界的な「集団ヒステリー」なのだ。

でもそれは、世界を滅ぼす可能性がある。ヴィルスではなく、ヒステリーが世界を滅ぼすのだ。

解決策は、「気にしない」こと。「気にしすぎない」こと。

そして大切なのは、普段どおりの生活を取り戻すことだ。

感染しても発症しても八割の人は自然に治る。

そんなヴィルスのせいで、世界が、人類が・・・滅んでしまうかもしれない、なんて悪い冗談だ。

我々人類は「理性」で立ち向かおう、ヴィルスに。

我々の「文化」を、「文明」を、守ろう。

ヒステリックになるのはやめよう。買い占めしたりするのもやめよう。

他人を攻撃するのもやめよう。

そうして、やり過ごせばこんなもの、

何てことないのだから。
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