カワセミ側溝から

好きな言葉は「のこのこ」。好きなラジオ中継「相撲」。ちょっと苦手「煮た南瓜」。影響受けやすいけど、すぐ忘れます。

見栄のある人間は結局……   幻滅

2024-05-14 | 映画

幻滅/グザヴィエ・ジャノリ監督

 原作はバルザックらしい。田舎の青年である主人公は、自分の書いた詩が地主の貴族婦人に認められる。夫人は年の離れた夫との関係に冷めており、若い詩の才能のある青年と情事にふけることになる。しかしながら田舎のことで、すぐにそれは知れ渡る。青年は妹夫婦のところで印刷業を手伝っており、それも地主貴族のものであるようだ。貴族婦人は従妹を頼って青年と連れ立った上に、パリへのぼる。青年も母方の性が貴族のもののようで、それをかたった上で、花のパリでさらに詩作に磨きをかける夢を抱いていた。ところが、なにぶん田舎者で、パリの厳しい競争社会の現状に叩きのめされていく。頼っていた貴族婦人も、パリでの厳しい貴族の階級のありように疲れていき、青年を見放すようになる。田舎者はそのしきたりやありようを、まるで知らない。それは田舎貴族も田舎の青年も同じであり、その社会で生き抜くための作法や才能の使い方のようなものが、ちゃんとあるということなのだ。
 しかしながら若い詩人には、開き直ってみると文才があった。なんとか糊口をしのぐために働いていた飯屋に来る新聞記者と知り合って、一緒に働かせてもらうことに成功する。そこでは、地元のゴシップ専門のいかがわしい記事を書き連ねることで、うまく行けば大金を稼ぐことができた。嘘でも何でも書くことで話題を作り、恩恵を受ける側から賄賂を取り、被害を被るところから恐れられ、そこからも金を巻き上げることができるのだった。青年は演劇界の新人女優ともいい関係になり、人生の頂点にまで上り詰めることに成功していくのだったが……。
 ナポレオンの死後、一時期王政貴族が再度復古し、民主自由主義勢力と激しい対立を繰り広げていた。そのような時代背景のある混沌とした社会において、いかがわしい言論を用いて人々を扇動し、その混乱に乗じてさらに金を稼ぐ大衆がうごめいていく。皆自分の都合のいい事のためだけに血肉を注ぎ、そのあぶく銭のために人を騙していく。まるで現代社会と同じようなジャーナリズムの原型が、パリのその時代にはあったということのようだ。
 その人間模様の残酷さと、非業さ、そして結局は貴族に憧れながらも平民である田舎者の憐れさを描いた傑作である。出てくる人間に善人などいないが、善人が生きていける社会など無いという、ニヒリズムに満ちた作品だと言えよう。果たしてそれは真理なのか、それは観る人にゆだねられる問題なのであろう。

※この監督作の「偉大なるマルグリット」も傑作だった。どうして配信で観ることができないのだろう? ぜひ機会があれば「マルグリット」も観るべきである。
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