淋しげな「夜の創造主」が、
薄荷煙草をガードレールでもみ消して、
手近なタクシーに手を上げた。
街のざわめきは一瞬にして用水路に吸い込まれ、
しまい忘れられたクリスマスツリーの電飾みたいに
みすぼらしい光を放っていたのもつかの間、
とっくに消え去ってしまった夢の名残を惜しむみたいに
女達の足許でくすぶっていたダイアモンドのかけらも、
街の空気の中に拡散して行ったあとだ。
タクシーは停まらなかった。
「誰にでも俺の姿が見える訳じゃないんだ」
言い訳するみたいに苦笑いしながら奴が言う。
奴、ってのは「夜の創造主」のことだ。
「タクシーの奴等なんてな、俺から見たら
アリンコみたいなもんさ。それでつまり・・・・わかるだろう?
アリンコから象は、見えてないのさ」
そんなもんかな、と思いつつ、俺は頷いた。
まあいいさ、大体・・奴がタクシー代なんて、
持ってたかどうか怪しいもんだ。
「別に、あんたさえよけりゃ、どこまでだって歩くぜ」
ためしに俺はそう言ってみた。
まるっきりの嘘って訳じゃない。でも、まあ
どこまでだって、ってのは嘘だ。
すると奴はこう言ったものだ、
「歩けるうちに歩こうぜ、お前だってこんな生活、
永遠に続くなんて思ってる訳じゃないよな?」
永遠、ときた。
どこまでも青臭い奴だ、と思ったけど
何だか答えるのもシャクなので、俺はただ黙っていた。
夜はいつしかアメジスト色の輝きを増して行き、
いくつもの小さな虹が俺達の前に、現れては消えた。
それが奴を見た最後だった。
俺が覚えているのはそれだけだ。