カワセミ側溝から

好きな言葉は「のこのこ」。好きなラジオ中継「相撲」。ちょっと苦手「煮た南瓜」。影響受けやすいけど、すぐ忘れます。

日本人の心は、僕には分からなくていい

2019-04-28 | 境界線

 もう桜の季節も終わったので書いていいだろう。というか結構何度も書いているかもしれないが、僕は桜の花がそんなに好きではない。桜は日本人の美意識を表しているという話があるが、本当にそうなんだろうか。パッと咲いてパッと散るのなんて、あんまりいい風習ではないようにも思う。別段やくざな生き方をしなくてもいいし、そのように生きることを良しとする日本人というのは、日本人らしくない感じもする。猛烈に同じような花が咲いて周りを圧倒するというのは、米国や中国のような国ならいざ知らず、あんまり品が良いものではない。やっぱり極めて現代人的な感覚なのではなかろうか。まあ、そういうことで、現代の日本人も好きになったのかもしれないが。
 しかしながら、桜の季節に浮かれる日本人というのも、それはそれでいいのかもしれない。なんのきっかけがいいのかわからないが、花見という理由で人を誘ってよくて、なんとなく連携できるというのがいいのかもしれない。またフラッと桜の花見に出かけてみたくなるというのも、いいのかもしれない。この時期限定だから、まさに無理をしてでも合わせなければならない。シャイな人だって誘いやすいし、シャイな人だって提案しやすい。役割分担に偏りや負担のある場合もあるかもしれないが、妙に張り切って助けてくれる人もいたりするだろう。単にぶらついてもいいし、人が多いから苦労はしそうだが、そういうことでも思い出にはなるかもしれない。
 忘年会に新年会は、その塊に集団としての特性がありそうだけど、花見ならボーダーが極めてあいまいになる。昔の人は散らかしたりケンカしたりしていたけれど、今の若い人は分別のある人も多くなったし、外だとはいえ、だいぶ安全になっている。子供が騒いでもいいだろうし、場所さえ確保出来たら、それなりに干渉もされないでいいかもしれない。
 なるほど、そういう意味では日本人的なのか。いまさらながら、桜がいいからというより、そういう気分に日本人的なものがあるのかもしれない。多少僕が外れてしまう理由は、だからなのかもしれない。
 しかしもう季節は過ぎて、ふつうに家の中で酒を飲んでもいい。やっぱり夜に(僕は昼に酒を飲むのが好きではない。昼は酒ではなくて、別のことをしていたい)、このように落ち着いて屋根のあるところで酒を飲んだ方が、いいな。
コメント
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